第7話 日の出

 魔物とその傀儡からの支配から解放されたムーラスは絶望の朝日ではなく希望に満ちた清々しい朝日を浴びて喜びを噛み締めながら次の日を迎えた。

しかし色濃く残った恐怖の痕跡は未だ多くの者の心に消えない傷を残し、些細な事であってもその存在を主張し完全に忘れる事は出来ない。

人間は慣れていく生き物だと言われているが、その慣れるまでの時間は途方も無い。

死んだ人間は生き返らない。過ぎ去った過去にはもう戻れない。

死なないのなら、死ねないのなら、生きる人間は進み続けるしかないのだ。

「おーい、集まったから回収頼む」

「いっその事、この穴を使って花壇でも作るか?」

「ここの土は撤去してくれ」

「木材追加頼む」

「屋根から落ちた馬鹿がいるぞ!!」

「浮かれて吞みながらやるなっつってんだろうが馬鹿息子ぉ!!」

「親父の拳骨の方がいてぇって何?!」

 元気過ぎるのもある意味考え物だが。

 国民が動き出したのは夜が明け朝日が昇ってすぐの事だった。

初めはまた朝が来たのかと絶望の空気を放っていたが、広場にある自分達が戦った痕跡とそこで談笑する勇者一行の姿を見て纏っていた重苦しい空気は消え歓喜に満ちたものへと変化した。

そして耳に届いた彼等の言葉を一人が聞き、それを他の者へと伝え段々と広がりその言葉が国民全員に届くまでそう時間は掛からなかった。

そして聞かれていたとしても問題ない会話をしていた勇者一行がその会話を聞きすぐに動いた人間の行動力の凄まじさ度肝を抜かされるとは彼等を思ってもみなかっただろう。

『魔物_支配__たけど、これ以上あ____止め_いられない___どうしよ__』

『拠点____って___以外___しょ?』

『早め___離れ___とな』

『ここ___綺麗な国___いね』

途切れ途切れに漏れ聞こえた言葉を初めに聞いた人間はすぐさま仲間の下へと走り出した。

聞いてしまった。

このままでは勇者様方はこの国を出て行ってしまうという焦燥に駆られながら。

『魔物の支配から救えたけど、これ以上は足を止めていられないけどどうしようか』

『拠点探しってここ以外の場所でしょ?』

『早めにここから離れないとな』

『ここより綺麗な国だといいね』

このままでは勇者様方がこの国を出て行ってしまう!!という勘違いを伝える為に走った。

そこから伝言ゲームよろしく伝わっていった話は瞬く間に広がり、そして勇者一行を国に留める為に行われたのが形を持っているだけの店の外観を整え、魔物を嵌め潰した広場は穴を塞ぎ新たに土とタイルをはめ込み見栄えも前よりも整わせ花壇も設置し美しく。

城内も手早く成金趣味全開の内装は殆ど剥がされ、手芸の得意な者達の手でリメイクされ全くの別物に変えられシンプルながら気品あるものへと取り換えられた。

機械も無く手縫いで行ったとは思えないスピードと正確さで全ての部屋は無理でも十一人分の部屋と食堂に書斎に謁見場は内装も家具も全てがすぐに使えるように過ごせるように整えられた。

平穏を手に入れた矢先にその平穏を得るための力と知恵を与えてくれた存在へと恩を返すことも出来ずにいるなど出来なかった。

そして力を持ち与えられる存在を逃す気も無かった。

他国に捕られてしまう前に何とかこの国を好いてもらおうと、繋いでおこうと必死だった。

全員が理解している。

この国で勇者を囲うという事は魔王に狙われるという事だ。

自分達の命の危険がこれまで以上に高まる。

知っている。理解している。

けれども今ここで勇者からの恩恵を他国へと渡す方が危険なのだ。

国を出るという方法もあるが、出た瞬間から自身を護る家もなければ壁も無い。

ムーラスが支配下から外れたことはすぐさま伝わるだろう。

もしかしたら新たな軍勢が攻めてくるかもしれない。

周辺で商人が襲われたと言う話は不自然なほどに入っていない。

それがこの国が支配下に置かれていたからだとすれば、支配下から外れたここに魔物が集ってくるのも時間の問題ではないか。

国を出ても自身を護る家も壁もない場所ではすぐに襲われてしまうだろう。

 そもそもムーラスが狙われたのは、この国の気候でのみ育つ花ヒュベルローズがあるからだ。

その花がある限り、一時的には防げたとしても何度も防げはしない。

ならばヒュベルローズを手放せばいいと思うだろうが、この国はヒュベルローズがあるからこそ貿易を続けることが出来、表面上だとしても変わりない生活を送れたのだ。

王も居らず魔物もいないとなれば、この国は人間からも魔物からも狙われやすくなる。

であるからこそ、国民達は勇者を手放せない。

手放した瞬間にそれは自分達の保証されない明日を意味するから。

自分達が生きる為に、彼等を繋ぎ留めねばならないのだ。

 その思いが先走ったせいか国民達は、初めに彼等の言葉を盗み聞いてしまったものは自身の解釈を広め行動に移ったのだろう。

そして俊敏に動き出した者達が自分達の話を聞いていた事にも驚いたが、それ以上に話がねじ曲がって伝わっているのにも驚いていた。

初めに伝わった会話の内容だが____

『魔物の支配から救えたけど、これ以上は足を止めていられないけどどうしようか』

『拠点探しってここ以外の場所でしょ?』

『早めにここから離れないとな』

『ここより綺麗な国だといいね』

という話をしていたと伝わっているが、実際の話とは違うのだ。

本当は……

『これで今の魔物の支配は無くなったけど、これ以上荒らすのも塞き止めておくのも面倒だしどうしようね?』

『拠点を新たに国外に造って動くってこと以外に無い訳ではないでしょ?』

『でも早めに造って一時的にでも離れて見てもらわないとな』

『ここを貰うなら綺麗な国にしたいね』

他にも会話はあったが初めの民が聞いたのはこの言葉だったらしい。

もっと正確に言うならば、その会話の議題は目を付けた四天王のザンザをこの国に攻め込ませ撃退し人間達を依存させるか、またはこの国を出てから撃退しその話をムーラスに流した後に折を見て戻ってくるかだった。

結果的に数日間は様子を見てからだという結論に至ったが、数日と待たずともいい様だ。

そして手に入れる為の策を練る必要もなくなった。

 王になってほしいと乞われた。

この国を、自分達を導いて欲しいと願われた。

共に戦わせてほしいと皆が望み頭を下げた。

欲しいとは言ったが、こうも早く手に入るとは思わなかったなとレオポルドは頭を下げる人間達を眺めていた。

人間の感情は複雑だ。自分の事は自分が一番よく分かっていると豪語する者もいるがその本人ですら近い出来ず感情に振り回されるのが多く一貫性が無い法則も無いのが感情というものだ。

確かに魅かれる様に大々的に動いた。

しかしたった一度の救いでこうまで入れ込むとは、可能性の一部としては考えていたが上手くいきすぎるのもどこか複雑な気分だ。

「それほど明日に希望を持てなかったか……」

レオポルドの小さな声は彼の仲間達だけが聞いていた。

王となって欲しいと頭を下げ続ける民にレオポルドは何を差し出すのかと問い掛けた。

願いを叶えるにはそれ相応の代償が必要となる。

王となり導くという願いの対価に何を支払うのかという問いに、迷うことなく民は答えた。

自分達の命と折れることない永遠の忠誠を誓うと。

何も持たない自分達にはそれ以外に払える対価は無いのだと。

言っていることの意味を理解しているのかと言うレオポルドの問いにも迷うことなく肯定して見せる民の覚悟は本物だった。

与えられた勇気と覚悟は、レオポルド達が思う以上に彼等彼女等の心に火を灯し、脅威が過ぎ去った今も燻ることなく燃え続けている。

「私が勇者であるという事も、この国にいる事も魔王軍には知られている。

そして四天王の一人が近い内に勇者を狙って来るだろう。

私がこの国の王となればまたこの国は脅威に晒されるぞ。

魔物からも同じ人間からも狙われることになる。

それでもお前達は俺を王に望むのか」

四天王の一人が来るという情報を出した際に僅かに動揺が走るも、それはすぐさま鳴りを潜めそれでも意志は変わらないと皆がレオポルドを仰ぎ見る。

それにほお?と感嘆の声を零したレオポルドは良いモノを見たと愉し気な笑みを浮かべた。

闘争心ある者は好きだ。

戦う覚悟を持ち自身の大切の為に自ら動く者が好きだ。

搾取される事をよしとせず立ち上がり武器を取る者が好きだ。

「いいだろう。

お前達が私と、俺と共に戦うと言うのなら王となろう。

そしてお前達を導き共に在ろう」

顔を上げた者達は光の先にレオポルドを見た。

神々しく手を差し伸べるレオポルドに、信じていた神を見た。

一度は願いも届かず救いの手も差し伸べられなかったが、目の前の神は力を与えてくれた。

悪を退け光を齎してくれた。

一度見捨てられ裏切られた過去は消えない。

しかしそれを糧にすることは出来る。

前王は愚王であった。自分可愛さで家族も民も捨て悪しき者へと堕ちた人間だった。

抵抗する力を持たず搾取され続け、その過去が経験として記憶に根強く残っているからこそ民は願うのだ。

自分達を導いてくれる指導者になって欲しいと乞うのだ。

二度と同じ過ちを繰り返さないために。

二度と魔物に搾取されるだけの弱者へと戻らない様に。

「では今日よりこの国は生まれ変わる!

しかし同じ名前を使うのはなぁ……」

生まれ変わるという事は、また新たに誕生するという事。

ならば前の名は使えない。

希望はあるかとレオポルドが問えば、王が望む国の名をと返される。

国の名と言われ彼の脳裏に浮かぶのは一つだけ。

ゲーム内で使っていた国の名前が。

背後に控えていた仲間へと顔を向ければ、同じことを考えていたのか皆が笑みを返しそれしかないだろうと言う様に頷いた。

「では新たにこの国はレオポルドの統治下とし名をスフィーダとする!

何事にも臆せず果敢に挑めるよう、魔物如きに屈することのない様に!」

爆発的な歓声が上がる。

諸手を挙げて喜び合う自国の民を見て王は笑みをさらに深める。

 二度目の宴が始まった。

新たな王の誕生と新たな国の門出を祝う宴が。

今回はエリオとエドワルドの二人がアイテムボックスに入っていた食材を使って料理を振る舞い、カルロとフィエロそしてジュストとネヴィオの四人が話し合い協力して花火を作り夜空に大輪の花を咲かせた。

ルッカとロドルフォとアルミノは国周辺に集まって来た魔物を一掃し愉しみ残党がいないかを確認してから宴に参加した。

ダンテは王の国となったスフィーダに護りを施してから酒を呑めと進めてくる仲間達から逃げ出し、捕まっても傍その口に焼きたての肉を詰め込む事で回避していた。

因みに詰め込まれた出来立て肉の熱さに悶えていた悪戯っ子組、フィエロとルッカそしてロドルフォとアルミノの四人に眺めていた年長組であるレオポルドとエリオそしてカルロは笑い声を上げていた。

その後、ロドルフォとが席でチビチビと果実酒を呑むネヴィオとジュストを巻き込んで国民も参加しての飲み比べ大会を開催しては宴は大盛り上がりだった。

「望まれたんだ。良い国にしないとな」

ワイワイと楽し気な声をBGMに頬杖をつきながら零れ出たのは、これまで聞いたことが無いほどに穏やかな声をしていた。

もう酔ったのかというエリオの言葉に酔いもするだろうと苦笑と共に返す。

「これだけ浮かれてて楽しんでて、今を謳歌している者達がいるんだ。

夢でしか見れなかった光景が広がっているんだ」

 レオポルドが夢に見たのは誰もがいがみ合うことなく笑って過ごせる事だ。

初めはそれを見たいが為に天界と地界との隔たりを無くそうとしていた。

けれども現実とは残酷で、そんなものは只の幻想なのだと思い知った。

知ってしまったからこそ、本当の意味で付いてきてくれる者、同じ疑問を持ち同じ思想を追ってくれる者だけを懐に入れて抱え込んだ。

人形遊びだと非難された事だってある。

けれどもそう非難されたからと言って彼等を手放すと言う選択は全くなかった。

寧ろ何故と疑問にさえ思ったほどだ。

自分と同じ者を囲って何が悪い?欲しいと思った者を手に入れて何が悪い?

何故、誰かと同じであることを非難し否定した者の言葉を聞き入れ自分自身を抑え込まねばならないのかと。

そう思うようになってから彼は、レオポルドは自分の思い描いた理想を理想としたまま行動に移した。

そして魅入られた。

真っ白で穢れを知ってもなお美しいものに。

それを手に入れる為には手段を択ばなかった。選ばなかったからこそ手に入れる事が出来た。

その時の仲間達の笑い声と心から溢れ出る歓喜がどれだけ心を満たした事か。

一度味わえば二度と忘れることも出来ず、味わう前には戻れない。

麻薬の様なソレに囚われてしまい、愉しんでいた。

そして今、目の前に広がる光景は最も原初の理想に近しいものだった。

思い描いた、誰もが笑って明日を生きるのだと生きる理想。

只の理想の形として仕舞っていた光景が目の前に広がっていて、それを見ながら呑む酒はこれまでのどんなものよりも旨く思えた。

「また忙しくなるな。

部隊を作って訓練をしなければ。

魔物のレベルがどれだけかは知らないが、鍛え上げねば生き残れない。

貿易を担う部隊と商人相手の商談を行う部隊も作らねば。

あぁその前に自警団でも作るか?いや、防壁を作るのが先か?」

やりたい事は沢山ある。

ゲームの時とは違うのだ。

AIとは勝手の違う血の通った人間達の住まう国なのだ。

感情を持った者達の国なのだ。

良い国にしたいとは思う。

しかし困難は避けられない。

ならばその困難に負けない程に強くなってもらわねばならない。

全てを愉しみ愉悦と捉えられる様に、生きる希望を失わない様にしなければならない。

「皆が生きれる国にしよう」

そう言ってレオポルドは皆の笑い声を子守歌に眠りに落ちた。

夢の中でもきっと宴は続いているのだろう。

幸せそうな顔で眠っていた。

 明日からまた忙しくなるなとレオポルドを見守っていたエリオとカルロは静かにグラスを合わせ乾杯した。

本格的に始まるであろう戦いに備え英気を養うと共に、新たな国の発展を願って。

そして我らが王が初めて出会った時の様に独り孤独に耐える事が無い様に。

様々な祈りを溶かしゆっくりと夜は更けていった。

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