【GRAY】-黒き女騎士と白の希望-

夢咲咲子

GRAY

 彩り無き明暗の大陸に、二つの王国が栄えていた。

 東に黒の王国。西に白の王国。二つの国は長きに渡り領土争いを続け、流れた血の分だけ深く憎しみ合っていた。


 黒壇のような髪と肌と瞳を持つ、黒の民アーテリアン。屈強な肉体を持ち武勇に長けているが、その寿命は百に満たない短命な種族である。死への焦燥が彼らを蛮勇な戦士にし、戦場に駆り立てた。


 雪の如き純白の、白の民アルビアン。神秘の魔法を扱い、黒の民アーテリアンの数倍長い年月を生きる長寿の種族である。しかし肉体は虚弱で、魔法に頼り切っていた。彼らは長命が故に達観し、他の種族を見下している。


 今より千年前。争いを見かねた天の神は、それぞれの王に呪いを掛けた。

 呪いは大陸人の体を蝕み、黒の民アーテリアンはより短命に、白の民アルビアンは魔力が弱まり、双方共に視力を失いつつある。


 神は、呪いを解く方法は互いの国に隠されていると告げた。しかし疑心と憎悪に満ちた黒と白が、助け合う筈も訳もない。侵略してから探せば良いと、より激しく争うようになった。



 *




 まだ朝靄あさもやの残る薄暗い森の中。漆黒の木々の間から差し込む白い光が、騎士達の黒い鎧を照らす。騎士達が剣を構える先には、彼らより一回り小さい鎧姿。しかし圧倒的な存在感を放つ、女騎士ノクシアが立っていた。


 パタッと露が葉を打つ音を合図に、騎士達は一斉に彼女に向かって駆け出す。


「甘い!」

 ノクシアは四方からの攻撃を難なくかわした。彼女の放つ鋭い一閃に、騎士が剣を取り落す。目にも止まらぬ速さで相手を狩るその姿から、彼女は“黒豹くろひょう”の異名を誇っていた。


「剣を振るう時は全力を尽くせ! 半端な力では敵を倒せないぞ! 戦場では黒と白、どちらかのみが生き残る。その覚悟を持て!」

 ノクシアの怒号が響き渡る。


 ――黒と白の両国は、長年の戦による国力の低下から、五年の休戦期間を設けた。三年後には準備を整えた両国による、これまでにない激しい戦いが始まる。


 王国第三騎士団、団長ノクシア。彼女は次の戦でも活躍を期待されていた。




 野外訓練を終え城に戻る道中、ノクシアは茂みの中に何かを見つけ足を止める。


「団長、どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。先に行っていろ」

 彼女の返答に部下は納得のいかない顔をしていたが、その鋭い眼光で睨まれるとそそくさ立ち去った。


 ノクシアは誰も居ない事を確認してから、茂みを掻き分ける。そこには羽に矢の刺さった、一羽の白い鳥。足元の黒い草にはミルク色の血液が滴っていた。


 黒の国では忌避きひされる、白い動物。その矢も誰かが悪意を持って放ったのだろう。白を嫌悪する気持ちはノクシアも同じだが、罪無き獣を傷付ける事には共感できない。


 すっかり弱り切った小さな生き物の、憐れを誘うその姿に、ノクシアはそっと手を伸ばした。


 真珠の瞳は怯え、警戒するように見開かれ「カア」と鳴く。



 それが、一人と一羽の出会いだった。







 それから半月。ノクシアは訓練や巡回の合間を縫って、日に上げず森を訪れるようになっていた。

 草を揺らす清涼な風。樹木は高くそびえ、枝葉のレースが光を和らげる。静かな黒の森は、張り詰めたノクシアの気持ちを穏やかにしてくれた。


 ガサリと茂みが揺れ、小さな姿が現れる。巻かれた包帯がまだ痛々しい、あの時の白い鳥だ。


「おい鳥、まだ自分で餌は獲れないか? 腹が減っているなら食え」

 ノクシアが持ってきた包みを差し出すと、鳥は嬉しそうにピョンピョン跳ねて近付いてくる。「随分元気そうだな」と呆れるノクシア。彼女はなにも、鳥相手に独り言を言っている訳ではない。この鳥は、


「酷いなあ。僕、まだ一羽じゃ何にも出来ない可哀想な怪我鳥だよ? もっと労わってよね」


 ――喋る。


 怪我の手当てに五回目に訪れた時、そのくちばしから初めて人の言葉が出て来た瞬間の衝撃を、ノクシアは生涯忘れないだろう。鳥曰く、前の飼い主が熱心に言葉を教えたとの事。


 ノクシアはこの鳥が白の国のスパイである可能性も考えなくはなかったが、白い鳥など王城付近を飛んでいるだけで射殺いころされる。それに、この鳥は見るからに鈍くさく、あまり賢そうでもない。そこで、元気になってどこかへ飛び去るまで見張っておこうと、世話をするようになったのだ。


「また黒パンにブルーベリージャム? 僕、飽きたよ」

「嫌なら鼠でも食ってろ」

 鳥がヒッと悲鳴を上げる。この鳥は野性を忘れたのか、人間の食べ物しか口にしない。以前ノクシアが黒鼠を取ってやった時、丸い目を涙に溺れさせ散々喚いていた。


「あーあ。たまには半熟のオムレツとか食べたいな。僕の大好物なんだ」

「半熟だと? 卵は焦げるまでよく焼いたものに限る! ……いや、待て」

 鳥の好物が卵とは、倫理的にどうなのか。種類が違えばいいのか?

 ノクシアの何か言いたげな目に、鳥は首を傾げる。


「何?」

「……そういえばお前、何の鳥なんだ?」

「僕? えっと……ハト。いや、カラスかな。カア」

「ハッキリしない奴だ」

 白いし、くちばしもカラスと比べると小さい。本当にカラスかどうかは定かではない。


 この喋る鳥は、非常にいい加減な性格をしていた。厳格なノクシアとは正反対だが、相手が無害な鳥だからか、彼女は大分寛容になっていた。

 

 自分の食事を終え寝転ぶノクシア。その頭に、ブルーベリーの香りのカラスが擦り寄る。


「なんだ、こそばゆい」

「君の髪ってツヤツヤでとっても綺麗だね。僕、黒って汚いだけだと思ってたよ」

「喧嘩を売っているのか」

「ううん。口説いてるつもり」

 はっ、と鼻で笑うノクシア。


 暫く心地良い無言が続く。カラスがうつらうつらし始めた時、ノクシアは勢いよく体を起こした。


「午後の訓練の時間だ」

「ビックリした……。もう行っちゃうの? また来てくれる?」

「時間があればな」

 夜の闇より深い瞳が、少しばかり優しい色でカラスを見下ろした。漆黒の髪がサッと肩を流れる。カラスは眩しそうな目で、「カア」と鳴いた。




 *




 一人と一羽の関係が始まり、早三月はやみつき

 怪我がすっかり良くなったカラスは、まだ飛び去っていなかった。ノクシアもそれをどこか嬉しく思っている。彼女はカラスに不思議な友情を抱き、そして自身の変化を感じていた。

 生真面目な彼女はお気楽な鳥の影響で、少しだけ肩の力を抜くことを覚えたのだ。以前より明るく穏やかになり、部下達との関係も良好になった。


 だから、そんな風に活き活きとしていた彼女がその日、暗い顔で膝を抱えていたことにカラスは驚いた。


「鳥……なんて顔をしている」

「いや、それこっちの台詞だから。何かあったの?」

 脇腹をツンツンくすぐるカラスに、ノクシアは僅かに表情を緩める。そしてポツリポツリと話し始めた。


 彼女を悩ませているのは、見合い話だ。ノクシアは男爵家に生まれた三女。適齢期にはそのような話もあったが、彼女は剣の道を選んだ。戦果を上げ、力付くで周囲を黙らせてきたのだ。


 しかし二十七になった今、再び見合い話がやってきた。相手は妻を亡くした第一騎士団長。少し前からノクシアに度々言い寄っていた男だった。性格はさておき家柄も実力も申し分ない相手である。

 周囲も優秀な血を掛け合わせることに賛成のようだった。


「私は騎士だ。戦場で戦い王国を守るのが私の役目。結婚など考えたことも無い」

「う、うんうん」

「しかし、もしこの結婚が王国の為になるなら。それが女としての義務だというなら。……ああ、悩むなんて私らしくないな」

 ノクシアはくしゃりと顔を歪める。


「……カァー! 本当に君は、真面目だねえ!」

 カラスがバサバサとノクシアの顔に飛びつき、その頬を軽くついばんだ。「こら、何をする」彼女達はじゃれ合い、緩やかに地面に倒れる。


「騎士とか女とかさ、そうじゃないでしょ。君は、たった一人のノクシアなんだから。大切な自分の為に悩むのは、悪いことじゃないよ」

 耳元でさえずる優しい声。

 

 ――ノクシアには、目の前に広がる昼間の白い空が、いつもより多彩に見えた。白も黒も決して一色ではない。そこには濃淡があり、いくつもの色が存在している。今は二通りしか見えない道だが、他の道もあるのかもしれない。


「そうだな。やっぱり断ろう」

「え? 今の流れでそうなる?」

「私は何でもハッキリさせておきたいんだ」

「ああ、そうですか」

 鳥は呆れたような、どこか嬉しそうな溜息を吐いた。



「なあ、鳥……いつか私達は、こんな美しい空を見られなくなるのだろうか」


 彼女の腕から首にまで広がる、白い刻印。それは、命をむしばみ視力を奪う、神の呪い。

 小さな丸い瞳が悲し気にそれを見つめた。




 *




 見合い話を断り、一層騎士として磨きをかけるノクシア。彼女はまた一皮むけたようだった。


「だからって脱がなくていいんだよ! 恥じらいを持って!」

 訓練の後だからと着替え始めるノクシアを、カラスが慌てて止める。


「“だから”って何だ? 人目もないのに何が問題なんだ?」

「あのね、僕、オスなんだよ!?」

「知っている。で、だから何だと?」


「カー!」ともどかしそうに頭を振るカラス。「もう今しかない。これを逃したら僕の沽券こけんに関わる」とブツブツ呟く。

 大丈夫かと声を掛けようとしたノクシアは……目を疑った。


 白い羽が数回羽ばたくと、その姿はみるみる大きくなっていく。いつの間にかそこには一人の少年が立っていた。


 ノクシアより目線の低い、少年と青年の境の華奢な体。髪も肌も瞳も白一色で、顔の半分には、黒い呪いの印が刻まれていた。


 憎き白の民アルビアンの姿に、ノクシアは反射的に飛び退き剣を取る。消えた鳥と現れた少年が、彼女に残酷な事実を突き付けていた。


 一部の白の民アルビアンが、魔法で動物に姿を変えられる事を、彼女は知らなかった。


「お前、やはりスパイだったのか!」

「違う違う、とにかく話を、」

 ノクシアは少年の言葉を待たず切り込む。排除すべき敵の存在は、黒の民アーテリアンの遺伝子に刻まれているのだ。しかしその刃は少年に届かない。ノクシアは地面から伸びるつるに手足を拘束され、倒れ伏した。


「……今まで弱いフリをしていたのか、卑怯者!」

「脳あるタカは爪を隠すって奴だよ。あ。カラスだったね」

 その軽口はよく聞き慣れたもので、ノクシアは唇を噛む。

 

「殺すなら殺せ。最後の力で喉元噛み切ってやる」

「いやいや、話を聞いてってば」

白の民アルビアン戯言ざれごとを聞く耳などない」

「あるよ、ここに」

 少年の冷たい手がノクシアの耳に触れる。ノクシアはその透き通る瞳に吸い込まれた。


「落ち着いて。僕はスパイでも暗殺者でもない。黒の王様に、真実を伝えに来たんだ」

 少年の額が、ノクシアの額に重なる。するとノクシアの中に、少年の意識が流れ込んできた。



 少年――白の国の魔法使い、アルバ。

 彼は王国の遺跡から、封じられた古文書を見つけ出す。

 太古の賢者が残したというその書には、この世界の真実が記されていた。


 大昔、神は大陸に二つの種族を作った。光ある所に影ができ、影ある所に光がある。白と黒の二つが彩る美しい世界を、神は望んでいた。


 しかし人々は互いを羨み、憎み、どちらか一方に染めようとする。人々の欲深さに失望した神は呪いを掛けた。


 白と黒が互いを許し、愛し合うことでしか、解けない呪いを。

 白は黒を、黒は白を見つめなければ、世界が色を失う呪いを。


 アルバは白の女王に書の内容を訴えた。しかし女王の耳は、憎しみに閉ざされていた。

 古文書の賢者も、誰にも聞き入れられなかったに違いない。だから未来に託したのだ。


 先の戦で多くの仲間を失ったアルバは、三年後に迫りくる戦争を何としても止めたかった。そこで彼は賭けに出た。身をもってその書の内容を証明し、黒の王と白の女王を説得しようと、黒の国に単身で飛び込んできたのだ。


 しかし道中で矢を射られ、長旅で魔力を消耗していた彼は瀕死ひんしおちいる。その時ノクシアに出会った――という訳だ。



「……信じられないな」

 力ないノクシアの声。アルバと意識を共有することで、彼の見てきたものを追体験した彼女は、虚言だと一蹴する事が出来ない。


「僕も最初はそうだった。でも君と居て、分かったんだ」

 アルバはノクシアの拘束を解き、彼女の手を取る。ノクシアは振り払おうとするが、非力な少年のその手から逃れることは出来なかった。


「拒まないで。ちょっとでいいから、僕を受け入れてみて」

「何を……」

 ノクシアを見つめる、二つの瞳。そのあどけない白は、彼女の大切な友人そのものだった。ノクシアの頭の中に、森での穏やかな日々がよみがえる。それが全て嘘だったとはどうしても思いたくない。


 その時、視界の曇りが晴れた気がした。不思議と世界がいつもより鮮明に見える。ハッとして腕を見ると、呪いの刻印が薄くなっていた。


「これで、分かって貰えたよね。僕達が互いを……その、手を取り合うのが呪いを解く方法だって」

「手を取り合う……」


 ノクシアの心に温もりが広がる。――同時に、冷えた。自らの剣にこびり付いた色を思い出し、堪らず身を引く。

 彼女の拒絶に刻印は戻り、アルバは「あ、」と悲し気に目を伏せた。


「お前、この事をどうやって陛下に伝える気だったんだ」

「えっ? いや、今君にしたみたいに……無理かな?」

「無理に決まっているだろう。白の民アルビアンの言葉など、誰も聞きやしない」

「うーん。じゃあ、どうしよう」

「私が話してみよう」

 力強いノクシアの言葉に、アルバが目を丸くする。


「協力してくれるの?」

「呪いを解く方法なんて、これまで手掛かりさえなかったんだ。試してみる価値はある」

「ありがとう!」

「お前の為じゃない、国の為だ。とりあえずお前はここに隠れていろ。私は陛下に謁見の――」


 ガサリと草の揺れる音。二人はいつの間にか、黒の騎士達に囲まれていた。先頭に居る人物は、第一騎士団長クロウ。ノクシアに見合いを断られ、執念を燃やす男である。


「まさか気高き黒豹サマが、白の民アルビアンと密通しているとはな」

 嫌味な笑い。ノクシアは騎士の数を数え、瞬時に戦力を概算する。


「……逃げろ!」

 アルバを後ろに押し退け、騎士達に剣のみねで立ち向かうノクシア。アルバは躊躇ためらいを見せるも、彼女と騎士達の気迫に負け、鳥に姿を変え空に飛び立った。

 それを見届けてから、ノクシアは大人しく捕らえられる。クロウを含めたこの人数には敵わない。それに、彼女の剣は王国民を守る為にあるのだ。


「おい、俺の女になるなら助けてやってもいいぞ」

「結構だ」

 間髪入れないノクシアの返答に、クロウは舌打ちした。




 *




 重苦しい曇り空の下、処刑台広場には人々が集まり、高名な反逆者の処刑の時を見守っている。台の上には、鎖で縛られ膝を付くノクシア。


 執行人が罪状を読み上げるのを、彼女は静かに聞いていた。


 捕らわれの身では、王どころか誰一人耳を貸さない。ノクシアは自身の無力さに辟易とする。……それでも、アルバを逃がすことは出来た。それだけが心の救いだった。

 頼りなさの否めない少年だが、決して臆病ではない。新たな道を切り拓こうとたった一人で敵国に乗り込んできた彼は、黒の民アーテリアン以上に勇敢だ。


(きっとあいつなら、私の心を溶かしたように……)


 処刑人が斧を持ち上げるのが気配で分かる。ノクシアは目を閉じた。



 その時、にわかに人々のざわめきが聞こえ、ノクシアは目を開ける。


 ――人々の黒い目が、上を見上げていた。



 顔を上げたノクシアは、空に輝く純白の羽を見た。投石や矢で傷付けられても、力強く空を舞う、白いカラス。

 カラスはノクシアの前に降り立ち、少年に姿を変えた。彼が手を振りかざすと、処刑人の手から斧が落とされる。


白の民アルビアンだ!」人々の悲鳴混じりの声。

 それにも負けない声量で、ノクシアは叫ぶ。


「どうして来た!」

「君を助けに来たんだよ」

「誰が助けなど、」

 ノクシアの声は震えた。一人きりで、人々に失望され死んでいくことを受け入れられたのは、まだこの世界に希望があったからだ。その希望が壊れてしまうところを見たくはない。

 しかし震えているのは彼女だけではなかった。アルバもまた人々から向けられる鋭い敵意に震えている。


「……助けられる算段はあったのか? いや、無かったんだな。どうしてそう無計画なんだ。真実を知るお前の死が、いかに大陸の損失か考えなかったのか?」

「目の前の、もっと大きな損失しか目に入らなかったんだ」


 アルバは鎖で動けない彼女を、抱きしめる。放たれた矢から庇うために。


 白い飛沫しぶきが上がり、人々は湧いた。矢を射ることを命じたクロウの、嫌な笑い声が一際高く響き渡る。

 ノクシアは薄い少年の胸の中で、全てが夢のように思えていた。アルバは呆然とする彼女の頬に触れ、霞んだ視界で、彼の最も美しいと感じる色を瞳に映す。


「やっぱり……綺麗だね。最後に見るのが君で良かった」

「なにを、たわけた事を、」

「うん。君には口で言っても、駄目だよね」


 アルバは残された力を振り絞り、ノクシアに口付けた。ノクシアは驚き――それを静かに受け入れる。


 じきに訪れるだろう暗闇の中で、互いを見失わないように。深く、重ねた。



 ――その時、世界が表情を変える。

 人々は見たことも無い光景に息を呑んだ。



 ノクシアとアルバの体から放たれる、力強い闇と清らかな光。

 黒と白は混ざり合い、周囲に柔らかな灰色の輝きを放つ。


 

「何だ、これは……」

「僕達、どうなって……」

 ノクシアとアルバは目を見開き、互いを見つめる。体の傷はすっかり癒えていた。そればかりか、その体からは忌まわしき刻印が完全に消えている。鮮やかに晴れ、澄み渡る視界。ノクシアの体には力がみなぎり、アルバの体には魔力が無尽蔵に湧いた。


「珍妙な術に惑わされるな! 捕らえろ!」

 クロウが剣を抜き、二人に襲い掛かる。

 ノクシアの反応は、早かった。「ふん!」と力任せに鎖を引きちぎり、地面に落ちていた斧を素早く拾い上げ、クロウの剣を真っ二つにする。

 息も付かせぬその神速は、まさに戦場の黒豹――いや、黒い稲妻だ。


 クロウ率いる第一騎士団が二人を取り囲もうとするが、堪らず出てきたノクシアの部下達が、それを止める。

 人々の目から呪いが溶け出し、頬を伝った。


「これは奇跡だ」と誰かが言う。誰もが言う。

 手を取り合う黒と白の姿に、人々は希望を見たのだ。


 天幕の奥、黒の王の厳しい表情も和らいでいく。灰色の光が彼の心を溶かした。


「こんな事があるのか」

 王の呟きに呼ばれたように、玉座の裏から巨大な白蛇が現れ、王も衛兵も腰を抜かす。蛇は見る間に美しい女の姿に変わり、固い絆で結ばれた少年と女を見て目を細めた。


「我が息子ながら見事だ。本当に呪いを解いてしまうとはな」


 白の王国の女王、アルバの母。彼女は息子の危機を察し駆け付け、この奇跡を目の当たりにした。


「黒の王よ。我らは互いの血に染まり過ぎた。積もり積もった憎しみは、すぐには消えない。しかし我々の子、孫、その先の世界の為に。この手を取り合うべきなのかもしれないな」


 白い手が差し出される。細く白い女の手を、無骨な黒い男の手を、二人は恐々と取った。




 *




 呪いを解く唯一の方法は、争いを始めた“王族”が、相手の種族を愛し愛されることだった。

 ノクシア達の活躍により呪いは解かれ、あれから一年。二つの国は過去のしがらみを抱えながらも、共存の道を模索している。


 英雄となったノクシアとアルバは、国交のために互いの国を行き来することが増えた。ノクシアは、アルバが王子だと知った時は流石に態度を改めたものの、アルバ本人に頼まれ、前と同じく接している。


「僕の妹の話、聞いた?」

「ああ、我が国の王子殿下との婚約話だな。兄としては心配か?」

「先を越されちゃうのが不満なだけだよ。あー、僕も結婚しようかなあ」

「い、いいんじゃないか」

「だよね! ありがとう!」

 アルバに手を握られ、ノクシアは焦る。


「は? ちょっと待て、私は、私は子供を相手にする気は、」

「あのね、僕はこれでも君の三倍は生きてるんだよ。長寿だから」

「なっ」

 ノクシアの腰を引き寄せ、彼女の知らない顔で笑うアルバ。


「あのさ、ノクシア。呪いは、愛し合うことで解かれるんだよ?」

「だ、だから、何だ」


「そろそろ、ハッキリしてもらえるかな? 白黒付けるのは得意でしょ?」


 愛らしく獰猛な白の瞳。ノクシアはもう逃げられない。


「ゆ、友愛という……」

「なに? 聞こえないなあ」


(この……腹黒王子め!)



―― 完 ――

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