4月27日、20時 みんなで中華
思うところがないわけではない。
父はあの日から変わってしまい、弟もそれに影響されるようにして良くない方へと進んでしまっていた。
自分だけなら良かった。
自分だけなら、親子ではあってはならない関係になってしまっていても、その憎悪の念を心の奥底へ押し込むことも出来た。
でも、弟はどうなってしまうのだろうか。
心のよりどころを無くした弟に自分は何もできない。
だから、父から弟を解放する。
そのために……いや、結局自分は何もできなかった。
愛する人の力を借りても逃してしまった。
弟はそれを追って最後には怪我を負った。
そして最終的には、その怪我を負わせた相手に父の対処を任せてしまった。
彼女にどんな気持ちを抱けばいいのか分からない。
いや、そもそも、自分にはそんな資格はないのかもしれない。
一度彼女の気分を害してしまっている。
愛する人の命でのこととは言え、失敗したのは自分だった。
そんな考えに陥った時、不意に頭に何かが添えられた。
それは長く滑らかな手だった。
そしてその手の持ち主からの声が掛けられた。
「レイメイ、大丈夫よ」
愛する人の手と声に充足感でいっぱいになる。
回された手に身体を抱き寄せられれば体温を感じることが出来た。
「…………霧消様」
上目遣いで顔を見れば、変わらず美しさがそこにあった。
それはいつもと変わらない。
仕事の時も。
プライベートも。
ベッドの中でも。
いつでも綺麗な顔がそこにある。
それだけで心が落ち着いた。
「ヨストはともかくヘルマンはこっちで回収しといたわ。今度、どうなるかは分からないけど、後で顔を見に行ってあげなさい」
「ありがとうございます」
レイメイは礼を言った。
その寛大な心に更に愛を深める。
ただ、そんなレイメイの気持ちを知ってか知らずか霧消は口を開いた。
そのきれいな瞳は背後を見ていた。
「お礼なら私よりも、彼女に言うのが良いかもしれないわね。結局、貴方の父も弟も、彼女が相手をしたのだから」
仕切りを一つ跨げば、そこには少女がいた。
異能倶楽部ボス、ルカ。
それだけではなく、他の幹部も勢ぞろいしていた。
こんな光景を見られるのは、これが最初で最後ではないかと思えるほどの事態だった。
ルカを見れば、本当に一般人然としていた。
言われなければ、彼女が異能倶楽部のボスだとは想像もつかない。
でも、彼女が今回の件を対処したことは紛れもない事実であり、レイメイ、それに霧消の因縁の相手を一人で倒した少女でもあった。
「それにしても、ことが片付いて早々中華料理を食べられる店を用意してくれだなんて、あんな可愛いなりをしていてもやっぱり異能倶楽部のボスなのね」
これだけの事があった後にすぐに、食事の準備とは恐れ入る。
それはレイメイも同じだった。
全くそこが知れない。
改めてそう思った。
そんなレイメイを見て霧消は何を思ったのか。
「貴方も可愛いわよ」と言った。
「別に、拗ねて黙っていたわけじゃないですよ!」
そう言い返せば、暫くの間色々と可愛がられることとなった。
◆
あの後、というか。
俺が倒れていた男の人を引きづりながらもなんとか運んだ後、不意に意識が飛んでしまったらしい。
よく覚えていないのだが、アレだろうか。
女体化の影響でどうたらとか言うのだろうか。
まあ、よくわからないが、気付いたら入ったはずの出口から出ていて外に立っていた。
なんか中華料理店のおっさんとお話の最中だったと思ったのだが、何があったのだろうか。
びっくりして何が起こったのか状況を確認しようとした時、外に居たからか聞こえたのだ。
「おい、治安維持組織が来てるぞ」
「なんかあったのか?」
「どうやら、異能犯罪者が現れたらしい」
それを聞いた俺はてっきり異能倶楽部の皆が間違えられて犯罪者として扱わられてしまったのではないかと思ったがどうやら違ったようで。
色々と情報が入って来て特徴を照らし合わせてみると、中華料理店のおっさんだった。
一瞬意味が分からなかったがそれが事実らしい。
きっと犯罪者として逃亡中にお店で働いていたのだろう。
そこまでわかった時、更に合点が言った。
俺たちが異能倶楽部だと知った時に拒否していたであろう理由だ。
それは、犯罪者を客として扱っていいのかと迷ったのではない。
同じ犯罪者だと思ったからこそ、そこから警察や治安維持組織にバレてしまうと考えたのだろう。
まあ、とにかくそんなところで俺にはどうにもできる事でもないので、ツムギちゃんと連絡を取った。
いつの間にか電波が通るようになっていたので、連絡はすぐ取れた。
そこで、幹部の皆は大丈夫かと聞けば皆大丈夫だと言っていた。
そして一応念のために、中華に誘ってみれば皆来ると言う。
メンタル強すぎかとも思ったが、学生故に元気なのかもしれない。
と言う事で、中華をと思ったのだが、そう言えば先ほどのおっさんは異能犯罪者だと思い出してどうしようかと頭を悩ませた。
同じ店を使って大丈夫なのかとかなんとか。
だから、探して見つけたローレライの人に中華が食べたいと聞けば快く案内してくれると言ってくれた。
その時に、俺が引きづっていた人はどうしたのか聞いてみれば、どうやらベッドで寝かせてくれていると言う。
これで目下の問題はすべて解決しただろうと思って俺は皆と合流した。
そう言えば、歩いているときなんだか筋肉痛みたく身体が傷んだが、今日ちょっと外出しただけでこんなになったのだろうか。
前の俺ならなくもないが、最近は割と動いているような気もしたが、まあいいか。
「あーん」
俺は考えを打ちとめて口に北京ダッグを運んだ。
前回は譲ってもらったとはいえ、あまりがっつくわけにもいかなかった。
でも、今日は仲間内での食事会だ。思う存分だべられる。
まあ、仲間内と言っても、まだ仲良くなったとは言えないから緊張もするが、それでもこれから一緒に異能倶楽部として活動するのだから、そのうち気の置けない存在になったりして。
ん?あれ?
友達がまた増えてしまうかもしれないと、妄想でこのペタンコな胸を膨らませていた時、不意に嫌なことを思い出した。
そう言えば、異能倶楽部は世間では犯罪組織として認識されている。
つまりだ。
このまま皆で続けると言う事は難易度が高いのではないか?
名前を晒された人もいるわけだし、どうにかこの場に顔を出してくれているが、だから平気とも限らないだろう。
きっと一人くらいは抜けたいと言い出す可能性もある。
と言うか、普通に考えれば、皆がやめたいと思っていてもおかしくない。
俺だって、皆と仲良くなれるかもと心が躍っているからこそ、異能倶楽部であるリスクに目をつむっている。
だが、俺と違って友達を欲していないこの人たちは、俺のような集団に所属することで得られるメリットはさほどないだろう。
と言うか、ここに身を置くことで悪化することだって容易に考えられる。
そこまで、考えたところで俺は仕方がないと腹を決めた。
考えて黙っているよりも、聞いた方が早いだろう。
前回の食事会で俺は案外物事に対して足踏みをしているより行動した方が良いと学んだ。
案外何とかなると。
「一つ良いかな?」
皆が円卓で顔を合わせる中、俺は口を開いた。
そうすれば、皆の顔がこちらに向いた。
一応ボスと言う肩書のある俺がかしこまった様子で発言しようとすれば、こちらの話を聞く姿勢に入ったのが見えた。
「今日の話だ」
今日の話。
異能倶楽部が犯罪組織として周知されてしまったこと。
そしてそれを犯した組織の話。
確か、組織の名前は。
「陽炎」
陽炎による嘘を皆がきっと信じて誹謗中傷がネットでは絶えないだろう。
そう言ったことを踏まえての話をしたい。
異能倶楽部の。
「この組織の今後について」
◆
異能倶楽部ボスによって、召集された幹部たちは同じく六大組織に位置するローレライの協力を得て一つの中華料理店へと集まっていた。
すでに、少なくともボスであるルカの力を疑うものはおらず、素直に皆がそれに答えた。
自分たちのボスでありながら、前回目の前での異能の行使には多くの疑問が付きまとっていたことは確かであり、幹部たちが素直に招集に答えたと言う事は、今回の戦いで実力を認めるに至ったという証明に他ならなかった。
ボスでありながら、彼女は抗争のさなかに動き出した六大組織の属さない多くの組織を一人で対処し、更に敵幹部の最高戦力として予想されていたヘルマンを単独で対処していた。
そして、最後にはボス自ら、陽炎の長であるヨストの無力化に成功した。
それは単にヨストを倒したと言う意味ではなかった。
そこには、治安対策維持組織の注意を逸らしたことも含まれていた。
陽炎によって今回の戦闘は大々的に大きく報じられてしまったせいで、治安維持組織も本腰を入れて動いていた。
その意味は到底無視できるものではなかった。
治安維持組織は六大組織の対処が出来ていない。
だから、弱いのだと、そう主張するものが世の中にはいる。
だが、それは違うのだ。
確かに組織のボスクラスと戦うことになれば、苦戦もするだろう。
しかし、それに対して一方的に負けると言う事はない。
対抗しうる異能者が所属しているのだ。
六大組織を追い詰めるに至っていないのは、単に追う側であると言う事に過ぎなかった。
巧妙に潜伏場所やアジトを隠して隠れ忍んでいる異能組織とは違い、治安維持組織はそれを探して交戦にまで至らなければいけない。
それが難しいという話だった。
だから、それらと接敵した時には、六大組織であろうとも無傷では済まない。
そして、今回の陽炎の幹部との戦いにリソースを割いているのであれば尚更。
それを、ルカは陽炎のボスであるヨストを使い、注意を逸らしたのだった。
ヨストは今や六大組織のボスではないが、それでも治安維持組織にとっては十分脅威であると言う事は周知されている。
であれば、ここら一帯の人員をかき集めてでもヨストを逃したくはなかったはずだ。
そして実際、そこに力を入れることになったのだ。
まあ、そう言った功績を差し引いても、単純な異能の出力的なものを測ればボスにふさわしいだけの力を持っているのは明白だった。
そして、そんな彼女が今回皆を呼び寄せたのが、ローレライの息がかかった中華料理店だった。
何か話がある。それは確実だろう。
だが、何故同じ六大組織とは言え、別の組織の懐でそんなことをするのか、その理由は一つだろう。
つまり、六大組織全体で陽炎の対処を請け負った異能倶楽部として情報の共有を図るため。
ローレライを通じて、正式でないまでも各組織に今回のことを伝えることが目的だろう。
その証拠に彼女は「一つ良いかな?」と前置きをして話し出した。
「今日の話だ」
まるで、一組織の長には見えない仕草で彼女は語る。
「陽炎」
だが、その名前を出したと言う事は正真正銘彼女がボスであると物語っていた。
「この組織の今後について」
この組織、つまり陽炎という組織についての対応の話だった。
◆
「帽子、ありがとうって言ってたわよ」
「ん、ああ、そう言えば」
あの日、4月27日に起きた陽炎との抗争、それが終わった後、我が組織のボスに貸していたキャップを受け取った。
体格の差からか、きつく調整された帽子を自分の頭に会うように直しながらネッカは帽子を差し出したツムギを見た。
「第二の陽炎、現れると思ったけどその形跡はないね」
「ええ、ナリヒサ全体で企んだことではないようだし、色々調べた結果、異能発現剤の実験程度にしか使おうとしてなかったようね」
ナリヒサ製薬。
その裏組織の力を借りて陽炎は急速な成長を続けていた。
だが、ナリヒサにとって陽炎の存在理由は主に実験体の提供が目的のようだった。
「そして、異能発現剤の研究は完全に打ち止め、なら、新たな組織にそれを流すこともないでしょうしね」
ツムギのその言葉にネッカは頷いた。
そして携帯の液晶に顔を向けて声を上げる。
「こんな朝早く、女子高生が二人集まってすることがこんなこととは華もないけど」
異能組織についての話。
それもキャッキャウフフとはしていない。
そんなことを思ったネッカであったが、ツムギは気にした様子もなく口を開く。
「そろそろ、学校だから。私は行くわ」
「え、まだそんな時間じゃ。……ああ、ボスの家によってくんだっけ」
◆
あの日、今後について話そうと俺が言えば、皆は口々に自分の意見を話出した。
誰も異能倶楽部をやめるとかやめないとか一切口には出さずに陽炎という組織をどうしてやろうかなんて話していた。
組織を潰すだのなんだのと、過激なことを言っていてびっくりしたが、きっと冗談だろう。
もしくは中二っぽい皆の事だから、嫌なことを笑いに変えようなんて思ったのかもしれない。
だから俺もそれに少し乗ったりしてみたり。
なんだか楽しかった。
そんなことを思い出しながら俺は制服に着替える。
寝坊をすればツムギちゃんに起こされるなんていうイベントが待っているのだが、意外とこれが恥ずかしく、そして迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが湧いてくるのだ。
俺もアニメを見て義理の妹に起こされる妄想をしてみたが、現実はそううまくは行かない。
あくまで家族と言う部類であるが故の関係性なのだろう。
まあ、何よりもツムギちゃんも遅れることになりかねないのだ。
ボタンをしてめているとインターホンが鳴る。
俺が「通話」のボタンを押して応対すればツムギちゃんだ。
「おはよう。リオ君」
「おはよ」
着替え途中で申し訳ないが、外で待たせるわけにもいかないので上がって貰った。
まあ、一応俺も体は女だし、何なら学校の着替えはみられている。今更だろう。
そんなこんなで準備を終えて鞄を持って玄関に行く。
そして靴を履いて戸締りをして、そして俺はツムギちゃんに声を掛けた。
「じゃあ、いこっか」
「うん」
あのころと比べれば、随分と軽くなった足取りで俺は一歩踏み出した。
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毎日 18:10 予定は変更される可能性があります
TSしたら異能組織のボス(身長136cm) 環状線EX @etoueto
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