実話! 恐怖体験放送局

泉 きよらか

実話! 恐怖体験放送局(解説・ネタバレつき)

■ ご注意

この作品には、女性蔑視(べっし)やハンセン病に関する表現が含まれています。これらを肯定・助長する意図は一切ございません。

あくまでフィクションとしての描写であり、読者の皆様のご理解をお願いいたします。

※ 一番下に解説・ネタバレがあります。


=====


「「ひゅ〜ドロドロドロ……。あの世から恐怖をお届けする、『実話! 恐怖体験放送局〜』」」

「今宵は、お前の枕元に化けてやる。こんばんは。トリベノです」

「Hey, yo! に良い夜だな。騒々しいようだNa! 怨念はおんね〜ん! ども〜。ヨモツで〜す!」


 お化け屋敷でよく使われるような笛と太鼓の効果音が流れた後、重低音の声とやけにテンションの高い若い男の声がヘッドセット越しに聞こえてきて、げんなりした。

 フリーランスエンジニアの俺は、『ボイスキャスト』を聴きながら、深夜から朝方にかけて仕事をするのが日課だ。いわゆる、昼夜逆転生活というやつである。


 いつもは時事ネタ・歴史・雑学といった番組を中心に聴いているのだが、めぼしい番組はもうとっくに聴き終わってしまった。

 音を聴いていないと、集中力が欠ける。でも、わざわざ検索までして番組を探すのは億劫おっくうだ。

 悩む時間すらもったいなくて、俺はよく見もせずに『おすすめの番組』の一番左をクリックした。……のだけど、これは判断をミスったかもしれない。


 ホラー系の番組なんて俺は普段聴かないのに、なぜおすすめに上がってきたのか。もう少し聴いてみて、どうしても合わなければ別の番組にしよう。

 それにしても、こんなお粗末なレコメンドシステムを実装した開発者は、いったい誰だ。

 俺は舌打ちすると、視線をテキストエディタに固定した。


「ヨモツ……。お前、初っ端からスベるな。貴重なリスナーが引いているだろう」

「いや〜。すっごい久々の配信じゃん? やっと来たチャンスに、オレもうワクワクしちゃって〜」

「わかったから、落ち着け。……さて、この番組は、みなさんからお寄せいただいた恐怖体験を、コンビであるわたしとヨモツが朗読する番組です」

「めいコンビ? あははは、トリもうまいこと言うじゃん」


 声を聞く限りは年齢差があるように思える二人だが、ぽんぽんとテンポ良く続く会話に仲の良さが伺える。

 その後ろではお経とカラスが『カーカー』と鳴くようなBGMが流れて、雰囲気があるのかないのか、よく分からない番組だ。


「一通目のお便りは、ラジオネーム『赤いワンピース』さん。二十代の女性の方からです」

「二十代! そんな若い人が、オレたちの番組にお便りをくれるなんてね〜! 明日は血の雨が降るかな?」

「その前に、もう朝が来ることはないかもしれないぞ」


 ヨモツのおとぼけた茶々を、メインパーソナリティーらしいトリベノが華麗に受け流すと、お便りを読み始めた。



『それは、暑い夏の夜のことでした。

 その日、私は友達と夜遅くまで遊び歩いてしまい、終電になんとか飛び乗ったのです。

 最寄りの駅から自宅までは、街灯の少ない真っ暗な夜道を歩かなければいけません。人っ子一人いない閑静な住宅街に、コツ・コツ・コツ……と、私のヒールの音だけが響きました』



 たっぷりとた臨場感のあるトリベノの朗読に、俺は声優やナレーターが本業のやつなのかなと思う。

 女だったら、耳がはらむとか言い出しそうだ。

 そんな失礼な感想を抱きながら、トリベノの朗読に引き込まれた俺は、ついさっきまで聴くのをやめようか悩んでいたことをすっかり忘れてしまっていた。



『タクシーを捕まえれば良かった。もしくは恥を忍んで、駅前にある交番のお巡りさんに送ってもらえば良かった。そう後悔しても後の祭りです。

 帰り道を半分ほど歩いたところで、背後からかすかにもう一つ、足音がついてくるような気がしました。

 最初は、偶然帰り道が一緒なのかな? とも思ったのですが、私が早歩きになると後ろの足音も早歩きになるのです。

 一つ二つ角を曲がっても、付かず離れずついてきます。

 恐怖で私の呼吸ははっはっはっと浅くなり、心臓はドクドクとうるさいほどでした』



 朗読が途切れ、女の荒く短い呼吸音だけがしばらく流れる。

 へ〜、ちゃんと効果音までつけて、こった演出だな。俺は感心しつつ、エンターキーを勢いよく叩いた。



『三つ目の角を曲がれば、すぐそこが自宅です。

 角を曲がったところで、私は猛然と走り出しました。

 家の中にさえ入ってしまえば、安全なはず。必死で足を動かす私を、後ろから誰かが追いかけてきています。

 あともうちょっと。ほんの少し。そう思った瞬間、ヒールを履いていた私は何かにつまづいて、勢いよく地面に転がってしまいました。


 きゃあああ! 誰か! 助けて!


 もう夜中だとか外聞だとか、そんなこと気にしていられません。私は無我夢中で叫びました。

 そのとき、背中に衝撃が走ったのです。何度も、何度も、何度も。

 ……そして私は、焼け付くような痛みにうずくまり、お気に入りの真っ白のワンピースが赤く染まっていくのを、さいごまで、見ていました』



 恐怖体験というから、てっきり幽霊とか怪談といったホラー系の話なのかと思えば、人怖系の話か。

 俺の知っている一連の事件によく似ている気がするけれど、似たような話なんてそこら中にごろごろ転がっている。どうせガセネタだろう。


 肩透かしを食らった俺は、首や指をぽきぽき鳴らして気分転換をする。

 まったく。若い女が夜道を一人で歩くなんて、狙ってくださいと言っているようなものだ。襲われても文句は言えない。ある意味、自業自得だろう。


「『赤いワンピース』さん。お便り、ありがとうございます」

「ありがとうございま〜す」

「お便りは、ここで終わっています。赤いワンピースさんのその後がどうなったのか。とても気になります」

「それなんだけどね、トリ。オレ、この話、知ってるかも〜?」


 はあ。いるよな。こういう知ったかぶりするやつ。鼻につくなあ。でも、こういうのも、番組を面白くするにはきっと必要なのだろう。

 軽快にキーボードをタイプし続けながら、俺は皮肉気に鼻を鳴らした。


「たしか〜、都市伝説で!」

「都市伝説? ヨモツ、どういうことだ?」

「ええと、真夜中に赤いワンピースを着た女性の後ろを歩いてついていくと、三つ目の角を曲がったところで『おまえか』という声がする、とか〜? んで、その声を聞いた人は、行方不明になるってうわさだよ!」

「ほう。それはもしかすると、自分を襲ったやつを探して復讐している……ということか?」

「かもね! でも、本当に行方不明になっちゃってたら、都市伝説にはならないはずだよね〜。変なの〜。あははは!」


 ヨモツの笑い声の余韻がなくなると、ふっと静寂が落ちる。鈍い鐘を鳴らすような音と木魚もくぎょを叩く音が、だんだんと大きくはっきり聞こえた。

 まるでお寺にでもいるかのような雰囲気に、俺がおいおいずいぶんと辛気臭えなと思った、そのとき。



『 み つ け た 』



 右耳で、どこか聞き覚えのある若い女の声が、そう囁いた気がした。

 あまりにも至近距離かつ立体的な効果音に、ぞわりと背筋が粟立つ。これにはさすがの俺もぎょっとして、ヘッドセットに押し潰されていた耳をさすった。


「……程よく肝が冷えたところで、続いて二つ目のお便りです」


 首にかけたヘッドセットから、漏れ聞こえたその声に俺はほぅっと安堵あんどする。

 なんだ、驚かせるんじゃねえよ。これも演出かよ。

 まんまと驚かされてしまった不甲斐ない自分に舌打ちしつつ、俺はヘッドセットを耳に掛け直す。

 ここでやめておけば良いものを、怖いもの見たさならぬ怖いもの聴きたさの方が、勝ってしまった。 


「ラジオネーム『部長』さん。高校生の男性からのお便りです」

「あらま。今日は若い人からのお便りばっかだね!」

「それだけ、早す×る×を受け××られず、×念や未×を残し××るのでしょう」


 キュルキュルッと、トリベノの声にところどころノイズが入って、何を言っているのか聴き取れない。

 『ボイスキャスト』は収録音声を配信しているサービスなので、データの編集ミスか。それとも単に機材の調子が悪いだけなのか。

 演出をこるくらいなら、音質にこだわれよ。そっちが先だろうと、俺は悪態をついた。



『学校の七不思議って、どこの学校にもありますよね?

 その中でも、僕の学校の七不思議は、ほかの学校に比べて少し変わってるんです。

 僕が通うS県の私立A高等学校の前身は、ハンセン病患者のために作られた学校だったと聞いています。

 今ではそんな面影なんて全然ない、ただの進学校なんですけどね。

 そんなわけで、僕の学校の七不思議は、ハンセン病由来のものが多いんです』



 っ……! ハンセン病。久しぶりに聞くその言葉に、俺は息を呑む。

 俺の通っていた高校も、すぐ近くにハンセン病資料館があって、生徒は一度は必ず社会科見学で訪れるようにカリキュラムが組まれていた。

 はは。まさかな。恐ろしい偶然だ。そう思うものの、いつしか俺はじっとりと手に汗をかいて、番組を聴き入っていた。



『一つ。理科準備室の開かずの戸棚には、ホルマリン漬けの赤ん坊が眠っている。

 二つ。夜の茶道部室では、消毒液を飲んだ生徒の苦しむ声が聞こえる。

 三つ。夕方、新校舎から旧校舎の屋上を見ると、のっぺらぼうが手招きしている。

 ……なんて、ちょっと怖いですよね? 単なるうわさだと頭ではわかっていても、生徒は夕方になると怖がって、一人では校舎に残らないんです。必ず、友達と一緒です。

 その日、僕は同じコンピュータ部の友達と二人で、夕方の部室に居残っていました』



 みーんみーんと、遠い過去から蝉の声がフラッシュバックする。

 あれは、こっそり隠し持ってきたチョコレートが溶けてベタベタと指を汚すような、蒸し暑い夏の日だった。

 ぐわんぐわんとまわる視界に、俺は吐き気を覚える。これはきっと、ディスプレイを見続けたせいだ。



『僕、実は心臓に持病があるんです。

 それで学校を休むこともあるんですけど、一緒にいた友達は休んだ間のノートを貸してくれたり、体調を気にかけてくれたりする、すげー良いやつで。

 だから、パソコンの電源を落としていざ帰ろうってときに心臓発作を起こした僕は、当たり前に友達が助けてくれるものだと思っていました』



 ひゅう、と喉がなる。この番組は異様だ。なんで。これ以上は聴きたくない。もう、やめてくれ!

 そう思うのに、まるで金縛りにあったかのように体が動かなかった。冷たい嫌な汗が、俺の背中を伝う。



『息が苦しくて立ってられなくて、僕は友達のスラックスにしがみつきました。でも、いつまで経っても友達は突っ立ったまま。

 さすがにおかしいと思って、なんとか友達の顔を見上げたら、そいつ……。


 僕をじいっと見下ろして、笑ってたんです。


 こいつは僕を助ける気なんて、さらさらない。直感でそう思いました。

 だから、僕はほかの誰かに助けを求めようとして、窓の向こうの旧校舎に、人影があることに気がついたんです。

 お願い! 助けて! 死にたくない!

 必死に窓を叩く僕に、顔のない生徒が、あちらからゆっくりと手 招 き をして いました』



 ぴっこん。唐突に鳴ったその音に、びくんと俺の肩が大きく跳ねる。

 画面の右上を見ると、ブルーバードのプッシュ通知が表示されていた。



 『@89BFBさんから友達申請が届きました』



 こんなときにスパムボット垢からかよ。あいつと一緒で、空気が読めねえな。俺はやっと動くようになった手で、乱暴に拒否ボタンをクリックする。

 きっとこの便りは、あいつの家族か知り合いが当てずっぽうで出したんだろう。

 俺はあのとき、先に帰ってしまって何も知らない。証拠も何もない、ただの不幸な事故だ。それで終わった話を、いまさらなんの目的があって蒸し返す。


「古来より、逢魔時おうまがときに異形が彼方から手招きをする、という話は数多くあります」

「ただでさえ、光の加減で見えづらくなる時間だからね〜! なんだっけ、暗順応だっけ? オレも逆光で相手の顔がわかんないってことはあったよ!」

「はるか昔に、な。……まあ、相手が人ならいい。けれども、もしそれが本当に異形だったなら。手招きに応じてしまったものは、どうなるのだろうか」

「ひい〜〜〜。こっわ〜〜〜い」


 何が怖いだ、ボケが。いもしない存在が、生きている人間に一体何をできるって言うんだ。

 こんな番組、一刻も早くヘッドセットをぶん投げて聴くのをやめたいが、そうもいかない。


 あまりにも、偶然にしては全てができ過ぎていた。セキュリティ対策は気をつけていたつもりだが、ハッキングでもされたか?

 俺は少しでも犯人の尻尾を掴もうと、貧乏ゆすりをしながら額で指を組んでうつむいた。


「……ということで、本日は二通、朗読させていただきました。『実話! 恐怖体験放送局』では、みなさまからのをお待ちしています。宛先は京都市東山区大和大路通四条下ル■丁目小松町⬟9⬟まで。どしどしご応募ください」

「ほんとうは、届かない方がいいんだけどね〜」

「ヨモツ、それを言うな。それじゃあ、この番組をやってる意味がない」

「あははは。それもそっか!」


 俺の思惑とは裏腹に、番組はあっさりとエンディングを迎える。トリベノが読み上げた住所を、俺は慌ててメモった。もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。

 最悪、パーソナリティーにコンタクトを取ったり、俺自身が番組にお便りを送ってみるのもありだ。


「さて、ヨモツは最後に何か一言あるか?」

「はいは〜い! あるよ!」


 いっとき止んでいたお経とカラスのBGMが、また聞こえてきた。

 あまりの不気味さに、俺は眉間にしわを寄せる。……と、そのとき。突然、パソコン以外の明かりがパッとすべて消えてしまった。


「うわああああああ!」


 思わず、俺は手に持っていたペンを宙に放り投げる。

 停電か!? それとも、ブレーカーが落ちたのか!?

 一気に心拍数が上がったせいか、俺の耳から鼓動が聞こえるようだった。そのうえ、なぜか背中や胸がじくじくと痛む。



「ねえ、ねえ。こんなうわさ、知ってる? とある日のとある時間にしか聴けない、音声番組があるんだって。その番組を聴いてしまった人は、なんでも不幸に見舞われるんだとか……。あはははは。きみ、よっぽど、うらまれてたんだね……。



 エコーがかかったかのようなヨモツの声が響くなか、俺は唯一の光源である目の前のディスプレイから目が離せなかった。

 知らず知らずのうちにスクリーンセーバーに切り替わっていた画面には、ちょうどいまの日時が表示されている。


 一見、なんの変哲もない、見慣れたはずの黒画面だけど……。俺は気がついた。気がついて、しまった。

 ディスプレイ越しに、幾千ものカラスの目が光る。生ごみが腐った臭いよりも何百倍も強烈な、言い表せないひどい臭いが鼻をつき、俺は生理的にえずいた。



 『8月14日 水曜日 4:44』



 うそだ。うそだ。うそだ! 何度否定しても、結果は変わらない。

 画面中央にでかでかと表示されたその時刻は、永遠に時を止めていた──。


=====


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▼▼▼ 以下は解説です(ネタバレ注意) ▼▼▼


■ 解説


主人公の「俺」は、サイコパス殺人者。彼に命を奪われた赤いワンピースと部長は、怨霊となってしまっていた。恐怖体験放送局が、二人のうらみつらみをあの世から「俺」にお届けし、復讐を手助けした。「俺」は異界入りし、葬送(鳥葬)された。


■ ネタバレ


・「恐怖体験放送局」について

 ・「霊界ラジオ」というコンセプトのオマージュ

 ・お便りの宛先である「京都市東山区大和大路通四条下ル■丁目小松町⬟9⬟」は、六道珍皇寺の所在地。お寺のある付近は、平安時代に葬送地である鳥辺野の入口に当たった。


・パーソナリティーの名前の意味

・トリベノ(鳥辺野):平安時代の三代葬送地の一つである京都・東山の鳥辺野から。往古、京都では、人が亡くなると遺体を野ざらしにしてあの世へ見送った。そのまま朽ちるに任せる風葬が主流で、遺体を鳥(カラス)が啄(ついば)んで処理するので「鳥葬」とも呼ばれた。

・ヨモツ(黄泉):黄泉=死者の世界


・ヨモツの台詞の意味

 ・冒頭のラップ:そうそうに良い夜だな。→葬送に良い夜だな、騒々しいようだNa!→、カラスが騒々しい、怨念はおんね〜ん!→本当のことを言っている


・トリベノの台詞の意味

 ・めいコンビであるわたしとヨモツ→冥コンビのこと。名コンビ・迷コンビともかけている。

 ・早す×る×を受け××られず、×念や未×を残し××るのでしょう→早すぎる死を受け入れられず、怨念や未練を残しているのでしょう

 ・のべに送られるなんて→野辺に送られるなんて。野辺は、鳥辺野と野辺送りをかけている。野辺送りとは、葬儀の後に葬列を組んで、ご遺体を埋葬場所まで見送る風習のこと。


・ブルーバードのプッシュ通知の意味

 ・@89BFBさんから友達申請が届きました:89BFB(十六進数)を、十進数に直すと564219。つまり……。


・8月14日 水曜日 4:44の意味

 ・8月14日→お盆の中日、4:44→死がゾロ目となる不吉な時間


ちなみに、赤いワンピースや部長の恐怖体験は、作者が実際に見たり聞いたりした実話です。なので、タイトルも「実話!」がついています。

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実話! 恐怖体験放送局 泉 きよらか @izumi_kiyoraka

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