第4話


額に冷たいものが当たった。



「ん………」


「気付いたか?こんなになるまで飲んで………」



目を開けるとシャーロットが呆れたような顔で俺を見ていた。


冷たいものは、シャーロットの手だったようだ。



「ぁれ………」


「覚えておらんのか?お前はダンと一緒に飲み明かし、酔いつぶれたのだ」


「ぁ………そうだ………思い出した………」



ダンの家で飲んで、飲んで、飲んで………


明け方、べろんべろんになった俺をダンがシャーロットの家まで連れて帰ってくれたんだった。



「ダンがベッドまで運んでくれたのだ。後で礼を言った方がいいだろうな」


「ってか、あのおっさんが俺に飲ませたんだ。………今何時だ?」



俺は体を起こそうとした。


が、シャーロットに止められる。



「まだ休んでいた方がいい。薬を持ってくるので、そのままでいろ」



俺はまた横になった。


ちょっと体を起しただけで、頭が痛い。


シャーロットの申し出はありがたかった。


シャーロットは椅子から立ち上がると、部屋を出て行った。


2、3分もするとその手にトレイを持って戻ってくる。



「薬と夕食だ」


「は?」


「夕食だ、と言ったのだ。お前は一日中寝ていたのでな。余りに目覚めぬから、何度か死んでしまったのかと思った」



シャーロットはベッドサイドのテーブルにトレイを置くと、俺が体を起こすのを手伝ってくれた。



「そうか………心配かけたな」


「ぃや」



シャーロットは俺に薬の瓶を渡した。


俺はそれを一気に飲み干す。



「ぐぇっ………何が入ってんだこれ?」


「そう………聞かない方がいいと思うがな。食欲をなくすといかん」



一体どんなゲテモノが入ってたんだ?


俺は涼しい顔して小瓶を受け取るシャーロットをじっと見た。



「どうした?私の顔に何か付いている?」


「ぃや。こんなに良く効く薬、初めて飲んだ」



実際、もう頭は痛くない。


体もだるくない。


すっきり、しゃっきり目が覚めた。



「それは良かった。さぁ、夕食だ。腹が減っているであろう?」



シャーロットは笑って、俺の膝の上にトレイを置いた。


美味そうなパンと千切っただけの野菜。


どう見ても炭の塊にしか見えないでかく黒い物体に、紫色のどろりとしたスープ。


パンだけはパン屋で買ってきたらしい。



「その……私は食事の用意が苦手でな。だから味の保証はしかねるが……私が食べても腹を下す事はなかった」


「あ~~そうか。うん。ありがとう。いただきます」



シャーロットは自分で料理をした事がない。


ここに来て一度も見た事がない。


食事は全て飯屋に行く。


もしくは城で食べる。


この家の台所は魔法薬を作る為に存在していた。


そのシャーロットが俺の為に料理を作った。


正直、嬉しさ半分、恐ろしさ半分だ。


俺はスプーンを取った。


スープの皿に突っ込み、そっと掬って口に流し込む。



「ん………まぁ……大丈夫だ」



本来なら美味い、と言ってやりたい所だが、シャーロットは嘘が嫌いだ。


だから正直な感想。



“食えない事はない”



相手が普通の女だったら、張り飛ばされるだろう。


だが、その言葉を聞いたシャーロットは嬉しそうな顔をした。



「良かった………魔法薬を作る要領で作ったので、少々心配だったのだ」


「何が入ってんだ?」


「野菜だ。店にあるものを色々買って来て……ぁ、魔法薬の材料は入ってないぞ。薬を作る訳ではないからな」



俺は頷いて、美味そうなパンをちぎり、スープに付けて食った。



「塩が足りないみたいだな」


「ぁ、では持ってこようか?」


「ぃや、これで十分だ」



野菜の味はする。


サラダも食べる。


これもまぁ、野菜だ。


洗って千切って皿に載せただけ。


出来ればこれにも塩か何かあれば嬉しかった。


そして問題の炭のカタマリ………


俺は覚悟を決め、ナイフとフォークを手に取った。



「それは周りの炭を切って外した方がいい。苦かったからな」



シャーロットが気遣うように俺に言う。


が、言われなくともそうするつもりだった。


炭は思ったより厚くなく、切り取った中からは美味そうな肉が顔を出した。


肉の塊がでかすぎて中まで火を通すのに手間取り、結果周りが炭になった、という所だ。


火加減、というのを加味しなかった所為もあるだろう。


俺は肉にナイフを入れた。


一口サイズに切り、口に放り込む。



「………美味いな」


「そうか?!」



シャーロットは嬉しそうに俺を見た。



「あぁ、美味い」



まぁ、良い肉だから、という事なんだろうが。


でもソースも何もないのに、いい加減の塩味がある。



「シャーロット、これどうやって作った?」


「あ~~実は………」



アーシャは顔を顰めた。



「それは肉屋の手柄なのだ。私にでも美味しく作れるよう下拵えをしてくれた。私はそれを焼いて皿に載せただけなのだ」



なるほどな。


シャーロットの料理の腕前はみんなが知ってる事なのか。



「肉屋には黙っていろ、と言われたし、私もそうしようとしていたのだが、作り方を聞かれるとは………」



シャーロットは苦笑した。



「スープも八百屋に作り方を聞いたのだが、野菜の切り方がやけに難しくてな。結局いつも薬草を切っているように切って、作った。それに味付けがまた、難しい。塩を入れすぎたり、コショウ辛かったり。だから3度目には何も入れなかったのだ。塩味が足りないのは当たり前。入っていないのだから……………慣れない事をするものではないな」



シャーロットは落ち込んだように俯いた。



「ムリして食べなくともよい。パンのお代りはたくさんあるから………」



沈黙が降りる。


俺は、もう一口肉を放りこんだ。


咀嚼し、サラダやスープも口に入れる。


全ての皿を空っぽにして、俺はフォークを置いた。


その間、シャーロットは俯いたままだった。


泣いてる訳ではなさそうだった。


だから食べる事を優先させた。



「なぁ、シャーロット」


「なんだ?」



シャーロットは顔を上げた。


やっぱり泣いてなかった。


ただ、その顔は暗かったが。



「今日は城に行かなかったんだな」


「あぁ。買い物に少しの間出かけたが、それ以外は家にいた。どうして分かった?」


「スープを3度も作り直したんだろ?きっとすごく時間がかかったはずだ。ありがとうな」



俺は頭を下げた。



「あ~~ぃや。その………普通のおなごはもっと上手に美味いものを用意するのだろうが、なにしろ私は魔法の修行しかしてこなかったのでな。このような物を食べさせて済まない」


「シャーロットが俺の為に作ってくれたんだ。最高のご馳走だ」



見ろ、とトレイを指した。



「全部平らげただろ?ごちそう様」



シャーロットは嬉しそうな顔をした。


そう。


二人きりの時、シャーロットはいろんな表情を俺に見せるようになった。


他の人間には絶対に………アンジーは別として………絶対に見せない寛いだ表情。


心の中が素直に表れた顔だ。


シャーロットは俺の膝の上からトレイをどけると、ゴブレットを差し出した。



「酒ではない。胃腸薬だ。念のために飲め」



俺はそれを手に取るかどうか悩んだ。


だが、シャーロットに押しつけられ、それを飲む。


これも不味かった。


俺からゴブレットを受け取って、シャーロットはトレイを持って出て行った。


さて、これからどうするか………


夕食まで食べたが、丸一日寝ていたせいで眠たくはない。


シャーロットがくれた薬のおかげで頭もすっきりしている。


これでまた飲みに行ったら、シャーロット、怒るだろうなぁ。


だが、これと言ってする事もない。

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