第9話 愉悦か破滅か

「さて、今日も忙しく煩わしい無駄な朝が始まりました」

 一日の始まりを告げるのは目の下にクマをこさえた見るからに寝不足でテンションも低いエリオのコールだった。

背中にどんよりとした重いものを背負って話すエリオには何時もののほほんとした柔らかな雰囲気は無く、真逆の刺々しい威嚇状態のハリネズミかという様な荒々しい空気を放っている。

「お前何日寝てないんだ………?」

「僕と先生とエドちゃんとジュスちゃんは四日寝てない。

ダンちゃんとルーちゃんとネヴちゃんは三日寝てなくて、アルちゃんとローちゃんは昨日夜更かししてたね。

レオちゃんとフィーちゃんは僕らの事は気にせずちゃんと寝てね?

王様が寝不足なんて在り得ないし、フィーちゃんの螺子はずれた狂化暴走は避けたいし」

「え、今呼んだ?もう泳ぎに行ってもいいの?」

「外交全部終わるまで海を泳いで世界一周はダメって言ったでしょ」

レオポルドとフィエロ以外が寝不足だった。

ロドルフォとアルミノは一日くらい、とまだ大丈夫?と思えるが他は今すぐ寝かせた方がいいのではないだろうかとレオポルドは真剣に考えた。

人間を体験して食事と睡眠の偉大さを知った。

食事をすることによって健康状態が改善され行動力と思考力の向上を図り、集中力を高め仕事の効率を上げる。

食事をしなければ全てのバランスが崩壊し、全てがマイナスへと向かってしまう。

だからこそ一日三食食しエネルギーを取り込む事で崩壊を防ぎ寄り良い先へと向かう為の力を得る。

しかし食事だけで人間の身体が常時動き思考する力を発揮できる訳ではない。

疲れた身体を休め思考を整理しなければ、正しく力を発揮することは出来ない。

寝不足で視界が歪み行動することも億劫になり正常な思考回路が保てなくなっていく。その果てに限界を察知した脳は休息を求め最終的に強制しシャットダウンを行い休息に入る。

場所を問わずに入ってしまうので、人身事故や居眠り運転等と言った事故が起こりやすい。

 それを身をもって体感してからは行わない様にしていたのに、こちらに来てからは目新しいものばかりで失念していた。

目頭を指で押さえ揉みながら息を吐く。

どうして言ってくれなかったんだと叫ぶことは出来る。自分に分けられた分の書類や確認物は一日で終わり睡眠時間も十分に確保出来る量だった。

しかし徹夜組の様子を見るにその程度で終われるような仕事量じゃない事は明白だ。

隠されていた事が悲しく、それに気付かなかった己が憎い。

今朝がた開いた書状が無ければこうして緊急会議を開く事態にはならず、化粧でそのクマを隠され彼等の徹夜にも気付けなかっただろう。

書状の内容自体は新国王としての祝辞が主だったが、それとはまた別の用紙に書かれていたものが緊急会議を開く事となった原因だ。

その内容は、魔物に国を狙われており何とか退けている状態である事と妻と娘二人をスフィーダで匿って欲しいと言うものだった。

そして三人は既に国を送り出していることも書かれていた。

こちらの了承を得る前に行動したことを謝る旨が綴られていたが、だからと言ってこちらが受け入れを拒否し門前払いするとは考えなかったのだろうか。

この手紙の主である王も、人間の思い描く理想の救世主を思い浮かべて居いるに違いない。

「お前達はこの件が落ち着いたら強制休暇を取ってもらうからな。

今はまずこれだ。

リクサ国からここまで馬車で移動しているだろうから距離からして二、三日後には件の三人が来るんだろう?」

「そうですね。

しかし意外ですよね。手紙には匿って欲しいとは書かれていますが援軍を送って欲しいや勇者の力を求める旨は書かれていない。

国を護れる自信があるのかこれ以上の恩恵に与る事を躊躇ったか」

「国が落ちれば恩を返す義理は無くなるし、妻子が生きてれば正義感に溢れた勇者ならこの国みたいに救ってくれる取り戻してくれるとでも思ったのかな?」

「これも全部カルロ先生の流したやつのせいだー」

「確かに急な手を使うのは予想外でしたけど、退屈からは遠ざかったでしょう?

それに恐らくですがこの国、当たりですよ」

 当たりという言葉に皆がカルロへと視線を向けた。

カルロが当たりと言う事は、即ち新たな敵との戦いを示す。

それも名称あっても地位を持たない雑魚敵ではなく名称と地位を持った強敵に分類される敵との戦いを。

「商人からの情報と、ルッカ君が放った目で見たので間違いないですよ。

以前、四天王という肩書を持った覗き魔がいたでしょう?

それがリクサ国を襲ってる軍団の大将ですよ」

ルッカの目を通して見た敵の大将、不敵な笑みを零しリクサを襲う大群の後ろで優雅にワインを嗜む褐色肌の魔族の女。

以前、ロッソとレオポルドによって炙られた筈のザンザがリクサ国を襲っていた。

その事実にレオポルドは腕を組み鼻で哂った。

「また植民地を手に入れようとしてるのか。俺達が皆が信じる品行方正で正義感溢れるキラキラ勇者様ではないとアレで分かっただろうに」

「どちらかと言えば魔王寄りなのにね」

エリオの言葉に皆が頷き、言われたレオポルド自身もそうだなと否定せず納得している。

「態々国を乗っ取って何がしたいんだろうね?植民地なんて俺達を殺した後でも手に入るのに。

怖くて逃げたのかな?」

「フィエロの考えも分かっけど、俺がもし目的の国を獲りにいかずに別のに手を出すなら盤上を整える為だと思うにゃ~」

おどけた様に欠伸を零しながら言ったのはアルミノだった。

「あぁ、国が欲しいんじゃなくて分かりやすい舞台が欲しいのか」

「……ザンザと言う魔族は、随分とロマンチストなんだな」

「うえっ、ダンテの言うロマンチストがアレに適応されるならレオポルドとのロマンス始まりそう」

全員が顔を嫌悪で歪ませうわぁ……、と誰ともなく声を零した。

レオポルドが愛に生き盲目となる、詰まりはメロメロになっている状態は想像だとしても何とも言えないものだった。

別に何時かは愛に目覚め伴侶を迎えるのかも知れないが、彼の為に造られたこの世界で愛を育むのは__

「解釈違いが過ぎる」

ルッカの言葉に皆がそれだと納得の声を漏らす。

「む、俺ほど愛に生きる男はそういないだろ」

「……それ、自分で言ってて虚しくないか」

「寧ろ懐に俺等以外の入れられんの……?」

アルミノとロドルフォがムスッとした顔をするレオポルドに問い掛ける。

「愛ってか殺し愛って感じがするのは俺だけ?」

「フィー君も?僕もそう思うな」

フィエロが首を傾げながら放った言葉にエリオが彼の頭を撫でながら同意する。

「気に入ったのを外堀完全に埋めて囲い込んで自分しか見えないようにするヤンデレっすよね」

「もれなくここにいる殆どがその被害者ですねー」

腕を組んで鼻で哂うジュストにのほほんと笑うカルロがその言葉を肯定する。

「でもそれも一種の愛と言ったら愛なの、か……?」

「どちらかと言えば独占欲だろう」

何故か集合時から被っている布から顔を出したネヴィオの疑問交じりの言葉にダンテが欲だと断言して見せる。

「……欲と愛は紙一重ってことじゃない」

ボソリと呟いたエドワルドの言葉は声を張っていなくても全員の耳に届いた。

そして納得した。

そして、これ以上この話をしても話題としては面白可笑しく広げ弄れるが件の魔族の今後の動きには深くは関わらないだろうと思い直しそれぞれが居住まいを正した。

「……あー、取り敢えず彼方は盤を用意したいって事でいいんだよな」

「軌道修正ありがとうダンテ兄さん」

 そこからの話し合いはスムーズだった。

魔族の狙いが盤を用意する事であればリクサ国を手に入れるまではこちらに対しての大きなリアクションは無いと判断し、これから来るリクサの王妃と姫二人の受け入れに関しての話し合いが始まった。

「正直言って受け入れる必要ないんだよなぁ」

「こちらにメリットもデメリットもないしね」

勇者とその一行から出たとは思えない発言だが、これが彼等だ。

人間の信じる勇者とは全く違う利己的で欲深い者しかこの場にはいない。

例え一つの国が滅びようと彼等にとってはそう言えばこんな事があったらしいと流せる程度の些細な事。

自分達とは遠く離れた異国の事。

可哀相だと残念だったなと思ったとしても、淡々と流れ続け止まる事のない時間の様に自然に流れいつかは記憶の隅へと追いやられるもの。

「受け入れた場合、リクサ国との衝突は避けられて恩が売れる。でも国を奪われ人間が食い潰されれば恩なんて感じる事も返される事も無い。

受け入れなかった場合、生き残っていた場合はリクサ国の王からは恨まれザンザの準備が整い次第我が国に攻撃を仕掛ける」

カルロの説明を聞いても、矢張り上手くも不味くもない話だ。

これが救援を求めるものであればまだ動きやすかったのだが、届いた手紙にはただ攻め込まれ攻防を繰り広げているといったものだけが書かれ家族の受け入れを申し込んでいるだけ。

これをリクサ国にリークすれば国民の反感を買い、王が民の手で殺されもしかしたら王の首と国を差し出し命乞いをするかもしれない。

スフィーダの前国、ムスーアの王がそうして命だけは奪われずに済んだように。

「取り敢えず、ルッカは目を広げてここから馬車で一日はかかる距離までを見て見てくれ。

それらしい馬車が見えたら報告頼む。

近くにいるのであれば、カルロ?確か門前に小屋があっただろう。そこに入れておいてくれ。

急な事で場が整っていないとでも言えば留まりはするだろう。

国内に入れるには外部に敏感になってる民に悪いからな。急では驚いてしまうだろうし整っていないのも嘘ではないからな。

フィエロとアルミノそしてロドルフォはそれぞれの持ち場にいる隊にリクサから人が来るかもしれないと触れ回ってくれ。あぁもしかしたら間者かも知れないともな」

間者、即ち他国からのスパイ。

「その方が前の事もあって気が立っている様に見えるしな。監視はしてもいいが手は出すなとも伝えてくれ」

態々そんな事を言う必要も無いだろうという声は無かった。

何の考えも無しにこんなことを言う男ではないと皆が理解しているからだ。

そして彼がこのような行動を起こす時は、その根本には戦闘欲求と愉しいものが見たいと言う子供染みた願望が隠されていることも。

それを彼だけでなく彼と共に在る自分達も持っていることも、ちゃんと理解している。

「ジュストとネヴィオはカルロと小屋を確認しに行ってくれ。

休める程度には整えておかないとな。

ダンテとエドワルドは国の防御壁の強化を頼む。

エリオは俺とここで茶会な」

「おいコラ最後」

「お話しようぜ」

お前は王としての自覚をだのちゃんとしてるだろーの声をBGMにそれぞれが割り振られた場所へと散っていく。

初めにそれぞれの部隊に通達するフィエロ・アルミノ・ロドルフォの三人が部屋を出た。

「俺は間者が来るに千賭けるぞ」

「俺も来るに千賭けー」

「俺も!」

次にジュスト・ネヴィオ・カルロの三人が部屋を出た。

「俺も来るに一週間分のおやつ全賭けっすね」

「お、俺もジュストと同じで……」

「ふふ、私も二人と同じくですね」

その次はダンテとエドワルドの二人が部屋を出た。

「俺も今回の件には裏があると思う」

「まぁ皆分かってて放ってるから。でもまぁ愉しいならいいんじゃない」

「間者どころか大物が寄ってくるに二千」

「なら俺はそれ以上の驚きに二千賭けようかな」

最後に部屋を出たのはルッカだった。

「まぁ兎に角あっち以上に舞台は整えてやるから指示は任せた。

……因みに俺も間者が来るに夕食のメイン賭けるから」

じゃあな~と言葉を残してルッカが出ていき、部屋にはレオポルドとエリオが残った。

「それで?僕だけを残して何をしたいのかなレオちゃん。

皆には多少なりともバレてるみたいだけど」

「フハハハハハ」

「いきなりの魔王降臨」

片手で目元を覆い高笑いするレオポルドから距離をとってエリオは冷めてしまった紅茶を飲んだ。

冷めても美味しいなんて流石僕と自画自賛しながら、魔王の笑いが収まるのを待つ。

「ハハハ、いやぁよく笑った」

「おかえりレオちゃん。

にしてもハードル上がっちゃったかな?

皆、君が何か起こすって確信してたし?何なら賭けてたし?」

「あぁそうだな。

とても一人ではやらかせない程に大きくなってしまったな?」

ニヤリと黒い笑みを見せるレオポルドにやっぱりかとエリオは息を吐き、正面から王を見た。

何をすればいいと語る目にレオポルドは自身のアイテムボックスから一つの小瓶を取り出しテーブルに置いた。

ガラス瓶の中でピンク色の液体が揺れている。

「お前にはこれから来る客人に惚れてもらう」

恋した男は愛に目覚めそして行き過ぎれば狂ってしまう。

狂ってしまえばこれまでの仲間も何もかもに背を向けて愛に生きるのだろう。

「きっと、愉しい事になる」

この小瓶が導くのは愉悦への道かそれとも破滅への道か。

それを知っているのは、エリオの前の王ただ一人。

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人でなし勇者〜パーティは既に揃ってるので異世界を満喫しようと思います〜 ペテン @charlatan0213

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