悪魔の見る夢

和泉茉樹

悪魔の見る夢

     ◆


 イソロクにとって、ドローン操縦は夢だった。

 ドローンを使った映像撮影をしたいけれど、まだ腕前を認められていないし、伝手もなければ受け入れてくれるスタジオもなかった。

 進学を機に一人暮らしをして、時間は自由になった。

 その時に「フライング・ボム」というゲームと出会った。

 ドローンを操作し、目的地に五人一組で手榴弾を投下するVRゲームだ。VR空間は現実そのもののにようにリアルで、コントローラの反応も機敏である。

 手榴弾を投下する先は森林地帯だったり市街地だったりした。

 戦場という設定だ。

 ドローンは一回のミッションで二機しか与えられない。敵からの反撃があるので、単純にドローンを飛ばすだけでは済まない。

 自動小銃を撃たれるくらいならいいが、電磁波攻撃やドローン対策の罠もある。森林では樹木の間にネットが渡されたりして、シンプルな罠だがドローンが飛び込んでしまうと、おしまいだ。

 戦場はゲーム内で「UK」と表現されていた。

 ゲームでは複数の視点があり、ドローンに装着されたカメラからの映像と、かなりの高度から撮影される空撮映像とでミッションに挑む。

 ドローンに装備されているカメラは解像度には問題ないし、ある程度のブレは補正される。そして空撮映像は、やろうと思えばかなりズームすることができた。これでミッションの対象になる敵の拠点の状況がわかることもある。

 その日もイソロクは仲間とミッションに挑んでいた。どこともしれない木立の中にある滑空砲の並ぶ敵陣地を爆撃するのだ。

「アイス! もっと離れてくれよ!」

 イソロクの声に、アイゼンハワー、通称アイスから異国の言葉で返事があるが、視界の隅にイソロクのわかる言葉で翻訳される。

「そっちこそ離れてくれよ、イソロク。きみは迂回しろ」

「北は私が行く」

 割り込んだのは別の言語で、やはり即時翻訳される。相手はブラッディ・メイを名乗っていたが、仲間内ではメイと呼ばれていた。

「じゃあ、僕は南から回り込む」

 イソロクが告げるのに、さらに別の言語で二人がまくし立てた。ダンダムという男性とマンバマンバという女性だった。

 イソロクは彼らの顔を知らない。本名も知らない。知っているのは声だけだ。

 五機のドローンが木立を抜けていく。ドローン本体からの映像で障害物の有無を確かめつつ、空撮で表示されている攻撃地点を確認する。ドローンは森林を形成する木々の上を飛んでいたが、最終的にはもっと降下する必要がある。

 ドローンに装備されているのはただの手榴弾なので、高い位置から落としても精密な攻撃は不可能だ。

 むしろ、ドローンそのものを攻撃対象に突っ込ませるくらいのことをしないと、ミッションクリアは難しい。

 今回のミッションなら、最後は攻撃目標に対して、低空で迫るか、頭上から急降下するかになる。頭上は警戒されて、大抵の敵の拠点は頭上をネットで覆っている。当然、周囲にも無数のトラップがある。

 ドローン攻撃は敵にも悟られている。それでもテクニックさえあればどうとでもなる。

 真っ先にマンバマンバが敵の拠点に接近した。彼女のドローンからの映像でおおよその状況がわかる。周囲がネットで覆われている。

 彼女が短く罵り声を挙げるが、その詳細までは翻訳されなかった。

 マンバマンバのドローンの映像が乱れ、消失。罠に衝突したのだ。

 すぐにイソロクの視線は自分のドローンからの映像に戻る。頭上からはアイスが飛び込む作戦だった。メイとイソロクは側面からの援護で、マンバマンバとダンダムも同様の囮に過ぎない。

 そこへイソロクでもわかるアイスの罵声が聞こえた。彼のドローンからの映像が消えている。

「電磁砲だ。信じられん」

 そんな文章が流れるが、もちろん、のんびりと見ている余裕はない。アイスのドローンがダメなら、このミッションをクリアするには残りの三人でどうにかするしかない。アイスとマンバマンバの予備機が味方の拠点を離れているが、すぐにはイソロクたち三人の元へ来ることはできない距離だった。

「私たちでやろう」

 メイの言葉に、もちろん、とイソロクは答える。コントローラを握り直した。

 木と木の間にはネットがあるが、全てを覆っているわけではない。ある程度の高さ、もしくは低さならやり過ごせる。

 目の前を次々と木々が流れ去っていく。低く飛びすぎると下草がドローンに絡んで墜落してしまうが、ギリギリを攻める必要がある。

 ネットをやり過ごし、時には迂回して、攻略地点を目指す。ドローンは機体を縦にしたり斜めにしたりして、それでも高速で機動し、バランスを際どく保つ。

 そこかそばで爆発の閃光。ダンダムの罵声。続いてまた爆発。今度はメイの罵声。

 それらをイソロクは意識の隅で見て、忘れた。

 ついに最後のネットをすり抜け、前方に滑空砲が並んでいるのが見える。一個の手榴弾などたいした威力はないが、今はそれしか武装はない。

 敵の人間が動いているのが見えた。イソロクに気づいているのか、いないのか、それはどうでもよかった。

 空撮映像と照らし合わせる。ここだ。

 イソロクは手榴弾を投下し、ドローンを舞い上がらせる。しかしネットに絡まり、姿勢制御が不可能になった。

 視界がぐるぐると回る。

 その片隅で爆発が起こり、そして目の前が真っ暗になる。

 すぐに表示が切り替わり、ポイントに換算された戦果が表示される。

 仲間たちと意見を交換し、別れる。

 VRゴーグルを外したイソロクは、自分の住まいを見て、椅子の上で背筋を伸ばした。

 今日は休日だった。次のミッションは夕方からにしよう、と決める。

 本当のドローンを飛ばしたい、と思い、窓の向こうに目をやった。

 その時、一機のドローンが見えた。

 見る間に大きくなった。こちらへ向かってくる。

 機体の下には卵状の物体。

 突っ込んでくる。

 そう思った時、ドローンは窓を突き破っていた。

 イソロクは咄嗟に顔をかばい、目を瞑った。

 轟音と衝撃を叩きつけられ、イソロクは何も分からなくなった。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔の見る夢 和泉茉樹 @idumimaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画