桜姫伝説 第9話 ムラサキババア&『あああ団(仮)』、ネットで暗躍する

 次の日、私たちは作戦会議と報告をかねて、すずかけ洋服店を訪れていた。

「ふんふん……」

 私たちのこれまでの話を聞いたおばあさんは、深くうなずいた。

「私たちにできることはやったけど、正直、あとは石碑を取り巻く騒ぎが落ち着いてくれるのを待つことしかできないのよね」

 飛鳥がため息をつく。

「いや、あんたたちはよくやったよ」

 おばあさんは強い口調で言った。

「わしも……いや、わしだけじゃなく、ここらに住む年寄りはみんな『桜姫伝説』と石碑には思い入れがあるからの……若いモンだけに頑張らせておくわけにはいかん」

 そしておばあさんは、妖怪ムラサキババアそのものの雰囲気で、ニタリと笑った。

「わしにもこの件、いっちょかませとくれ」

「ヒィ……」

 黒崎くんがおびえる。


「まずは、その市のブログとやらを見てみようかの」

 おばあさんは、『しーくん』ステッカーの大型タブレットを持ってきた。

 スッスッと操作して、市のブログにアクセスする。校長先生の記事がアップされていた。

 私たちが石碑を掃除する後姿の写真やゴミ袋の写真と一緒に、こう書かれている。


「歴史ドラマの放送で一躍脚光を浴びた、我が市の史跡『桜姫の石碑』。夏休みの間も、地元の小学校に通う生徒たちの手で、日々きれいに掃除されている。地元の人々に愛される桜姫の物語を、これからも大切に語り継いでいこうではないか(後略)」


「つまらない記事~」

 飛鳥が言う。

「飛鳥さん、市の教育系ブログなんてそんなもんだよ」

「うんうん」

「いんや、これは十分使のう」

 おばあさんは言った。


「さて、今、ちょうど生放送で、歴ドラのダイジェスト振り返り番組をやっとるんじゃ」

 おばあさんは、今度はリモコンを操作する。

「今週のゲストは、あの、碧凪光」

 店の奥のテレビがパッとついて、大画面に碧凪光の姿が映った。

「「おお~」」

 思わず声を上げる、飛鳥と私。

 おばあさんが説明する。

「この番組は、前半十分ほどゲストトークをして、間に十五分ドラマのダイジェストや次週の予告を放送、そして後半十分間、もう一度ゲストトークをするという形式なんじゃ。もうすぐ前半のトークが終わるところだのう」

「それがどうしたの?」

 私が聞くと、

「この十五分という時間がミソで、ゲストに選ばれた俳優は、ダイジェストが流れている間、多分スタジオの脇か控室で休憩をするんじゃ」

 おばあさんの瞳が、キラーン!と輝いた。

「この碧凪光という俳優は、エゴサーチ――自分のインターネットでの評判を積極的にする俳優で、ファンの声にすぐ反応したりすることで有名なんじゃ。だから絶対、この十五分でネットを見る」

「く、詳しい……」

 飛鳥がうなった。

「過去のゲスト出演でも、前半のトークでファンが疑問に思って話題にしていたことを後半のトークで説明したり、笑顔が少ないと書かれたら後半で笑顔を振りまいたり、うまくやっとる」

 おばあさんが、ちっちっと指を振る。

「そこで、わしのSNSの出番じゃ」

 おばあさんは、私たちの写真つきの記事を引用すると、目にも止まらぬ早さで文字を打ち込んでいく。


『光くんが地元の『桜姫の石碑』に来てくれてうれしい!石碑は、地元民が頑張ってお掃除しています!最近は、ゴミが多くて悲しいの(涙)(涙)』

 #歴ドラふりかえり#碧凪光#光くん#青木成良#桜姫伝説#ゴミ捨て禁止


「ポチっとな」

 おばあさんは、テレビの画面から碧凪光がハケるやいなや、送信した。

 おばあさんがインターネットに流したコメントは、たちまちたくさんのコメントにまぎれていく。

 赤いハートマークの通知がきた。

「誰かからの『いいね』がついた……」

 黒崎くんがつぶやく。

 おばあさんの投稿が引用されて、「地元民からしたらマジでそれ」の一文が。

 アカウント名は、「Mana」。――マナ?

 それをきっかけに、どんどんハートマークの横の数字が増えていく。

 おばあさんのコメントが拡散されていく。

「よしよし、いいぞ」

 おばあさんは、ギラギラした瞳でつぶやいた。

 まるで、インターネットという大鍋をかき回す妖怪、いや、魔女のようだ……私はこっそりとそう思った。

「そうか!こうして意見を送って拡散されて、あわよくば碧凪光本人の目に留まればいいな、ってこと?」

 飛鳥がたずねる。

「まさにそれじゃ。わしはしーくん関係のフォロワーもかなりいるからの、『賭け』じゃが……」

 私たちは、十五分の間、めまぐるしくコメントが流れ、引用され、新しい意見が書き込まれていく画面を見続けた。


「――きたぞい!」

 おばあさんが叫んだ。

「えっ、何?」

「『碧凪光公式アカウント』からの『いいね』がきたんじゃ!」

「お、おばあさん、やばいよ、拡散までしてくれてる!」

 飛鳥とおばあさんは手を取り合って大興奮だ。

 私と黒崎くんはポカーンとした。

「ど、どういうこと?」

 私はたずねた。

「うーん、『碧凪光』の公式……多分、今の時間からして光くん本人が『桜姫の石碑』の清掃活動について、「これいいじゃん!」ってハートマークつけてくれて、ついでにファンにも広めてくれた、みたいな?」

 飛鳥がざっくりと説明する。

「『錦の御旗にしきのみはた』、『お墨付き《おすみつき》』ってやつじゃあ!」

 おばあさんがガッツポーズをした。


 ちょうどそのとき、テレビの場面が切り替わった。

 歴史ドラマパートから、現実のスタジオの画面に戻る。

「後半がはじまったぞい、休憩も終わったようじゃの」

 私たちはタブレットから視線を上げて、テレビ画面の中の碧凪光を見守った。

「最後に、一言、いかがですか」

 インタビュアーが、碧凪光にたずねる。

「僕が青木成良を演じて、改めて思ったことは、成良も桜姫も、地元の皆さんにすごく愛されてるってことです。僕、撮影前にS市に行って、史跡を巡ってきたんですよ。どこも綺麗に手入れされていて―――」

 碧凪光は、まっすぐにカメラを見つめた。

「――それを汚さないようにしたいと、強く思いました。成良の名前に恥じないように、綺麗に、そう、清く正しく、美しく生きて行きたいな、って思いました!」

 一息にしゃべった後、碧凪光は笑顔で一礼した。

「どうもありがとうございました!」

 アナウンサーのあいさつで、番組が終了する。

 おばあさんがテレビを消した。


 私はニヤニヤしてしまう。

「なんかさ、明らかに私たちのコメントを意識したワード、入れてなかった?」

「絶ッ対、ネットの反応、見てたよね!」

 と、飛鳥。

「わかる。『汚さないように』とか『きれいに』って言ってた……」

 黒崎くんも言う。

「ふおっふおっふおっ、ネットがざわついておるわい」

 おばあさんがSNSのコメント画面を見せた。


『光くんの言う通り!』

『光くんのファンが石碑汚して地元民に迷惑かけたってマジ?』

『一部のやらかしは反省しろ』

『碧凪カラーの水色のゴミ大量発生してて草』


 おばあさんはウキウキで、今度は動画サイトの画面を開く。

「ほんじゃ、ついでにこっちもやっとくかのう」

【桜姫の石碑で肝試し】動画のコメント欄に、ブログへのURL付きでこう書いた。

『いい大人が夜中に騒いで、子どもに尻ぬぐいさせてんのマジ受ける』


 たちまち荒れるコメント欄。

『小学生より民度低い』

『反省ゴミ拾い動画出せよ』

『これ、絶対まわり迷惑だろうと思ってた』


「こいつらは目立つ分アンチも多いし、これでしばらくは炎上して、おとなしくなるじゃろう」

 おばあさんはヒッヒッヒ、と高らかに笑った。

「え、炎上注意、火の用心……」

「こ、こわぁ~……」

 私たちは震えた。

「この人、本当に妖怪ムラサキババアなんじゃないの……?」

 黒崎くんがつぶやいた。

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