世界一無力な私の泥棒な俺

@Soumen50

第1話


家を出て、飯を食いに店に入る。



「いらっしゃい、今日は一人?」


「あぁ。シャーロットは城だ」


「いつもので良い?」


「そうだな」



すっかり顔なじみになった娘が酒の入ったゴブレットを置いて、カウンターに戻る。


ゴブレットに手を伸ばし口を付けようとした時、目の前に男が座った。



「なんだ?帰ってたのか?」


「なんだ、とは挨拶だな。俺の仕事は終わったんでな」



帰って来た、とダンは持っていたゴブレットを挙げた。


どうやらすでに飲んでいたらしい。



「気持ちよく飲んでたら、しけた顔した野郎が店に入ってきたからな。からかいに来た」


「だったら自分の席に戻れよ。俺を肴に飲む気ならお門違いだ」



俺はゴブレットを少しだけ挙げて酒を飲み干した。



「おうおう、相変わらず良い飲みっぷりだな。いい事でもあったか?」



ダンは自分もゴブレットを空けると、新しく酒を注文した。



「俺の事はほっとけ。で?向こうはどうなった?」


「ぁ?どうって………新しい王に任せてきた。お前は知らんだろうが、アッパード卿という御仁だ。見目はいいし、頭も切れる。我が国王の信頼も篤く、任された国はすでに8国目だ」


「8つの国の王って事か?」


「ぃや、アッパード卿は統治機構を作る役を担っておられる。征服した国が我が国王の国として正常に機能するよう管理するのだ。機能するようになれば、後は別の人間が出向いて正式な国王となる。卿は国に戻って国王の片腕となって働かれるのだ」


「つまり、一番大変な事を全て一手に引き受けてるのか?そのアッパード卿とやらは」


「そうだ」



俺は頭を捻った。


なぜそんな事をするのか、全くもって意味が分からない。


別の人間に美味しいとこ持って行かれちまうんだろ?



「ヘンリー、お前、理解出来ない、という顔をしてるな」


「あぁ。報酬が破格なら理解出来ん事もないけどな」



ダンはにやっと笑った。



「まぁ、破格といえば、破格だな」


「どれくらいもらうんだ?」


「山のような金貨は言うに及ばず。だが、卿が一番喜ぶ報酬は“姫君”だ」


「は?」


「卿は必ずその国の“姫君”をもらう」


「………でも姫さんっていっても、元敵の女だろ?」



ダンは頷く。



「しかも没落した国の姫ってのは、全くもって価値はないだろ?」



持参金に金貨一枚も持っていない。



「アッパード卿は金持ちだ。持参金など必要ない。“姫”は文字通り身一つな訳だが、その身があれば、事は足りる、と言うものだ」



ってことは、つまり………



「姫さんの体が目的って事か?」


「そう言っては身も蓋もない。が、まぁそうだな」



酒が運ばれてきた。


ダンは酒を一口飲むとテーブルに身を乗り出した。


自然俺も身を乗り出す事になる。



「姫君ってのは、結婚するまで男を知らん。アッパード卿はそれを一人前の女に仕込むのがお好きなのだ」



その後、ダンはアッパード卿とやらの趣味を楽しそうに話してくれた。



「姫君は大抵、気位が高い。例え国や立場を奪われようとも、プライドだけは捨てん。それを少しずつ慎重に懐柔し、その心と体を開かせ、自分のモノにするのがとてもお上手なのだ」


「あんた、それ見たのか?」


「見たって?………あぁ、懐柔する様はな。すごいぞ。最初はあくまで下手に出るんだ。姫は今までと同じに過ごして頂いて構いませんってな風だ」



卿は淡々と国のシステムを変えて行くのだそうだ。


貴族や大臣とも話し、彼らの能力を計り、その処遇を決める。


どうにも使えぬならその地位をはく奪し、財産の全てを差し押さえる。


相手が泣こうが喚こうが頑として聞き入れぬ様は鬼の様、だそうだ。


が、それは卿の一面でしかない。


姫の前では紳士的で、彼女の立場に酷く同情的。



「姫君はその両面を見て偽善者が、と思う。ますます落ちにくくなる、と思うだろ?ところが、だ。卿はしばらくしたら姫君の前で弱みを見せ始めるんだ。辛い、だの、苦しい、だの、弱音を吐く」


「あぁ、ギャップってやつか?」


「そうだ。使い古された手だが、これがもう見事に姫君の心を捉えるんだよ。まぁ、姫君ってのは普段限られた人間としか接してないからな。免疫が出来てないんだ、免疫が」


「だろうな」



俺は運ばれてきた皿の肉を口に突っ込みながら同意した。



「後は簡単だ。心の扉が一枚開くたびに、ドレスが一枚消えて行く。どう仕込むかは卿の考え次第、らしいぞ」



なんてこった。


羨ましいにも程がある。



「………王子だった場合は?」



今回は相手の国に姫がいたからそれが報酬だろうが、いない国だってあっただろうに。



「その辺はぬかりない。卿は王子を仕込むのも好まれている」



両方いけるクチかよ。



「で?そのアッパード卿に仕込まれた人間は卿の嫁になるのか?」



王子は嫁って訳にはいかんだろうが………



「いや。彼らは卿が愉しまれた後は、然るべき地位の人間に譲渡される」


「譲渡って………どういう事だ?」


「まぁ、簡単に言えば、使用人として使われるんだ。夜の相手としてな」



おいおい。



「そう顔を顰めたものでもないぞ。卿に仕込まれたらそういう体になるらしい。心もな。だから喜んで他の人間の元に行くそうだ。金も地位もある人間の元に。それで譲渡された方も喜べば丸く収まるって訳だ」


「反吐が出そうだ」



食欲も失せた。


俺はフォークを置いて、酒を飲んだ。



「そう言うな。貴族の生活ってのは、戦争でもない事には食って、飲んで、ヤって………それしかないってのはお前も知ってるだろう?」


「知ってる。だから嫌いなんだ」



ダンはにやにや笑いながら酒を飲んだ。



「と、まぁ、どうでもいい話はこの辺で終わって………お前、盗めたのか?」


「え?」


「惚けんなよ。聞いたぞ。国一番の魔法使いが家に男を引っ張りこんだってな」


「引っ張り………まぁ、間違っちゃいないけどな。残念ながら盗んでねぇよ」


「やっぱりな。」



ダンは息を吐いた。



「あのシャーロットが?と不思議に思ってたんだ。どういう経緯があったか知らんが、お前、しんどくないか?」


「………しんどいよ。正直、逃げ出してぇ」



俺は大きく息を吐いた。


ダンとはドラゴンの巣への旅の間に少し話すようになり、仲良くなった。


俺がシャーロットを好きだって事を一番に気付いたのもこの男だ。


まぁ、もしかしたら一番はアンジーだったのかもしれないが。


シャーロットは国一番の魔法使いだ。


出会ったのは1年半前。


ドラゴンから王子の許嫁を救い出す旅のメンバーとして呼ばれた俺は、同じくメンバーだったシャーロットに惚れた。


といっても、まぁ、ほとんど一目ぼれに近かった訳だが。


なにしろシャーロットはすごい美人だった。


勿論、人の好みは千差万別。


蓼喰う虫も好きずき。


だが、シャーロットは大抵の男が通りすがりに振り返って見る程の美人だ。


黒く長い髪も、同じく黒く引き込まれそうな大きな瞳も、紅い唇も、とても魅力的だった。


シャーロットは極端に無口で、愛想なく………


一言で言えば、人嫌いのように見えた。


俺が話しかけても必要最低限の単語で返事するのみ。


他のメンバーともそう話す方ではなかったが、俺とは特に話してくれなかった。


多分、俺がよそ者だから避けられてるんだろう、とは思う。


でもせっかく一緒に旅するんだ。


出来れば仲良くなりたい。


彼女の興味を引けるような事が何かないか?


俺は彼女の幼なじみの舞姫、アンジーに色々聞いた。


アンジーは大抵の事を教えてくれた。


深くフードをかぶるのは他人と話すのが嫌だから、とか、実はとんでもなく人見知りなんだ、とか。


そんな中、俺は自分が避けられる理由を見つけた。



「シャーロットは泥棒が嫌いなの。シャーロットのお父さん、泥棒に殺されちゃったのよ」



シャーロットの父親は彫金師だったそうだ。


その仕事の性質上、仕事場には金や宝石が集まる。


だが、そこのセキュリティーは厳重だ。


泥棒は仕事場ではなく、出来上がった金細工を運ぶシャーロットの父親を狙った。



「とんでもない泥棒だな。ってか、それは泥棒じゃねぇ」



泥棒ってのは、盗まれた事に気付かれないような仕事をするもんだ。


ダミーとすり替え、こっそりとその場を去る。


アンジーは俺の話を聞いて、くすくす笑った。



「こだわりってどの職業にもあるものなのね。まぁ、結局その泥棒は早々と捕まって処刑されちゃったわけだけど、でもおじ様は戻って来ない訳でしょう」



アーシャは悲しみを押して、毎日魔法の修行に出かけた。


魔法の才能に恵まれたシャーロットが魔法使いになる事は、国王からの命令であったから。


その間、母親は一人で泣き暮らしていたそうだ。


ある日、シャーロットが修行を終えて家に帰ると母親がナイフで胸を突いて死んでいた。


まだ6歳だったそうだ。



「シャーロット、私の家に引き取られたの。それからはずっと……昼間はお互いに修行に行ってたけど、それ以外はずっと一緒。この旅もシャーロットが一緒だから辛くないわ」



アンジーはそう言って笑った。


その時はまだ、アンジーが死ぬ為にその旅に加わってる事を知らなかったので、それは良かったな、くらいしか返事しなかった、と思う。


俺は自分でもびっくりするほど落胆した。


俺がいくらその男と一緒にしないでくれ、と言ってもシャーロットは一緒にするだろう。


なにしろその男の所為で両親を一度に失ったのだから。



「ヘンリーはシャーロットの事、好きなのね?」



アンジーは俺に問いかけた。



「ぁ、ぃや………」


「シャーロット、いい子なの。ちょっと素直じゃないとこもあるけど………でも優しい、いい子なの。ヘンリー、シャーロットの事、よろしくね」


「ぉ、おう」



タイプは違うが、アンジーだってすごい美人だ。


包み込むように優しい碧い瞳で見られた日には、大抵の男はぽぉっとなるだろうし、豊満な胸とくびれた腰はほとんどの男の目を釘付けにする。


美しい声で歌い、その体をくねらせながら舞えば、男という男は蕩けてしまうだろう。


だが、俺の好みとはちょっとばかりずれている。


アンジーが太陽なら、シャーロットは月だ。


まるでその存在を消すかのようにマントで体を隠し、フードで顔を隠し、話さない。


自らは光らず、光を受ければ気紛れに冷たく返す。


泥棒には月が良く似合う。


やっぱり俺はシャーロットの方が好きだな、と思いつつ、でもそのシャーロットは泥棒が嫌いと来たもんだ、とため息を吐いた。

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