第3話


国の英雄だというダンの家は簡素な造りで、驚いた。


その辺の家と変わりない。


聞くと、家は寝るだけだから、と返ってくる。



「これでも一人身には十分だ」


「あんた金持ちなんだろ?」


「ぁ?金は持たん。必要ないからな」


「どういう事だ?」


「俺はちょっとばかり名の通った男だ。顔も良く知られてる。だからどこに行っても金は要らない」


「顔パスってやつか?」


「まぁ、そんなもんだ。全部ツケで飲み食いして、請求は城へって訳だ」



つまり国が財布代わりか。


豪気なものだ。



「まぁ、座れ」



ダンは俺を台所の椅子に座らせると、ゴブレットになみなみと酒を注いで俺の前に置いた。


自分もゴブレットを持ち、俺の向かい側に座る。



「で………さっきの話の続きなんだが………シャーロットの親父は腕の良い彫金師でな」


「あぁ、聞いた。品物を届ける途中で襲われたって」


「それはシャーロットの事を思ってエラドルが広めた噂だ。本当は違う。シャーロットの親父は品物を横流ししようとしたんだ」


「は?」


「だから、親父が泥棒の真似をしたって事だよ。それがバレて雇い主に殺された。これを知ってるのはエラドルと俺と、その雇い主、それにシャーロットだけだ」



俺はダンの言ってる意味が分からなかった。


ぃや、理解できないフリをしようとしたのかもしれない。



「シャーロットの母親は体が弱くてな。シャーロットを産んで寝つくようになった。エラドルが……シャーロットの師が、薬を作ってやってたんだが、そう簡単に治るようなもんじゃなくてな。ある日、シャーロットの両親の所に旅の魔法薬師が尋ねてきた。いい薬がある。但し非常に高価だ、と、小瓶を見せた。母親は断った。エラドルに払うべきものも払い終わってないのに別の薬なんて買える訳がない、と言ってな」



俺は話の先が見えたような気がした。



「でも親父はそう思わなかった」


「後はもう良い、ダン。大体分かった」



大方、その魔法薬師と言うのが泥棒で、親父はそいつに唆された。


真実を知った母親が、自分の所為だと思い自分の胸を突いた。


そんなとこだろう。



「でもそれを知っても、俺の立場が良くなる訳じゃない」



むしろ悪くなるばかり。


昔、シャーロットに“口八丁手八丁で世の中を渡って行く”と言われた時は悲しく思ったものだが、アレはシャーロットの経験から生まれた言葉だった。



“泥棒は嘘吐きだ”



幼い頃そんな経験をしてれば、泥棒を嫌いになるよな。



「あのな、俺がシャーロットの両親の事を話したのは、お前が真実を知った方がいいと思ったからだ。シャーロットが泥棒を嫌いなのは、両親の事とは関係ないぞ」


「でも、その経験がシャーロットに何の影響も与えてない訳がない」



むしろ、与えられまくってるだろ?



「そりゃ、何の影響もなかった、とは言わん。でも本当に違うんだ。シャーロットは両親の死は自分の所為だ、と思っている。自分が魔力を持って生まれてきたからだ、とな」



この件で一番深刻なのはそこだ、とダンは言った。



「シャーロットの母も魔法使いだった。エラドルの元で修行していたが魔力が弱くて、彼の後継になるには力不足だった。そこで彼女はシャーロットを身籠った時、自分の魔力を全てお腹の子に渡したんだ。シャーロットは強い魔力を持って生まれ、エラドルの後継になった」


「それじゃ、母親が寝つくようになったのは、シャーロットに魔力を渡したからか?」


「そうだ。言っとくが、エラドルの指示じゃないぞ。シャーロットの母親が我が子の為に最善の道を作ったんだ。自分の夢を託した、と言ってもいい。まぁ、託されたシャーロットは複雑だろうがな」


「だな」



俺はゴブレットの酒を飲んだ。


頭がごちゃごちゃしてきた。


俺達は一体何の話をしていたんだった?



「シャーロットが泥棒を嫌いだってのは、単純に人のものを奪う行為が許せんからだ。断りや詫びの一つくらいは残して行け!ってとこだな」



あぁ、そうだ。


その話だ。



「泥棒は嫌っていても、お前は嫌われてないんだから、ぐいぐい押していけ。押して、押して、押し倒してしまえ」


「押し倒せって言われてもなぁ………」


「なんだ?お前今のままでいいのか?」


「良くはない。むしろ悪い」


「だったら、押せ押せだ。ほら、飲め」



ダンはゴブレットに酒を注いだ。


俺は勧められるままに酒を飲んだ。

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