第6話 全ては王の御心のままに

「あら、もう壊されちゃったのね」

不気味な古城、その玉座に座った女は目の前にある水晶玉を見ながら吐息と共に誰に言うでもなく言葉を吐いた。

落胆とも呼べる言葉だったが、その声色はやっぱりかと言った感情が透けて見えた。

元より期待していなかったが、勇者とその仲間が見れただけでもマシな方だろうと納得させる。

「仲間が揃っているのは少しだけ面倒ね。

戦力が揃う前に潰しておきたかったのだけど、オーク共を殺せるのならそれなりの力はあるだろうし。

それに、天使がいるのも想定外」

白魚の様な細指で水晶玉を突く女の顔は闇に塗れて見ることは出来ないが、獲物を捕らえた様に弓形に細められた金色の瞳だけがギラギラと光って見えた。

「いいわね、とてもいいわ。捕まえて私だけのものにして壊して食べてしまいたい」

恍惚とした声と欲を孕んだ瞳に映るのは水晶玉越しに見える勇者一行。

例え使用者が死んだとしても映った映像をこの水晶玉に送り監視する転送眼。下級魔物のサーベイラス特有の目玉。

サーベイラスは女王へその目で見た全てを送り女王は送られた映像を見て獲物を吟味し献上させるといった習性を持つ魔物だ。

女の前にある水晶玉はそんな女王で作られた受信機だ。

自動的に視点を変える為の器が壊れたからと言って目玉自体が機能を失うわけではない。

この目を植え付けられ仲間に殺された人間が支配から逃れられると安堵した姿を眺め、そこに魔物を送り込んだ時の絶望に満ちた表情と言ったら、と身に走る快楽に酔いしれながら女は段々と息を荒げていく。

 しかし熱を帯びた女の吐息が途切れるのに、そう時間は掛からなかった。

「は……?」

そもそも前提として女は間違っているのだ。

「何よこれ」

只の人間の勇者であれば、只の人間の勇者一行であれば女は求めていた光景を目の当たりに出来ただろう。

しかし彼等は皆、普通ではない。

語り継がれる勇者の様な善意に満ちた正義感もなければ、世界になんて何の情も無い。

滅びようが自分達が楽しめればそれでいいと思える者達だ。

「いやぁ!!」

見えた光景に女は悲鳴を上げ水晶玉を手で払い除けた。

ガシャンと音がして砕け散った水晶玉の欠片からは女の金色など霞んでしまう程に眩く美しい黄蘗色が部屋全体を照らすかのように輝いていた。

その光から逃れようと両手で顔を覆い部屋の隅へとよろよろと移動する女を追って光が迫ってくる。

じわじわと室内を染め上げていく光が女の足先を照らし引き攣った悲鳴が鳴った。

悲鳴を上げたのは何も光が女の種族にとって天敵だったというだけでなく、光に照らされた足から煙が立ち上り肉の焼けるようなにおいが広がったからだ。

どれだけ回復魔法を掛けようとも光によって弾かれてしまうだけでなく、微弱な光でさえもジリジリと肌を焼いていく為、出入り口にも広がり始めた光のせいで逃げ場は無く、それだけでなく窓ガラスにも光が辺っている為に女の退路は完全に塞がれていた。

逃げ場がない袋の鼠の状態に女は自身がこのまま光に炙られ消滅するのではないかと恐れ、その様を想像しては恐怖に引き攣った声を上げる。

助けを求めたくても薄汚い下級魔族になんてと高いプライドが邪魔をする。

 しかし女が見た最悪の未来は現実とはならなかった。

光は女の膝下を炙り、そしてゆっくりと後退していった。

焼かれる痛みは引いていき、光によって遮られ使えなかった治癒魔法がようやっと効果を発揮しだした。

やがて水晶玉からの光は微弱なものへと変わっていった。

恍惚とした表情と熱を帯びた吐息を零していた妖艶な雰囲気を醸し出していた女は、一変して恐怖に染まり暴れまわる心臓とようやっと酸素を取り込み始めた自身の体を抱き締めズルズルと壁伝いに座り込んだ。

恐怖が引き沸き上がるのは執着にも似た歓喜と興奮。

魔物と人間とでは違う感覚。恐怖に支配されるのではなく、それ以上の恐怖で屈服させたいという強い支配欲。

自身にあれだけの恐怖を齎したものを跪かせられたらと想像してはまた恐怖し興奮し刺激されを繰り返す。

どこまでも欲に忠実で、それゆえに身を亡ぼす。

欲に支配されるだけでなく支配出来るだけの力を持たねば招くのは地獄である事も考えられないからこそ、魔物は彼等という生命体の本質を見破れない。

「あ、あははははは!!最っ高じゃないの!

決めた、こいつら全員私の奴隷にする。

愛して壊して血の一滴も残さず喰らって私の、四天王が一人ザンザの全部を満たさせるの」

自身の体を掻き抱きながら女は快楽に身を捩らせる。

恐怖した事で欲を刺激され膨れ上がったソレは女の手に余り制御出来なくなっり正常な判断を奪う。

 恐怖した時点で止めておけばいいものの、と全てを見ていたロッソは呆れた吐息を吐いた。

呼ばれて力を使ってから全てを見て聞いていたロッソに女はまったく気付いていなかった。

女が目を通して勇者を見ていたのと同じ様に、ロッソも目を通して女を見ていた。

女は長い間目を通して全てを見ていた。今回の一件も全て。

それこそ女へと繋がる縁が色濃くなる程に眺めていたからこそ見返された。

汝が深淵を覗きこむとき、深淵もまた汝を覗き返しているとはドイツの思想家の言葉だが、今この時にこれほどまでに相応しい言葉は無いだろう。

静かに女を見ていた目は壊れた水晶玉から漏れ出た光が消えると同時に閉じられた。

これ以上見ていても面白くも無いし、なによりこれから始まるであろう女の無意味な戦略を暴くのも野暮だと思ったからだ。

その戦略がお粗末なものでなく、我等が王を愉しませられるものである事を願うがあれには無理だろうなと思ってしまう。

自分に酔い痴れプライド高々な魔物の女がする事と言えば、女を武器にするか配下を集い襲わせ自身は高みの見物か。

そうでなくとも女を武器にはしないで欲しいなと思う。

ただ言い寄られ篭絡させるだけなら女じゃなくても出来るし、なによりも在り来たりで面白みに欠ける。

だからこそそうでなければいいなと目を閉じたロッソは見たくも無い痴態を見てしまった目を浄化したくて、現実へと戻り同位体と王と仲間達をその目に映した。

ゆっくり出来るのは数日くらいじゃないかと伝え、四天王の女ザンザが叫んでいた言葉を聞いたまま伝えればこちらも女でごり押しはちょっと……と顔を歪めていた。

色気より食い気、性欲より戦闘欲の彼等だ。矢張りなとロッソは笑った。

 エドワルドと瓜二つの彼が呼び出されたのは、愚王を処理し終え国民全員を巻き込んだ宴で皆が酒に酔い勇者一行以外が眠りについた頃だった。

「見てるな?」

「見てますねぇ」

「完全に油断して見てるよねコレ」

「見られてるのは分かんないのか」

「俺等めっちゃ目ぇ合わせてるのにな」

「気付いて放置してるのか単純に気付いていないだけか」

「普通気付くだろ。

めっちゃカメラのレンズみたいに瞳孔ギュインギュインしてんのにバレないと思ってる覗き魔どう思う?」

「「「「「「「「「「馬鹿」」」」」」」」」」

「正解」

満場一致で馬鹿と言う結論に至った。

謁見場で騎士等にどこぞの危機一髪並みに刺された愚王を広場で退路を無くし潰させた魔物二体は、今も下半身を土に埋められた状態でそこにあった。

夢を通して見ていた騎士等がえいさほいさと突き刺し掲げ連れて来たかと思えばここに沈めたのだ。

左半身を土に埋め動かない愚王を見た時の民等は静寂の後に爆発したかのような歓声を上げた。

自分達の勝利だと喜び合い涙していた。

そこでレオポルドが『よくやった』『お前達の勝利だ』と言葉を掛けたのだからもう凄かった。とにかく凄かった。

レオポルドだけでなく他の全員がその勢いにたじろぎ『おぉ……』と引いてしまう程には。

そこからはロドルフォとアルミノの腹が可愛らしく訴えた空腹の音に無礼講の宴が開催された。

歌い踊りのどんちゃん騒ぎ。

誰もが心の底からの笑顔を浮かべ幸福を噛み締め解放された喜びを全身で示していた。

レオポルド一行も楽しみ、そしてわざと全員がレンズに顔が映るように動き周囲の警戒と相手の出方を伺っていた。

 元々、謁見場での一件で与えられたという魔物の目がカメラのレンズの様に動いているのを見抜きその先に今回この国を支配下に収めた者がいるとは睨んでいた。

よくよく観察しなければ分からない小さな違和感は、常に監視され動向を探られていた彼等にとって馴染み深いものであったから分かったというのもある。

まぁあれだ、相手の運が無さ過ぎたのだ。

自動で動く入れ物が動かなくなり見るのを止めるだろうと、ならば止めるまでせっかくなら顔を覚えてもらおうと視界に入るように動いていた。

がしかしどれだけ時間が経とうと視線が外れない。

ただ送っているだけじゃないかと考えど、ネバついた視線は勇者であるレオポルドを追いかけカメラの先に確実に誰かがいると伝えてくる。

酒が回り全ての人間が家に戻るなりその場で寝込んだりしてもいる。

ずっと見ている。

「不愉快だ」

 明確な嫌悪を滲ませたレオポルドの言葉に全員の目が据わった。

王が良いのならと愚者が目を向ける事を仕方なしに許したのに、それに胡坐を掻き居座り続けるなど不敬にもほどがある。

宴に水を差すような援軍を送ってこなかった事だけは少し残念でありながらも良い判断だともいえるが、王を不快にさせたともなれば話は変わってくる。

王が不快を示してすぐに夢を渡れるエドワルドと視る事に長けたルッカが動いたが、見ているのがオークの様な獣型の魔物と言うよりも知性の高い魔族といった種族である事しか分からなかった。

目玉を潰せばの声も上がったが、それだけでは王を不快にさせた償いとしては余りにも甘すぎる。

どうしたい、どうしてやろうか、しかし方法が、と物騒な言葉が投げ躱され案を出し合っている際にあっ……思わず漏れ出た様な声が一つ。

全員がその声の主たるカルロに注目する。

向けられた複数の目に自身の口を手で押さえていたカルロは視線を彷徨わせ、そして諦めた様に目を伏せ手をどかした。

「あの、視線の主を見付けて脅す方法はあるにはあります。

ですがその、余りにも情緒が無いと言いますか世界観を壊しかねないと言うか……」

珍しく言い淀むカルロに皆が首を傾げ彼の言葉を待つ。

方法があると言ったカルロは言った。であればその方法とやらは確実にこの不躾な視線の主を突き止める事が出来るのだ。

「情緒が無いって今更じゃない?」

「ルーちゃんの言う通りだと思うよ?僕らは僕らの感性で動くし他者の決めた情緒なんて知らないよーってしてきたし」

「世界感言われても、俺等の方がこの世界と全く別モンの住民だしな」

「なー。

俺は美味しいもの食べれれば腹も満たせない情緒とか世界感とか気にしないし」

「まぁ俺等全員この悪魔について来た変人だし、上も下も巻き込んで色々起こしたし?

今更情緒とか世界感とか誰も気にしないよ」

「っすね~。

最終決定権は王様にあるし、俺等はついてくだけなんで」

「……特にこちらに問題が無ければ、いいんじゃないか?」

「うん、俺もそう思うよ?」

ルッカ、エリオ、アルミノ、ロドルフォ、フィエロ、ジュスト、ダンテ、ネヴィオがそれぞれカルロの言葉に気にするなと返した。

「皆が言う通り気にしなくていいと思うぞ?」

「俺がこの姿な時点で王道的な勇者物語から外れちゃってるしね……、今からでも変えようか?」

「いやあの、エドワルド君がそれだから出来るチートと言いますか……」

 天使としての権能を使えるから出来るチートと言われカルロが何を思い付いたのかを一早く気付いたのはエリオだった。

作戦を実行する前にした説教で言っていた言葉とそれから連想される幅広過ぎるチート行為が何通りも浮かび、確かにこれは世界感も壊すし情緒もないなと苦笑を零した。

「先生?先生が思い付いたのって今も天界にあるエドちゃんの魂の半分が関係してるのかな」

「そうですね」

エリオの言葉に頷いたカルロの姿を見て、全員が納得したとそう言う事かと声を出した。

世界感で言えば王道的な勇者が仲間と共に敵を倒すと言ったものだ。

しかしカルロが思い至ったものを使った場合、それは辿るべき筋書きの中に悪の天敵である正義の使者的な存在が勇者の味方としてその権能を最大限活用し、努力・友情・勝利をいくのではなくストーリー構成を無視して独走してしまうともとれる。

情緒の方もこの世界を物語だと仮定した場合、読者が求める勇者の物語からかけ離れてしまうだけでなく物語を読み進めるうえでの高揚感、ドキドキやワクワクと言った感情が沸くことは無い。

始まったかと思えば終わったような

『この世界は魔王とその配下の魔物に支配され脅かされていました。

しかし勇者が現れ仲間と共に魔王軍に立ち向かいました。

そして勇者と共に天界から降りて来た天使によって魔王は倒され世界に平和が戻りました。

おしまい』

なんて、たった数行で終わる物語など聞いた事も無いし誰も見ようとは思わないだろう。

 それらを気にした……と言うのは建前で、カルロが最も心配していたのは別の事だ。

世界感も情緒も今更このメンバーが気にしないのは自身も同じだからよく知っている。しかし今回のこれには仲間の尊厳、命にもかかわってくるのだ。

現に今、思い出してしまった王は彼へと目を向け、向けられた彼はじりじりと後退している。

「レオさん?レオポルドさん?どうしてそんな怖い顔で近付いて来るんですかねぇ」

「お前の羽を切り落として天界にある俺の半身の魂を呼び寄せる為だな」

「羽を切り落としても降ろせませんが?!」

幽鬼の様に近寄るレオポルドから逃げるエドワルドに、流石にまずいとダンテがレオポルドを背後から羽交い絞めにしルッカとロドルフォがそれでも進もうとする足を掴み力の限り止めようと踏ん張る。

ジュストが即席で造り出したバリケードを立て、ネヴィオが弱体化薬を造りアルミノがそれをレオポルドの頭からぶちまけた。

そして液体という水を連想させるものに飛び付こうとしたフィエロの首根っこをエリオが掴み止め、カルロが暴走しつつあるレオポルドの前に躍り出て常から想像もつかない大声で彼の名を呼んだ。

「落ち着いて下さい!!

言っておいてアレですが、正直言って天界から連れ戻したいですが、それは彼のこれまでの献身を無下にすると同義です。

それに天界に残っているのは熾天使としての権能の一部であって、半分といってもその大半は今の彼に戻っています」

「関係ない。全部、ココに、堕とす」

「提案したのは!私ですが!

私の案は天界から堕とすのではなく一時的に呼び寄せ縁を手繰り寄せる相手を探る事です!!」

ぴたりとレオポルドの動きが止まった。

根本的解決には至らないが、一時的にでも思考の余地を得られただけでもまだ理性が残っていた様で安心したカルロや他のメンバーは息を吐いた。

「この世界で天界の全てに目を付けられてしまえば、手駒にすべく刺客を放ってくるのは目に見えて明らかです。

そうならない様に天界からこの世界を隠してるんです!

それにいいんですか?用意されたこの舞台を愉しまなくて」

レオポルドが目を瞑る。彼がよく行う長考のサインだ。

それを逃さずカルロは更に言葉を続ける。

「世界を用意しただけでそこに住まう人間も魔物も天然物で何の細工もありません。

元よりあった能力値は下がりましたが、その程度のハンデは最早ハンデとは言えないでしょう。

この世界を愉しむ前に連中の手が伸びてくるのをお望みですか?」

レオポルドの右の眉尻が上がる。

「連中が刺客を放つならばこの世界を愉しんだ後でも問題はありませんし、遊び尽くした後でまた遊べると思えば愉しみが尽きないでしょう」

拘束が解かれた腕を組み頭をひねるレオポルド。

段々とカルロの愉しみは最後にの策に嵌っていくのをレオポルド自身も理解している。

しかしそれでも抗いきれぬ愉悦の甘い囁きが脳裏を焦がしていく。

「そして何より、私達はこの世界を天界の連中に邪魔されることなく貴方と愉しみたい」

「…………俺も、お前達とこの世界で馬鹿やるのは好きだ」

零された言葉にカルロは背中で拳を握り勝利したと内心お祭り騒ぎだ。

ここで上手く説得できなければ色々と不味い事になっていたのが分かって頑張れとエールを送り続けていたエリオの胃の痛みもレオポルドを止められた事で引いていった。

 改めてカルロは自身が思い付いたチートを皆に説明した。

天界にある監視と隠蔽を行っているエドワルドの魂の半分を一時的にこの世界に降ろし、今も覗き見をして王を不快にさせた不届きものにお灸を据えるといった内容の話を。

「天界から一時的とはいっても降ろした際にどの位もつか分かります?」

「あれらは基本的に能力を過信した馬鹿だけど、この世界に降りるならそれなりに目立つ穴が開くからもって十分くらいだと思う」

「ではアレの縁を辿り体裁を下すのにはどの位の時間が掛かると思います?」

カルロの言葉にエドワルドはニヤリと自信に満ち、そして悪戯を愉しむ子供の様に笑って見せた。

「一分の時間も掛けずに縁を繋ぎ、皆が納得する体裁を下すと約束するよ」

 宴だと歌い踊っていた者達全員が寝静まった頃に彼等は動き始めた。

皆が呑む酒にジュストお手製の睡眠薬を混ぜ込んだから、朝まで何が起きようとも目覚める事は無いだろう。

天界から特定の者を呼び寄せるなんて芸当、何の準備も無しには出来ない。

が、今回に限っては準備そのものが必要ない。

自我を与えたとは言え元々は同じ個体であり、計画が成功した今では記憶も寸分違わず共有している。

あの魔物の目とは似ている様で異なるが、天界の彼も地上のエドワルドの目を通して仲間を眺め世界を管理する側としても全てを見ている。

それこそ繋がる媒体があれば全てを写し探し気取られることなく手を出すことも可能なのだ。

故にチート。世界感も情緒も全てを無視した不正行為。

「ロッソ」

それがたった一言、過去の戯れでつけたもう一つの名を声に出し音にするだけで可能なのだから何も知らぬものから後ろ指を指されても当然の事と言えよう。

ただしその者が二度とその目に何かを写すことは永遠に無くなるだろうが。

不正行為はそれを承認した者以外に見られ知られたとしても、その部外者が永遠に口を閉ざせば不正は発覚しないのだから。

今回はそのような事は起こらないが、もしもそのような事があったとすれば躊躇なく彼等はそれを行うだろう。

彼等はひとでなしだから。

 エドワルドが教会で出した靄が少し離れた先で発生する。

靄は段々と広がっていき、前回の様に人一人が通れるほどの大きさではなく一行の姿を全て包み込むように展開された。

それに誰も何も言わないのは、これが自分達を害するものではないと分かっているから。

それどころかワクワクとした好奇心を隠さず目を向ける者が殆どだ。

「……花?」

「あれは、アネモネ……ですかね?」

靄が全てを覆い隠し、彼等の前に現れたのは一輪の花。

アネモネの花がどうして?とカルロが首を傾げ、他にないかと皆がその花を囲み覗き見て____

「ばぁ」

「「「「「「「「「うわぁぁぁ!!」」」」」」」」」

エドワルド以外が、突如として頭上から降って来た生首に驚愕の声を上げた。

正確に言えば生首ではなく、ちゃんと全身があったのだがフワフワと浮いていたのと皆がしゃがみ込んでアネモネの花を観察していた事でその上から顔を出したせいで首だけしか見えなかったのだ。

「おい、赤のアネモネは無いだろ」

「嘘は言ってないだろ?

それより俺に何か言う事ないのか兄弟」

「はぁ……」

瓜二つの顔でニヤつく男とエドワルドの違いは身に着ける衣服の形と色だけ。

片や白でゆったりとした装いでもう片方はキッチリとした黒と金を基調とした軍服。

けれどもその目に宿る色と仲間へと向けるものは全てが同じで、黒服の彼もれっきとしたエドワルドなのだと物語っている。

地に足を付けることなく同じ目線で浮かぶロッソと視線が絡む。

愉しそうに笑いながら伸ばされる手を払うことなくされるがままに両頬を包み込まれ互いの額が合わさる。

「ありがとう兄弟。お前のお陰で計画は成功し皆で会えた」

「お疲れさん兄弟。お前の願いは叶えられた」

「話したい事も聞きたい事も沢山ある」

「だけど連中に勘繰られるから時間が無いな」

「そもそも教会での件で目を付けられたんじゃないか」

「上手く隠したさ」

「流石兄弟」

「最後まで隠してこの世界を見届けたら穴を開けて戦争第二弾するんだろ」

「天界と地界と殺り合うなんて最高に愉しそうだよな」

「でもその前に」

「王を不快にさせた覗き魔を捕まえるんだろ?もう縁は繋いだ後はどうしたいかを決めてくれ」

「どこまでもお見通しだな」

「俺はお前でお前は俺だからな。それに一分の時間も掛けずに縁を繋ぎ、皆が納得する体裁を下すと約束するって言ったのは兄弟だろ」

「違いない」

 テンポよく交わされる会話は本当に彼等が同一人物であり全てを共有していることが聞いている側にも伝わってくる。

縁を完全に繋いだ事でロッソの視界にはレオポルド一行の姿だけでなく、もう一つの映像が流れていた。

暗がりの中で水晶越しにこちらを見てはニヤつく褐色の女が、言葉にするのも気味の悪い妄想を口にしては身体をよがらせている様が。

見るだけの女とは違って音声も完璧に届くが、その口を今すぐに縫い付け二度と喋られなくしたくなる程の痴態を聞かせられロッソの精神力はガリガリと削られて逝った。

癒しを求めてフィエロと狐の姿になってもらったジュストにネヴィオへと順番に抱き付き癒されながらロッソは女が何者で何をしたいのかを探っていたが、遂に限界を迎えた。

特に女が自身の欲望を吐き出した瞬間、ロッソに稲妻が走った。そうだ炙ろう、と。

彼は疲れていた。

ブジーアを今でも探す無能共はブジーアの仕事への愚痴をこれでもかと吐いてくれた。

自分達の仕事を押し付ける役が居なくなって迷惑しているのだと恥ずかしげも無く。

頼みごとを断れず流されやすい良い子というのがブジーアだ。同じ女神や男神だけでなく下位天使からも舐められる女神。

舐められるからこそ最後まで計画を完璧に遂行出来たのだが、矢張り言われるのは癪だ。

出来ない者が出来る者への対抗心を持つのは素晴らしい事だ。それを認めるだけでなく更に自身を磨き上げる事が出来ていたならもっと素晴らしいだろう。

しかしそう出来ない者が多いのも現実。そして陰口・悪口の果てにはパワハラ上等にいじめ等にだって発展する。

その浅ましく愚かな行為を心優しく人々を導くとされる天界の住人が行っているのだから世も末だ。

「炙らねばならぬ何事も」

「何がどうして炙るに至った?そして何故共有を切った?」

「いいのか目と耳が腐るぞ」

「……オーケー兄弟理解した。ごめんな気分悪くなったか」

「後で甘いもの食べて共有して」

「エリオに頼んでおくよ」

相手側が女型の魔族である事と欲望駄々洩れだと言った後に炙れとの叫んだ本能をそのまま口に出せば僅かな言葉数で全てを理解したエドワルドはそっとロッソの肩を叩き彼を労わった。

敵の詳細と濁した欲望を聞いた者達は、誰もロッソの炙るという提案を否定しなかった。

甘いんじゃないか、消した方がいいんじゃないかという声もあったが炙るに留めるのがいいとレオポルドが言った事でその声も無くなった。

特に効いたのは

「炙ってそこで折れるのならその程度で、もしも折れずに向かってくるのなら先のよりももっと愉しめるかもしれないだろう?」

との言葉に納得したからだが。

 決まってしまえば素早いもので、地面に埋まる器に近付きレオポルドへと手招きをする。

ロッソの姿は覗き魔には見えていない。そうなるように事前に働きかけていたから。

心折るなら王の御前で跪かせよう。心折れず向かってくるのなら王の求める先の為に逃れられぬよう呪いを与えよう。

「どちらにせよ、救いなはいけどね」

「……ん?何か言ったか?」

「何も言ってないよー、俺がここにいれる時間も少ないし始めよう」

手を伸ばしてと言われ素直に伸ばされたレオポルドの左手、その手の甲に触れるか触れないかの辺りで同じく手を翳したロッソ。

そしてロッソの手を通してレオポルドの掌から穏やかな光が放たれる。

「覗き魔がこっちを見てる。

出入口は正面の一つと覗き魔の背後にある窓だけ。

こっちだとそこまでじゃないけど、急に眩しくなったら驚くよなー。

それも悪が嫌いな神聖力の光と合ってあっちはパニック状態」

「動いたのか」

「今ねー水晶叩き落として後退してる」

「背後に窓があったんだったか、そこに逃げられるのは面白くないな。

壁際に追い込めるか」

「言いながら追い込んで今足炙ってる。俺は力を送ってるだけだから操るのはレオさんの想像次第だよ」

「全部焼くのはつまらんな……。

足、はもう炙り始めたから退路も断ったし____弱くてもいいから全身炙ってやろうか」

「んはは、奴さん悲鳴上げて部屋の隅で震えてますねぇ」

傍から見れば楽し気で仲良さげな空気を放っているが、会話の内容はそんな穏やかなものではなく寧ろ悪魔の会話であった。

そんなキャッキャッしてるのに魔族炙ってんだぜ?脳みそバグるわと語ったのはアルミノ。

お前が言うなと突っ込んだのがロドルフォとネヴィオ。

ぶっ飛んでんだねと笑ったのはフィエロでそれに同調したのはルッカ。

ぶっ飛び代表が何か言ってらぁと遠い目をしたのはエリオで彼の肩を叩き労ったのはジュスト。

「同位体と言ってもこうも差が出るんですねぇ。

でもあぁやって愉しそうにするのは確かにエドワルド君と同じなんだって思いますよ」

「んはは、アイツは俺なんかよりも愉悦の精神が強いから、楽しい事には躊躇ないよ。

そうだなぁ分かりやすく言えば俺が理性ならあいつは本能。

皆が大好きで大切でずっと笑ってて欲しい。だからその為ならなんだって出来るし躊躇いなく実行する」

「その言葉、皆さんにも聞いて欲しかったですね」

「先生は吹聴しないって信じてるよ」

「赤いアネモネの花言葉知ってます?」

「吹聴しないって!信じてるよ!!」

 どれぞれが会話をしていく中で残念だけど時間だなと聞こえて来たロッソの声で光も消え、器だった者達はその姿を崩し最後には燃やされ残った灰の様に風に流されて消えていった。

神聖力の光が直に当たってから燃えて灰になったらしい。

レオポルドが終始愉しそうにしていたのが印象的だった。

 彼方側の反応を見聞きしていたロッソが顔を歪めながら語ったのは、覗き魔は魔族の女であり自らを四天王の一人でありザンザと名乗っていた事と手に入れてから自身の欲望ぶちまけるぜヒャッハーといった内容の話だった。

「女に囚われた女の末路でも聞かされてるんかな……」

「奴隷にされるってさ」

「される訳ないのに。あ、でもエリオは面白がって乗りそう」

「……自身に対するプライド高い人って折るの方法あり過ぎだよね!だから僕みたいな貧弱でもいける、はず!」

「ヤバい奴がヤバい事言って自分のヤバさを理解してないのがヤバい」

「ヤバいのゲシュタルト崩壊?」

「あまり考えすぎると疲れるぞ」

「使うなら暗器かな…?」

「時代劇でも見たか?」

「あー、針で心臓まで一突きカッコいいから」

「まぁなんだ、取り敢えず」

今回のよりも多少は愉しめる相手かもしれないんだろう?と語るレオポルドの顔には四天王に目を付けられたという不安や恐怖といった感情は一切なく、寧ろ早く殺しに来いとせかすようでものがあった。

そして女を武器にするのは良いが、使い方を誤らないで欲しいものだとも溜息と共に吐き出していた。

自分に自信があり磨きを怠らない女性は美しい。

しかし見た目がどれだけ整っていても中身が同じとは限らず、寧ろ中身を伴わない者の方が内からでる醜悪さを隠そうと表を磨き上げるだけで内側は汚れ悪臭を放つ。

それが少量であれば可愛いもので、多ければ多い程に嫌悪感やその手の悪感情が沸き上がる。

特に同種の女性らはそれらに敏感だ。だからこそそれに引っかかる男を嫌う傾向が多い。

この世界に呼ばれる前にいた普通の世界でも、その手の事は全員が経験済みだ。

その甘さも苦さも知っている。

「まぁその手の策を講じるならば乗ってやるのも一興」

「四天王ってことはザンザって言う奴も含めて四人はいるんだよな」

「いるよー。

男女二人でザンザは糸と精神系でもう一人の女は毒と風系。

男の方は炎系と水と電気系ってところかな。

魔王は魔法全般」

「そこまで話してよかったのか?」

魔王らの核心には触れないでもそちら側の情報を流すロッソにレオポルドが首を傾げ問い掛けるも、特に気にした様子も無く彼は頷いた。

「どうせ楽しむなら皆仲良くが良いでしょ?

それにあっちが知っててこっちが知らないのもフェアじゃないし」

「そうか」

浮いたままそう語るロッソは終始愉しそうであった。

天界のものであるから地に足を付ける事も食べ物を食べる事も出来ないが、それでもロッソは満足していた。

魂の半分、同位体を通しても見れるし天界からも覗き見は出来るがこうして実際に言葉を交わせたのが何よりも楽しかったからだ。

同位体と言えども思考までは共有していない為、今のエドワルドが何を思っているのかは分からない。

彼が見て聞いたものは共有される。

彼が食べたものの味やにおいも共有される。

けれども実際の空気や温かさを感じることは出来ない。天界には誰もいない。

だからこうして同じ空間に存在出来ているだけでロッソは幸せだし心から愉しめている。

口が緩んでしまうのも仕方ない事なのだ。

「んじゃ、またな兄弟。約束忘れるなよ」

「忘れないさ、またな兄弟」

 時間が来た。

これ以上ロッソを引き留めれば、天界の連中にこの世界がバレてしまう。

そうなってしまえば、これまでの計画は途端に崩れるし何より戦争第二弾への準備が足りていない状態で殺り合うのは多少なりともこちらが不利となってしまう。

不利な状況から覆すのは十八番だが、相手の独壇場に持ち込まれるのは少々癪だという複雑すぎる乙女(?)心と言った感覚だ。

乙女心が何たるか知らない奴が何言ってんだと言う突込みはスルーさせていただく。

 靄が濃くなっていく。

濃くなっていく靄はロッソの姿を覆い隠し、そして初めから何もなかったかのように静かに消えていった。

もうそこにロッソの姿も、初めに現れたアネモネの花も無かった。

「……さて諸君、また明日から忙しくなるだろう。

王が堕とされ魔物の支配から解放された人間達がどう動くかは人間達次第だ。

こうなればいいと行動したが、人の心は移ろいゆくものだ。

浮かれた頭も明日には多少なりとも正常なものとなって今後を考えるだろう」

月明りが照らす中でレオポルドは自身の仲間達を見据える。

「しかしそれ以上に愉しみだな。

四天王とやらがどう動くのか。

そして、諸君らがどんな姿を私に魅せてくれるのか」

王の言葉に彼等は皆、片膝を付き首を垂れる。

「「「「「「「「「「全ては我らが王の望むままに」」」」」」」」」

 魔王によって脅かされた世界で、魔物に支配されていた国が一つその支配から逃れた。

希望の光である勇者は人間の求める勇者であって勇者ではない。

しかし彼はこの世界に興味を持ち、魔王と配下たる軍勢と戦う事を求めている。

彼が求めた以上、彼が勇者という光である以上、彼が王である以上、人間も魔王軍も天界も地界も全て引き込まれ搔き混ぜられ混沌と化していくだろう。

それら全て、レオポルドの愉悦の為に。

「さぁ、この世界を愉しもう」

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