第5話
「ヘンリー、ちょっといいか?」
シャーロットがドアをノックした。
「あぁ」
まだ薬を飲まなくちゃならないのか?と思いつつ返事すると、シャーロットが入ってきた。
手には何も持っていない。
「少し話したい事がある」
シャーロットはそう言ってさっきまで座っていた椅子にかけた。
「どうしたんだ?改まって?」
アーシャシャーロットは少し緊張しているようだった。
表情が硬い。
「あ~~その………ヘンリーはこの国にある何かを盗みたいのだよな?」
「まぁ、そうだ」
そんな事を言って、この家に転がり込んだんだった。
シャーロットはうんうん頷いた。
「私はそれを阻止したくてこの家にお前を呼んだのだが………そうすればお前がこの国を出て行かんからな。だからそうしたのだが………」
シャーロットは言い淀んだ後、黙ってしまう。
「どうしたんだ?あんたらしくないぜ、シャーロット」
俺は首をかしげる。
一体何を言いたいのか見当がつかない。
シャーロットは覚悟を決めたように口を開いた。
「ダンから聞いたのだが、お前はこの家を、ぃや、この国を出たい、と思っているそうだな」
「え?」
「お前が昨日、前後不覚に陥るまで飲んだのは、それを私に言えない所為だ、と聞いた。本当か?」
シャーロットの表情は真剣で、俺の応えを求めている。
「それは違う………」
俺は何と答えるか迷って、あやふやな事を口にした。
「確かに俺は色んな事を考えてて……でもこの家を出たいとか、国を出よう、なんて事は思ってない」
「本当に?」
「あぁ」
シャーロットはほんの少しほっとしたように息を吐いた。
が、まだ尋問は続いた。
「だったらなぜあんなに飲んだのだ?一体何を考えている?」
「………シャーロットに言えない」
あんたを抱きたい、なんて言った日には思いっきり軽蔑されそうだ。
だが、シャーロットは思いっきり傷ついた顔をした。
「そうか………そうだな。悪かった………分かっているのだ、誰にでも話したくない事の一つや二つある、という事は。ただ……」
「ただ、なんだ?」
言い淀んだシャーロットに先を促す。
どうも今夜はいつもと違う事が多い。
シャーロットが飯を作ったり、話すのを躊躇ったり。
いつもならもっとぱしっとしてるのに。
「私はこの通り、魔法以外何も出来ん。だからヘンリーが私の事を気に入ってくれるとは思っておらん。が、私にはお前が必要なのだ。お前と話すと心が落ち着く。こんなに誰かを必要だ、と思った事はないくらいだ」
だから何を考えているのか知りたいのだ、とシャーロットは言った。
えっと………
これって、告白か?
俺、好きだって言われてる?
シャーロットに?
いつもみたいにさらっとした感じじゃなくて、かなり真剣に。
「それで、もし……もし今後、この家やこの国を出て行こうと思った際には、是非私に教えて欲しい。心構えをせんと、笑って送り出す事が出来そうにないのでな」
シャーロットは苦笑いを浮かべた。
が、ちょっと待て。
「俺を……送り出す準備までするって言うのか?今、あんたは俺が必要だって言ったのに?」
必要なら引き止めようとするものじゃないのか?
自分の傍にいろ、と、それこそ魔法を使ってでも引き止めるものじゃ?
シャーロットは俺の混乱に気付かないのか、頷いた。
「ダンから聞いたのだろう?私の父は罪を犯した。しかし、それは私の所為だった。私が母の力を奪って生まれなければ、父は今でも彫金師として働いていただろう。母も自害する事なく生き続けていたはずだ。だから私は………私は誰かの行動を縛る存在にはなりたくないのだ。12の時から誰かを縛る行動を取る事も言葉を吐く事も自らに禁じている。何かに執着する事もな」
そこまで言って、シャーロットは息を吐いた。
「まぁ、これをお前に話した時点で、その禁を破っている事になるのだが………もっと言えば、お前をこの家に入れた時点で……ぃや、お前の事を気に入った時にはもう破っていたのだろうな」
ダンの言葉が蘇る。
“シャーロットは両親の死は自分の所為だ、と思っている。自分が魔力を持って生まれてきたからだ、と”
“シャーロットの母親が我が子の為に最善の道を作ったんだ。自分の夢を託した、と言ってもいい。”
“託されたシャーロットは複雑だろうがな”
複雑なんてもんじゃない。
シャーロットは国一番の魔法使いになる事を小さな頃から強いられてきた。
それは母の夢であって、自分の夢じゃない。
彼女の夢は………そうだ、アンジーと結婚する事、だ。
それが叶わないとなると、シャーロットは“禁薬”を作ってまでアンジーを手元に置こうとした。
そしてそれを師に見付かり、酷く怒られた。
それが12の時。
それ以降、シャーロットは自らの感情を心の中に押しとどめるようになったんじゃないだろうか?
男が誘って来ても好きになるのが怖くて、今までそれを出さずに過ごして来た。
「なぁ、シャーロット。聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「あんた、色んな男から口説かれた事あるだろ?」
「あぁ。ある。が、どれも軽口だ。アンジーに振られて、そのついでに私にも言葉をかける。まぁ、からかうようなものだな」
違った。
好きにならないように、気付かないふりをしていたんじゃなかった。
本気で気付かなかったんだ。
って事は………
「俺があんたの事を好きだって言う度、からかわれてると思ってたのか?」
「そうだな……挨拶のようなものだと認識している」
ほんの少しも考える事なくシャーロットは答えた。
他の男と同じに扱われてたって事か………
結構ショック。
が、思い直した。
なぜなら、俺は他の男とは違う扱いを受けている。
シャーロットの気持ちの中では確かに、俺は大事な存在だからだ。
って事は………
ダンの“押せ押せ“と言う言葉が耳にこだまする。
俺は手を伸ばして、シャーロットの膝の上にあった手を握った。
シャーロットが驚いた眼で俺を見る。
「シャーロット、俺は挨拶であんたに好きだって言ってる訳じゃない。本気であんたが好きなんだ。俺のモノになってくれ」
「モノに?それはどういう意味だ?ぁ、ちょっと……」
訝しげな表情のシャーロットの手を引っ張り、俺はその唇を強引に奪った。
逃げられないように左腕で抱きしめ、右手で頭を固定する。
「ちょ……んっ………ぁ…………はぁんっ…」
閉じられた唇に舌をねじ入れ、舌を絡ませ、その息をも奪う。
腕の中のシャーロットの体から緊張が抜けてきた頃合いを見て、俺は口付けを止めた。
「…っん……はっはっはっ……んくっ……はっ…すぅぅぅ………はぁぁぁ…………」
シャーロットは俺の腕の中で深く息を吸って………俺を睨んだ。
涙目で、顔を赤らめて、可愛いったらありゃしない。
「何と言う事をするのだ?」
「なにって、キス。好きだって気持ちの表現方法だ」
俺はシャーロットを抱きしめた。
「これも愛情表現の一部」
シャーロットは抵抗する事なく、俺の腕の中にいる。
これは………“押せ押せ”の雰囲気だよな?
「ヘンリー、離してはくれまいか」
俺がもう一度キスしようと考えた瞬間、シャーロットが俺の腕の中で呟いた。
「いやだ。離す理由が見当たらない」
「今ならまだ戻れると思うのだ。自分の気持ちを抑える事も出来る。だから、離して欲しい」
「嫌だ。気持ちを押さえる必要はない。俺はあんたが好きだ。あんたは?あんたは俺の事どう思ってる?」
「………私は……お前の事が…………」
俺は抱きしめる腕に力を込めた。
シャーロットはこくっと喉を鳴らした。
「ヘンリー、私はお前が好きだ」
俺は腕の力を抜いて、アーシャシャーロット口付けようとした。
ら、シャーロットが俺の顔の前に手をかざした。
「なんだ?」
せっかくいい雰囲気だったのに。
「確認したいのだが……」
「………何を?」
シャーロットはそのまま俺の目をまっすぐに見た。
「ヘンリー、私がお前のモノになる、と言う事は、お前が私のモノになる、と言う事でいいのか?」
「ん………まぁ、そうだな」
片方だけの所有物って訳にはいかんだろう。
シャーロットは小さく頷いた。
「では、もう一つ。私がお前のモノになればお前は私の傍にいてくれるか?」
「えっと………」
「お前の望み通り、私が泥棒の手伝いをしなくても、この家にずっといてくれるのか?世界一の泥棒になれなくとも、私の傍で生きてくれるのか?」
俺の望みはシャーロット自身で、彼女に泥棒の手伝いをさせるって事じゃない。
しかもシャーロットが俺のモノになった段階で、俺は世界一の泥棒になれる。
シャーロットの心より盗むのが難しい宝はなかった、と思う。
「あんたが俺の傍で生きてくれるなら、夢を捨てるのも悪くない」
俺の言葉に満足したのか、シャーロットは手を下ろした。
「ヘンリー、私はお前のモノになろう」
「シャーロット、俺もあんたのモノになるよ」
にっこり笑って目を閉じたシャーロットに、俺は口付けた。
心の中で、頂きます、と呟いて。
断りを入れれば盗んでもいいんだったよな、ダン。
2012/03/10
世界一無力な私の泥棒な俺 @Soumen50
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