第5話 最後の仕上げといきましょう

 地下救助組と分かれてからレオポルドは何をするでもなく周囲を眺めていた。

ダンテはネヴィオが集められた資材によって造られた盾の持ち方を教え、ジュストは麻痺毒を何十何百と造り出し箱に詰めてはエリオに回し周囲への説明を投げて今はエドワルドの背を背凭れに寄りかかって目を閉じている。

ロドルフォとアルミノは地下救助組が向かった後に再度城内へと侵入している。

「ふ、んはははは………ッ

止めて実況しないで」

エドワルドの身体が震え噴き出すと共に思わずといった様に小さく笑い声を零して笑い出した。

どうしたのかと背を預けていたジュストが離れ振り返り、レオポルドと配り説明を終えたエリオも顔を覆って震えているエドワルドのもとへと集まって来た。

笑いの収まらないエドワルドが人差し指と中指を交差させて左右に振るうと彼等の脳内には騒がしい……愉しそうな二人組の声が響いて来た。

『ただいま豚と鬼ごっこ中です!下剤で腹は壊しても排出は無かったな!

にしてもあの巨体でここまで動けるん凄いな?』

『あれ脂肪じゃなくて筋肉?

でも筋肉にしてはぶるんぶるんしてるよな?

ほら見てアルミノ、ぶるんぶるんしてる』

『マジでぶるぶるだな?!

えマジであれ脂肪?!

筋肉じゃないの?!なら何であの巨体に機動力あんのさ、詐欺案件では?!!』

『動く度に揺れ動くのは可愛いあの子のスカートか男のロマンの方が良かった……』

『それはそう』

『ブヒィ言った!ブヒィ言ったって!』

『オークは豚やぞそらブヒィ鳴くだろ』

『俺の中でオークはカッコイイイメージあったからちょっと残念』

『ロドルフォが言ってんのもしかしなくてもオーガでは…?

オークは豚でオーガは鬼ってアニメでやってたぞ』

『スー………、よし俺の夢は壊されてない』

 取り敢えず脂肪と男のロマンとロドルフォの夢が壊されていない事だけは分かった。

この会話の前にも下剤の話とそれに唸って悶えていた魔物二体と愚王の反応を実況するものもあったのをエドワルドは知っている。

そして二人が眠る二体と一人に悪戯した事も。

自由奔放を体現した二人の笑い声が脳内で響くなかで、二人の会話を聞いていた全員が手で顔を覆い震えていた。

ロドルフォとアルミノが自由なのは良く知っていた。地階でも二人で行動しては周囲を巻き込んだ悪戯や乱闘をしていたのだから。

『一匹は多分地下行ったな。

ルッカ見てるかー!あ、見てるわ式が手振ってる。

という事はルッカもあれ見たな?あとでブルブル審議しようぜ。

あれは脂肪か筋肉か』

『なにそれ楽しそう。

んじゃ地下は大丈夫か。

あっちにオーガいるし監視カメラもいるし水狂いいるし』

『先生は確かに鬼だけどオーガ判定は草なんだが』

笑わないでいる事は無理だった。

全員が噴き出し声も出せず震えるのを遠巻きに見ていた人達もなにがあったのかとソワソワしだしたの気配を感じはするが、今の状況ではそちらに対処出来る自信が無い。

『あ、ブルブルしてんのが指定場所に行くの五分も掛らんよ』

『エドワルドー、皆に伝えてて』

『エドワルドも審議して!裁判長やって!』

『ロドルフォ君は裁判でもするんか?』

笑いを押さえ返事を返そうとエドワルドが口を開くが、言葉になる前に同じく震えるレオポルドが待てと掌を向ける事で示し口を開く。

「地下組以外聞いてるぞ。

脂肪か筋肉か審議するなら俺も混ぜてくれ」

『『………マジか』』

まさか聞かれていたとはといった声のトーンに、顔を見なくてもポカンと口を開けた姿が簡単に想像出来て全員が噴き出した。

「今からプラス五分程脂肪か筋肉かお前達で見ててくれ」

『『了解』』

 ロドルフォとアルミノの返事を最後にプツリと念話が切れた。

笑いから戻って来た者達も今からプラス五分程相手をしてくれと言ったレオポルドの次の言葉を待つ。

「さて、会話を聞いていたな。

あいつ等がブルブルを観察しているうちに最終確認をしよう」

軽く深呼吸し笑いを引っ込めてレオポルドは仲間を見て、そしてその背後でこちらの様子を気にする余裕も無くこれから行う作戦を前に緊張する肩肘張った状態の民衆を目に収めた。

武器を持ってはいるが、そんなに張っていれば当たるモノも当たらず防げるものも防げないなと眉を顰めた。

「諸君、あと数分で魔物が二匹こちらへ向かってくる」

全員を指定場所とした広場に集め、集められた彼等の前にレオポルドが立ち口を開けば皆が台に上がった彼を見上げる。

先まで燃え上がっていた炎はいざ実際に自分達を虐げていたものと対峙するという現実と向き合ったせいか燻って小さくなっていた。

手に持った武器は力を入れ過ぎて震えていて肩もあがっている。緊張と恐怖も相まって悪手の極限状態だ。

「恐れているのか」

びくりと見える範囲の者達が震えるが、恐らく彼の言葉を聞いた全員が図星をつかれ何らかの反応を返したのだろう。

「お前達の怒りはその程度なのか」

わざとらしく溜息を零す。心底呆れていますとでも言いたげに肩を落として見せる。

そうすれば民衆は目を逸らし仕方ないじゃないかと声を零す者もいる。

一人が不満を零せばまた一人二人と身に巣くう恐怖を言葉にいしていく。

魔物にただの人間が敵うわけが無い。

「だからこそ知恵をもって戦うのだろう?

数でならこちらが有利だ。守りも攻めも準備は整っている。

……しかし、どれだけあってもそれらを扱う者にその意思がなければ全て意味は無い。

さて、再度問おう。

お前達は只の弱者か負け犬か。

奪われ搾取され続けるだけの奴隷となったままでいいのか。

一生をそれで終えるのか?」

初めに問い掛けたものと同じことを聞くも民衆等は目を逸らしたまま。

「戦う術は与えた。

しかしそれでも恐怖に怯えると言うのならそれまで。

皆、撤収するぞ」

この国はもう駄目だとハッキリと口に出したレオポルドにハッと皆が俯いていた顔を上げる。

しかしレオポルドの目はもうそちらに向いてはおらず、背後に控えていた仲間にだけ向けられている。

ここで民衆等に焦りが生まれる。

本気でこの国から去ろうとしていると分かったから。

ここでなら勇者である自分達が戦おうと、救ってやろうと言ってくれたらと思わなかったわけではない。

寧ろそうなってほしいと願ってもいた。

勇者であるなら、魔物に虐げられている弱き者を見捨てる事はしないだろうと思っていたのに。

普通の正義感に溢れた勇者であるならそうなったかもしれない。

しかしレオポルドは勇者であって勇者ではない。

肩書は持っていても何もしない震えるだけの弱者に興味は無い。それこそ救う価値を見出せない程には。

甘えるだけの者に与えるものはない。

待ってくれと声が掛りレオポルドの歩みは止まるが、振り返ることは無い。

同じく彼を引き留めようとした者達も次の言葉を言えないでいる。

その中で勇者なら自分達を助けるのが使命なんじゃないのかとボソリと誰かか言った。

その言葉は段々と広がり、ついには手に持った武器を握り直し睨む者も現れる始末。

「ほぉ逆恨みか?随分と偉くなったものだ」

しかし睨みつけていた者達は総じて固まったままで、動こうとはしなかった。

それもそのはず。

何故ならレオポルドに対して悪感情を持ったものは総じて彼に害をなす存在として彼等の目にとまってしまったのだから。

少しでも動けば武器を持った手は身体と離れるだろう。

少しでも近づけば進もうとした足は二度と動く事はないだろう。

そのまま魔物ではなくレオポルドを思い通りにする為か鬱憤をぶつけるだけかを考えた目で見続けていたならば、写した目は二度と何も見る事も考える事も出来なくなるだろう。

それが出来る者達が彼の傍に居るのだから。

「私は求めるのなら魔物と戦う術を与えようと始めに言った筈だ。

武器をとったのはお前達の意志だ。

その時の熱はどこにいった?怒りは?憎しみは?」

顔だけで背後を見てそう言ったレオポルドに返ってくる言葉は無い。

「勇者は世界を救うとされているだけで、たかが一国を救う存在ではない。

お前達は勇者に夢を見過ぎだ」

レオポルドの言葉に彼に対して、勇者に救いの夢を見ていた者達は彼の隣に控えるエドワルドを見た。

神の遣いであるエドワルドを。

救いを求める様に見られていることに気付いたエドワルドは聖母の様な笑みを浮かべ自身を見る者達を見返した。

その笑みから自分達に救いを与えてくれるのだと期待した者、魔物を神の遣いの力で倒してくれると楽観視した者達がいたがそんな彼等に与える慈悲など無かった。

「求めよさらば与えられんっと神は言いました。

その与えられたものを扱うのは貴方達人間です。

神はすでに救いを与えられました」

「その救いの勇者は俺達を救ってはくれないじゃないか!!!」

「何を、勘違いしているのですか?」

小首を傾げたエドワルドに声を荒げた者も彼を見ていた者達も気圧された様に後退る。

自分達が何を前にしているのか、やっと思い出したとでも言う様に。

「勇者は世界を救う為、魔王を倒す為に召喚された方です。

人間すべてを救う為ではありません」

人間と人外との明確な認識の違い。

書物に掛かれた物語は所詮は空想の産物でしか無くて、現実は余りにも生々しいものだった。

勇者は万人を救う為のモノではなく、あくまで世界を救う力を持ったものでそこに一個人は含まれていない。

「神の一瞥を受けるのは簡単な事ではありません。

ましてや何もせずただ救いを求める者に、神が微笑むことは無いのですから」

 今度こそ誰も二の句を継ぐことも出来ず押し黙るしかなかった。

手放されたという絶望感と目の前にあった希望が砕け散った失望感が襲った。

結局自分達はと絶望に堕ちていく中で「だが……」と一筋の光が差し込んだ。

「お前達の前にはお前達が望んだものとは違うが、その絶望を祓う力を持った者がいる。

言った筈だ、求めよさらば与えられんと。

お前達は人間として立ち上がる力を求めた。その術をお前達に与え教えた筈だ。

奪われた人間の道は奪われた人間にしか真の意味で取り戻すことは出来ない。

与えられた、得た力をどうするかはお前達次第だとさっきから言ってるだろう?」

 こんな奇跡は二度と起きないと思った。

神の遣いがいて何より魔王を討伐する為だけに選ばれた勇者が偶然この国に来て魔物と戦う為の術を与えてくれた。

なんて奇跡なんだ。

そして思う。自分達はなんて愚かだったのかと。

勇者は決して人間を救う為だけに選ばれたのではないのに、何故そうであると身勝手にも思ってしまっていたのか。

何と浅ましく何と罪深い勘違いをしていたのだろうか。

勘違いの上に胡坐をかいて座るなど言語道断。

救いの神は今ここにいて、今だけでなくこの先も戦い生きる術を与えてくれたというのに。

目に見えて変化していく民衆を前にレオポルドとエドワルド以外の彼等は背を向けたまま互いに顔を見合わせる。

浮かべられていた表情はとても世界を救う勇者の仲間とは言えない黒い笑みだった。

 元より分かっていたのだ。恐怖に負け勇者と言う力を持った者に対して反感を持つことは。

人間の感情は個人によって違うものだからこそあえて放置していた。

その方が現実に突き落とした時に目の前に垂らされた糸に縋るしかなくなる。

そして盲目的に信じるのだろう。

その方が手に入れる事もその後の事もスムーズに動く確率が高くなる。

極端に言えば洗脳が近いかもしれないが、それで皆が明日を手に入れられるのだから互いに共益的関係と言えるだろう。

先の睨みも良く出来たと自画自賛できる。

アレは勇者に手を出せば自分達の敵になるが、逆に勇者を信じて生きていれば自分達が敵と見做されることは無く勇者が手に掛けたものとして敵からは除外されるのだから。

寧ろレオポルドが気に入れば庇護の対象にもなる。

その希望をみすみす逃す馬鹿はもう何処にもいない。

意識が変われば皆が先とは別の意味で武器を持つ手に力を籠めた。

恐怖はもう無かった。

「さぁ反撃の時は来た」

遠くから重い音が響いてくる。言葉として機能していない叫び声も聞こえてくる。

それらと共に愉しそうな男二人の笑い声も聞こえて来た。

後数分で広場に獲物がやってくる。

「お前達が持つ力を振るう時だ。

お前達には奴らと戦うだけの知性がありその手には武器がある。

お前達の覚悟を奴らに見せ付けてやれ。

お前達の勇士を、俺に魅せてくれ」

声を張っているわけではない。

それでもレオポルドの声はその場にいた全員に聞こえていた。

勇者が、レオポルドがいればと皆が二度と折れぬ決意を漲らせる。

逆に言えばレオポルドが崩れればなし崩しに民衆も崩れてしまうが、そんな事は万が一にもそれこそこの世界が消滅しようとも起こる筈がない。

勇者の下には天界と地界に喧嘩を売って売られて、それらを満面の笑みを浮かべて勝利してきた猛者が集っているから。

何も恐れることは無い。

恐れる必要が無い。

難しく固く考える必要はない。

ただ今を愉しく生きればいい。

そこに障害があるのなら迂回してもいいし叩き壊して進んでもいい。

自由に生きた者が一番強いのだから。

「悪魔の手を取り天使の言葉に耳を傾ける選択をしたのはあの人達だものね」

「そう誘導したのはアイツだがな」

「決めたのは人間っすから何も気にする事はないっしょ」

「……どの道、王が目を付けて俺達が王に国をプレゼントしようと思った時点でこうなる事は分かってたって言うか」

「そもそも、我等が王が魔物に支配された国なんて面白そうなものを野放しにはしないでしょう?

そろそろ脂肪か筋肉かの審議してる二人が来るからそれぞれ配置について」

「「「「「「了解」」」」」」

振り返ったエドワルドの言葉に返事を返しそれぞれが民衆を率いて配置につく。

「奪われるだけの弱者と侮ったモノへお前達の覚悟の強さを見せ付けてやれ」

何度も言葉にして突きつけていた奪われるだけの弱者という言葉が今となっては民衆の覚悟をより強固とする言葉となった。

「あ、レオポルドー!!脂肪連れて来た!!」

「………結論結果は脂肪だったか」

追われているのを歯牙にもかけず右手を大きく振って満面の笑みを向けるロドルフォと後ろ向きに走りオークを煽っているらしいアルミノが視界に映る。

「第一部隊、構え!!」

レオポルドの号令と共にダンテ率いる盾部隊が横並びに盾を構える。

盾に全身を隠し足を踏ん張って衝撃に備え僅かな隙間から敵を見据え、絶対にここを通すかという意思の籠った目で睨みつけている。

構えられた盾に向かっていたオーク等は一瞬瞠目するも鼻で哂い身を屈め力のないちんけな人間など吹き飛ばしてやると言う様に目の前の二人に追いつく為ではなく突進するための体制に入った。

そしてこんな人間を頼るしかない勇者も哂いどう甚振ろうかと舌なめずりさえもした。

 その傲慢さによって身を亡ぼすとも知らずに。

 ロドルフォとアルミノの二人が跳躍し盾部隊を飛び越えるとその数秒後にはオークが盾部隊とぶつかった。

腹の底に響く様な重い振動と衝撃が響く。

同時に魔物側からは哂いと嘲りの色が消え、人間側には歓喜とより強固で揺ぎ無い戦意の鮮やかな色が沸き上がった。

民衆等がかき集めた木材と僅かな金属で作られた盾で、元々の巨体と脂肪の塊が弾丸となって突進してくるのを人間が束となっただけで防げるはずがない。

どうあがいても大型トラックに突っ込まれれば防ぐことは愚か受け止めることさえも出来ない筈なのに、地面に僅かに押し込まれた靴跡が出来るだけで押しとどめる事に成功している。

ありえないがありえているこの状況で困惑するなという方が酷だろう。

ましてや自身の巨体にある種の誇りを持っていたオークからすれば目から鱗という状況だ。

「第二部隊、放て!!」

 相手の困惑など知ったものかとレオポルドの号令が掛る。

一切の隙を与えず相手の感情さえも上手く使い戦況を自陣へと手繰り寄せる。

魔物の初撃を耐えて見せた盾部隊の背後と指定場所を囲むように控えていたジュスト率いる投擲部隊が手に持った土色の液体の入ったガラス瓶と水色の藍色の液体の入ったガラス瓶を盾部隊の前に投げ付ける。

オークの肩や頭に当たって便が割れるも中の液体が掛るだけでこれと言ってダメージは無い。

所詮は下等生物の悪足掻きだと嘲笑い、手早く何匹か潰して喰って二度と反抗しない様に躾けてやろうと盾部隊に手を伸ばし貧相な盾を引き剥がし新鮮な肉を得ようとするも、その手が盾を剥がすことも盾を挟んだ反対側の人間に届くことは無かった。

盾一枚が強固な壁の様に重く、剥がすのを止め何度殴ろうとも揺れ動きはしても決して崩れる事は無かった。

「貴様等ァァァッ!!俺様に楯突くとは……殺すミンチになるまで叩き潰して殺してやるッ!!」

「今ならまだ許してやらんこともないぞぉ?」

汚い唾を吐き散らし吠えるオーク等はこれまでの様に凄み威圧し恐怖で自分等の思い通りに動かそうとする。

これまで支配されるだけだった人間達であれば、ここで心を折られていたかもしれない。

けれど、もう魔物に支配されるだけだった人間はここにはいない。

いるのは人として生きる事を決めた覚悟ある勇敢な戦士だけ。

吠えながらもオーク等の顔に余裕はない。

それもそうだろう。

何度力強く叩こうとも人間側の防壁が崩れる未来が見えないから。

 そもそも盾部隊の陣形を崩す事など出来るはずがないのだ。

レオポルド達の中でも鉄壁の護りを持ち『魔王の守護者』『岩王』といった称号を持つダンテが彼の在り方を示すスキル、金城鉄壁を盾部隊の持つ全ての盾に掛けているのだから。

効果としてはダンテが指定したものに鉄壁の護りを与えるといったものだ。

しかも今回からは元々天界でも守護天使として君臨していたのもあって守護効果は格段に跳ね上がっている。

盾を持つ者達の心が折れれば護りはその効力を失うが、王に魅せられ覚悟を示しすだけの勇気と覚悟を得た者達がその背に王を置きその王が見ている中で心など折れる訳が無い。

だから魔物如きが鉄壁の守護者の加護を得た勇士達の護りを崩す事など不可能だ。

「第二部隊、後退せよ!第一部隊、各員衝撃構え!」

たかが人間がと憎々しそうに顔を歪める魔物を見下ろし愉しそうに嘲笑いながら高らかに響いたレオポルドの声。

「エリオ、いきまーす」

続いて聞こえたのは気だるげな男の声。

その声に導かれるようにハッと頭上を見上げた二体は太陽光を背に浮かぶ人影に目を細める。

盾部隊から距離を置き、頭上の影を警戒するがただ警戒しただけで彼の攻撃を防げるわけが無い。

彼の視界に収まる全てが彼にとっての攻撃可能範囲で、見渡しのいいこの広場でオークの巨体を隠せる場所や物は何もない。

「雷どっかーん」

青白い光が視界に映った瞬間全身を襲う激痛と猛烈な熱さ。

身体が痙攣を起こし呼吸が苦しくなる。肉の焼ける焦げ臭さが鼻に付き、自身から煙が立っているのがブレる視界の中で見えた。

「いやー、ヴィオちゃんの薬のお陰で良く走るわぁ。

地面もいい具合になって来たねぇ」

 第二部隊が投げた薬は一つが回復薬でもう一つは腐食を促す腐食薬。

回復薬は魔物の肉体に即座に吸収され持続的な回復を促し肉体の腐食は防ぐが、魔物の立つ地面に染み込み自陣を広げていく。

そしてエリオの落とした落雷によって回復薬の回復量を超え肉体にダメージが入ると同時に

「ウガァ?!なんだこれはッ!!」

「クソッ、呑まれッ……」

地面に染み込んだ腐食薬の効果を跳ね上げ、地面に底なしの沼を生成させる。

下半身全てが地面に埋まり、腹の肉がつっかえた状態で手を地面について抜け出そうと足掻くオーク等の姿は滑稽だった。

腐食薬をもっと多く投げ付ければ生きたまま地面に埋まるだろうが、それでは味気なくつまらない。

その身をもって彼等彼女等の全てを受け止めて貰わねば。

そしてそれが今後の皆が無意識下で恐れるのものになる様に、存分に目に焼き付け記憶に強く残してもらわねば。

念には念を入れなければならない。人の欲は際限がないのだから。

 遂には抜け出そうとついていた手も手首まで地面に呑み込まれてしまった。

焦りと恐怖が魔物の顔に現れその目には怯えが覗く。

羽虫程度の弱者であった筈の人間に、全てが勝っていた魔物が怯えている。

ごくりと鳴ったのは誰の喉か。

興奮に染まった息を吐き目を向けるのは誰か。

「さぁ諸君、存分に且つ丁寧に」

その場にいた全ての人間から向けられる目。

落雷による電気は地面に流れ肉体からは消えた筈なのに、身体が震え思考が恐怖に支配される。

「潰せ」

死刑を宣告する言葉が落とされ、にじり寄って来ていた者達の手に握られた石が振り下ろされる。

藻掻けば盾で押し退けられ押さえられさらに身動きを封じられる。

叫んでも声は声にならず踏み潰されては消えていく。

液体がかかる。僅かに傷が癒えるもその数秒後にはまた傷が増えていく。

いっそこの心臓を貫いてくれと懇願したくとも誰も致命的な傷を与えてくれない、与えた所でまた癒されて殴られての繰り返しの地獄が待っている。

子供を殺された。

妻を辱め侮辱し喰らった。

夫を連れ去り見せしめに殺した。

ただ自分達が上だと楽しむために皆お前らに殺された。

「可哀相だと思うか?やり過ぎだと思うか?」

「自業自得だね。

もしもそう思う奴がいるなら、そいつは只の傍観者であって当事者じゃないから見ただけで判断したんでしょ」

眼下で行われる行為を眺めながら隣に来たエリオに問い掛ければ、何を言ってるんだと怪訝な顔と共に答えが返された。

残虐?非道?知った事か。

自分達が行っていた行為が全て返って来たに過ぎないのだから。

勇者らしくないと傍観者は言うだろう。

勇者ならば正しく悪を成敗し人々を導き平和を齎す存在だと勝手な幻想を押し付けるのだろう。

だからなんだ?と我々は言葉を返そう。

お綺麗なだけの正義で束の間の平和は作れても、次の目を潰し備えて駒を進めなければ平和というものを継続させることは出来ない。

「では、最後の駒を進めようか」

未だ魔物に対し拳を振り上げる民衆を最後に一瞥し、レオポルドはアルミノとエドワルドを連れて城へと向かった。

他はこの惨状を見学し折を見て還すと言ってその場に残った。

チェックを掛け最後の駒を獲るのを見れないのは残念だが土産話を愉しみにしていると手を振って城へ向かう三人を見送りながら。

 城内は静かでそれでいて趣味の悪い彩りの、頭の悪い奴が想像する札束風呂にワイン片手に浸かりながら美女を侍らすタイプの成金趣味全開の城内で入った瞬間にレオポルドとエドワルドが漂う甘ったるい臭いに片手で口と鼻を覆った。

「最悪の中の最悪」

「混沌としまくってて全部が最悪」

「趣味悪いよなー」

評価は最低なものだった。外観が見栄えよく美しいだけに内側の醜悪さが目立っていた。

「騎士は眠らせたのか」

「徘徊ボーイなだけで攻撃してこないし中身が死んでたからな!

もう効果切れててても可笑しないけど、切れたとしても攻撃してくるような気力はこいつらには無いぞ」

「ふむ、だが貴重な戦力だろうからなぁ……。

エディ、先の広場で見聞きしたものをこいつらに夢で見せやれ」

「ん、全員に?」

「時間が掛かるか?」

「いや、三十秒待って」

 エドワルドが持つスキル夢渡りはその名の通り夢を見る全ての生物の見る夢を渡り歩く能力だ。

他にも夢を通じて自身の記憶を相手に見せることも可能で、中でもエドワルドが重宝しているのは自身が夢を見ている際に自らの分身を作り操れるというものだ。

その能力のお陰で天界でブジーアという分身を作り出し王と仲間達をこの世界に降ろせたのだから。

目を瞑り暫くして出来たよとエドワルドが言った。

その言葉にありがとうと一言返し、レオポルドはアルミノの案内で愚王が最後いた部屋へと向かった。

その途中で廊下の端で崩れる様に眠っている騎士等がいたが、魘されている様子も無く寧ろ穏やかそうな寝顔を晒していた。

「この顔であの惨状を見てるのか」

「めっちゃいい夢見てます感あるな!夢じゃなくて現実だって知ったらもっと緩むんかな!」

「それだけ苦しかったんだろ」

眠る騎士等をそのままに三人は長い廊下を進んでいく。

ルッカが見たオーク三体と愚王がいた部屋についた。

散乱する喰い掛けの食事や積み重なった皿に噎せ返るほどの酒臭さ。

オークを引き付ける前まではここまで酷くなかったというアルミノの言葉から、オーク等が部屋を出た後に愚王がこの部屋で酒を吞んでいたのだろうと憶測を付ける。

その心境が愉悦か恐怖かどうかは知らないが、どちらにせよいい気はしない。

部屋の中にいない愚王は何処へ行ったのかと部屋を出て探しに行こうとしたアルミノを止めたのはエドワルドだった。

どうやら念話が届いたらしく笑みと共に相手に了承の言葉を掛け手を振るう動作を行った。

その場で特に変化は無かったが、通信相手の方であったらしく再度笑って通信は終わった。

「地下組はオーク一匹やったって。

それとレオさんが付けた子等も他の労働者達も取り込めただろうって」

「そうか、それは良い事を聞いた。

後で褒めてやらないとな」

小さく笑い声を零しながらレオポルドは愉しそうに笑っている。

「では、こちらも終わらせて皆で久方振りの茶会でもしようか」

「茶会いいな!あー、でもあいつ等見てると肉喰いたくなるんだよなぁ」

「なら茶会用の軽食とガッツリ系の料理出してバイキング形式にするか?」

「マジか!!え、エドワルドも作るのか?」

「うん?まぁそうなるかな?

エリオは菓子で俺はアルミノが言った様な肉系の料理作ればパパッと出来るかなと思ったんだけど」

「エディ、俺はハンバーグが食べたいゾ」

「俺も!俺も食べたい!」

「分かったよ」

リクエストされた料理に特に断る理由も無かった為了承したエドワルド。

幼子の様に手を上げて自分もと主張するアルミノを微笑ましく見ていると、喜びを全身で表すアルミノの頭にレオポルドの手が置かれた。

「やったなアルミノ、チーズ入りハンバーグが食べれるゾ」

「サラッとランク上げないで?」

リクエストした時も語尾に星でも付きそうな言い方だったが、今のは確実に愉悦の星が語尾に装填されウィンクと共に放たれたのが分かった。

「ではこの後の楽しみも出来た事だし」

「おい」

「こちらも終わらせるとするか」

エドワルドに反論の余地も与えずルンルンと効果音でも付きそうな程に浮かれ切ったレオポルドが部屋を出ていく。

アルミノが愚王が何処にいるのか分かるのかと問い掛ければ、分かりやす過ぎるくらいだとそこにいない筈がないと自身に溢れた返答が返って来た。

「妻子を生贄に生き永らえ、民を差し出し支配する魔物と同じ立場の王である事に固執した奴が最後に逝き付くのはあそこしかないだろ」

連中が食事をしていた部屋までの道中でもしかしてと予想していた場所。

身に余る欲を持った哀れで愚かな人間の男が向かう場所。

王というものに固執した欲深き獣が向かう場所。

穢れ堕ちてまで頑なに手放さず、自身が支配する側だと勘違いしている救いようのない愚物が向かう場所。

「支配者と支配される者が集う謁見場」

王の椅子が鎮座する場所。

 無駄に豪奢な両開きの扉をエドワルドとアルミノが開き、真ん中に敷かれた赤のカーペットの真ん中を背筋を伸ばしズボンのポケットに手を入れながらも堂々と歩くレオポルド。

下品な行為に見せず、それどころか見る者全ての目を奪う程に絵になるその姿はそれが正しいのだと思わせる何かがあった。

レオポルドが予想していた通り、愚王は如何にもな金の王座に座ってこちらを見下ろしていた。

オークよりもだらしなく飛び出た服を破らんばかりの腹に禿げ隠しの王冠。

金持の権力者ですと言わんばかりの全ての指に付いた巨大な宝石の付いた指輪。

「全体的に品が無い。内装もそこに住まう王も品が無い」

「な、なんなんだ貴様!!儂がこの国の王と知っての狼藉か!」

 指さし唾を吐き散らしながら怒りを見せる愚王に目を瞬かせたレオポルドは愉しそうに嗤いながら右手を胸元に当て左手は広げ王を名乗る男を見ながら小さく腰を折ってみせた。

さながら舞台役者が名乗りを上げる様に。

「先日この世界に召喚された勇者、レオポルドと申します。

……その目で見れば私の言葉が誠であることはお判りでしょうが」

愚王の右目は人間のモノではなく瞳孔の割れた異形の目をしていた。その目は魔物と同じもので、この男もあの司教程ではなくとも少なくとも右目は魔物と化しているのだろう。

レオポルドの見解は正しく、勇者であると分かってしまった愚王は苛立たし気に歯嚙みしている。

威圧的・高圧的に物言えば一概に勇者より上の立場である王というのもあって怯むとでも浅はかな考えを巡らせ実行に移したのだろうが、相手が悪いとしか言えない。

確かに男の目の前にいる彼は勇者だが、男よりも遥かに優れた王であり地界を統治していた魔人でもあったのだから。

「勇者が何だと言うのだ!この世界に召喚されて間もない勇者に何が出来る!

魔王様は我が国に三体のオークを遣わして下さった!

もう間もなくここへ来るだろうそうすれば貴様なんぞすぐに叩き潰されるわ」

痰の絡んだ嗄れ声。叫ぶ度に臭う酒臭さ。

自身の勝利を確信して疑わない傲慢さに呆れてしまう。

そもそも、何故ここへオークが来るまで自身が傷を負うことは無いと思っているのか。

別に待つ理由も無いと言うのに。

「目覚めたばかりの勇者などオーク共にとっては羽虫よなぁ」

嘲りの表情で見下ろす愚王にレオポルドは気にした様子も無く、それどころか薄っすらと笑みを浮かべて見上げている。

更に言葉を連ねようと愚王が口を開くも、それは段重ねとなった首の肉に感じた冷たさによって言葉として発せられることは無かった。

「お前口臭いんだから喋んなや」

軽く叩くように当てられたのは鈍く光る見ただけで切れ味がいいと分かるナイフ。

何時の間に忍び寄ったのか、愚王の背後にはアルミノの姿があった。

驚いたのは愚王だけで、レオポルドは確かに臭そうだなとアルミノの言葉に頷いていた。

「オ、オーク共は何をしているんだ!!早くこいつ等を殺せぇ!!」

「俺がお前を殺す方が早いぞ」

「フギィッ……!」

叫ぶ愚王に更にナイフを突きつけ薄皮を斬れば僅かに血が滲む程度の傷であるのに、自身から流れる汗を血だと誤認しているのか豚が鳴いた。

「魔物はここへは来ないぞ。一生な。

一匹は既にものも言えず、後の二匹は今も国民達の手で黄泉へと導かれているだろう。

信じられないか?なら俺の部下がお前の首を落とすのと奴らがここに来るののどちらが早いか試してみるか?」

レオポルドの言葉に更にナイフが肉に食い込んでいく。

そのまま横に流せば肉が切れて鮮血が流れるだろう事は簡単に想像できる。

命の危機に晒された愚王が大量の汗を流しながら口を戦慄かせ出した答えは命乞い。

それもこの国を支配した魔王とその部下に対して行った、非人道出来な交渉ともいえよう。

「か、金が欲しいなら幾らでもやろう!

それと若い女も好きなだけ持っていくがいい!!こ、この部屋の奥にもいいのが揃っている!それをやろう!!

い、いいい命を、助けてくれるなら使い勝手の言い男も付ける!あれ等は逆らわずいい盾にもなる!」

その後も宝石だとか高価な美術品だとか人の命だとかあれもやるこれもやると喚くだけ喚く愚王を、レオポルドはただ静かに眺め、そしてゆるりと艶やかな艶笑を浮かべた。

その笑みを見て助かったと思った愚王も引き攣りながら胸を撫でおろし笑みを浮かべる。

「求めるものはなんでも与えるし、私は魔王様とも交流がある。

もしも勇者殿が望むなら儂が口添えを………ッ何をする?!」

調子に乗ったのか少しでも優位に立ちたかったのか今後の立場を確立させ目の前の死を遠ざけようとしたのか続くように告げられた言葉は外れるどころか、与えられた右目に突き立てられた二本目のナイフによって驚愕と共に空中に消えていった。

「うん、見てるな」

「声は」

「どうだろう?まぁ聞こえていなくても顔見れば言ってることは分かるだろ」

愚王には理解できない会話に、助かるのではないのかと引いたはずの汗がドッと吹き上がり震える度にナイフの冷たさが感じられ更に恐怖に駆られる。

交渉は、取引は成立したのではなかったのかと思考が暴れまわる。

柔らかな肉の女も要らぬと言うのか。盾になり傀儡と化した男も要らぬと言うのか。

財も権力も要らぬと言うのか。支配されるのではなく支配する側の力さえも望まぬと言うのか。

凶悪な魔王から遠ざける為に己を生かすという考えはないのか。

暴れまわる思考に言葉が出ない。答えが出ない。次の策が思い付かない。

「魔王に進言出ると言う様な事を言っていたな」

「そ、そうだ!この国を魔王様は気に入ってくださった!この目も友好の証だと与えて下さったのだ!!

儂は、儂は力ない者達とは違うのだ!!」

思考の渦の中に垂らされた糸に喰らい付き、言葉を募る。

命さえ、自分だけが生きれればそれでいいのだ。

妻も子も命惜しさに差し出した。国も民も全てを差し出した。

それを気に入って力ある王は自身を支配する側に置いて下さったのだ。

他の奴らと違って選ばれたのだ!だからここで死ぬのは違う自分じゃない。

だから……と自身の全てを吐き出して愚王は勇者を再度見遣る。

「友好の証か。

私にはどうもそうは思えない」

妬みかと思った。選ばれたばかりで力も無い勇者には与えられなかった目に見えて分かる証が妬ましいのかと。

僅かに上がったプライドが笑みを誘い、ならばお前も下れば悪いようにはしないと言おうとして____

「盗み見とは感心しないなぁ。

目を与えたのは勇者を見る為か?それとも放牧した家畜を眺める為か?

この国は回復薬の原料が栽培されているのだから勇者が来るだろうと目を付け愚王を手懐けたのは素晴らしい。

だが、私もこの国が気に入ったのでね。

貴公の手から奪わせてもらう。国も民も全てをな」

「貴様何を勝手にッ!!」

「まず、お前は確かに気に入られているのかもしれないが、それは特に目を掛けている訳ではなく単純に遣い勝手が良く分かりやすい支配の象徴であったからに過ぎない。

その目も友好の証などではなく、勇者に寝返ったならばその目を通してこちらの動向を探れればと言う打算的部分もあっただろう」

「違う!儂は魔王様に気に入られて」

「そこも可笑しな話だ。

魔王がただの小国の王なんぞに気に掛けるか?言葉を掛けるか?

お前があったのは本当に魔王なのか?」

そうだと放った筈の言葉は弱々しく小さなものだった。そうであって欲しいと乞う様な震えた声だった。

この国に攻め入り魔物を引き連れた女は確かに言っていた筈だ。

そうだ、女は言っていたじゃないか。魔王様の為にと。

「エディ、読めるか」

「寝てないから断片的にですけどね。

対峙したのは多分女で魔王じゃないのは確定。

それに近い側近とかが妥当」

 気配を完全に消し今この光景を眺め収めていたエドワルドがレオポルドの呼び声に答えた事で、彼の存在をハッキリと認識した愚王は二つの意味で驚愕に目を見開いた。

一つは記憶を読まれた事。もう一つは彼が天使であると分かってしまった事。

酒を呑んでいた事もあって記憶の蓋が緩んでいた事で読み取れた愚王の記憶。

断片的だとしても欲しい情報は得られた。

結果的に愚王が取引した相手は魔王ではなくその部下でしか無くて、愚王には魔王に進言する権利も無ければこうしている間にも愚王の目を通して見ている筈のその部下からの助けも無い。

完全な捨て駒という訳だ。

それが愚王にも分かったのだろう。

青ざめるを通り越して紙の様に真っ白な顔色へと変化した愚王は、それでも自身の命を諦められなかった。

勇者が駄目ならと次の寄生先に選んだのは心優しい天使。

助けてくれと叫んだ。何時の間にか背後でナイフを突きつけていた男が勇者の傍に寄ったのに気付かない程に必死だった。

無我夢中で助けを求めた。

「し、仕方が無かったんだ!差し出さなければ儂は死んでいた!

この国の王が死ねば民も死ぬ!儂は王として正しい判断を下したに過ぎない!!

儂も民も生きる為に屈するしかなかったんだ!!」

王座から転がり落ち、フラフラと天使へと覚束ない足取りで向かう愚王。

仕方なかったんだ助けてくれを繰り返し、天使へと縋り付こうと伸ばした手。

けれども縋ろうとした手はあと少しで掴めるという所で半歩下がった事で避けられてしまった。

「えっ……」

そのまま床へと倒れこむ愚王は信じられないと伏したまま呆然とこちらを見下ろす天使を見上げた。

「て、天使は人間を助けるものだろう……?

儂は生きる為にはこうするしかなくて、仕方なく__」

床を這い再度掴み縋ろうとしてもその度にこちらを見下ろしたまま天使は伸ばされた手を避けてしまう。

「ふふふ、勘違いを正してあげましょうか。

人間、人間よ、私は貴方の敵ですよ?」

手の届かない場所まで下がり笑う彼は確かに天使だが、決して愚王を救う天使ではない。

それどころか彼が案内するのは地獄への道だろう。

嫌だ、死にたくないと見栄もプライドも全て殴り捨てて目から涙を流し鼻水を垂らしながら懇願する愚王。

どうすれば生きれるのかと思考を巡らせても、答えは出ない。

ここから助かるのは不可能だ。

「き、騎士は……衛兵共は何をしている?!

王の危機だぞ!何故誰も助けに来んのだ!!!」

泣き喚き暴れまわる。

何とも酷い有り様だ。

「仕方なかった、助けてくれ。

お前はそう言ったが、何を勘違いしているんだ?」

愚王へと靴音を鳴らし近付くレオポルド。

その顔は心底楽し気な笑みが浮かんでいる。

先のとは違う、愉悦に満ちた嗤笑を浮かべて見下ろしている。

「お前は家畜の願いを聞き入れるのか?」

 家畜と言う言葉は愚王が民を指し示すのに使っていた言葉だ。

まさか聞いていたのかと弁明を図ろうにも、時すでに遅し。

愚王の行動の殆どはレオポルド一行にはすでに知られているのだから、無駄な足搔きでしかないのだが。

そもそもここで愚王を生かすメリットよりも殺した方がメリットがありデメリットなんてものも、そもそも存在しないのだから命乞いされても生かそうとは思えない。

 絶望に堕とされる中でその場の全員の耳に扉が開く音が聞こえた。

目覚めた騎士たちがぞろぞろと部屋へと入って来たのだ。

ここで希望を見いだせたら愚王にとってはどれ程良かっただろうか。

騎士達が王の危機に馳せ参じ、悪漢を倒す。

素晴らしいシナリオじゃないか。

しかし愚王が望んだシナリオは彼の空想でしかなく、現実は彼が思ったよりも甘くはない。

愚王から離れていく三人を素通りして愚王へと近付く騎士達は皆、広場で起こった全てを夢を通して知り謁見場に来るまでに聞こえた歓声にそれが現実であると知り、辿り着いた場で夢で見た勇者とその仲間が存在したことでこれが現実であることを確信した。

騎士達は皆、その目に広場に募った戦士達と同じ色彩を纏っていた。

覚悟の決まった勇敢な勇士の目をしていた。

彼等はもう、家畜でも傀儡でも盾でもない。

れっきとした人間であり、強き覚悟を持った戦う者だ。

愚王によって奪われ縛られていた者達はその鎖を自らの手で壊し立ち止まっていた足を前へと進め俯いていた顔を上げた。

そんな者達が愚王の言葉に縛られることは、永遠になくなった。

「何を、何をする貴様等ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”」

 二人係で暴れまわる愚王を押さえ、他数名が手に持った武器を構える。

質も見た目も良い剣は実戦では装飾等が邪魔で使い物にはならないが、今この場で使うのであれば勿体ない程に良い代物だろう。

目立つ豪華なものが好きな愚王、その最後を彩るのが豪奢な剣であるならば本望だろう。

「後は彼等に任せようか」

「めっちゃ消化不良なんだが」

「この後の茶会、ってよりかはパーティか。

そこでいっぱい食べなよ。食べて寝れば明日にはスッキリ出来るから」

「国民も今夜は騒ぐだろうし、料理を多めに作って印象も上げておくか?」

「レオさんがそうしたいなら」

「印象って言うかもうお前に呑み込まれたと思うけどなー」

 溺れるような音と言葉になっていない音、肉が裂け硬いものが折れる音。

それらを背に三人は鉄臭い部屋を出ていく。

背後で何が行われているのかを知りながら彼等は止めるなんて野暮なことはしない。

それを望んだのは彼等だから。虐げられてきた思考の自由さえも奪われていた人等が選んで決めた事だから。

「ははは、これからも愉しくなりそうだ」

人ならざる者達は嗤う。

この世界をもっと心の底から愉しむ為に。

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