第21話 染井吉野 後編

「こんなん読むの苦手やから代わりに読んで大まかに説明して」


 藤の部屋で一緒にジュースを飲みながら吉野は佐名くんに渡された紙を見せて藤にお願いした。紙にはコノハナサクヤのことが詳しく書かれているようだ。パソコンからのコピーらしい。


「吉野のクラスは劇やるんやね」


「藤のクラスは?」


「ウチは江戸時代がモチーフの甘味処。みんな着物とか着て店内も時代劇みたいなセット組もうかって」


「ふうん。面白そう。藤も着物着んの?」


「うん。お母さんに貸して貰うつもり。でも町娘みたいな感じじゃなくて武家の娘風にしろって。しかも本当はお城のお姫様がお忍びで城下に来てるって設定やねんて」


「設定まであんの?凝ってるなぁ」


「何かクラスに時代劇に詳しい子がいてて……」


「カツラとかどうすんの?」


「さあ……紙とかで作るのかな……?」


「ギャグやん」


「アハハ……でも楽しそう」


 藤の笑顔を見ると吉野も楽しくなってくる。


「それにしても、木花開耶姫このはなさくやひめかぁ……ホンマ吉野にピッタリやな」


「そうなん?」


「うん。桜の女神さまっていうか花のように美しい神様やから」


(それやったら藤のほうがピッタリやと思うけど……)


 吉野は心の中で呟き佐名くんが本当に主役にしたいのは藤なんやろうな、と思った。


「ほんでそのコノハナサクヤはどういう神様なん?」


「木花開耶姫って古事記とか日本書紀とかに出てくる神様で……」


 藤は佐名くんから貰った紙を見ながら説明を始めた。


「コノハナサクヤは高天原の神様アマテラスの孫のニニギに見初められて結婚を申し込まれんねんけど、サクヤのお父さんのオオヤマツミはサクヤだけじゃなくてお姉ちゃんのイワナガも貰ってくれってニニギに言うねん」


「どういう親父なん、それ」


「サクヤは花のように栄える栄華を、イワナガは常磐に続く不死をそれぞれ約束してくれる。だからオオヤマツミは天孫のニニギにそれを贈りたくて二人の娘を差し出したみたい。でも、ニニギはイワナガが醜いからってオオヤマツミのとこに送り返してしまう」


「サイテーやな。私やったらお姉さんが送り返された時点で自分も帰るわ」


「まあそう怒らんと聞いて。それでニニギはサクヤだけと結婚してんけどサクヤが直ぐに妊娠したからホンマにオレの子か?って不安になって……」


「もういい。サイテー過ぎて聞いてられへん。そんな人好きになる女の人なんか演技出来たとしてもやりたくない」


「まあまあ、せめて最後まで聞いてって……とにかくニニギに別の男性の子供やろって言われたサクヤはニニギの子供やって証明するために産屋に火をつけてその中で3人の子供を産む」


「なんで火の中で産んだらニニギの子供やって証明になんの?」


「天の神様の子供やったらどんな状態でも無事に産まれるからって。もしニニギの子供じゃなかったら焼け死ぬやろ?」


「ごめん、わからん……それでサクヤはどうなったん?」


「う~ん、恐らく亡くなったんやと思う。自分の潔白と子供の父親が誰かをちゃんと証明して見せてから」


「そんな話、納得出来ひんわ。なんでサクヤが死ななアカンのよっ!ニニギが死ぬんやったらわかるけど」


「ニニギはサクヤのお姉さんのイワナガを追返したせいで永遠の命は貰えずに寿命が出来てしまったから、いずれは亡くなるんやと思うけど……」


「そんなふざけた話、絶対イヤっ!どこが私にピッタリなんよっ!」


「華やかやけど可憐で、その上健気でいさぎよいってトコじゃない?」


「……佐名くん、藤との接点が欲しくて私に声かけただけじゃないかな、と思うねん」


 吉野の言葉に藤は真っ赤になった。


「そ、そんなわけないやん。佐名くんそんなことするような人じゃないし」


 必要以上に慌てふためく藤を見て吉野は、なるほどこれは両思いなんや、と確信した。


「別に気に入らんかったら違うストーリーに変えて貰ったら良いやん。この通りの話にしなくても……たとえばコノハナサクヤは本当は死ななかった、とか」


 お芝居も主役も別にやりたいわけではないが、この役を引き受ければ本当に藤と佐名くんの接点になれるかもしれない。小学生の頃からお互い思い合っているらしい二人がひっつく良いチャンスかも。

 

「そう言えば、本当は小塙おばなの家がお嫁に欲しかったのはお母さんじゃなくて吉野のお母さんの夢実ゆめみ伯母さんやったらしいよ」


 藤が突然そんなことを言い出した。

 小塙とは藤の実の父親の名字だ。


「どういうこと?」


「小塙のほうは「曙堂」に夢実伯母さんとのつもりで縁談を持ちかけたけど、その時もう夢実伯母さん、染井の伯父さんと結婚して春兄はるにいもいてたから。でもそのこと全く知らんかったからって。しょうがないから妹の方で手を打ったんやってお祖母さまが言うてた」


(……孫に何要らんこと吹き込んでんねん。何がお祖母さまや、ただの意地悪婆さんやん)


 吉野はイライラした。


「でもウチのお母さんより咲夜叔母さんのほうが綺麗やったから、超ラッキーと思ったんやろ?ホンマは」


 吉野の言葉に藤は少し寂しそうに微笑んだ。


(何か腹立って来たなぁ……くそっニニギ、ムカつくわ)


 ニニギにムカついているのか小塙家にムカついているのかわからないが吉野は無性に腹が立ってきた。


「よしっ!コノハナサクヤか何か知らんけどやったるわ!その代わり話は全面的に書き換えて貰う。こんな悲劇のヒロインみたいなん私には全然似合わへんしっ!」


 突然心を決めた吉野を藤は驚いたように見つめたが、すぐにうれしそうに笑った。


「あ、それそれ。可愛い吉野ちゃん!久しぶりに見れたなぁ」


 今、全然笑ってなかったけど?

 もしかして藤の「可愛い吉野ちゃん」は吉野が思い込んでいた「可愛い吉野ちゃん」とは全然別物だったのかも……


(ますますマヌケやん、私……)


 内心ため息が出たが藤のうれしそうな様子に、まあいっか、と吉野も笑顔になった。

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