落下


 ルカの異能。

 ヨストは戦闘の中、その正体を探っていた。

 異能者との戦いの中で最も必要なのは相手の異能の詳細を暴くことだ。


 理力での身体強化で基本的に体術を交えて戦うことになる異能者との戦いだが、大きな力の差を分けるのはやはり異能だった。

 高い実力者同士であればそれは顕著になる。

 故に、いち早く情報を得ようと頭を回していたのだが。


 わかったことは少なかった。

 分かったのは一つだけ。

 だが、その一つの詳細は探るまでもなく知ることが出来た。

 それは、ルカの異能は電撃ではないと言う事だ。


 いや、電気を含んだ異能と言う事には変わりないが、彼女の異能攻撃の威力が依存する要因ではない。

 彼女の異能は恐らく電撃の形をしたそれとは別の異能だろう。

 結果だけを見るなら、彼女の異能の力は「削る」と言うもの。


 何度かの攻撃の中でそれは確定的になっていた。

 電撃が触れたヨストの身体にとどまらず、壁や床を見ればそれが通った証拠を刻むかのようにして抉られていた。

 未だヨストには直撃していないことは確かだが、それでも無傷と言うわけには行かなかった。

 避けるにしても電撃を模しているからか、空を割くような変則な動きをしており攻撃を完全に読み切ることはできない。


 そして、一番に気をつけなければならないことは、直接触れられること。

 ゼロ距離で放たれれば、致命傷は確実だ。

 それは彼女がパーカーを破るように脱ぎ捨てた時、直接的な異能による効果を見れば想像に難くない。

 服を、それもパーカーを破るとなれば、相当な力がいる。

 それを敢えて、異能の電撃を使い脆くすることで力を必要とせずに行った。

 その異能の発動時間は一瞬の出来事だった。

 そして、出力を今までの戦闘と重ね合わせても、随分と抑えられていたように見えた。

 比較し考えれば、どれだけの攻撃力を秘めているかなどすぐにわかった。


 それに、まだ確証を得ていない段階ではあるが、まだ彼女の異能の力には厄介な効果がある可能性もある。


「ちっ」


 先ほどの避けたはずの攻撃だが、少々掠ったのを感じたヨストは舌打ちをした。

 服の中で腕に血が伝うのが分かった。


「降参する?」

「バカな」


 わかりやすく電撃が走った腕を庇ったヨストを見てルカが放った言葉を鼻で笑った。

 降参などするわけがないだろう。

 わかった上で言ってるにしても、面白くない。


「まあ、そうだよね」


 調子が出て来たのか、少女はそう言って地面を蹴った。

 ヨストも警戒を怠らずに迎え撃つ。

 彼女の繰り出される蹴りに対してヨストは腕を突き出すも、その表情に驚愕を浮かべる。


「な──っ!?」


 速い。

 速かったのだ。

 先ほどまでの攻撃よりも一テンポ早い攻撃が放たれる。

 それ故に、防御が一歩遅れてガードが間に合わない。

 すでに異能を発動して彼女から見える座標はずらしてある。

 しかし、ルカも「陽炎」による回避は想定している。

 その歪んだ空気の向こうにいるヨストまで蹴りは届く。

 そこに身体を捻り、何とかガードを挟むと、ルカも蹴りを繰り出した勢いそのままに拳を繰り出した。

 だが、僅かに届かずに拳は止まり、熱波の放出によって距離を取らせた。


 嫌な戦い方だ。

 今のところ彼女は手のひらからしか、異能を発動していない。

 そこから考えれば、異能は手さえ気をつければいい。

 だが、ルカは足技で敢えて攻撃することによって、ヨストの意識を分散させる。

 攻撃する足と異能が来れば絶対に避けなければならない腕。

 そして、異能以外の攻撃を腕を使いするという選択肢を薄れさせたうえでの拳による打撃。

 面倒だ。


 ヨストがそう思っている一方で、ルカは調子が出てきていた。

 理力による身体強化が馴染んできたのか。

 リオではきっと同じ身体を使ってこれをしようとしてもそこまでうまく使いこなせないだろうとルカは考えながら全身を動かした。

 理力があるからこそ、この体格差、力の差をほぼなくすことが出来ている。

 それを使いこなせてきているとあっては、どんどん調子が上がるのも必然と言えた。


 そして、その調子そのままに再度突進した。

 小さな体の強みである的の小ささを前面に押し出し活用する。

 スピード、力の高さを理力によって得た今、並みの実力では捉えることは出来なかった。

 立体的に動くことで攪乱をしながら攻撃を打ち込む。

 ヨストに防がれ避けられ、こちらも同じように対応すれば一種の膠着状態。

 だが、そこで動きを止めなければ次につながる。

 防がれ避けられれば、一気に反対側に移動し再度攻撃する。

 幸いここは室内であることも加味すれば、壁や天井といった足場も多い。


 そしてとうとう隙をついた。

 足技が防がれての、拳での攻撃。

 それが突き刺さろうとしてギリギリで動きが止まる。


「力と速度が補えようとも、リーチは変わらない」


 ヨストの声と共に、熱波が放たれた。

 それを避けて、着地すればそこは奇しくも戦闘が始まる前に立っていた場所であった。

 そこから動くのかとヨストは身構えるが、ルカは動きを止めて首の後ろに左手をやった。

 そんな様子にヨストが口を開いた。


「どうした?降参か」


 先ほどのルカの言葉をそっくりそのまま返すような形だった。

 だが、ルカの方は余裕の笑みを浮かべて言った。


「いや、勝てる算段が付いたから、それはないよ」


「ほう」とヨストは声を出した。

 だが、ヨストもそれは同じだった。

 すでに確証は得ていた。

 先ほどと同じように攻撃を仕掛けてくるのならば勝てると言う確証を。


 すでに異能の効果も大体把握した。

 そして、何より蹴り、そして拳による打撃の際の間合いも見切った。

 

「じゃあ、行くよ」


 ルカがそう言えば、地面が蹴られていた。

 先ほどまでの攻撃よりも更に速い。

 だが、それも織り込み済みだ。

 勝てる確証と言うのは、そう言った様々なことを考慮した上で出た結果なのだから。


 だが、次にルカのした行動には流石のヨストも驚いた。

 何故ならルカはその身体を影で覆い隠したのだから。

 話にならない。

 勝てる算段などといいながら、すでに見破られたとも知らず同じ手を使ってきた。

 そんなもの初見殺しが良いところだろうに。


「それはもう見た」


 知っていれば見失うこともない。

 影が差すと言っても姿が完全になくなるわけではない。

 そこをよく見れば──


 その瞬間、光があたりを包んだ。

 リオの異能ほどではない。

 ルカという攻撃に特化した異能によって再現されたハリボテのまねごと。

 だが、それでも目くらまし程度の力は有していた。


 これならば、暗闇を覗こうとしたヨストも目がつぶれて──いや、そんな子供だましに引っ掛かるわけがなかった。

 そんな手はありふれている。

 初見殺しにすらならない。

 片目を閉じて目を潰されることを回避したヨストはひるむことはない。


 生きている方の目で、相手を見据える。

 これで相手の策は封じた。

 例えここから攻撃をしようとも──


 そう思ったとき、横殴りの攻撃を受けた。

 電撃の様に皮膚の上をのたうち回る抉るような攻撃。

 ルカの異能だ。

 潰れた方の目の死角を突かれた。

 さらに、彼女が今まで遠距離攻撃をしなかったせいで、ルカの姿を視界にとらえるだけで十分だと無意識に判断してしまっていた。

 だが、これは致命傷にはならない。


 今の怯んだ隙をついて攻撃を仕掛けてくるが、これを対処して攻撃を仕掛ければ勝てる。

 蹴りを受け流し、熱波を充てる。

 これを避けた先で攻撃に移ればいい。

 だが、その予想に反して熱波にルカは自身の手のひらを回避することなく突き出した。

 突如として黒い稲妻は大きく波打ち、熱波をかき消した。


 ルカの異能は異能すらも食い破る。

 その事実をヨストは目の前で突きつけられた。

 だから、その事実を知らずこの光景を見てしまえば隙を作ってしまうだろう。


 だが、ヨストは知っていた。

 ずっと懸念していた。

 ルカの異能に対する隠れた効果、常に警戒し待っていた。

 その片鱗はずっと見えていた。

「陽炎」による回避をする際に、彼女の異能に触れて揺らぎが起こっていたことには気付いていた。

 確信には至らぬまでも、その可能性はずっと頭にあった。


 故に、隙を作ることはない。


 そして、ルカの拳が異能と突っ切り、こちらに迫ろうともすでに間合いは把握している。

 この距離ならば眼前で止ま──


 止まらなかった。

 間合いであったはずのその距離からはみ出すようにして、腕が伸びる。

 そこで気づく。

 先ほどまでの拳での攻撃はあえて実際の間合いよりも短く打っていたことに。

 当たる距離でも、この瞬間の攻撃を見据えて、この為だけに攻撃を止めていた。

 やられた。

 ここで、異能を使われれば致命傷では済まない。

 一瞬の判断で、熱波を放つことにより、自身の身体ごと吹っ飛ばした。


 当然自身にもダメージの入る行為だが、回避が優先だった。

 勢いのままに、背後にあるガラスの壁へ突撃するも警戒は怠らない。

 ここから動くことは出来ずにルカの蹴りがお見舞いされるが、それを難なく受け止める。

 だが、蹴りは深く押し込むようにしてヨストに──いや、押し込まれていた。


 背中でガラスのひび割れる音がして、自身の身体が傾いていることに気付いた時、すでに転落は始まっていた。

 だが、このビルのガラスがそう簡単に割れるはずはない。

 理力による強化によって蹴ろうが殴ろうが壊れるようなものではない。

 ただでさえ分厚いこの硝子は強度が高く、異能組織であるローレライのアジトに使われているだけあって、さらに強力なものであると言えた。

 それがなぜ?


 そう考えた時、答えは至極簡単なことだと気付いた。

 ルカの仕業だ。

 戦闘中に動き回った彼女は硝子を脆くしていた。

 あの抉る異能を使えば可能だった。


 だが、ここで終わるわけにはいなかない。

 理力と異能を使えば、落下死など防ぐことは容易い。

 ビル伝いに落ちていることが幸いしてなんとか勢いを殺す。

 落ちる直前には熱波を逆噴射すれば多少の威力軽減にはなった。


 煙と大きな音を立てて落ちるが幸い命がなくなることはなかった。

 そして、ビルの上にいるであろうルカを睨もうとした時、不意に声が聞こえた気がした。


「もう、勝敗はついてるよ」


 ルカの声だった。

 そう思う前に、周囲が囲まれていることに気付いた。

 異能倶楽部か、ローレライか、それとも他の六大組織か。

 どれでもなかった。


 答えは。


「異能対策治安維持組織だ」


 その集団の中の一人の男によって告げられた。

 異能対策治安維持組織、通称、治安維持組織。

 警察では手に負えない異能犯罪に対処する組織である。


「───」

「あれ、先輩、こいつ見たことありますよ。俺」


 周囲を警戒し黙りこくるヨストに対して先ほど組織名を告げた男とは別のものが口を開いた。

 それに対して先ほどの男が注意を促した。


賦久フスク、業務に集中しろ」

「ちぇ、連れないなぁ。ね、幸本ちゃん」

「いえ、刀祢田トネダさんの言う通りです」


 幸本と呼ばれた若い女にそう言われると、フスクと呼ばれた男は肩を落とした。

 ヨストは推測する。

 恐らく自分を一周するように囲っている有象無象の中で、強いのは刀祢田、そしてフスクという男だろう。

 幸本という女は分からないが。

 刀祢田は明らかにこの場を統括する立場であり、フスクはその態度を見れば、恐らく異能の力だけで重宝されている手合いだろう。

 行き過ぎた異能をもったものは組織内部でも様々なところで目を瞑られる。

 治安維持組織では特にそれが顕著なことも知っていた。


 ここをどう切り抜けるべきか。

 頭の中にレイメイと霧消の顔を浮かべてヨストは唇を強くかんだ。






 ◆


「こっちからは分かりやすいほど見えてたんだけど」


 そんな独り言をルカは溢して眼下のヨストを見た。

 治安維持組織がこちらに向かってきているのは、リオが何度も異能をわかりやすく放っていたために予想をつけていたが、実際にここに来ているのは戦闘中であっても確認することが出来た。

 ヨストは背を向けていた為見えていなかっただろうが、潜伏していたとはいえルカは捉えていた。

 だから、初めから直接的にヨストを倒すのではなく治安維持組織のもとに送ってやろうと考えていたのだ。

 ここまで強力な異能であるが、実際のところルカは未だ完全に異能を使いこなせているわけではない。

 更なる鍛錬をこなさなければ。まだまだ力は足りなかった。


 そんなことを考えながら、ヘルマンの身体を跨いで部屋を出る。

 ここからヨストが落ちてきたことは分かっているのだからここに居座るわけには行かないだろう。


 ローレライのアジトと対象なりとも関係したこの部屋だが、肝心な部分は直接的につながってるわけではないだろうし、放棄で良いだろう。

 でなければ、霧消がここで戦闘が行われることを許したりしなかっただろうから。

 そうして、外に出た時ルカは自分の頭に手を添えた。


「タイムリミットか」


 そんな一言を残して意識が遠のいた。

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