第1話 告白

 花には、色々な感情が宿っている。それは花言葉に限らず、どんな場所で、どんな姿で。自然に育ったのか、誰かが育てたのか。そんな花を作る要素一つ一つが、感情として宿っている。

 僕は、そんな花を描くのが好きだ。花を描いている間は、現実から目を背けられる。自分の事を考えなくて済む。


 そのはずだったのに—


「そんな綺麗に描けないよ!どうやってそんな真っ直ぐな線描いてるの!?」

 ここ最近はずっとこれだ。同じクラスの浜里はまさとうみ。何故か彼女に付き纏われている。

「いやーしかし何度見ても驚くなあ。屋上にこんなに花が並んでいるとは!」

 無邪気という言葉が似合う大きな声で、彼女が叫んだ。

「僕が特別に許可を貰ってるの。周りに言うなよ。本来屋上は立ち入り禁止なんだし。」

「分かってる分かってる!言わない代わりに私に絵の描き方、教えてくれるんだもんね!」

「まあ…仕方なくね。」



◆◇◆◇



 彼女に屋上の存在がバレたのも、絵の描き方を教えるという面倒な約束を受け入れたのも、全てあの日のせいだ—。


「私と、付き合ってください!」

 上擦った声が、誰もいない空き教室に響き渡った。

 人生で初めてかけられる言葉と、僕に向けて差し出された手。その手の持ち主は同じクラスの浜里海。彼女は二年に進級してまだ一週間程なのに、もうクラスの中心となっている程、底抜けな明るさと魅力がある。

 …そんな彼女が僕に告白をしている。本当だったら喜んで付き合いたい所だろうけど、

「ごめんなさい。」

 僕は断った。

 単純に怖かった。彼女とは一年の時は別のクラスだったし、二年に上がってから話したこともない。

 そんな彼女が常に一人でいる僕に話しかける、ましてや告白だなんて、何か裏があるに決まってる。


「そっか…。」

と彼女は、肩につかない程の長さのある髪を人差し指にくるくると巻きながら、なぜ断ったのかも聞かず、逃げるように立ち去っていった。

 一度断ったら彼女も諦めるだろう。そう思っていた。

 しかし、彼女は僕が思っていたよりも図太いようだった。

 次の日、僕のロッカーには置き手紙が入っていた。

『今日の放課後、昨日と同じ空き教室に来てください。来なかったらみんなの前で要件を伝えます。』

 脅迫じみた文章の圧に負け、空き教室へと足を運ぶことにした。


「私と付き合ってください!」

 二日連続で告白する人間がいるとは…。

「ご、ごめんなさい。」

 当然断ったが、驚きで言葉に一瞬詰まった僕を見て、押せば行けるとでも思われたのか、次の日も、また次の日も彼女は僕に告白をしに来た。

 流石に耐えきれなくなって、次に告白しにきた時に直接彼女に聞いてみることにした。

「…君、これからも毎日告白し続ける気?」

「もちろん!君がその気になってくれるまでね!」

 迷惑にも程がある。万が一告白の瞬間を誰かに見られたらどうするつもりなんだ。告白の仕方も変えず付き合ってくださいとしか言わないし、やっぱり裏があるとしか思えない。

 断り続けたらそのうち諦めてくれるのだろうか…。

「明日も来るからね!」

 という彼女の言葉を背に、僕はそそくさと屋上へと向かった。


 本来立ち入り禁止の屋上に向かうのは、僕の趣味のためだ。

 屋上の扉の先では、無数とも思える鉢が並べられ、そのひとつひとつから花や芽が顔を出している。これらは全部僕が持ってきたものだ。誰にも見つからないように持ってくることにどれだけ苦労したことか。


 僕は今日もここで花を描く。線を描くごとに、命を削りながら—


「えええええ!なにこれ!」


 取り出した鉛筆が手から転げ落ちるくらい大きな声が耳を貫いた。

 転がる鉛筆の行方よりも先に声の主を確認するため、大慌てで振り返った。

 そこにはここ数日何度も見た女の子が、目をキラキラと輝かせながら立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もし、なくなっても めんたい粉 @rntry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ