学園一の才媛がファーストピアスを付けたら

 ぶっ、と吹き出してしまうのも仕方ないだろう。

 それぐらいの突拍子のなさと驚きが、蜜樹の発言にはあった。

「急に、……なにを」

「ん? そういうことじゃないの?」

 違う。

 けど、声が出てこなくって、ぶんぶんっと首を左右に振る。


「なんだ」

 と、落胆するように蜜樹は肩を落とした。もし、同意してたら本当にするつもりだったのか。

「そもそも、なんで」

「気持ちいいらしいから」

 隣の子が言ってたわ、と言う。

 誰だ。教室でそんなあけすけに話す奴は。頭の中に教室を浮かべて、あぁ、あの派手な女かと思い出す。色付きリップとか、パーマとか。校則に引っかからないギリギリを突いてお洒落をしている同級生だ。

 確かに、男性経験があっても不思議ではない見た目と性格をしているけど、だからって真に受けるか。


 えぇ……。

 呆然と蜜樹を見つめていると、小首を傾げられる。

「どうしたの? あなた、顔が真っ青よ」

「そりゃそうでしょ」

 もはや、羞恥を通り越して怖さしかない。なにこの痴女。金が目的の方がまだ理解ができる。けど、そういった下衆な考えは見えない。お茶しようぐらいのノリで性行為を提案してくる蜜樹がただただ恐ろしい。


「嫌ならいいけど」

 そこまで行為に執着していないのだけは救いだった。

 けど、発言には危うさしか感じない。

「痴女なの?」

「処女よ」

「……っ、そういうところっ」

 露骨すぎる。

 正直なだけなんだろうけど、もう少し慎みを持ってほしかった。聞いてるこっちばかり恥ずかしくなる。


「不純って言ったら真っ先に思いついたのがセックスだったのだけど、ダメならしょうがないわね」

「……セッ、……女の子がそういう言葉を何度も口にしない方がいいと思う」

「じゃあ、性行為」

 そうじゃない。

 蜜樹もそんなことはわかっているようで、俺の反応を面白がるように目を細めて笑っている。男を誑かす悪魔という意味では、十分な素養が見え隠れしていた。これが本当に学園一の才媛なのか。疑わしくなってくる。


 嘆息する。

 グレた。なんて表現は嫌だけど、勉強に疲れてピアスを付けてサボっただけなのに、どうしてこうなるのか。想像していた悪いこととは違っているどころの騒ぎじゃない。

 はぁー……と長く息を吐き出していると、不意に左耳に触れられる。さわっと撫でた感触にびくっと体が跳ねて、抱えていた鞄をより強く抱え込んで飛び退く。


「な、なに……!」

「ピアス」

 前屈みになっている蜜樹は、指を伸ばしたままそれだけ口にする。だからなんだ。

「気になったから」

「……子どもなの?」

「学生だもの」

 そうじゃない。幼児かと問うべきだったか。


 さっきのセッ……発言といい、羞恥の欠片もなさそうな態度は情緒の育っていない幼児そのものにも見える。まさか、手慣れすぎて反応が淡薄になったわけじゃないだろう。

 頭がいいのは間違いないけど、ズレにズレている。彼女の親は勉強以外にも教えるべき事柄があったろうに。

「痛かった?」

「いた……? あぁ、ピアス」

 左耳に付いたファーストピアスに触れる。

「痛かった」

 本当に。たった二日前の出来事。なかなか忘れられない。


「そっか」

 と、興味があるのかないのか。近くに置いていた鞄を引っ掴むと、なにやら漁り出す。急になに。そう思っていると、鞄から取り出したのは未開封のピアッサーだった。

 厳ついカラビナにも似たピアッサーを、蜜樹はケースから取り出す。

 買ったんだ。まさか、俺のを見て?

 影響を与えたことにいささかバツの悪さを覚える。ピアッサーを取り出しているのだから当たり前なんだけど、それでも訊いてしまう。


「開けるの?」

「開けるの」

 わかりきっていた返事。

 確認以外のなにものでもなく、それでも訊いた俺はどういった返答を期待していたのだろうか。薄暗い天井を見上げて物思いに耽ろうとすると、白いピアッサーがずいっと目の前に突き出された。あ、え?


「だから、開けて」

 蜜樹を見ると、はちみつのような琥珀の瞳が出迎えた。そこに冗談の色はなく、開けたばかりのピアッサーを押し付けてくる。

 握らされたピアッサーを見下ろす。

「なんで俺……」

 それは、どうして俺が開けなきゃいけないのかというぼやきだった。状況に即したただの嘆き。けれど、蜜樹は違う意味で受け取り、あなたのせいだからと俺を非難する。


「当たり前に勉強をして、一番を取って。

 周囲もそれを当然と受け止める。

 代わり映えなんてしない毎日。

 つまらなくって、けど、変えようなんて思えなかった。

 境界線上を歩くだけ。線を超える覚悟なんてなかった」

 だけど昨日、と。

 そういった蜜樹の声に惹かれて顔を上げると、非難の言葉とは裏腹に楽しそうに目元を緩めていた。


「あなたがピアスを付けて、あっさりと線をはみ出した。

 私もそうしたいって、そう思ってしまった。思わされて、こうしてわたしが線を越えてしまったのは、あなたの……雨音あまねくんのせい」

 手を取られる。

 そのまま、蜜樹の右の耳に導かれる。ピアッサーの針が、彼女の白い耳を甘噛する。


「だからー―責任を取って、あなたが開けて」


 パチンッ、と視界が暗転する。俺と彼女の境界を超える音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ピアス穴を開ける。痛かった。そしたら、学園きっての才媛にリップで間接キスをされた。 ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中! @nanayoMeguru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ