桜姫伝説 第10話 夏の夜の光たち
ムラサキババアのSNSコメント作戦と炎上大作戦が大成功したせいか、『桜姫の石碑』のまわりは、日に日にゴミも人影も少なくなっていった。
ブームになるのが一瞬なら、勢いがしぼむのもあっと言う間だった。
「もう、石碑のまわりも落ち着いたから、元のコースで散歩してもいいよって、お母さんから許可が出たの」
八月に入ってしばらくたったある日、すっかり少なくなったゴミを拾いながら、マナさんが言った。
「おめでとうございます!」
「よかったですね!」
私たちは口々に歓声を上げた。
「明日の夜、よかったら一緒に、石碑のそばを散歩しない?」
「「「行きます!」」」
マナさんの誘いに、私たちは即答した。
翌朝、Y公園のラジオ体操で会った小川くんにも、こう伝える。
「もうすぐ人魂が見られるようになるよ、今夜にでも」
「本当に?すごいやおねえちゃんたち!本当に解決できたの!?」
「えっへん!われらが『S小学校秘密組織・怪談解決☆あああ団(仮)』に、不可能はないのだよ!」
飛鳥がふんぞり返る。
夜の散歩は、黒崎くんのお姉さんも一緒だ。
「小夜香ちゃん、久しぶり!卒業式以来?」
「マナちゃん、懐かしい!うちの弟がお世話になったみたいで……」
お姉さん組は、きゃっきゃっと久しぶりの再会にはしゃいでいる。
「わふっ!」
はしゃぐ飼い主の足元で、茶色い犬がうれしそうに尻尾を振る。
マナさんの愛犬は、人懐っこそうな笑顔の柴犬だった。
「『小太郎』っていうんだ」
「わぁ、かわいーい!さわってもいいですか?」
「もちろんよ」
小太郎はおとなしく撫でられている。ショリショリの手触りが気持ちいい。
私たち三人は、かわるがわる小太郎の毛並みを堪能した。
「おかげでこのあたりも、ずいぶん静かになったよ」
歩きながらマナさんが言う。
「あの光くんの公式垢からの掃除ブログの拡散が効いたみたい。まあ、新しく映画出演が決まって、そっちの方に夢中ってのもあるけどね」
「よかったです」
「すぐにわかったよ、あの投稿、君たちが関係してるって。めちゃくちゃバズってた」
「あれは、知り合いのおばあさんが、その、援護射撃してくれたんです」
ムラサキババアのことは説明しづらいなあ。
「あの……本当はマナさんも一緒に掃除してたのに、光くんサイドには、小学生が掃除していた、くらいしか伝わってないけれど、いいんですか?」
私はおずおずとそう聞いてみた。
「いいの。あの後のトークで、光くんが、成良の名前に恥じないようにするって言ってくれて、この街をほめてくれただけで幸せ」
マナさんはそう言って、にっこりと笑った。
土手の小道を散歩していくと、むこうの方から、かわいい雑種の子犬がやってきた。小太郎とおそろいの、光る首輪をしている。
「こんばんは」
子犬の飼い主は、小柄でかわいらしいおばさんだった。
「よかったわぁ、久しぶりに会えて。やっぱりうちの子もこの道が好きで、ほら、今夜も嬉しそう」
小太郎と子犬は、しっぽをぶんぶん降ってじゃれあっている。
「あっ、あそこ」
黒崎くんが声を上げた。
指さした先にはマンションがあって、上の方の階の窓から、手を振る人影が見えた。
「小川くんじゃん!」
飛鳥がぶんぶんと両手を振る。
「妹さんも一緒だね」
私たちは窓辺の二人が見えなくなるまで、手を振り返した。
日中の暑さが和らいで、川から吹いてくる風が心地いい。
このまま、どこまでも歩いていけそうな気がするな。
私がそう思っていると、視界の端を、ふわりと小さな小さな光が横切った。
「――蛍だ!」
「えっ、朱里、どこどこ?」
「あの石碑の裏の草むらから飛んできたよ!」
目が慣れてくると、あちこちの葉の影に、ほのかに黄色く、あわい光がふわふわと飛び交っているのが見えた。
「すごい、すごいすごいすごい……!」
飛鳥が息を飲む。
「蛍は綺麗な水辺にしか棲めないって、聞いたことある」
と、黒崎くんがつぶやいた。
「掃除したこと、意味があったじゃん!」
「あと、蛍は死んだ人の魂だって話も」
「じゃあ、この光こそが、桜姫と成良の魂なのかもしれないね」
しんみりと、マナさんが言った。
そうだといいな、と、私は思った。
飛び交う光の中、そっと振り返ると、暗闇の中に、S小学校の校舎が見えた。
グラウンドのフェンスには、私たち三人の力作ポスターが。
暗闇で見ると、怖さも迫力も倍増だ。
「すごいものを……生み出してしまったのかもしれない……」
――桜の土手に、桜姫の怪談よりも怖い、夜中に見たら呪われるポスターがある、と都市伝説になったのは、また別の話。
S小学校秘密組織・怪談解決☆あああ団(仮) 学校の怪談『時計台の太郎くん』の謎を解け!! 夏空らむね @suzuchoco
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