第18話 受難

《百二十日目》


 それからの旅は、基本二人が馬に乗り、二人が走るという、旅程に鍛錬を加えることになった。

 クレスとクレアはスキルの訓練はお休みしていいと言ってるのに、使い続けるのはやめなかった。二人とも意外と頑固だ。しかし、子供の吸収力は凄い。ものの数日で結構慣れて来たようだ。

 あたしが〝経録〟で記録分析してるから間違いない。確実に体力も、ついでに魔力もアップしてきている。

 また、旅の途中では、人に会うこともなく、途中にある小さな町に着くと、シンが周囲にいる魔物の掃討をするというルーチンが出来上がっていた。

 また、いざという時のために〝結界〟のレベルを上げてくれとシンに頼まれていたので、町に着くたびに宿の周りには毎回張るようにした。

 そんなこんなで、みんな思い思いに自ら訓練を課しながら旅を続け、山沿いの街道に入った。

 そのころになると風景はすっかり変わり、草原は見えなくなり、高い山々が空への視界を塞ぎ、大きな岩や、深い森が目立つ景色となっていた。

 ノアレアは山脈の麓にある大きな街だ。あと二日もすれば到着できるだろう。


        ♢ ♢ ♢


 今日の宿泊町、アークランセルに入る。ここも避難済みの無人の町だ。魔物は入っていないようだが町は荒れている。ここ二、三日に泊まった町はどこも似た感じだ。避難時に慌てて出て行ったか、野盗たちに荒らされたか。若しくは元々荒れていたか。

 だんだんと治安が悪くなっていくと言われていたが、確かに以前に泊まった町より雰囲気が良くない。

 今日も適当な宿を確保して、シンは周辺の魔物の掃討に出て行った。

「おいしいもの作って待ってるからね~。行ってらっしゃい。」

「おう! 今日も楽しみだ。行ってくる。」

 最近の定番のやり取りで、あたしはシンを送り出す。今日はスープにしようか、たまには焼肉とか?

 兄妹の協力で、宿を掃除して厨房で料理に取り掛かる。

 相変わらず、クレアは料理に興味が尽きない様で、あたしの作るものを色々と手伝って吸収している。

 

        ♢ ♢ ♢


 粗方準備が終わったところで、兄妹の剣の訓練をするために外に出た。これも最近のルーチンの一つだ。

 兄妹の剣の技は、体力がつくにつれて随分と安定してきたと思う。

剣技に関するスキルは持っていない様なので、純粋に自前の技だ。なんかあたしがズルしているような感覚になるのは、兄妹の進歩が努力に裏打ちされていることが分かるせいだろう。

「二人とも、だいぶ良くなってきたね。少しずつ狩りを経験していくのもいいかも。そういえば二人は狩りの経験はあるの?」

 あたしの問いに、二人は答えてくれた。

「魔物ではない、ウサギやイノシシ狩りに、父に連れられて行ったことはあります。獲ったことは無いですが・・・」

「わたしはない、です。けれども、わたしたちのお腹を満たしてくれるお肉とは真剣に向き合わなければと、常々思っているので是非連れて行ってください。」

 クレアの料理に対する真摯さは食材にまで向けられるのだろうか。

 あ、食材には感謝して食べましょうね、ってあたしが常日頃言ってるんだった。それに感化されちゃったかな。軽い気持ちで言ってるんだけど。けど、そんな言葉を出す癖も、考えてみればあたしのお母さんの言うことを引き継いでるんだなぁ。まあ、嫌な気持ちにはならないし、正しいことを受け渡しているんだと思うことにしよう。


        ♢ ♢ ♢


 一通りの訓練をし、みんなに〝清浄〟をかけてさっぱりして夕食の準備をしながらシンの帰りを待った。

「おそいなぁ・・・」

 ふと、あたしが呟いた時、クレアがハッとした様子で両手を胸の前で組み合わせた。クレアが集中して〝霊視〟を使う時のポーズだ。

「シンさんがいない・・ マシロさん! シンさんが視えません!」

 あたしは、ガタッと椅子を倒しながら立ち上がった。

「クレアちゃんのスキルに写らないって・・相当遠くに行ってるか、もしかしってっ!」

 今まで頭の隅っこに有ったある可能性が急に現実のものとして頭をよぎった。

 そのあとは考えたくなかった。慌てて飛び出そうとしてクレスに止められる。

「マシロさん! 落ち着いて。どこに行こうって言うんです!」

「あ。」

 クレアもあたしの腕にしがみついてる。深呼吸する。少し頭が冷えた。

 あたしはこれまで、シンが危機的な状況に置かれる可能性なんて全く考えてなかった。いつの間にか勇者シンの力を盲目的に信じていたのか。

「ご、ごめん・・・ クレアちゃん、シンがどっちに向かったか分かる?」

「あ、はい。西の方が魔物の層が薄いです。そちらで討伐の途中だったんじゃないかと。いつもなら周りに魔物が視えなくなるくらいになるのに・・ 何かトラブルに巻き込まれたんじゃないでしょうか・・」

 もう一度深呼吸してあたしは言った。

「クレアちゃん。一緒に来てくれる? クレスくん、馬には二人しか乗れないからここで待ってて? 心細いだろうけど・・ごめんね?」

 あたしは自分も行きたそうな顔をしたクレスに対し、機先を制して宣言した。急いでいるのだ。

 クレスはクレアと視線を交わして言った。

「いえ。大丈夫です。クレア。必ずシンさんを見つけてくれ。」

 あたしは、クレスが籠る宿に〝結界〟を張り、クレアを前に乗せて馬を走らせた。西の門から出る。

 暫くすると陽が暮れる。焦りから心臓がバクバクする。

 全力で西に向かって馬を走らせる。

 あたしは〝探知〟を展開した。

 周りの魔物が避けて行くのが分かる。常時発動している〝聖光〟の効果だ。しかし、陽が暮れてしまうと、その効果が薄れてしまうことがこれまでに分かっている。魔物が強くなるのだ。

「まだ視えない?」

 あたしはクレアに訊いてみた。クレアは戸惑った様に頷いたが、何かを感じたように言った。

「マシロさん、この先を右に折れて。」

 クレアは森に入る道を示し誘導した。あたしは何も訊かずにそちらに馬を乗りいれた。

 道は細くなり、急に暗くなる。

 まだ魔物たちは遠巻きにしているようだ。

「あっ! 視えました。このずっと先です! 距離約五千メルテ。けど、ちょっと待って。マシロさん。馬を止めて。」

 あたしは、場所が分かったと聞いて更に加速しようとしてた矢先だった。水を差されて、少しイラっとしてしまった。

 自身、その感情に驚きながら手綱を緩め、声を抑えて務めて冷静に訊いた。

「っ! クレアちゃん・・・どうしたの?」

 クレアは少し考え込む表情をしながら言った。

「シンさんは・・今のところ無事の様です。が、すごく弱ってる。そして周りには人がたくさんいます。十人か二十人か、そのくらい。こんな森の中に。おかしくないですか?」

 確かにおかしい。魔物が跋扈する森の中に拠点を持ってる人々。少なくとも町ではない。村でも無いだろう。平時ではないのだ。

 だが、シンが最悪の事態に陥っている状態じゃないのが分かって、少しホッとした。

「わかった。慎重に行こう。」

 静かな森では馬の足音は響く。あたしは〝静寂〟を発動させ、再び馬を駆けさせた。

 五百メルテほどに近づくと、あたしの〝探知〟にそれは引っかかって来た。

 人を表す青い点が二十ほど。その中に特徴的な特別な人を表す金色の点。間違いなくシンだ。だが、色が非常に薄い。シンの身に何かが起こっているのは間違いないようだ。

「クレアちゃん。ごめんね。ここで待ってて。十分な〝結界〟を張っておくから。ブランシュ、クレアちゃんをお願い。」

 クレアは不安そうな表情を見せるものの、しっかりと頷き、ブランシュと呼ばれたあたしの白馬は、分かってるかのようにブルっと返事をした。

 あたしはクレアの頭とブランシュの顔を撫でて、二重の結界を張った。これで陽が暮れても大丈夫だろう。

 そして再びあたしは〝静寂〟を纏い、件の場所に接近する。



 そこは洞窟だった。入口の前は広く整地されており、石垣と木の柵で周りが囲われていた。夜の魔物の襲来に対しては心許ないが、街道にある避難小屋に比べればずっと強固だ。

 洞窟の前に4人見張りがいる。魔物の襲来に備えているのだろう。あたしはその側をすり抜け中に入った。

 洞窟自体は深くない。深い洞窟は魔力溜りを起こしやすいと聞いた。魔物が湧くほどの洞窟ではないということだろう。奥で騒いでいる声が聞こえる。酒盛りでもしているようだ。

 少し入ると広い空間に出た。

 案の定、何人かが酒盛りをしている。十人以上いるだろうか。篝火が炊かれていても薄暗い。あたしは目を凝らして周りを見た。

 最奥に女性や子供とみられる人が何人か、ぐったりとしたまま集められている。

 その近くに。いた。シンだ。ぐったりと倒れている。

 あたしは叫びそうになって、思わず両手で口を押えた。例え叫んでも〝静寂〟の効果範囲にいるので気付かれない筈だが念のためだ。

「お頭。そろそろここを引き払わないとヤバイですぜ。魔物はどんどん増えて凶暴になってるし。防御壁を破られるのも時間の問題ですぜ?」

「ああ。長い間世話になったが、この拠点もおさらばだな。丁度いいタイミングで隊商が通ったしな。移動資金も手に入れた。女子供も売れば、まだ稼げるだろうよ。」

 やはり賊だ。この界隈で旅人らを襲って生計を立てているのだろう。

 別の男がドスの効いた声で言った。

「頭。あの男を殺しちまったのは、勿体なかったんじゃないかね? どう見てもどこかの貴族のボンボンだぜ。うまくやれば身代金がっぽがっぽだろ?」

「なに。奴の生死なんぞどうでもいいさ。身元が分かる証拠の品を送りつけてやるだけで、大金をせしめるなんざ楽なもんよ。」

(まさか! シンのことを言ってるんじゃ!)

 あたしの鼓動は跳ねあがり、一気に洞窟の奥に駆け込んだ。賊の何人かは違和感を感じた様だが、酒盛りの最中だ。気にしてない様子。 あたしはシンの側に駆け寄り、叫びたいのを我慢して容態を看た。肩から胸にかけてざっくりと斬られており、夥しい血が流れ出ていた。

「きゃあああ! シン! シンしっかりして!」

 あたしはパニックになって叫びながら、シンを抱きかかえる。どたっと力なく落ちるその腕を見て、逆に少し冷静さを取り戻した。

(酷い怪我だ。こういう時は動かさないようにそっとしなければ!)

 混乱しながらも〝治癒〟を打ち込みながら看て行くと脈がない。

手が震えているせいだと自分に言い聞かせながら、心臓の鼓動を探っても反応が無かった。

「いやあああ! シン! 還ってきて! おねがい!」

 再びあたしはパニックになりながら、全力で色々なスキルを解放する。

『〝蘇生〟を獲得しましたっ。レベル38になりましたっ!』

(蘇生? それならば!)

 あたしは天の助けとばかり、〝蘇生〟を解放する。暫く様子を視ると、ピクリと指が動いた。

 思わず手を取って脈を診る。脈が戻って来ていた。先ほどまでの救命措置で傷はすっかり塞がっており、峠は越えたことが分かった。

 あたしは安心して涙を流しながら思わず手を組み合わせて言った。

「ああ! 女神様。ありがとうございます!」

『いいえ!』

「え?」

『・・・』

 いや。それよりシンだ。シンを〝静寂〟の対象内に入れながら抱きかかえた。頬を合わせながら抱いていると、体温が少しずつ戻ってくるのを実感できた。

 怖かった。シンが失われるかも知れないと思うと本当に怖かった。あたしの中でどれだけシンの存在が大きくなっていたのか、初めて気付かされた思いだ。

 暫く抱いているとシンが薄らと目を開けた。

「シン? 気が付いた? よかったぁ・・」

 あたしは再び滂沱の涙だ。嗚咽が伴って出て来る。

「あれ? マシロか? 何がどうなって・・」

 シンはまだ意識がハッキリしないのだろう、涙を流すあたしの頬に手を伸ばし、優しく触れた時、ハッとして起き上がり、周りを見渡した。

「〝静寂〟の中か。ありがとう、マシロ。治してくれたんだな。」

 そう言うと、シンはふらついて倒れ込んだ。

「シン。血を失いすぎてるの。休んでて。」

「ああ。そうする。ただ、奴らに気付かれるのも時間の問題だな・・・すまないが、あの人たちに結界をつけてくれないか。奴らに捕まってるんだ。」

 シンは座り込んだまま息を荒くし、一か所を指差して言った。少し離れた場所にいる十名ほどの女性や子供たちだ。

 今更ながらあたしは気付き、慌ててその周りに結界を構築した。これで、賊は彼女らに触れられない。

 洞窟に入って来た時にその人たちのことは気付いてたはずなのに、すっかりと頭から落ちていた。よっぽどシンに集中していたのだろう。少し恥ずかしくなった。

 あたしはそのままシンを抱いたまま〝回復〟を放ち続け、どうやってここから帰ろうかと考えていた。

 あのままシンが還らなかったら、あたしはどうしていただろう。復讐の鬼となっていただろうか。近くで酒盛りをしている賊を睨みながら思い出しても怒りがこみ上げる。

『ピロン! スキル〝回復〟のレベルが20になりました。上位スキル〝聖快〟を獲得しました。聖女クラス39になりました。』

(うん?)

 何か心の中に引っかかるものがある。なんだっけ。

 〝聖快〟は回復の範囲版だったな。脱出の時は捕まっているみんなにかけよう。今はこのまま我慢してね。


        ♢ ♢ ♢


「おい! あいつがいないぞ!」

「あいつって?」

 どうやら賊の一人が気付いた様だ。

「貴族のボンボンだよ!」

「あの怪我じゃ、身動きもできないだろ。その辺に・・・いないな。」

 そう答えた酩酊状態にある賊は反応が鈍いようだ。

 問いかけた方の賊は少し意識がハッキリしている。立ち上がるとこちらに近づいてくる。

 あたしは生まれて初めて殺意というものを感じた。すらりと抜刀する。するとシンがあたしの腕を軽く押さえて来た。

 そうだった。シンは元々殺生が嫌いな性質だ。今回もその性質が原因で大怪我を負ったのじゃないのかな?

(仕方ない。)

 あたしは〝幻惑〟を発動した。元々自分の身を隠すスキルだが、別の使い方ができる。相手の目を惑わすというものだ。

 あたしの前に影が染み出してきた。

 酒盛りで酩酊状態にある賊たちは気付かない。が、先ほどのあたしたちに近づいてきた男が、真っ先に気付き大声をあげた。

「お、おい! 何か出て来たぞ! ま、魔物だあ!」

「なんだとう?」

 賊たちが緩慢な動作でこっちを見る。

 すると一気に酔いが覚めた様だ。ふらつく足でみんなが立ち上がる。

「お、おい! こんなところにも魔物が? ファントムか?」

 誰かが言うと、みんな逃げ腰になる。

 ファントムとはアンデッド系の魔物である。触れるだけで状態異常を起こすらしい。目撃例も少ないため、どんなものか賊も知らないだろう。

 あたしは、影を二体、三体と増やしていった。

「うわああ!」

 賊の一人が叫びながら入口に向かう。

(逃がすか!)

 あたしの怒りは続いている。賊の一人も逃がすつもりはない。

〝緊縛〟を発動し、一人一人、足と手を拘束して行った。 

「マシロ。殺生はいかんぞ? 殺生は。」

 シンをその場に寝かせて立ち上がったあたしを見てシンが言った。

 剣を抜いたまま殺気を放ったままだったので忠告してくれたのだろう。あたしは剣を納め、努めて冷静な声で言った。

「大丈夫、まかせて。」

 だが、ただじゃ済まさない。あたしは影に迫られて泡を吹いている賊の一人一人に、影の背後から迫り、口をこじ開けてあたし特性の強力麻酔薬を飲ませていった。

 飲むだけで全身麻酔が掛けられるものだが、強力すぎて幻覚を見せる。この副作用があるので、滅多なことでは使わないようにしているものだ。

 幻覚の内容は本人しか知らないが、恐らくはこの悪夢の続きだろう。

一人一本も飲ませたので、三日は幻覚に悩ませることだろう。

 その場は賊の叫び声に支配され、声だけ聞くと阿鼻叫喚世界が広がっていた。

 中の異変を感じて、洞窟の中に入って来た見張達も見逃しはしない。

(外に一人残してるか。一先ず放置だ。)

 一段落して周りを見渡すと、真っ青な顔をしてひと固まりになって抱き合っている、拉致されてきた女性たちと子供たちが目に入った。

 子供たちは泣きじゃくり、気を失っている人もいる。

 それを見て初めてあたしはこの惨状が人の目にどう映っているかを意識し、冷静さを取り戻した。

 シンを見ると、半身を起こし、やれやれといった表情で首を振る。

 あたしはここをどう収めるべきか、頭をフル回転させた。

 当然ながら、行きついた答えはあたしの得意分野である人心掌握。つまり、英雄ライクな演技。

「ボクたちは〝ブルーフォートレス〟冒険者だ! あなたたちを救けに来た!」

 剣をすらりと抜いて頭上に掲げ、あたしは大音声に宣った。〝光照〟スキルによるエフェクトを欠かさない。

 その声に少し安心したのか、女性たちは徐々に緊張を解いていった。

「助かったの? わたしたち・・」

「おかあさん・・ こわかった・・」

 少しずつ出て来る安堵の声。安心の反動か、更に泣きじゃくる子供たちもあった。

 頃合いを見て、あたしは皆に近づき訊ねた。

「もう大丈夫だ。怪我はないか?」

 見ると、何人かは捻挫、打撲、擦り傷などはある様だが大きな怪我は無いようだ。

 そこにシンが起き上がってきて言った。まだふらついている。

「俺は医者だ。どれ、診てみよう。マシロ、塗り薬はあるかい?」

 あたしは塗り薬と包帯を取り出し、いつものように手際よく患者の怪我を手当てしていく。ついでに〝治癒〟と〝回復〟をかけてしまうのは最近では条件反射だ。

 大体の応急処置が終わり、あたしは皆に声をかけた。

「ここはうるさいな。外に出ようか。シン。外に一人いるんだ。拘束してくるから皆の誘導頼めるかな。」

 まだふらついているシンに頼むのは気が引けたが、外の賊は確保しておきたい。

「まかせろ。」

 シンが笑顔で頷くのを見ると、初めてあたしの緊張が解けるような気がした。

 あたしは洞窟の外を、中を見に行きたいがどうしていいか分からないといった不安そうな顔でうろつく見張りを、速攻で〝緊縛〟した。煩いので猿轡をかませる。

 辺りはすっかり陽は落ち、魔物が奇声を上げながら防御壁に体当たりしているのが聞こえる。

 シンが大部分を掃討し終わった後だったからだろう。比較的少ない。

 そうしているうちに、シンがみんなを洞窟の外に誘導してきた。

 外に出たとたん、シンが少しふらついた。

「シン! 大丈夫?」

 あたしは思わず駆け寄ってシンを支えた。

「いや。大丈夫だ。血が足りないだけだ。」

「あっ。そうだ! 傷を見せて!」

 あたしは、ざっくりと斬られた傷口のことを思い出し、血まみれの破れた上着を脱がせた。肌にこびりついたシャツをナイフを使って慎重に剥ぎ、血濡れの体に〝洗浄〟をかけた。

「あれ?」

 あたしはそれを見て場違いな声をあげた。

「え?」

 それに釣られたのか、シンも自分の体を見下ろしながら目を瞠った。

(傷が無い?)

 あたしはシンの肩から胸へ、つぅ~っと指先を這わせた。

 後の方の女性陣から息をのむ声が聞こえ、あたしがそちらを見ると、少し赤らめた複数の顔が目に入り、我に返った。

 こうしてシンの体をまじまじと見るのは初めてだ。急に恥ずかしくなった。

 しかし、それにも増してあの酷い怪我が跡形もなくなくなっていることで、安心感と戸惑いが溢れてくる。

「あ、ごめん。裸にしちゃって。着替え持ってる?」

「あ? ああ。何かあったかな。」

 シンは〝収納〟からシャツとジャケットを取り出すと袖を通した。

 落ち着いてくると改めて安心感があたしを襲い、涙が出そうになる。

 気持ちを誤魔化すようにあたしは宣言した。

「さあ。お嬢さんたち。賊は退治した。もう安心だ! 今日は陽が落ちてしまったから移動は無理だが、明日には安全な場所へ連れて行くことを約束する。」

 あたしがそう言うと、みんな安心したような表情を見せた。

「ちょっと、クレアちゃんを迎えに行ってくるね。」

 そうシンに耳打ちすると、シンが驚いた様に言った。

「クレアが一緒に来てるのか!」

「シンを見つけられたのは、あの子のおかげよ。あとでお礼言ってね?」


        ♢ ♢ ♢


 あたしがクレアを待たせている場所に行く間、何回か魔物に襲われたが、以前の様な脅威では無くなっていた。〝聖壁〟の効果が随分と強化されている。スキルレベルが上がっているのを実感する。

 クレアはブランシュを護るように前に立ったまま、涙目で耐えていた。あたしの姿を認めると、駆けて来て胸に飛び込んで来た。

「待たせたね。怖い思いさせてごめんね。」

「いいえ・・・ずっと視てたから。でもでも。シンさんの気配が消えた時が一番怖かったの。すぐに復活したけど。あれって、マシロさんがやったのでしょう? 凄い魔素の流れがあったの。」

 クレアは怖さを紛らわすように早口で話した。いつもの丁寧な言葉使いが抜けている。

「大丈夫。シンは無事よ。詳しくは帰って話しましょうね。それにしても、この結界強くなってない?」

 クレアは顔に疑問符を浮かべている。

 あたしがクレアとブランシュの周りに張った結界だが、明らかに違和感を感じた。クレアが何かやったのか・・

 ちょっとクレアのスキルを覗いてみた。〝精符〟というスキルが増えている。

『精符。精霊の加護により対象魔法を強化する。上位スキルに精昂。精霊の加護により任意対象を強化する。がある。』

「クレアちゃん。付与魔法みたいのが新しく発現してるみたい。これも帰って確かめようね。」

 あたしたちは、ブランシュを牽いてゆっくりと洞窟の方に戻って行った。

 クレアはあたしの〝聖壁〟の効果を目の前で見るのは、先程の待機時間を含めて初めてのはずだ。魔物が弾き飛ばされていくのをきょろきょろと物珍しそうに見ている。

「ブランシュはどうだった? 怯えてなかった?」

 ブランシュもこんな夜の魔物だらけの場所に放置されるのは初めてのはずだ。

「はい。あたしも気になって看ていたのですが、結界の中は安心と認識しているようです。わたしより落ち着いているくらいでした。」

 クレアも少し落ち着いて来たのか、ふふっと微笑むくらいの余裕が出て来たようだ。

 ブランシュもそれに応えるようにブルっと鼻を鳴らした。

 暫く歩くと洞窟前の広場が見えて来た。シンがあたしたちを迎えるために佇んでいるのが見える。

 クレアが走り出し、シンに抱き着いた。声を出して泣いている。シンの気配が消えたというのがよっぽど怖かったのだろう。あたしも本当に怖かった。

 シンはクレアと目線を同じくして、頭を優しく撫でて抱き返した。

「クレア。君は俺の命の恩人だ。ありがとう。本当に助かった。」

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