第20話 告白と新たな絆

《百二十四日目》


 その後、三日をかけて移動し、遂にノアレアの街が見えて来た。

 王都を除いては、これまでのどの街より大きい。

 暫くすると、ノアレアの方から一騎の馬に乗った人が掛けてくるのが見えてきた。この集団を見て様子を見に来たのだろう。

「お前たち! 戻って来たのか! 何があったんだ?」

 どうやら衛兵らしい。こちらに近づくと見知った集団だったらしく声をかけて来た。

「あっ! あなたっ!」

 子供連れの女性のひとりが、衛兵に駆け寄り声をかけた。

「サーレヌ! イスル! ぶ、無事なのか? よかった。」

 どうやら家族らしい。衛兵は集団のただならぬ様子に、異変があったのを察し、取り敢えずホッとした様子を見せた。

「この方たちが、私たちを救けてくれたんです。」

 サレーヌと呼ばれた女性が、あたしたちを衛兵に紹介した。

「何だか世話になった様だな。感謝する。詳しくは街に入ってから伺うことにする。サレーヌ。一緒に行きたいが、先触れをしてくる。また後でな!」

 そう言うと、衛兵の男は馬首を巡らし、慌ただしく街に帰って行った。



 門に到着すると、十数人の人々が迎えに来ていた。

 中の数人は助けた女性たちの家族の様で、お互いに駆け寄り無事を確認していた。

「私はこのノアレアの冒険者組合を預かってます、ヒューベルトと申します。現状では実質この街の代表を務めています。この度はこの方たちを救けて頂いた様で有難く存じます。つきましては詳細を伺いたく、組合の方へご足労願えませんでしょうか。」

 代表としてあたしたちに挨拶をしてきたヒューベルトは、イケボの紳士で、これまで見て来た組合長たちとは全然違うタイプだった。

 腰が低く、異常に丁寧な挨拶の後に握手を求めて来たので、シンが代表してそれに応えた。

「過分なご挨拶痛み入る。俺はシン。医者をしている。こちらは助手のマシロ。そして友人のクレスとクレア。最近の流行り病を看て旅をしている。暫くこの街に世話になる。」

 シンも相手に合わせたような物腰で握手を返した。すると、ヒューベルトは感動したような声で言った。

「なんと! 治癒師であると! これは幸いです。国の治癒師たちは治療が一段落すると、街を出て行ってしまいましてな。次があるから仕方ないとは言え重症患者は放置されたままで。治る見込みが無いとは言え、少しでも楽にしてあげて頂ければ幸いに存じます。」

 そう言ってヒューベルトはあたしたちに深く頭を下げた。

「俺は治癒師ではなく医者だ。これまで通って来た街も同じような状態だった。詳しくは見てみないと分からないが心配はいらない。大体の治療法は分かって来たつもりだ。」

 シンが言うと、安心したようにヒューベルトは顔を緩めたが、話半分と思った様だ。

 小さいご友人もどうぞと、丁寧にあたしたちを町の中に入れ、組合の方に誘った。

 治癒師と医者って、どっちでもいいじゃない? ってあたしは思うんだけど、シンは拘りがあるみたい。治癒師は魔法を使うみたいなので、どちらかと言うとあたしが治癒師かな。



 組合の建物は街の大きさに合わせて、アラレイドルやスラアンバーの組合より大きく、職員も残っていた。閑散としているのは仕方ないが。

 あたしたちは応接室に通され、昨日の経緯を訊かれた。

 連れていた賊の一人については、街に入るときに簡単に説明し、衛兵により監禁されている。

「ああ! それは最近この辺りで騒ぎを起こしている山賊に違いない。被害が絶えず困っていたのですよ。本当にお二人で壊滅させたのですか? 凄いですね! それだけの腕があれば冒険者としても上級として登録できるでしょう。」

 ヒューベルトが持ち上げるので、すかさずシンが返した。

「俺たちは冒険者として登録はしてるが、先に言った様に本業は医者だ。壊滅させたと言っても、賊も酒盛りの真っ最中だったしな。運が良かったよ。」

 嘘は言ってない。拉致された人たちも同様な証言をするだろう。

「だが、本当にありがとう。亡くなった人たちには気の毒だが、彼女たちを助けられて良かった。人が少なくなった今となっては、みんなとは顔見知りでしてね。街のみんなも同じ気持ちでしょう。本当に感謝します。賊に対しては、衛兵に言って速やかに対処するとしましょう。」



 その後、いつものように宿を提供してもらってクレスとクレアを残し、救護施設を案内してもらうつもりだったが、今回はクレアも救護施設に行くと主張した。

「シンさんとマシロさんの治療の様子を見てみたいのです。国に帰ったらきっと何かの役に立つと思うのです!」

 クレアが胸の前で拳を握り、目をキラキラさせて主張する姿は頼もしく思えた。出会った頃は小さい癖に物腰が丁寧で控えめで、いかにもお嬢様っぽかったのだが、最近は元気に自分の意志を伝えることができるようになってきた。子供の成長は速いなぁ、とほのぼのと思う今日この頃。いや。自己主張が強くなってきたのは、逆に歳相応になってきたのか。

 最初の頃は子供たちを救護施設に連れて行くことは、流行り病の感染リスクが高いので宿に置いていたのだが、今のあたしは簡単に浄化できるので、クレアを連れて行くことに問題はない。

 あたしは、ちょっと考えたが、シンもいいんじゃないか、と言ってくれたので一緒に行くことになった。

 当然、クレスも一緒に来ることになった。

「流行り病が蔓延してる中に、子供を連れて行くのはちょっと外聞が悪いから二人は〝静寂〟の中にいてくれる? 人にぶつからないでね?」

「はい!」

 クレアは自分の主張が通ったのが嬉しいのか、元気よく返事した。クレスは巻き込まれた形だが満更でもない様子。自分のスキルが久々に役に立つのが嬉しいようだ。

 救護施設も三件目ともなると格好慣れてくるもので、シンとあたしで流れるような回診をしていった。今日は街に着いたばかりなので、様子見だったし、スラアンバーより倍以上の患者がいたが、結局黄紋斑病については、ほぼほぼ治療を終えたと言っても過言ではない。あとは二、三日経過観察をすれば大丈夫なはずだ。

 あたしは確実に力をつけているのを感じる。

 救護施設のみんなには、少し楽になったと感謝の言葉をいただき、今日も役に立ったな、と、充実感を持って宿に帰った。



 いつもの通り、みんなで食事の用意をし、食卓を囲んでいたのだがクレアの様子がさっきからおかしい。

「やめときなって!」

「けどけど! 気になって気になって。もう我慢ができないの!」

 クレスとクレアが小声で何やら言い合っている。

「どうしたの? 何か気になることがあるの? 食事が冷めちゃうよ?」

 何が気になるのか、クレアの食事が進んでいない。

 クレアはじっとお皿を見つめていたが、意を決したように言った。

「マシロさん! マシロさんって聖女様なんじゃないですか?」

「お、えっ?」

 あたしはびっくりして変なリアクションをしてしまった。シンも吃驚した顔をしている。クレスは気まずげな表情をしているし。

 それを見るとあたしは少し落ち着いた。

「どうしてそう思ったの?」

 あたしがそう問いかけると、クレアは少し頭の中をまとめるかの様に間を置いて語り始めた。

「最初にわたしが違和感を覚えたのは、魔力の流れが視えるようになってからなんです。マシロさんの周りには流れる金の粒のようなものが見え始めて。それが魔力の流れかと思ってたんですけど、暫くすると魔力自体は透明に見えると気付いたんです。

 実際、わたしやおにいちゃんが魔法を使う時は、体の中から透明なものが流れ出すのが見えてました。シンさんも魔力の流れは透明に見えます。けれどマシロさんだけは金の魔力でとても綺麗。そこで思い出したんです。小さい頃に読んだ聖女様が出て来る絵本。聖女様は光を纏ってるんですよ。

 そしてもう一つ。シンさんとマシロさんは魔力の流れが変なんです。周囲から魔力を取り込みそれを魔法に変換して出力する。わたしにはそう見えます。取り込む魔力は周囲に薄く薄く広がっているので、ずっと気付かなかったです。おにいちゃんの魔力の流れを見て気付いたんですが、普通の人は体の中から出て行くばかりで、ある程度使うと枯渇します。けれど、シンさんとマシロさんは枯渇しないでしょう? ずっと不思議だったんです。

 極め付きはマシロさんのスキルです。治癒系、浄化系、防御系などなど。普通こんな沢山持ってませんし、そして〝蘇生〟。シンさんを蘇生したって仰いましたよね。あたしが知る限り、〝蘇生〟をできる人なんていないんですよ。

 歴史上、〝蘇生〟研究が盛んだった頃もあるのですが、実現不可というのが世界の共通認識です。ただ、創作の中ではそれを行使できる人がいます。それが聖女様なんです。」

 クレアは一気に語ると、ちょっと熱くなってしまったのを恥ずかしがるように顔を赤らめて口を噤んだ。

「へえ! 俺たちの魔力の流れは違うのか。確かに魔力切れを起こさないのは不思議だったな。」

 シンが別なところで突っ込んでいる。

「そこなの? いや、あたしも魔力切れ起こさないのは変だなと思ってたけれども!」

 あたしはシンの顔をじっと見つめた。シンもあたしを見つめ返していたが、暫くすると軽いため息とともに頷いた。あたしもこの兄妹になら正体を明かしてもいいかもと思っていた。

 あたしは深呼吸して重大な告白をするかのように口を開いた。

「クレアちゃん、クレスくん。これは内緒にしておいて欲しいんだけど。確かにあたしは〝聖女〟のジョブを持ってる。そして、シンは〝勇者〟なの。」

 それにはクレアは元より、クレスも大きな反応を示した。

「シンさん! 勇者だったんですね! 他の人とは違うと思ってたんです!」

 クレアは口に手を当てて顔を赤くして涙ぐんでいる。

「本当に聖女様だったなんて・・・〝聖女〟なんて物語の上でしか存在しないものと思ってたので。思い切って訊いて良かったです。おにいちゃんにはずっと相談してたんですよ。何を馬鹿なと止められていたんですが。それにしても、おにいちゃん・・何手の平返してるの!」

 讃えるような態度でシンを持ち上げているクレスを見て、クレアが突っ込んだ。

「ははは! まあいいさ。いつかは俺たちの正体は明かされる時が来るだろうと思ってたからな。ここまで親しくなった君たちに対しての隠し事も、マシロはそろそろ苦しくなって来たんじゃないかな?」

 シンにそう言われて気付いた。頭を掻きながら答える。

「あ、あ~。そういえばそうだね。ただ、あたしは全然隠してるつもりが無かったから、苦しかったとは言えないかな。」

「そうなのか? まあ、マシロっぽいと言えばそうなのかな。いいかい? 君たち。この天然っぷりはマシロの最大の強みだと俺は思っている。この世界に召喚されてから一日目で馴染んでたと言ったらどれだけ凄いことか分かるな!」

 シンがそんなことを言うものだから、あたしも突っ込みたくなった。

「シンこそ召喚されて一年もボロボロになっても前を向いて生きていたじゃない。それを聞いてあたしは本当に感動したんだからね! 本当にこの人は凄い人なんだよ。」

 最後は兄妹に向けた言葉だったが、あたしの素直な気持ちだ。

「しょ、召喚? お二人とも召喚されたって・・それこそ伝説の中にしかない・・ 異世界から来られた方々ってことですか?」

「え?」

 クレアが再びびっくりした様子で最早呆然としている。クレスも似たようなものだ。言葉も出ないみたい。

 逆にあたしは異世界人が伝説級だったのは初めて知った。

「召喚者、異世界人ってそんなに珍しいの? まあ、レアなのだろうとは常識的に思ってたけれども、この世界に来てすぐにシンに出会えたからなぁ。」

 あたしが言うと、シンも頷いて同調した。

「俺も、異世界人云々以前にずっとこの世界でコミュニケーション取れてなかったからな。ほぼ初めて話が通じたのが異世界人のマシロだったから、俺の他にもいるんだなぁと思って、この世界では召喚自体はそんなに珍しいものではないと勝手に考えてたが。」

 それを聞いて、クレスとクレアは揃って首をぶんぶんと横に振った。そんなところは双子なんだなあと思った。仕草がそっくりだ。

「そんなことはありません。召喚の技術があるというのは都市伝説に分類されるような根も葉もない話で、子供向けの話や戯曲のネタにされることはあるんですが。本当にそんな人が存在するとは。」

 そんなことをクレスが顔を紅潮させて言った。その顔を見ているとあたしはふと疑問に感じて兄妹に訊いてみた。

「今までの話を聞いてると、異世界人の存在自体がとんでもない、という風に聞こえるんだけど。逆に二人はそれを信じられるの?」

 今度は、クレスとクレアは揃って首をぶんぶんと縦に振った。やっぱり仕草がそっくりだ。

「だって。ずっとお二人と一緒にいて、不思議体験を沢山して。特にわたしはマシロさんのおかげで新しいスキルを授けられたみたいで、魔力の流れが視えるようになった。そこから出る違和感を説明するには一番しっくりと来るじゃないですか。信じるというよりは素直に受け入れられるという感じです!」

「ぼくも一緒です。ぼくにはクレアみたいに共感する能力は無いから、常識的な囚われ方があったかも知れないけど、違和感はずっとあったんです。それも常識外的な。さっきのお話で納得しました。」

 クレアとクレスの話を聞いて、なるほどなあと思った。

「ねえ。あたしたちってそんなに常識外のことしてるのかな? さっきも言ったけど、あなたたちにはそんなに隠してるつもりはなかったけど、世間的にはあまり知られないように振る舞ってるつもりよ? 色々胡麻化したりね。この世界で行動を制限されるつもりは無いから、これからも周りには知られないように行くつもりなんだけど。」

 これにはクレスが答えた。

「ああ、それなら大丈夫だと思います。ぼくたちはお二人と長い間一緒にいたから違和感が蓄積されて気付いたところが大きい。それでもクレアのスキルが無ければ、ぼくもそれ以上追求することはなかったと思います。ただ、多少なりとも違和感は持たれるでしょうね。」

「さっきの救護施設の治療を見て思ったんです。あっというまに病原が浄化されていくのを視て。これまで治療困難だった病気が簡単に治ったらそれは違和感を持たれるでしょうね。これまでは腕のいい治癒師で済んでたかもしれないですけど、マシロさんの魔法も強くなってるでしょ? シンさんのフォローがあってもどこかでその異常さを気付く人が現れるかもしれません。」

 クレアの話ももっともだと思った。少し考えてあたしはみんなに訊いてみた。

「それでも、シンとあたしは患者の治療に手を抜くつもりはない。周りに気付かれないようにするために力を抑えるなんて、本末転倒だもの。今も苦しんでいる人たちを少しでも早く楽にしてあげるのがあたしたちの使命だと思うの。どうしたらいいかなぁ。」

 みんなであれやこれやと考えを出しているうちにクレスが一つの案を出す。

「むしろ、治癒師の立場も隠すというのはどうでしょう。マシロさんのスキルって、最早範囲魔法なのでしょう? 患者に近づかなくても治療できるのでは?」

 それを聞いてあたしは首を傾げた。

「う~ん。けど、どんな病気なのかはシンがいないと分からないよ? 適正な治療なのかどうかとか。」

 それにはシンが口を挟んだ。

「いや。その心配は無いと思うぞ? これまでの経験から、救護施設にいる病人は九割がた黄紋斑病だった。残りの患者もマシロの同じスキルで対応できてたみたいだからな。つまり、無差別でマシロの魔法を振りまいておけば治るって訳だ。医者としての俺の活躍の場が無いのは悔しいがな!」

「ええ~? それはなんかシンの仕事奪っちゃうようでいやだな。いや。患者にとっては関係ないか。う~ん。」

 あたしが悩んでいるとシンが言った。

「まあ。マシロが言った様に俺が判断せざるを得ない場面も出て来るだろう。それまでは魔物退治に注力するさ。」

 シンがあっけらかんと言うので少し安心した。

「じゃあ、ノアレアを出たら、冒険者パーティ〝ブルーフォートレス〟としての活動を本格化しますかね。言っとくけど、クレスくんとクレアちゃんもパーティ仲間として活躍してもらうんだからね。」

 つまり、冒険者を隠れ蓑に治癒師としても活動するか、ということ。

 兄妹は冒険者仲間として認められたのが嬉しかったようで、大喜びだった。そんなこんなで、今後はその方針で行くこととなった。

「二人の冒険者登録をしなくてはな。十歳からできるんだったな?」

「そうなんですか? 是非お願いします・・・ あ。」

 クレスが食い気味に応えたが、クレアの顔を見ると戸惑った様な様子。

(あ、そうか。クレアちゃんはどう見ても、見た目十歳未満よねぇ。)

 クレアがへへ、と半笑い状態だ。

「何か証明できるもの無いの?」

 クレスが首をひねって暫く考える。クレアも真剣に考えている。置いてけぼりは絶対に嫌だろう。

「ああ、そうだ! 学生証!」

 クレスが声をあげると、クレアは慌てて胸元から首にかけた小さな鑑札状のプレートを取り出した。クレアはそれをじーっと見つめながら言った。

「う~ん。学園への入学資格は確かに十歳からだけど、ここには名前と所属しか書かれてませんが。大丈夫かなぁ。」

 すると、安心させるようにシンが言った。

「まあ、やってみようじゃないか。ここの組合長は紳士然とした物分かりの良さそうな御仁だったし。ダメだったら他の街で別の手を考えようじゃないか。」

 それを聞いて、クレアも安心したように笑った。シンったら優しいなあ。

 新しい旅の方針が決まって、あたしは楽しくなってきた。

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