第17話 ノアレア編 ~課題
《百九日目》
旅立ちの時、門にはたくさんの人が集まっていた。たくさんと言っても、避難し損なっていた人と、街を守る人々だけなのでそう多くはない。それでも、いつもの閑散とした街に、こんなに人がいたのかとは思えるほどの人数だった。
「改めてありがとう。あんたたちのおかげでこの街は救われた。次の街は更に王都から離れ、ここよりももっと切迫していると思う。どうか救ってやってくれ。」
組合長のレドが真剣な面持ちであたしたちに告げた。
「ああ。任せてくれ。」
シンが自信有り気に応えると、レドや、その近くにいたアレンやヨシュアも安心したように破顔した。
周りには、先日まで救護施設で苦しんでいた人たちの顔を見かける。
あたしたちは口々に感謝の言葉を受けながら応対した。
自分たちで勝手にやったことだけど、それに対して感謝してくれるというのは気持ちの良いものだ。自分の力が役に立ってるんだなあって実感できる。
その時、後ろの方でザワっとどよめきが起こった。
「ごめ~ん。遅くなった! 子供たちも見送りしたいって、連れて来たよ!」
見ると、人をかき分けてシンディが顔を見せた。昨日の格好だ。
「おまっ! シンディなのか? マジか?」
アレンが目を丸くして驚いている。ヨシュアや、門番のロニエルやジョウは声も無いようだ。
先程のどよめきはシンディを見てのことだろう。
陽の光の下で見るシンディは、一段と光り輝いて見える。そこに集まった人たちが、只々呆然と見つめる人が多い中、シンディを良く知る人たちは大なり小なりパニック状態だった。
それほどにシンディの変身ぶりは衝撃的だったのだ。
(ふふん。最初にシンディの素質を見抜いたあたしってすごい?)
ちょっと得意げになっていたあたしに、シンディは駆け寄ってきて少し重そうな箱が入った包みを渡した。
「はい。これ、お弁当。みんなで作ったんだ。ねえ~」
シンディが振り返ると集まって来た子供たちが口々に言った。
「みんなで作ったの~ おいしいよ? たべてね~」
「おいしゃのせんせー、おねーちゃん、びょうきなおしてくれてありがと~」
「きのうはありがとう。とてもたのしかった~」
子供たちに抱き着かれながら、あたしたちはお別れの挨拶をした。
「お弁当ありがとう。おいしくいただくね。」
シンやクレス、クレアも抱き着かれて照れているようだ。
そしてシンディも抱き着いて来た。そのフレンドリーさは好ましいけど、その美貌でそれやるとちょっと問題かな? 男の人にやるとその人死ぬよ?
「これ? 子供たちが着替えさせてくれなくってね。朝起きたら昨日の姿をまた見たいって。かなり抵抗したんだけどね。」
シンディは周りの目を気にしながら言った。ちょっと恥じらう姿は悶絶ものだろう。周囲の男性陣は言葉も無いようだ。シンディは魅了スキルでも持ってんのかな?
そんなこんなで挨拶が済み、騎乗し、後ろを振り返ると、城門の所でみんなが手を振って見送ってくれた。
「また来るからねー。元気でねー。」
あたしたちは手を振り返して街道に乗り出した。暫く行って、門を振り返ると、まだみんな手を振っており、見えなくなるまでそれは続いた。
「感謝されるのって、嬉しいものね。アラレイドルでもそうだったけど。」
「そうだな。俺が医者を続けているのは、人を助けたいという想いもあるけど、こうやって感謝を受けることで必要とされてる実感が湧くからでもあるんだ。俺の存在意義ってやつ?」
あたしが言った感想にシンが答えてくれた。そして、クレスが言った。
「ぼくとクレアは何もしてないけど、側で見ていて思いました。ぼくたちも感謝される側に立ちたいと。」
クレアもうんうんと頷いている。
「あなたたちなら大丈夫よ。そんな気持ちさえ持っていれば。」
「そうだな。ましてや将来は領運営をサポートする立場になるのだろう? 善業を発揮しやすい身分だ。頑張れ。」
シンが振り返ってクレスの頭を軽く叩きながら励ました。
「わ、わたしも頑張る・・・」
「そうか~。かわいいなぁ、このぉ~」
クレアがクレスに感化されたのか、両手を握ってあたしを見上げて来たので、クレアの頭を掻きまわしてやった。
♢ ♢ ♢
目指す次の街はノアレアだ。遠く微かに見える山脈の近くにあるらしい。
今までと違って街間の距離がかなりある。
レドの話によると、ここから先はどんどん王都から離れていくため、流石に治安も悪くなるらしい。気を付けろとのことだった。
辺りは草原なのは相変わらずだが、岩山らしいものが増えて来た。
「新しい地図を貰ったが、前のと似たり寄ったりだな。あまり信用するのはやめよう。」
シンがそう言うのも当然だ。あたしが見てもなかなかざっくりした地図で、少し前の道に迷った苦い思い出がまざまざと蘇る。
「じゃあ、街道沿いに行くのが無難だね。ちょっと遠回りになるけど・・」
そうあたしが言うと、シンが答えた。
「そうだな。距離感もまるで無いしな。街を見つけたらその日の移動は終わりにしよう。どうだい?」
兄妹も本音は急ぎたいだろうに、神妙な顔で頷いた。
あたしたちは慎重に道標を探しながらも軽く馬を駆けさせていたが、次の町には昼を過ぎたあたりに見えて来た。頑張れば次の町まで行けそうな気がするが、ここは我慢だ。危ない橋を渡るには経験値が足りない。慣れてくると町の距離感が出て来るだろう。
幸いにして、スキル〝記録〟は自分の過去の道程を記録することができるし、特典の数理理解で統計的な演算も可能な様だ。
つまり、経験を積むと何となく未来が分かるようになるはず。
(AIみたいだな・・)
何となく前の世界のテクノロジーを連想して、あたしはドキッとした。スキルと特典、またはスキル同士を組み合わせると新しいことができるかもしれない。
例えば〝記録〟だが、考えてみれば自分が欲しいと思った対象の記録しか採られていない。主に対象の名称とかビジュアルとか。忘れ防止に対してはこの上ない威力を発揮する。
過去の道程を記録できると思っていたけれども、距離や時間に対しては自分の感覚によるものなので曖昧だ。
試しにあたしの白馬〝ブランシュ〟の足並み、速度など〝記録〟してみようとしたらできなかった。
因みにシンの黒馬は〝ノアール〟という。スラアンバーの街であたしたち4人で、これからもお世話になる馬の名前を付けようとなったのだが、あたしの安直なネーミングがそのまま通ったのだ。
白と黒。そのまんまのネーミングなのだが、固有名詞は翻訳されないっぽい。面白い。
それはそうと、動いた距離を〝記録〟するために〝概要〟を発動してみたが、動いている距離は対象外の様だ。
そんなこんなで試行錯誤しているとそれは来た。
『ピロン! スキル〝経録〟を獲得しました。聖女クラス37になりました。』
なんだろう? 早速検索してみた。
『経録。特定の行程を記録する。上位スキルに録画。任意の事象を記録する。がある。』
ドライブレコーダーかな? 〝記録〟と似ているが、動いているものを対象に記録できる様だ。〝録画〟は絶対記憶みたいになるのかな。少し怖い。
あれこれ考えていたのがクレアに伝わっていたのだろう。あたしの顔を心配そうに見上げている目と合ってしまった。
「ごめんね。ちょっと考え事してたの。ふふふ。」
そう言って、あたしはクレアの肩を後ろから抱くと、安心したようにクレアは微笑んだ。
この新しいスキルは常時発動が可能な様なので、開いておいてみた。
あたしの考えが正しければ、行程データを沢山得れば、旅程も予測できるようになるに違いない。
それにしてもこれまでと違って、半端ないデータ量を記録することになりそうだけれど、あたしの頭は大丈夫かな。
それに、常時発動状態にあるスキルは、魔物除けの〝聖光〟、シンたちと一緒に走るために必要な〝静寂〟に加えて三つになった。
それでも魔力が枯渇する気配はない。クレアやクレスは約半日スキル維持できるようになってきた。魔力が増えて来たのか、効率よくできるようになってきたのか不明だが、それでも半日である。少なくともあたしが魔力枯渇を経験することはこれまでに無い。シンも同じだろう。どれだけ魔力量があるのだろう。う~ん。
そうこうしてるうちに町に辿り着いた。アンクサンドというらしい。無人の町だ。外壁はところどころ破られているが補修してある。スラアンバーの人が時々見ているのだろう。中も少し荒らされているが、一泊するには支障ない。
「俺は、今のうちに周りの魔物を掃討しておくよ。この距離だとスラアンバーにも脅威だろうしな。クレア、どっち方面に多い?」
町に入るなり、シンが言って来た。少し休めばいいのに。けれども明るいうちの魔物は段違いで狩り易い。安眠対策にはそれが一番だ。
「う~ん。西側ですね。五千メルテ以上の距離。あとは北側。ユーリさんが追い出しちゃったので結果的に増えちゃってます。」
「はは! ユーリのスキルで囲い込みの作戦もアリだな。今度考えてみよう。」
「気を付けてね? 食事の用意して待ってるから。」
考えて見れば、シンの単独行動は王都周辺の修行時代以来だ。まだ明るいし、心配はいらないけど。
すると、クレスが言葉控えめに言って来た。
「あ、あの。ぼくも連れて行ってもらえませんか。剣の修行をしたいです。」
「う~ん。俺も単独での魔物討伐は久しぶりだしな。この辺も地理的に全く分からないしなあ。」
シンが思い悩んでる風なので、あたしが口を出した。クレスはシンの戦い方を見たことが無い。びっくりするだろうし、何より秘密にしたい部分ではある。
「それなら、あたしが教えてあげる。これでも並みには使えるんだよ?」
「えっ? そうなんですか? ユーリさん何でもできるんですね・・」
クレスが疑い深そうに、驚きと呆れが入り混じったような表情を浮かべて言った。
「それなら・・わたしもいいですか? 領ではおにいちゃんと一緒に剣を習ってたの。」
「そっかぁ。身を守る手段は沢山あった方がいいものね。よし! 引き受けた。お泊りの準備が終わったら少しやろうか。」
シンの剣技スキルに隠れがちだが、あたしはこれでも〝剣術〟スキルを上位の〝剣技〟に昇華している。そこそこのことは教えられるだろう。
♢ ♢ ♢
宿を決め、兄妹に色々手伝ってもらって、一泊の準備を済ませ、あたしは剣の練習に付き合うことにした。
二人は領主家の子供なので、剣もそこそこ良質なものを携えていた。
ただ、まだ子供であり体も小さいので、クレスはショートソード、クレアは短剣である。
あたしはその辺にあった棒を適当な長さにし、二人に向き合った。
再び男装の姿である。ここからの旅程は少し長くなるのでこの姿の方が動きやすい。
「さあ。かかっておいで。先ずはクレスくんから。真剣でいいよ? 慣れておかなくちゃね。」
「お願いします。」
流石に真剣を人に向けるのは難しいようで最初は遠慮がちだったが、全てをあたしに躱され続けると、だんだんと遠慮が無くなってきた。
流石に良家で習って来ただけあって、十二歳にしては綺麗な型をしている。
「うん。いいね。少し休んでて。次はクレアちゃんね。」
肩で息をしているクレスを休ませて、今度はクレアと対峙した。
クレアもクレスと一緒に習っただけあって、筋は良いようだ。それに驚いたのはそのスピード重視の短剣術だった。結構速い。しかし如何せん体格が小さすぎる。体力も無いので、短期でなんとかできなかった場合は致命的であった。
「クレアちゃんもなかなか速くていいね。けど、二人とも体力不足が問題だね。このままでは一瞬しか戦えない。剣の練習はその次ね。丁度良かった。実はあたしも自分の体力不足は心配してたんだ。一緒に鍛えようか。先ずは走り込みね。ついてきて?」
舞台俳優は体力勝負な面もあるので、前の世界では走り込みなどは体力維持の一環として習慣づけていた。こちらに来てからはそれを怠っていたのは否めない。こういうのは目的意識が無いと続けられないものだ。そして、一人より二人、二人より三人の方が続けやすい。
あたしたちは町の外に出て、外周を周回した。小さな町だ。すぐに一周できる。ゆっくりと三周ほどした時、兄妹が音を上げた。
「マシロさん。もう無理です。」
「す、少し休ませて・・・」
「ふふ。二人の体力は大体分かった。剣の筋は良いもの持ってるから、体力向上で自然に良くなっていくと思う。暫くは基礎体力を上げましょう。大丈夫。あたしも付き合うから。みんなでやれば怖くない!」
お水飲んで。と〝保管〟から水の入った水筒を取り出し、二人にあげた。
門の前で休憩していると、シンが戻って来た。
「やあ。こんなところでどうしたんだい?」
思いのほか涼しげな顔で戻って来たシンの顔を見て、あたしは訓練に付き合わせようと考えた。
「ちょっと最近体力不足を感じていてね? 二人と一緒に走り込みをしてたんだ。シンも付き合わない? 体力に自信がある方ではないでしょ?」
シンの前の世界の職業は体を鍛えることに無縁なものだ。今はスキル頼りでうまくやってるが、どこで破綻するとも限らない。
「ん? 確かにな。だが、魔物討伐でそれなりに鍛えられてるはずだ。と、思うんだが?」
「う~ん。確かに出会った頃に比べたら大分逞しくなったとは思うよ? けど、体力の底上げは大事だよ? そうだ。あたしと一緒に競争してみない? この町の外壁周りを一周。いや。持久力を試すなら三周かな。」
「いやいや! 俺は今、周辺の魔物を掃討してきたばかりだぞ? それなりに疲れてるっていうか。」
「あたしたちも鍛錬してて、それなりに体力削られてるよ? 今も外壁周りを三周してきたばっかだし。
それを聞いたシンは少し目を細めた。
「ほほぅ。引かないか。ならば仕方ない。その挑戦受けようじゃないか。クレス、合図を頼む。あ、スキル使用は無しだぞ?」
ちょっと演技かかった態度でシンがのって来た。
「ふふ。それはお互い様だね。クレスくん、お願い。」
振られたクレスは突然の事態に戸惑いながら言った。
「3・2・1・ゴー!」
(よーいどん、じゃないんだ。)
あたしは、的外れな感想を思いながら、門の前を駆けだした。
四半刻も走っただろうか。三周目の途中で、シンもあたしもヘロヘロになりながら歩いていた。
「け、結構キツイな・・・今の俺には軽いと思ってたんだが。」
「あ、あたしも・・・ ま、魔法使うのには全然疲れないから、体力もかなりあるんだと思ってた。」
二人とも、門の前まで来ると倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
クレスとクレアが水を持って駆け寄ってくる。それに応えてシンが言った。
「ありがとう。明日から俺も鍛錬に参加させてもらうよ。思いのほか体力がなかったなぁ。」
それを聞いたクレアが言った。
「無理もないですよ。わたしの検知範囲に魔物がいません。全部やっつけて来たのでしょう? 逆に驚きですよ。その後に走るなんて。」
「えっ? クレアちゃんが検知できなくなったって、それ、相当広いんじゃない? ごめんね、シン。そんな大変な仕事の後に吹っかけちゃって。」
クレアの情報から、相当数の魔物を狩って来たことが分かり、あたしは急に申し訳ない気持になった。
「いや。思わぬ新しい課題が出て来たのはラッキーだ。知らずに進んでいたら、どこで足元が救われてもおかしくないからね。ふむ。陽が傾いて来たから中に入ろう。今日はぐっすり眠れるぞ?」
シンは晴れやかな顔であたしたちに向かって言った。
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