第7話
気づくと、優希はホテルのベッドに横になっていた。部屋は薄暗い照明と重苦しい静寂が覆っていた。どうやらラブホテルのようで、枕元にお金が置いてあった。優希は酔っていたこともあり、どうやってここに来たのか思い出せなかったが、おそらく、酔ったまま、ここへ来たのだろうと思った。
優希は焦燥感に駆られながら、急いでホテルの外に出た。しかし、紗季の姿はどこにも見当たらなかった。冷たい朝の空気が彼の頬を刺し、身震いする。だが、心の中にはまだ紗季の温もりが残っていた。混乱と悲しみの中で、彼はポケットの中でスマートフォンが振動するのを感じた。画面を見ると、母親からのメールが届いていた。
「お父さんから連絡があったけど、あなたが心配です。お母さんは、あなたのことを受け入れたいです。いつでも話せるから、連絡してね」と短く書かれていた。そのメールを見た瞬間、優希の胸に込み上げる感情が抑えきれなくなり、涙が止まらなくなった。彼は声を上げて泣きながら、街角に佇んでいた。
心のどこかで紗季のことがずっと気がかりだった。あの夜以来、紗季を見かけることは一度もなかった。優希はおぼろげな記憶を頼りに、紗季の家を探そうとした。あのホテルの近くだろうと、夜の街の記憶をたどり、何度も思い当たる場所を歩いては探していった。
半年ほど経って、紗季が住んでいたアパートと思える場所をやっと見つけることができた。優希は、不安感もありながら、やっと会えると、心を躍らせていた。しかし、紗季の部屋だったところへ行くと、すでに部屋は引き払われていた。その場に、隣人の女性が出てきて、優希に声をかけた。
「その部屋の人なら、だいぶ前に出ていかれてしまって...。いつか訪ねてくる人がいるだろうからって、この手紙を預かっていて...」
手紙を受け取るとそこには手書きでこう書いてあった。
「優希へ
あなたは、私の恩人です。あの夜あなたを見なかったら、私はもうこの世にいません。それなのに、私はあなたの気持ちをもてあそびました。私はあなたに、葵を重ねてしまった、あなたとは関係がないのに、あなたが葵でないことはわかっていたのに。そんなわがままで一方的な私があなたにかかわると、きっとあなたは不幸になると思います。私のことは忘れて、幸せになってください」
優希は、紗季につながる手段を完全に失ってしまった。
それから、時は流れていった。優希はすっかり女性として生活するようになっていた。父親との関係は破綻してしまったが、母親や他の家族は彼を受け入れてくれていた。新しい人生を歩み始めた優希は、徐々に自分自身を取り戻していった。
ある晴れた日の午後、優希は柔らかな日差しを浴びながら街を歩いていた。その時、どこか懐かしい顔が人混みの中に見えた。はっとした優希は、その影を追いかけた。
「紗季さん」
優希がそう呼びかけると、紗季は振り向いた。紗季は一瞬驚いた表情を見せ、小さく「葵...じゃない、優希...」と言った。それからすぐにその目から涙があふれ出し、もう止まらなかった。「ごめんね、ごめんね、私があなたを見つけたのに、あなたを勝手に葵に重ね合わせて、自分のことしか考えずに勝手に消えて、これしか罪滅ぼしの仕方がわからなかったんだ。私は本当に最悪なんだ」と言った。紗季は、本当に申し訳なさそうに泣いていた。優希が「もういいんだ」と言って紗季を抱きしめようとすると、紗季は「いいの?」と言った。優希がうなづくと、二人はお互いを胸に抱きしめようと、手を伸ばした。紗季は言った。
「ごめんね。あなたがいなくなったあの日から、ずっとあなたのことを考えていた。葵のことも、もちろん忘れられないけど、あなたと出会わなかったら、私はあの夜…」
優希も涙を流しながら「私も、あの夜、死のうと思ってたんだよ。だから、一緒だよ」と応えた。
その日、二人は笑いながら一緒に歩いていた。あの夜と違い、二人を日が照らし、着飾った二人の笑顔は美しかった。二人は手を繋ぎ、穏やかな日差しの中を歩み続けた。
夜の街 零 @ter_i
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