第19話 動揺

《百二十一日目》


「クレスくん、心配してるだろうな・・」

「おにいちゃん。大丈夫かなぁ・・」

 あたしはアークランセルの町に置き去りにしてきたクレスを気にしてた。クレアも同じ心配をしている。それを聞いて、シンがあたしたちを元気づけるように言った。

「大丈夫だろう。まだ幼いがクレスはしっかり者だ。それに毎日鍛えてるだろう? 以前より大分成長していると思うぞ?」

「そうだね! クレスくんも随分逞しくなったもんね!」

「う~ん・・」

 クレアは少し懐疑的な様だ。



 賊に拉致されていた女性たちは、ノアレアから王都に避難する途中だった様だ。王都に向かう隊商があったので、それに便乗する形で移動していたのだそうだ。

 その途中、賊に襲われた形だ。賊はそこそこの腕があった様で、隊商の護衛を含め、男性陣は帰らぬ人となっていた。一晩経った今となっては遺体は魔物が連れ去った後だろうということだった。

 シンは隊商が襲われた後、その場に通りかかり、拉致されていた女性たちを援けるために賊に挑んだが、女性と子供たちを人質に取られる形になり、手を拱いている隙に傷を負った様だ。

 心配していたことが起こった。シンは圧倒的に対人戦闘経験に欠けている。医者という職業柄、人を傷つけられないとは思っていた。増してや人質など取られるとどうしようも無いだろう。

 それはつい最近まで平和な世界で暮らしていたあたしも同じなんだけれども、今回の経験ではっきりした。あたしは大事な人を傷つける輩は殲滅できるだろう。昨日もシンが止めなければ死体の山が築かれていたかもしれない。そう考えると、背筋がブルっとした。

 あたしもこの世界に染まって来たのかも知れない。まだ一年も経ってないのに、前の世界のことが遠い過去のように思える。

 賊はこの洞窟に封じ込めておくことにした。水だけ残して拘束はそのままに。ノアレアまで片道二日くらいだ。衛兵に引き渡すまで飢えることは無いだろう。

 ノアレアには衛兵が駐屯しているそうだ。洞窟の見張りについていた男を一人確保している。連れて行って洗いざらい白状してもらい、あとはその駐屯兵に任せるつもりだ。

 あたしは洞窟の入口に結界を張った。これで賊は外に出ることができない。

 あたしの結界は設置型だ。レベルが上がるに従って、色々できることが分かって来た。まず、あたしが解除しない限り、そこに設置され続ける。距離や時間に対し勿論限界はあるだろうけど、どれだけか分からない。そして、結界に干渉があった場合、あたしには感じることができる。例えば設置した結界に魔物が接触した場合、それが分かるのだ。

 因みに、最初に〝結界〟を取得してそれを張った小屋だが、その時は解き方が分からなくてそのまま放置してきた。時々反応があるのでいまだにそこにあるのが分かる。

 さて、隊商が襲われた場所はノアレアへ行く途上にある。被害に遭った人々の供養はその時にすることにして、クレスを迎えに行かないと。



「クレアちゃんはどのパターンが良いと思う?」

 あたしが示したのは今日の行動だ。クレスを迎えに行かなきゃならないけど、ここの女性たちと子供たちを放ってはおけない。

 ひとつは、あたしとシンでクレスを迎えに行き、クレアを残していく。この場合はクレアが心細いだろう。

 または、みんな一緒に次の町まで移動し、クレスを迎えに行く。この場合はクレスをもう一日放置することになる。

 そして、もう一つはみんなでアークランセルの町まで戻る。これは、再びノアレアに向かうことで、行ったり来たりの道程が如何にも無駄である。

 クレアはあたしの顔をじっと見ている。そして言った。

「シンさんか、マシロさん、またはわたしがおにいちゃんを迎えに行くのが良いと思うのですが。」

「いやいや! クレアちゃんを一人で行かせられる訳ないじゃない! それにシンも一人にしておけない。まだ回復してないし。」

 それを聞いたシンが口を挟んだ。

「心配してくれるのはありがたいがな。俺はマシロのおかげで随分良くなった。ご婦人方を守れるくらいの力はあるよ。それに最強の結界を張ってくれてるじゃないか。」

「でもでも! シンってば、昨日は心臓止まってたんだよ? 大丈夫なはずないじゃん・・」

 あたしは昨日のことを思い出して目頭が熱くなった。涙が出て来る。

 少し離れたところにいる人たちが何事かとこちらを気にしている。すると、シンがあたしの頭を撫でて抱き寄せたので、息を飲む声が聞こえた。

 あたしは今は男装姿なので、どう見えるのか。けど、抵抗する気は毛頭ない。

「やっぱりわたしが行ってきます。道は覚えてるし、道程に魔物は見当たりません。馬だって・・・ ブランシュとは仲良くなったので、うまく乗れると思います。」

 クレアの申し出を有難く思い、そうして貰おうかと一瞬思ったが、よくよく考えてみるとあまり現実的ではない。だいたい体が小さすぎて、鐙まで足が届かないじゃないか。そう考えるとあたしも冷静になって来た。

「ありがとう、クレアちゃん。でもやっぱりあたしが行ってくる。シンが無茶しないように見てて。すぐ帰ってくるから!」



 あたしは怒涛の速さでブランシュを走らせた。これまでで最速だろう。

『ピロン! スキル〝乗馬〟レベル19になりました。』

 なんか、このアナウンスに違和感を感じる。何故だろう。

 とか考えているうちに、アークランセルに到着した。

 町に入り、宿屋に向かう。

「クレスくん、迎えに来たよ! 大丈夫?」

 扉を開けて呼んでみると、宿の二階から急いで駆けてくる足音がし、クレスがあたしの胸に飛び込んで来た。

 見ると目にクマができ、赤くなっている。泣きそうな顔でクレスが訊いてきた。

「みんな大丈夫ですか? クレアは?」

 そうだ。クレスだけが感知系のスキルを持ってない。何が起きたかなどは想像もできないだろう。相当不安だったに違いない。

「安心して。みんな無事よ? けど、少し危ない状況なの。道中話すから馬に乗って? 急いで行こう。」

 あたしは、宿に置いていたみんなの荷物を〝収納〟に納めた。

 クレスをあたしの馬に乗せるのは初めてだ。はじめはクレアと同じように前に乗せようとしたが、クレスは意外に大きくて視界が塞がれる感じだったので、後ろに乗せることにした。

 クレスも後の方が慣れてるだろう。

「しっかり掴まってね? 急ぐよ?」

 今もシンを置いてきたのが不安で堪らない。頭では大丈夫と認識してるのだけれど、本当に何が起こるか分からないと、昨日の出来事が胸に蘇るのだ。

 暫くはこんな思いに苛まれるのだろう。

 あたしは帰りも全力でブランシュを駆り立てていた。

 クレスは最初こそ恐怖の叫び声をあげていたが、今は必死にあたしの体に手をまわしてしがみついている。

 道中話してあげるなんて言ったけど、無理ね。



「随分と早かったな! と言うかクレス、大丈夫か!」

 洞窟前にあたしたちが到着すると、シンとクレアが迎えてくれた。

「お、おにいちゃん。しっかりして!」

 ぐったりとした青い顔のクレスにクレアが呼びかける。

「ごめんね。どうしても急ぎたかったの。回復してあげるから許して。」

 あたしは、クレスに〝回復〟をかけた。すると、クレスの顔色が良くなって落ち着いて来た。

「やっぱり。マシロさんって、回復もできるんですね。」

 クレアがそんなことを言うのであたしは逆にびっくりした。

「え? 知らなかった? そういえば二人の前で使うのは初めてだっけ?」

 なんだか、今やスキルが沢山ありすぎて、最初の頃あまり知られないように慎重に使っていたのが、最近は麻痺しているのを感じることがある。〝回復〟も何気なく使ったことはあると思う。

 宣言して使ったのでびっくりさせちゃったかな。

「マシロが速く動いてくれたんで、今日は楽に移動できそうだ。ご婦人方は一旦ノアレアに戻ることに同意してくれた。ご主人を亡くされた人もある。途中賊に襲われたところを通ることになる。略式だが弔ってあげようと思う。」

 シンがそう言うと、あたしたちは頷いた。

 賊に拉致されていた人の中で、そんなにひどい傷を負った者はいなかった。ただ、疲労困憊な上、精神的にダメージを受けている人が多かったので、精神を安定させる薬草から創製した薬を配り、覚えたての〝聖快〟で皆を回復させた。

 みんなは良く効く薬だと思っているようだが、クレアはあたしの方をじっと見つめて何だか思案気だ。やっぱり違和感を覚えたのだろうか。



 あたしたちは、徒歩でノアレアに向かって出発した。

 幼い子供が疲れた様子を見せたら、交代で馬に乗せてあげる。

 途中、町が二つほどあるらしく、そこに泊まることになっている。それぞれ女子供の足でも一日で着く距離とのこと。

 途中、隊商が賊に襲われた場所を通ることになった。

 何台もの馬車は破壊され無残な残骸となっており、賊の襲撃の容赦なさが際立っていた。あたしは再び賊に対する怒りが沸き上がり、証人として引きずって連れている賊の男を睨んだが、シンも同じ気持ちだったのだろう。男に対して過度の〝威圧〟をたたき込んでいた。

 男は失神したが、みんなでその場を弔う間放置していた。

 幸か不幸か、遺体は魔物が持って行ったのだろう。みんなはその凄惨な景色を見ることはなかった。

 みんなが祈りを捧げる間、あたしはせめてもの手伝いをと思い、〝聖光〟と〝聖浄〟を同時開放した。邪気払いの〝聖光〟は常時開放しているスキルだが、これに範囲浄化の〝聖浄〟を加えると、その場が目に見えて清められている感じがする。

 近しい人を亡くしてしまった人も、嗚咽を漏らしながらもどこか安心したような表情が見受けられた。

 少しは心安らかにできたのなら良かった。

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