第8話 役者が揃う前に


 長くも短い夜が明け、正式にレオポルドはスフィーダの王となった。

前に交流があっても疎遠となっていた国や交流があっても浅い関係どまりだった国に簡易的な紹介文と教会からの正式な勇者としての身分証的なものを送り、手紙ではあるが交流も行った。

商人や貿易商からも『勇者が王に成り代わった魔物の支配から国を救い新たな王となった』という話が広がり、本当かどうか疑っていた者達も自国の王が否定もせず実際に足を運び前の国を知っていた者達の目を通して変化を知り全てが事実であるという事を理解した。

そして、魔王率いる魔物の軍勢の脅威を退ける事の出来る勇者の出現に歓喜し未来を見た。

中には勇者の庇護下へ下ろうと移住しようとした者もいたが、それらは軒並み追い払われた。

 追い払われた、というのは聊か語弊がある。

追い払われたと言うよりは、国に移住する為の試験を通過できなかったという方が正しい。

スフィーダは勇者が治める国で、それはこの先変えある事のない事だ。

そしてその情報は瞬く間に拡散され、人間達は勿論魔物側にも既にその情報は回っているだろう。

それがどうしたと聞く者がいたなら頭の心配をしてしまう。

勇者が治める国とは即ち勇者の拠点である。

離れる事はあれど王である勇者はおいそれと長期間王座を離れる事は出来ない。

つまりはスフィーダは勇者の城であり、勇者を倒すのであればそこに軍勢を攻め込ませればいいと敵は考えるだろう。

魔物は勇者を倒す為に国に攻め入る。そしてその時、魔物が狙うのは勇者だけだろうか。

答えは明確に否である。

前国の国民達は嫌でも理解し覚えている。

魔物の嗜虐性を。言葉は理解できていても理解しているだけでそこに倫理観も何も存在しないことを。

身をもって体感した事とそこから救いだされ力と知恵を与えられた今の国民達は誰がなんと言おうが勇敢な戦士だ。

女でも男でも老人でも子供でも、共に戦い魔物を退け支配から脱する為に立ち上がり武器を手に戦い生きた者達だ。

勇者が国を治めるデメリットを知ってもなお、庇護を求めるのではなく自分達も戦うのだと覚悟を持っている。

その国民達が、ただ庇護を求めるだけの者を受け入れるわけが無い。

庇護を求めて来た者達に、新設された警備隊は問い掛ける。

『魔物と戦う意思はありますか』

その問い掛けに答える者達の回答は現時点では何通りかあるが、特に多いのはこの四つだ。

『魔物と戦うなんて危険な事出来る訳無いだろう』

『俺に掛かれば魔物なんて大したことない』

『魔物は恐ろしい。だからこそ勇者様に守ってもらいに来た』

『戦う事は出来ずとも自分に出来る事は何でもやります』

戦う事を恐れ出来るわけが無いと何を馬鹿げた事を言ってるんだと怒鳴り付ける者。

魔物など簡単に倒せると豪語する者。

魔物が恐ろしいからこそ守ってもらう為に庇護下に入るのだと語る者。

戦う事は出来ないでも、他の面でサポートすると語る者。

様々な口調と理由を盾に語る者達に、問い掛けた警備隊はそうですかと感情を隠して手元の資料に目を通す。

その書類には事前に書いてもらった移住者自身の簡易的なプロフィールが示されている。

名前と年齢、そして何を仕事としていたのか等、特に当たり障りのないものだ。

これを書いて欲しいと渡した際にそんなもの必要ないだとか誰だと思っているんだと叫ぶ者には、書かなければ移住させるさせないの審査を受ける事が出来ない事を伝え、誰だと思っているのかと他国の貴族名であったり有名な商人の名だったりを叫ぶ者には知らないと一蹴し同じように書かなければ審査しない事を伝え書かせている。

もしも嘘を吐き書いたとしても、特に問題は無い。

何故なら、大半が『魔物と戦う意思はありますか』という質問の後にする問い掛けで移住を断念するからだ。

『では、そこにいる魔物と対峙して下さい』

言って示したのは鎖に繋がれながら口枷を付けて睨む付ける狼型の魔物。

ウラートウルフと呼ばれるこの魔物は群れの中で複数の部隊を構成し、獲物を見付けその鋭い爪と牙で獲物を狩る魔物だ。

中でも特に恐ろしいのは、一部隊を倒したとしても一吠えでもさせてしまえば他の部隊が駆け付け周囲を囲み攻撃される事だ。

遠吠えでもされてしまえば瞬く間に周囲を囲まれ、それを突破できたとしてもその場にいなかった仲間にも臭いを共有され永遠と追い迫ってくるのだ。

全てを倒すか自分が死ぬかの選択しか与えない残虐な魔物がウラートウルフという魔物だ。

 そんな魔物が視界の中に入れば何が起こるかは明白だ。

怯えて腰を抜かす者

騒ぎ喚き警備隊へと罵倒を飛ばし逃げ帰る者。

そのような反応が殆どで、偶に腕に自信があるからと武器を持ち特攻を仕掛ける者もいるが大半が爪によって傷を負い素早さに目が追い付かず最終的には勝てない事を悟り警備隊に助けを求める。

中には対峙するの言葉通りにする者と武器を構えながらいつその鎖が解かれても良い様に目を離すことなく警戒した状態を保つ者もいた。

騒ぎ喚く者と自身の力と相手との力量差を見誤った者に警備隊は言葉を吐き出し帰路へと促す。

『スフィーダは勇者の庇護を求めるだけの国ではない。

この国は勇者と共に戦う為の国だ』

逆に対峙した者と武器を構えていた者に警備隊は僅かに相好を崩し門を開きその先を指し示す。

『スフィーダは勇者と共に戦う者を受け入れる。

新たな仲間が増える事を祈っている』

 門を潜り国へと入った後にも試験は待っている。

ただ門を潜っただけで受け入れる程、スフィーダの国民達は甘くない。

嘘ならば人間だけでなく魔物だってつく。

態勢なら人間だけでなく魔物だって偽れる。

あの地獄すら生温い所業を見て体感して、そして救われ立ち上がり戦う事を戦える事を知った国民達が

共に地獄を乗り越えた同志達以外の者をそう簡単に信用するわけが無いのだ。

 後の試験は仮登録として住民手続きをしてもらい、翌日には能力を確認してそれぞれ部隊に配属される。

戦闘が出来るのであれば、警備隊巡回班か騎士団遠征部隊または調査部隊。

非戦闘者であれば警備隊巡回班と共に動き場合によっては援護と救護を行う。

または騎士団遠征部隊と共に各所へ赴き、そこでも援護と救護を行ってもらう。

そこで実際に魔物との戦闘を経験し、経験できずとも戦うという意味を身をもって体感し見聞きさせる。

これで音を上げるならばその程度という事だ。

そしてすぐに国の外に出したのには理由がある。

その者の提出した手続きの際に書いた事が事実であるかの確認を行う為だ。

僅かにでも違和感を感じれば徹底的に調査し、事実であると言う確認が取れるまで調べつくす。

嘘が一つでも見つかれば、戻り次第問いただし殆どが国を追い出されている。

まぁその前に遠征や巡回で折れて自分から出ていくことを選択するのが殆どだが。

中には心折れずに喰らい付き戦えても戦えなくても迎え入れられる者達もいる。

だからこそと言って良いのか、スフィーダの国民達は団結力が強い。

互いが互いを信じて前に進み続ける強さを持っている。

「この国が勇者の庇護下?俺が誰かを庇護する奴に見えるか?」

「この世界にあるか分からないけど、僕なら眼下と脳外科に行くことを勧めるね」

「あと耳鼻科」

「うーん、私は生まれ変わる事をお勧めしようかな」

「お前達揃いも揃って酷くないか?」

 綺麗に整えられたスフィーダ国城内その一室でレオポルド・エドワルド・エリオ・カルロの四名が少人数での茶会を楽しんでいた。

初めは魔物が攻めてくるならばどう動くのかと言ったものから、架空の攻防を繰り広げ各々の戦術を語り合っていた中で零された勇者の庇護を受けられる国といった誤情報にレオポルドが溜息と共に零した苦言によって戦術うんぬんの会話は一端終わりとなった。

「しかし、なんだってそんな馬鹿みたいな話が広がったんだ?」

「王に成り代わった魔物の支配から国を救い勇者が新たな王となったって話が広がってるみたい。

前のここが明らかに異常な空気だったってのと、レオちゃんが出した各国への手紙でその国の上の誰も噂を否定しなかったから皆そうなんだって思ったみたい」

「一番はその噂を流して国民達にも否定も肯定もしない様に私が言ったからでしょうね」

お前かよの三人分の突っ込みが響いた。

「なんでそんな話を流したの?

その噂で勇者の庇護下に~って人達が大勢集まってくるって分かっててやったでしょ」

 おや?と心底不思議そうに首を傾げるカルロだが、その動きと向けられる目は本当に分からないのかと問い掛けている。

それぞれがカルロの行動理由とその目的を考えるが、完全に彼の真意を探る事は出来ないでいた。

他国から使者やらなんやらが新王誕生の祝いをと勇者の出現への祝福をとスフィーダに赴くといった手紙も連絡も来ている。

勇者の庇護下(笑)に下りたいと言うよりも自身の安全の為に媚びを売っておきたいと言うのが本音だという事は分かっている。

権力者であるならそれなりに欲深く無ければいけないから。

一国の主や領地を治める領主などはその手の欲望が強いだろう。

それに勇者に下ったとしても権力さえ持っていれば前王の様に交渉出来るかもしれない。

勇者へと下ったのは勇者の情報を捧げる為ですとでも言えば、僅かでも知性を持ち合わせた者相手ならそれなりに耳を貸すだろう。

情報を引き出された後に殺されるか実験動物となるか、民を犠牲に自らが怪物となって生き永らえる道を進みはするだろう。

逆に生き残る為には仕方なかったんだと訴えれば噂通り魔物の支配から国を救った勇者であれば同情し助けてくれると思っているのかもしれない。

カルロが流した噂を信じているなら、善意に満ち全てを救う清らかな心根を持つ物語上の勇者を信じているならそう考えるも無理はないだろう。

それが狙いか?とも思ったが、そうするだけのメリットがない。

煩わしい鳴き声が増えるのもそれを聞かねばならない無駄とも言える時間が増えるのはデメリットでしかない。

下ったとしても完全に信用できないからあーうんそうですかで済まそうと思っていたのに、移り住みたいという人間にも構えなど、折角手に入れた国で好き勝手出来る時間が完全に無くなってしまう。

「デメリットしか無くないか?」

「本当に?」

「レオちゃんの言う通りデメリットしかなくない?

来られても戦う気のない人等は必要ないし」

「……ねぇ先生?もしかしてだけど釣りしてるの?」

 釣りというエドワルドの言葉にカルロが笑みを浮かべ頷いた事で残りの二人もカルロの狙いが分かった。

彼は噂を信じ下ろうとする者達の見極めと敵が手を伸ばしやすい様に動いたのだと。

レオポルドが嫌う退屈が遠のくように全てを餌にして獲物がかかるのを待っているのだと。

「退屈は一番の敵ですからね」

 カルロの考えはこうだ。

人間の求める勇者像を流し嘘か誠かを聞いて来る他国の人間には肯定も否定もしないで曖昧な返答をスフィーダの民に義務付ける。

そうすれば優秀な戦力を得る事も、完全には信用できなくとも使える売人が国へと入り利益を生み新たな刺激を与え情報と知恵も入ってくる。

中でも人間に擬態した魔物や魔族がいたとしても長期にわたって幻術を使うことが出来、国民全員に掛ける事が出来なければ意図も容易く正体はバレ勇者とその一行が討伐に向かってくるだろう。

ジュストとネヴィオの新作であるデバフ耐性の薬や装備を身に着けている国民達に術を掛ける事が出来るという前提を突破できたらの話だが。

それすらも出来ないのであれば門前払いされる商人や移民に紛れる事も出来ない擬態者はどうするか。

答えは簡単で王へと参上の手紙を送れる権力者に擬態し門を安全に突破するしか手段は無い。

強行突破しても良いが、侵入者をダンテの守護とルッカの目が感知し認識した時点でエドワルドの神聖力によって良くて黒焦げ悪くて消失となるだろう。

実際、無許可で侵入した人間も魔物も二度と国に入ろうなどと考える事も出来なくなっていた。

 狙いは単純に魔物や魔族の侵入を防ぐだけでなく、新たに優秀な戦力を迎え入れるという目的もあった。

カルロは出入りを監視する警備隊に移住を求める者達にはこの国に有益となる人材か、共に立ち向かえる勇士達であるかの試験を受けさせることを提案した。

そう、提案しただけなのだ。

試験内容は全て国民達が決め、差し出された提案書には警備隊と騎士団の総括を務めるカルロが許可を出した。

そして魔物の調達もカルロがロドルフォとアルミノに依頼し調達。

調達してきた魔物はジュストの薬で声帯のみを奪い、ネヴィオの製造した鎖と檻で収監してある。

レオポルドの言葉と彼のカリスマ性に惹かれ触れたスフィーダの民達は、共に戦う者に対しては寛容だ。

しかしそれは同じ境遇を共にし、同じ男に導かれ自らの意志で立ち向かい勝利したという明確な事実が存在しているからだ。

一度でも受けた苦しみは二度と忘れない。忘れられない。

砕けたものが完全に元の形に戻る事のない様に、国民達は全てを敵と見做し見極める。

その者達がスフィーダへと踏み入れるに値するのか。

その者達が自分達の王と共に魔王軍、そして諸悪の根源たる魔王に立ち向かえるのかを。

「私はただ手段を与え提案したにすぎません。

行動に移したのは紛れもない民達であり、結果として退屈からは程遠い日常を送る事になっただけですよ」

全ては王がこの世界を愉しみ皆で笑い合って自由に生きる為に。

その為には手段も何も惜しまないと口に運んだカップを傾け優雅にお茶を楽しむカルロに自分達を想う大切な仲間への嬉しさに三人は笑みを零しそれぞれがカップを持ちお茶を楽しみ甘味に舌鼓を打つ。

これから始まる、カルロが準備した舞台に上がる役者が揃うのを愉しみに待ちながら。

「あぁとっても楽しみね。

私を満たして頂戴ね、勇者様……」

準備された舞台に役者が揃うのは、そう遠くないほんの少し先の話。

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