第21話 パーラノア編~旅の途中
《百二十七日目》
今日はノアレアを旅立つ日だ。
治療はほぼ済み、患者全員が快方に向かった時点で、これまでの経験からやることはほぼ無くなった。全員が完治ではないが確実に回復するだろう。
全員が回復するのを待つと、前の街でもあった様に、感謝されまくって大変になることが経験上伺える。
まだ静かなうちにあたしたちは退散することに決めた。
クレスとクレアの冒険者登録は問題なくできた。そもそも自己責任の色合いが強い冒険者である。あたしたちが後見人に位置することで登録可能になるようだった。
街の城壁の門のところで、組合長のヒューベルトはじめ、数人の医療関係者とお別れの挨拶をした。
「おかげさまで、患者たちはだいぶ元気になりました。あなた方には街を代表して感謝を申し上げます。本当はもう少し留まっていただきたいところですが、ご使命がある身。無理は申せません。次の街でも存分にご活躍できるように心から願っております。」
相変わらず腰の低い組合長だ。紳士というより執事、といった方がイメージにしっくりくる。
「いや。俺たちはできることをしたまで。説明したように黄紋斑病は体力さえ維持できれば死ぬ病気じゃない。もう大丈夫だろう。」
シンがそう返すと、ヒューベルトはなお感謝を続けた。
「いやいや、あなた方がいなければ現場は更に混乱していたと思います。先が見えない洞穴みたいなものでしたからな。専門家のいない場所はどこも一緒でしょうが。それに、山賊討伐にも貢献して頂いた。」
そんなやり取りをしているうちに、先に賊に囚われていた親子らが何組か駆けつけて来た。
「主人に聞いて。もうお発ちと伺い、一言お礼を言いに来ました。」
息を弾ませて駆け付けた一人は、衛兵の旦那を持つサーレヌだった。
駆け付けたご婦人や子供たちに、口々に命を救って頂いたお礼だの言われながら、食料やら防寒具やら渡された。こういう実用的な物は大歓迎だ。
あたしたちもお礼を言い、また帰りには立ち寄ることを約束して、ノアレアを後にした。
「あの山賊たちはどうなったのです?」
ブランシュの手綱を握ったクレアがあたしを見上げながら言った。
クレアは本当にブランシュと仲が良くなったようだ。あたしはクレアを抱きかかえるように乗り、手綱はクレアに任せている。
「ヒューベルトさんの話では、あたしたちが街に着いてすぐに衛兵を派遣したそうだよ。あたしが拘束を解いてなかったもんだから、相当弱ってたみたいで、しかも自分で歩けないものだから荷馬車に積まれて街まで移送したみたい。本来ならば街の司法組織に任せるんだろうけど、現状無いからね。当分は街の収容所に監禁というところね。」
あたしは衛兵が派遣されると聞いたところで、賊を閉じ込めていた洞窟の結界は解除していた。手足は拘束したままだし、体力も使い果たしている頃合いだと思われたからだ。
今は牢屋の中とはいえ、手足の拘束は解いてあげたので生きた心地がしていることだろう。あたしは拘束を解くつもりはなかったのだが、シンに諭されて、不服ながら解いたのだった。
「俺は、マシロにあんな奴らに心を囚われて欲しくなかったんだよ。拘束したままだと、マシロのことだ。何かと気になってたんじゃないかと思ってな。」
拘束の話をクレアに話しているところを聞きつけたシンが、割って口を挟んできた。
「え~? そうかなぁ。けど! あいつら本当に許さん!」
「ほら。あのまま拘束状態だったら、マシロは時々それを思い出すだろう? ひょっとしたらダークな笑みを浮かべながらかも知れんが。拘束を解除することで縁が切れるってもんさ。そのうち、きれいさっぱり忘れるだろうよ。」
「え~? そうかなぁ。」
再度あたしが首を傾げていると、クレスが割って入った。
「けど、マシロさん元に戻って良かったです。いや。本当にここのところ、シンさんのことが心配なのはわかりますが、行動がいちいち不穏でしたからね。」
「あら? クレスくん、言うねえ。あたしのどこが変だったって言うの?」
あたしはクレスを少し睨みながら、クレアの顔に視線を移した。
クレアもあたしの顔をじっと眺めていたが、おもむろに頷いた。
(え? まじ?)
次にシンに視線を遣ると、何気ににこやかな視線にぶつかった。
シンは馬を寄せて、あたしの肩をポンポンと叩きながら言った。
「ありがとう、マシロ。俺のことで怒ってくれるのは嬉しいぞ?」
あたしは首を傾げながらも、自分の最近の行動を慎重に思い返し、じわじわと顔が赤くなるのを止められなかった。
♢ ♢ ♢
《百三十三日目》
「きゃあああ! きゃああ!」
男装の剣士マシロらしからぬ声をあげてあたしはブランシュを走らせていた。いや。正確にはクレアが手綱を取っているが。
街道は深い森の中を通っていた。
この辺りは国境の高い山脈沿いの道であり、街道も森の中を通さざるを得ない背景があるが、当然魔物も多い。
あたしが泣きそうになっている理由は、続々湧いてくる魔物がホラーな外見をしているからだ。あたしは前の世界にいた時からホラー耐性がまるでない。
「落ち着け、マシロ。マシロの魔法で片っ端から浄化されてるじゃないか。」
「そんな問題じゃないの! その見た目が・・ いやあああ!」
ゾンビ然とした魔物と視線?が合うと、あたしは背筋が凍り付き、常時開放している〝聖光〟に意識を向け威力を高める。するとあたし自身にも見えるほどの金色のオーラが無差別に周囲に放たれ、ゾンビたちは一掃された。
そんな状態が暫く続き、開けた場所に出たところで一段落したようだ。
「ふっ。それにしてもマシロにこんな弱点があるとはな。魔物たちも気の毒に。」
「もう! からかわないで。本当に怖かったんだから! ねえ。クレアちゃんも怖かったでしょ?」
シンの言葉に顔を赤らめながら、あたしは少し涙目のクレアに話を振った。
クレアはあたしをジト目で見ながら言った。
「怖かったのは怖かったですが、マシロさんが悲鳴を上げ続けるからブランシュがびっくりしちゃって。手綱を握るのに必死でそれどころじゃなかったです!」
「あ~。ごめんね。けど、本当にあたしだめなの、ああいうの。」
あたしは両腕で胸を抱きブルっと身震いした。すると、クレアがぽすっとあたしに頭を預けて来た。どうやら許してもらえた様だ。
「しかし、なんだな。普段はマシロのスキルで遠巻きにしてる魔物がこんなに寄ってくるのはなんでだろうな。」
シンがあたしも思ってた疑問を口にした。それにはクレスが答えた。
クレスは先ほどの出来事に全く平気のようだ。
「ああ、それは起源が違うからだと思います。考えられる理由は二つあると思います。国境に近いこの辺りは古戦場が多く、たくさんの死体が残されてます。とっくに骨になってますが魂の欠片が残っていて、それが魔素を吸収して受肉するんです。生きてる動物が魔素を吸収して魔物化するのとは少し違いますね。恐らく、死人のそれは魔素が足りなくてその源に寄ってくるんだと思います。もう一つは、元が死人なので知性が全くないです。それで、魔力に惹かれて寄ってくるのかと。獣系だって何が危ないか判別できるけど、死霊系はそれができない。ぼくは後者じゃないかと思うんですが。」
「なるほど。俺たちが訓練と称して、スキルの常時開放をしているのが裏目に出ている訳か。」
「そうなの? じゃあ、あたし暫くおとなしくしてる。みんなも訓練中止で。どう?」
「すると他の奴が寄ってくるぞ? 索敵も無くすとすると魔物とのエンカウントも増えると思うが。」
あたしの提案にシンが疑問を呈した。するとクレスが別の提案をしてきた。
「えと。ぼくの経験では、この辺りの死霊系魔物の数は異常だと思います。ぼくの住んでたところは国境が近く、やはり死霊系が多かったのですが、それにしてもここは多すぎます。きっと、魔素溜りが近くにあるんじゃないかと。他の魔物も多いんじゃないですか? そこを潰すのが早いかと。」
「そういえば、多い気がするな。マシロの影響で遠巻きにしてるが。クレアはどう見る?」
シンの問いかけに、クレアは少し集中するそぶりを見せた。
「はい。かなり多いですね。そしてその中心はあっちの方角にあります。」
そうクレアは言うと、山の山腹の方を指差した。
「それに、死霊系は病原菌を撒き散らすとも言われてます。〝大海嘯〟で流行り病の源になってると言われてますが否定する要素がありません。」
クレスが話を付け加えた。随分大人びた言いようだ。前から賢い子だとは思っていたが、洞察力にも富んでいる。最近ではシンもクレスに意見を求める光景を見かける。
「よし。そこを潰そう。マシロ、行けるかい? このままだとあいつら、どこまでついてくるか分からんぞ?」
「変なこと言わないでよ、シン。分かったよ。覚悟を決める。その代わり・・・ ちょっと騒がしいかも知れないけど。ごめんね。先に謝っとく。」
「なに。マシロのおかげで死霊系魔物は殆ど無害だからね。逆に言うと、残念ながらマシロ頼みになるから負担をかけるだろうが・・」
さっきまで揶揄いモードになってたシンが、少し気を回した言い方になったので少し反省したのだろう。
「これ以上病原菌撒き散らせたら堪らないものね。じゃあ行こうか。」
あたしは無理やり心を奮起させて言った。
♢ ♢ ♢
クレスが言うところの魔素溜りは、麓から少し登った山肌にある洞窟に有った。
ここに至るまでの道は先程の続きで死霊系に立ち塞がれ続けていたが、あたしが大騒ぎしながらも祓い続けたので、結果的に何事もなく洞窟に辿り着いた。
ブランシュとノアールには勾配がちょっときつかったので、麓に結界を施してその中で待ってもらってる。
ここまで来ると、死霊系の発生源も遠くなったので少なくなった。他の魔物もあたしたちを避けてどこかに散ったか、洞窟の中に退避しているようである。
「ふうっ! これが魔素溜り? あたしみたいな魔力に無頓着な人間にもわかる。何というか、空気が濃い感じね。」
そうあたしが言うと、シンが同意した。
「そうだな。こんな所には初めて来るが、力が漲るというか。ここではスキルをより強化して使えそうな気がするな。」
「この洞窟どのくらい深いのかな。」
あたしが言うとシンが探知系スキルで見えたことを教えてくれた。
「う~ん。魔物の分布を見ると、そんなに深くなさそうだが、クレアの見解はどうだい?」
「そうですね。深さは千メルテというところでしょうか。大丈夫です。マシロさんの魔法の効果圏内です。やっちゃってください!」
「うん。分かった。」
あたしはいつもより集中して、〝聖光〟に意識をやった。せっかくなので、洞窟の中を満たすようなイメージで指向性を持たせてみる。何となくできそう。
魔素が多いせいだろう。普段意識しない程度の魔力が異常に膨れ上がるのを感じる。
黄金の粒子が舞い始める。
(ああ、これがクレアの話してくれる光粒かな?)
みんなが呆然と見ているのが分かる。
あたしの周りに風が纏い始める。魔力が物理干渉をはじめたのか。
風と光粒が激しくなったところで、洞窟内にそれを放った。
爆音と共に魔力の奔流が走る。
あたしも、他のみんなもその光景に唖然とした。
『ピロン! スキル〝聖光〟のレベルが20になりました。統合スキルが解放されます。スキル〝聖光〟を元に〝治癒〟〝聖癒〟〝清光〟〝清浄〟〝聖浄〟〝回復〟〝聖快〟が統合され〝聖光天臨〟を獲得しました。聖女クラス40になりました。転生特典技能理解を獲得しました。』
頭の中でクラスアップの情報が流れたが、目の前の出来事が衝撃的過ぎて、気にしていられなかった。
洞窟の入口が崩壊してしまっている。あたしは慌てふためいた。
「こ、攻撃魔法じゃないよ? どうなってるの?」
「いや。中の魔物は一掃されている。浄化が効いているんだろう。」
クレアも唖然としていたが、気を取り直して言った。
「中にいた魔物たちは跡形もなく浄化されたようです。それどころか魔素溜りの魔素が全部消費されて、清浄な魔素に変換されているようです。清浄な魔素って言い方変かな? とにかくわたしにはそう見えます。つまり、何ていうか、魔素溜りは魔素溜りなんですが、質が違うというか。わたしもこんなの見るのは初めてで。恐らくですが、これから自然に発生する魔素は、今の魔素によって消費されるのではないのでしょうか。」
クレアは手ぶり身振り、自分のイメージをあたしたちに伝えようとした。
「つまり、魔力の対消滅みたいな? プラスとマイナスが接触して無効になるような?」
シンがそう言ったが、クレアには通じなかった様だ。だが雰囲気は伝わったみたい。
「そんな感じです? 恐らく、元の魔力溜りの洞窟に戻るには何百年とかかるでしょう。」
「マシロには毎度驚かされるな。」
「まったくです・・・」
「これが聖女様の力ですか・・」
「な、なに? そんな呆れ顔でこっち見ないでくれる?」
シンも兄妹もあたしの行動に慣れて来たようで、少々な事では動じなくなってきている。まあ、いいことだと思っておこう。
「これで、この辺りも魔物が増えることも無いだろう。」
「そうですね。この調子で世界中が平和になるといいんですけど、マシロさん一人じゃ限界ありますもんね。」
シンの言葉にクレスが答えた形にはなるが、全くその通りだった。あたし一人ではこの世界規模の現状を解決することはできない。
「あたしは、あたしの手の届く範囲で行動するだけだよ? 努力はするけど。できないものはできない。昔からあたしはそうやって来た。」
「もちろん! 俺はずっとマシロを支持するさ。」
シンはすぐにあたしの考えに同意してくれた。
「それにしても、魔素溜りの浄化方法を思わぬところで検討することができたな。ちょっと過剰気味だったが。」
「初めてだったんだもの。仕方ないでしょう? けど、魔素溜りの魔力量がかなり大きいことは実感できた。次はもう少し上手にできると思う。」
あたしは一人反省するのだった。
召喚に失敗したと思われ放逐された聖女は、開き直って異世界を満喫するつもりが、あ はちなしまき @cococolon
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