第2話
その後色々あって、アンジーはこの国の王子と結婚し、シャーロットの家に俺は転がり込んだ。
シャーロットに誘われたからだ。
「俺さぁ、シャーロットに泥棒辞めてくれって言われた時、正直嬉しかった。でも俺、泥棒以外に出来る事なくてな。だから断った。そしたらすごく傷ついた顔したんだ。俺、絶対脈ありだ、と思った。家に来いって言われたし、俺の腕次第でどうとでも展開するぞ、みたいな事言われたしな」
が、実際一緒に暮らすようになっても何一つ変わらなかった。
キスは勿論、手を繋ぐ事すらない。
シャーロットはそれでも満足のようだが、俺としては蛇の生殺し状態が半年ほど続いている。
寝室は別だが、壁一枚隔てた向こうに好きな女が鍵も掛けずに寝てるって状況は、どう考えてもオイシイと思う。
今まで出会った女だったら、絶対寝込みを襲ってる。
でもシャーロットは……シャーロットにそんな事をして嫌われるのはごめんだった。
そんな事を思うのは初めてで、だからこそあの家に留まり続けている。
日々、苦しさは募っていく、というのに。
「あの時シャーロットがどういう気持ちで俺を引き止めたのか?それが分かんねぇ」
俺が教えてやる、とダンはニヤッと笑った。
「お前に泥棒辞めて欲しかった、だけだな」
「じゃぁ、何で泥棒辞めて欲しかったんだ?」
「そうだな………お前が泥棒だってのが嫌だった」
「………じゃ、家に誘ったのは?」
「簡単だ。見張るには一番手っ取り早い」
「俺が望む事をシャーロットにさせたければ、どうにか攻略しろってのは?」
「それは………」
ダンが口ごもった。
「だろ?俺はシャーロットを俺のモノにしたいって思ってる。でもシャーロットは俺が粉かけてもムシするんだぜ?」
気付いていないんだ、と思いたいところだが。
ダンはしばらく黙っていたが、はっと何かに気付いた顔をした。
「ヘンリー、お前、自分が何を盗みたいのか言ったか?」
「は?」
「お前が好きだってシャーロットに言ったのかって聞いてんだよ」
「言ってるよ。いつも言ってる」
まぁ、流されてるけど。
「シャーロット、俺、あんたの事が好きだ」
「それは良かった。私もお前が好きだ。好きな者と一緒に暮らすのは気持ちの良いものだ」
ってな具合だ。
それじゃぁ、とスキンシップに及ぼうとすると、すぃっと逃げる。
魔法薬の出来を見て来なければ、とか、城に行かねば、とか言いながら。
「正直、避けられてる、と思わんでもない。でも、自分から俺の隣に来るんだ。で、話したり本を読んだり。はっきり言って、振り回されっぱなしだ」
俺はため息を吐いた。
ダンは難しい顔をして酒を飲んだ。
「ヘンリー、俺はお前が可哀想だ。半年もよく頑張っている、と褒めてやりたいくらいに。だから教えてやろう」
何を?
俺は身を乗り出した。
「国中が知ってる事だが、シャーロットは世界一と言って良い程、鈍感だ。今まで何人の男がシャーロットに振られてきたか………さっきのアッパード卿もその一人だって聞いたらお前、どんな気分だ?」
「………別に……俺はシャーロットの同居人であって、男じゃないからな」
ダンは息を吐いた。
「あのな、はっきり言って、シャーロットは男女間の様々について、子どもと同じくらい疎い。そりゃ、どんな事をするか、とか、どんな風なのか、何て事は知ってはいるだろう。が。知ってるだけだ。経験した事なんてないんだからな」
俺は目を丸くした。
「なんでそんな事知ってんだ?」
「俺はな、伊達に長い事生きてる訳じゃない。シャーロットが母親の腹の中にいる時から知ってるんだ。シャーロットの師、エラドルとも知り合いだった。俺はずぅっとあの子を見てきた。だからはっきり言おう。今までだれ一人としてあの子を口説き落とした人間はいない。俺はお前に、シャーロットに新しい世界を見せて欲しいと思ってる。多少強引に行かないといつまで経ってもこの状態だぞ?」
強引って言われてもなぁ………
シャーロット、泥棒嫌ってるし。
俺、嫌われたくないし。
「シャーロットの子どもの頃も知ってるのか?だったら知ってるだろ?シャーロットの親父さんが殺されたって話………」
ダンは目を丸くした。
「どこでその話………」
「アンジーに聞いた。泥棒に襲われて殺されて……その後お袋さんは自殺したって」
ダンは難しい顔をしたが、しばらくして息を吐いた。
「お前には話しておいた方がいいだろうな………シャーロットは知っている事だし」
「何だ?何の話だ?」
「ちょっと場所を変えよう」
ダンは立ち上がった。
俺もつられて立ち上がる。
「俺の家に来い。飲み直すぞ」
「ぁ……分かった」
俺はダンに付いて店を後にした。
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