緊急!聞き返して記者会見!

渡貫とゐち

はじめての記者会見


「――この度は、我々の軽率なおこないのせいで世間をお騒がせしてしまい、加えて多くの方々に不快な思いをさせてしまったことを、深く、お詫び申し上げます――申し訳ございませんでした」


 カメラのシャッター音が連続する。

 長方形の机の向こう側に立つのは、三人のスーツを着た男たちだった。左側に若い男、真ん中には中年の男性。右側には中年と若者の中間ほどの年齢の男性が立っている。


 彼らは、真ん中の男の謝罪に合わせて頭を下げた。

 数秒、じっくりと頭を下げた三人が、次にゆっくりと頭を上げた。


 彼らを見つめる、数十人の記者たち。

 すると、ひとりの記者が(予定通りだ)、三人に質問をした。



「では、質問を。今回の問題行動について、原因はなんだったのか、あらためて教えてください」

「え?」

「……今回の問題行動について、原因はなんだったのか、あらためて教えてください」


 置いたばかりのマイクを持ち直し、中年の男が質問に答える。

 表舞台に立ち、しかも中央に座っている彼は会社の社長だ。とは言え、初めての記者会見なのだろう……落ち着いているように見えてもマイクを持つ手は震えており、ガチガチに緊張していることが分かる。


「えぇ、と……我々の教育不足が招いてしまったことだと認識しています。ですので、今後は教育に抜けがないように徹底し、及び、教育のマニュアルの見直しをしていくことで問題の再発を防止するよう、努めていく予定です」


 答え終え、ほっとした社長がそっとマイクを置いた。


 そこで間髪入れず、記者が手を挙げ、次の質問に移る。


「問題行動を起こした社員には、罰則などはあるのでしょうか?」

「はい?」

「ですから……問題行動を起こした社員には、罰則などはあるのかと――」


「ああ、はい、もちろんです。罰則は考えております。ボーナスなどのカットなどを……考えておりますが、詳細が決まり次第、あらためて報告したいと思います」


 その後も、質問が続く。


「被害を受けたと主張する方々が多くいますが、その方々にメッセージなどはありますか?」

「……あ、すみません、もう一度質問をお願いします」


 上手く流れない会見に全員がヤキモキしながらも、記者たちの質問は続いていく。


「社長が辞任をする、という考えはなかったのでしょうか?」

「はい?」

「……社長が、辞任をすることで責任を取るという方法も……」


 ゆっくりとだが、会見は進んでいく。

 記者の手がまた挙がった。


「問題の発生から記者会見まで時間が空きましたが、この間、いったいなにをしていたのか答えてください」

「(うん、この質問にはね、)――え? あ、はいはいなんでしょうか」


 若い社員と小声で話していた社長が記者に聞き返す。

 記者は、呆れながらも質問を繰り返した。


「この記者会見まで、いったいなにをしていたのですか?」



 質問が続いていた。

 その間、会見を開いた社長と社員は、一度も記者たちの質問を一回では聞き取れていなかった。距離が遠いわけではない。シャッター音のせいもあるかもしれないが、一度や二度ならまだしも、全質問に聞き返しているとなると……悪意があると疑われても仕方がないだろう。


 気づいた記者が指摘した。


「なぜ一回で聞き取れないのでしょうか! バカにしているのですか!?」

「え?」

「ほらこれですよ!!」


 怒る記者をなだめるように、若い社員が「まあまあ」と微笑みながら。


「すみません、私たちもまだ不慣れなもので」


「冷静に見えているかもしれませんが、我々は我々で最初から緊張しっぱなしなのです。まるで見えている風景を絵の外側から見ているような感覚、とでも言えば伝わるでしょうか……? 意識が遠くなっている、ともまた違いますか。ともかく、我々も初めてのことでして、パニック中なのです……申し訳ない」


 社長が頭を下げた。

 合わせて、若い社員も、反対側の社員も頭を下げる。


「言い訳をするつもりはありません。これが今の我々の実力なのです。……もちろん聞く姿勢ではあるのですが、やはり一回で全てを聞き取るのは難しいので……」


「入念な準備の上で会見を開いたのではないのですか?」

「え?」

「そろそろ慣れてください。いつまでも不慣れでは通用しませんよ」


 分かってはいるが……社長は苦笑いを作った。


「無茶を言わんでください……こんなに注目されている中で慣れるのは、難しいです」


 大量のカメラの台数、それ以上の人の数が目の前に広がっている。

 溢れんばかり、と言いたくなる視界に慣れるには、まだまだ時間がかかるだろう。

 気持ち的に、全員から威圧されているようなものだ。


「聞き取れてはいませんが、噛まずに喋れているだけまだマシでしょう。初めてにしてはまだできている方という気がしますが……」


「そうですか……。では、最後の質問になります」

「え?」

「まだ言ってないですからね!?」


「ああっ、すみません! あの……質問した後に、同じ質問を繰り返してくれませんか? たぶん、我々は聞き取れないと思いますので……」

「……仕方ないですね……」


 渋々、記者が希望に沿って質問を繰り返したが……、

 しかし、三回目を欲するように、社長が控えめだが、人差し指を立て「もう一回」とお願いする。


「――ですからっ、今回の問題行動について、」


「いや早い早い、聞き取れんって」


 すると、若い社員が社長に耳打ちをしていた……。

 社長は、ああ、と頷き、社員の方を振り向き、一言。


「…………え?」



 首を傾げた社長。

 苦笑いをする若い社員。

 そして、腕時計で時間を確認していたもうひとりの社員が、世間に数日間だけ注目された。




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緊急!聞き返して記者会見! 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ