第4話 勇者一行の正体と地下に囚われた者達の奪還
念話を受け教会の前にレオポルド一行が集合してすぐ、エドワルドは民衆から離れた場所で正座させられていた。
彼の前には仁王立ちのエリオとカルロの二人。口は笑みの形を作っているのに目が笑っていない。
「エドちゃん、レオちゃんの為に動いたのは別にいいんだよ?
でもね、自分をここまで大きい餌にする意味はあったのかな?」
「そもそも今回の計画もレオポルドさんの我儘を聞いたからですよね?
しかも最後まで計画を遂行する為には君自身を機構の一部として組み込むことも最後まで言ってくれませんでしたよね?
そのせいで下界での君が不幸体質と言うか病弱と言うか、そんな不安定な人間への転生になったんですからね?!」
「ご、ごめんなさい!」
今回の件と言い以前から計画し実行した事と言い、この人に頼る事を苦手とし自身さえも厭わないエドワルドにいい加減温厚な二人も腹が立っていた。
カルロに至っては元同族であり彼の部下として動いていたというのもあるしエリオに至っても親友の半身であり己にとっても弟の様に思っているのもあって、彼の頼ってくれない事への怒りと悲しみが募った結果ともいえる。
「レオちゃんと僕らを天界の馬鹿共から逃がす為に計画して動いてくれた事は感謝してるし、エドちゃんもちゃんと僕達と一緒に逃げてくれたのはいいよ?
でも魂の半分を監視とかも兼ねておいてきたのは今でも怒ってるからね!」
勇者として召喚されたレオポルドを始め、のちに召喚され共に異世界へと送られた彼等は純粋な人間ではない。
人間に転生する前、互いに啀み合うべくして創られた天界を守護し神に遣える側の天使と地界を守護し魔神王に遣える悪魔として存在した者達だ。
その中でも特にレオポルドとエドワルドは、それぞれ天界と地界との隔たりを失くした立役者である魔人と熾天使でもあった。
魔神王に遣えた魔人と神に遣えた熾天使。
始まりは魔人であったレオポルドの言葉だった。
『何故、天使と悪魔は共にいてはいけないのだろうか』
これまで当たり前だった事に疑問を持ち、その理由を知る為だけに地界から天界に赴き熾天使の彼に問い掛けたのだ。
返って来た答えは無かったが、それが余計に魔人を惹き付けた。
出会えば即戦闘という普通を前に彼はただ一瞥しただけで攻撃をする事も何もしなかったのだから。
ただ単に興味が無かっただけかもしれないが、それでも自身と同じ疑問を持つ者がいたかもしれないという可能性を得た彼の行動は早かった。
すぐさま地界の友と結託し天界へと赴いては熾天使の彼を中心にして天使を篭絡、と言えば聞こえは悪いが説得することに成功し最終的には熾天使も手中に収めた。
そして堂々と共に在る為に天界と地界との隔たりを無くす為の革命を起こした。
自分達で判断させようと自分達の手で柵が不要である証明を自ら創らせたのだ。
それで納得した者もいれば納得できず武力行使した者もいたが、全てを捻じ伏せ黙らせた。
一番の問題は神と魔神王だが、二神は傍観するだけで手出しはしてこなかったのを意外だなと肩透かしを食らったのをよく覚えている。
しかし革命を起こし天使と悪魔とを隔てる全てを取り払った後に、ある問題が起きた。
友と共に在れる世界は素晴らしいが、革命の際に味わった快感を忘れられなくなってしまったのだ。
知らない前には戻れない。そんな時に彼、エドワルドがある提案をしたのだ。
『人間の娯楽を楽しんでみればいい』
『人間に転生して、他の連中が連れ戻そうとしたらその前に別の場所に飛ばせるようにするから』
一も二も無く飛び付いた。
飛ばす方法は遊び心満載で、が今でいう異世界転生・転移の方法で行こうと話し合った。
勇者として呼び出してみてはどうか。
ならば呼び出す神は美人でスタイルも良い女神にしてはどうか。
自分達の本来の能力ではなく、下界で言うゲームを基にしてはどうか。
そんな話をして、その通りに決行した。
エドワルドが何を目的としてその提案をしたのか、彼が何を成そうとしていたのか考えぬまま。
彼は知っていたのだ。
天界で未だ納得のいっていない天使等が魔人であるレオポルドを殺し、悪魔を天界から追い出し今度こそ地界のとの決着をつけようと画策していた事を。
地界で未だ納得のいっていない悪魔等が熾天使であるエドワルドを殺し、天使を地界から追い出し今度こそ天界との決着をつけようと画策していた事を。
友等を全員人間へと転生させる為に送り出したエドワルドは自身の魂を分け、彼が元より持っていた夢渡りという能力を使って天界に残した自身の魂に夢を見せた。
その夢はブジーアという女神として創造主に与えられた二つの世界を管理しているという夢。
一つ目の世界から命を受けて呼び出した男と男が望んだ者達をもう一つの世界に送り出す為に存在しているのだという夢。
そして呼び出された者達を送り出した後に嘘で固められたブジーアは消え、完全ではないがエドワルドとして一つに戻るそんな夢。
唯一の誤算は革命の先導者であり殺そうとしたレオポルドの魂を正確に認識せず、ただ力ある者だと認識し天使兵にすべく呼び出した事だ。
能力は無くとも魂に刻まれた記憶はそのままなのだから、てっきり確実に殺す為に呼び出すかと思っていたのだが自分達の戦力にする為だけに寿命を迎える前の彼を呼び出したのだから、力と質だけでなく知能も落ちたんだなと哀れみさえ感じた。
まぁそのお陰でスムーズに動けたのだからミクロ単位でなら感謝してもいいかもしれない。
「いーいエドちゃん!もうやっちゃった後だから仕方ないけど、今後一切こういう事はしないでね!」
「あの、えと………善処します」
「エドワルド君?」
威圧感を感じさせる笑みにあたふたしながらも、エドワルドは絶対にしないとは約束できないと言った。
きっと、それが最善だと分かれば自分は動いてしまうからと。
もう二度と、失いたくないのだと。
だから約束できないと語ったエドワルドにエリオとカルロは互いに顔を向け、そして大きな溜息を吐いた。
「まぁ、それで動かないってなったらエドちゃんらしくないって思っちゃう僕も僕だな」
「納得してしまう自分がいる。
でも、なるべく考えてから動いて下さいね?
私達の事も頼ってください」
最後にうつむいたままのエドワルドの頭を撫でた二人に、見上げた彼はふにゃりと相好を崩し頷いた。
張り詰めていた空気が薄れ和やかな空気が流れる中、レオポルドの咳払いが響く。
これからの話をしようと笑った王に、皆が愉しそうにそれぞれ返事をかえした。
今ある武器、包丁でも石でも木でも何でもいいから集めろと指示を出された民衆は自身の家や仕事場からかき集めているのを横目に勇者一行は教会へと入り奇跡的に被害の無かった一室で恒例となった茶会を開きながら今後の動きを話し合っていた。
「この国を手に入れる事にした」
席についた仲間達を前に斬り出したのは王であるレオポルドだった。
念話を繋いだ状態で全員に司教との会話を聞かせていたからか、誰も国を手に入れるという事に対して反対的な意見は出なかった。
しかし、先の演説であった求めるもには戦う為の術を教えるという点に関しては大半が良い顔をしなかった。
それもそのはず。
この場にいる全員は戦闘への心得はあるし、分かたれた魂が力と共に戻ったエドワルド以外が天使と悪魔時代に持っていた能力の威力が半減していたとしてもそこらの魔物や人間の軍隊にも負けない自負がある。
けれどもそれは長年の経験によって培ったもので、一日そこらで手に入るなんて簡単なものではない。
余りにも無謀過ぎると意見が飛ぶが、その意見も王の言葉で消え去った。
「無謀な事を成し遂げてこそ俺達だろう?」
……そう言われてしまえば黙るしかないではないか。
何故ならその無謀を成し遂げた結果が、天界と地界の柵を取り払うという偉業へと繋がったのだから。
「そう言えば城内に魔物がいたんだろ?これだけ音を出していれば何かあったのかと見に来てもいいと思うんだが……」
「あー、あの暴れた奴に教会襲撃させるのは元々決まってらしい。
人間が何匹潰れるかとか楽しそうに話してたん聞いた。
何あれムカつくわ~」
「ロドルフォが睡眠薬盛って寝かしてたわ!
因みに多分だけど下剤も盛ってたから今頃ヤバいんな!うん!」
「糞野郎が本当の糞野郎になったってこと?」
「フィエロ上手いなそれ。
こっちはネヴィオが襲ってきた武器講座開いて弟子が出来てた」
「久し振りにネヴィオの講座を聞いた」
「やだよぉ、弟子なんていらないってー」
意図も容易く行われたロドルフォのえげつない行為によくやったという声が上がる。
目覚めて精神的で物理的なダメージを負うであろう様を見れないのは残念でもあり汚物を見なくてよかったという安堵もある。
「あ、そういえば謝らなければならない事が一つあって……」
「先生何かガバったのか?」
「先生じゃなくて俺っすね。
予想通り襲撃を受けたんっすけど、一人殺しちゃって他もある程度情報抜いて殺しちゃった」
最後に星でも付きそうなテヘペロと共にジュストが語ったソレにわちゃわちゃと賑やかだった室内に静寂が訪れた。
「そいつら等この国の人間じゃなくて、そこらの流れ者の集団でしたよ。
ここに来た貴族とか裕福な連中から奪うしか能のない連中で、あれは内に入れたとしても裏切る奴の典型的な例っすわ。
互いに罵り合いながら全部ゲロって放っておいても仲間内で殺し合い確定だったんっすけど、もし生き残りでもいたら魔物にでも縋りそうっすから今後の邪魔と判断して殺しました」
死体もそれらしい証拠も全部片しましたよと言うジュストに、なんて事をと責める者は誰もいない。
この国の人間であったなら血縁者関係とのいざこざがあったかもしれないが、いないのなら存在しないと同義であり留守番組の方に来た者達には逃げ出したとでも言えばいい。
ジュストの話と留守番組の方に来た者達がこちら側に取り込めたのであれば仲間としての意識は低いことも分かるし、ならばこれと言って問題は無いなと納得し謝る必要は無いと皆が口々に語った。
「はいはいそこまで。粗方報告できたし、これからの動きを決めようか。
ローちゃん、睡眠薬の方は効果はどれ位なの?」
「そういえばゲームだと2、3分で効果切れる筈なのに何の音沙汰もないっすね」
「まさか下剤で……?」
「いや、下剤っていうかアレ錬金術で失敗したやつを喰わせたら蹲って腹壊してたんでそれっぽい名前付けただけっすよ」
「お前が作ったんかい」
「見たくないけど式飛ばしたらぐっすりだな。下までは知らん」
「……ゲームじゃない一応リアルの奴に使ったから持続時間も違うでいいと思うよ?
ラッキーだね!」
「フィーちゃんの言う通りラッキーって思っておこうか。
ルーちゃんそのまま監視お願いね」
後で知った事だが、皆が嵌ったゲームを基に移動させるのは決まっていた為、ある工夫が施されていたそうだ。
ゲーム内での能力は選んだものにもよるが基の天使や悪魔の能力を上乗せしてあるそうだ。
例えゲーム仕様でも好きに動けるよと皆が愉しそうにしてるのを見るのが好きだからちょっと欲張ったと酒に酔いながらエドワルドは笑っていた。
ムーラス国を手に入れるにあたっての問題は大きく振り分けて三つに絞られる。
彼等にとっては大した問題ではないが。
第一の課題
レオポルドが立ち上げた民衆等への戦う術を与える方法
「なら俺がまた薬盛ってやってやるぜ!」
「死体だと戦えなくないっすか」
「よ、弱らせて突き出す……?」
「穴にでも落として爆破させるか!上から流し込むのもいいなぁ!」
「何を流す気ですかアルミノ君。
魔物の内部構造が気になるので爆発とか溶かす系は止めてもらえると……」
「ふむ……。
魔物は民衆に殺させる。
身の内にあった怒りや憎しみと言った鬱憤を存分に突き立てて貰おう。
それにあたって城の連中が動かない間に地下の人間を回収、これはカルロ先生とルッカそれとフィエロに頼む。
地上はネヴィオに長武器と盾の作製。ジュストは麻痺毒を何個か作製。それぞれ民衆に持たせて扱い方を教えてやれ。
アルミノとロドルフォは魔物を城から指定の場所に誘き出し。
ダンテとエリオそしてエドワルドは指定場所で待機」
「「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」」
鶴の一声ならぬ王の言葉に全員が何の疑いも無く肯定した。
第二の課題
自身の身内と国民を犠牲に生き残る愚王
「これに関しては交渉の場を設けよう。
無論、魔物を全て潰させた後でな」
「誰連れて行く?」
「気分」
「「「「「「「「「「気紛れ了解」」」」」」」」」」
即断即決だった。
それでいいのかと思うかもしれないが、これが彼等の普通である。
第三の課題
もしも計画の最後で不確定要素たる人間の心理が揺れ動いたらどうするか
「最後のこれがなぁ、不安要素だからなぁ~」
「面倒だからって全員脅そうとするなよアルミノ。
圧政の最後は身内の毒で消されるからな」
「そしたら俺が作るりますよ」
「いや流石にせんわ」
「分かりやすい信仰の象徴がある分にはやり易くはあるが、レオポルドを殺して天使を手に入れてようとする連中が出てこないとも限らないし、そうじゃなくても俺達全員を殺してレオポルドを手に入れようとするかもしれない」
「自分を餌にして神様に近いエドワルドにカリスマ性高すぎて変な奴も連れてくるレオポルドかぁ」
「……その手のが来ても返り討ちにすればいい」
「「「「「「「「「「それはそう」」」」」」」」」」
悩むまでも無かった。
粗方の流れが決まった後は雑談も交えて各自好きなように話していると、ルッカが集め終えたみたいだなと声を出した。
教会の前で集めた武器を前に誰がこの部屋に声を掛けようかと話し合っている様な姿が見えると言った言葉に、では各自頼んだぞと声を掛けて皆が会議室を後にした。
初めに動き始めたのは他でもない彼等にとっての王で民衆にとっては指針であるレオポルドだった。
彼は自身の仲間全員を勇者の仲間であると説き彼らの指示に従うようにと触れ渡った。
中にはレオポルドが直接戦うのではないのかと戸惑う声もあったが、彼の俺を信じろとの一言に消え去った。
流石のカリスマ性だ。だてに魔人をやっていないと本人は鼻で哂うだろうが。
しかしレオポルドに惹かれてもそれが気に食わないという反抗精神を持つ者はいる。
作戦を行う上でその手の輩は何かしらで失態を犯す。
瞬時に見抜いたレオポルドは特に反抗精神の強い二人の青年を、地下救助組と共に向かわせることにした。
地下救助組は見た目だけが与える印象であれば弱そうとも言えるだろう。
青年等の顔を見れば分かる。アレは下に見ている者の目だ。
その目が後数分か数時間でどう変わるのか楽しみだなろレオポルドは笑みを浮かべた。
「じゃあ先に行きますね」
そう言ってカルロを先頭に地下救出組は離れていった。
その背を見送り、ロドルフォとアルミノは最後城内へ向かい他の者達はそれぞれがすべきことへと取りかかった。
城を見上げるレオポルドの顔は終始楽しそうだった。
地下救助組は迷うことなくカルロが情報収集の為に通った裏路地その先へと進んでいた。
レオポルドから離れたことで内情を隠すこともせず露骨に顔を出し始めた青年等を背にフィエロとルッカが背後を気にすることなくカルロに話しかける。
気にするというより興味が無いと言った方が正しいが。
「入り口分かってるの?」
「元々初めに見た時にこの付近が妙に歪んでまして、裏の確認を命じられた際についでに確認したんですよ」
「流石先生、無駄が無いね~」
急ぐわけでもなく入り組んだ路地を進んでいく三人の背に向けられる視線は時間が経つ毎に鋭くなっていく。
レオポルドに光を与えられ反抗心を持ち動く事が出来るようになったのは良いが、その光を渇望しその光に近い者を羨み妬む者はこれまでもいた。
その視線を楽しそうに背に受けながら三人は進んでいく。
「ここですね~」
「……壁しかないよ?」
ここだとカルロが立ち止まったのは外壁の前。
確かに壁は厚いが地下の入り口かと問われれば首を傾げてしまうもので、壁に手を当てて見てもそれらしい突起も無ければ穴も無い。
叩いてみても返ってくるのは空洞を感じさせない音だけ。
仲間からの困惑の視線と背後の二人からの冷やかな視線を受けてもカルロはほわほわと笑うのみ。
ココですよと指を指したのは足元近く。
フィエロが示された場所を覗き込めば地面に接する部分に一部だけ外壁が剥がれている箇所があった。
剥がれた場所に迷いなく指を指し入れ掴み力を籠めれば、地面が盛り上がりやがて人工的な階段が土の下から出て来た。
「水の気配がする!!」
「待て水狂いそこを動くんじゃない」
地下入り口から香る水の気配を瞬時に察知したフィエロが頭から突っ込んでいこうとするのを賺さず首根っこを掴み阻止する。
「ここから入って暫く下った先に皆さんいますよ」
フィエロと彼の首根っこを掴みながら降りるルッカそしてそれに続くようにカルロも地下へと降りていく。
しかし完全に体が暗闇に消える前にあ、と声を出し見下ろす二人へと目を向ける。
今にも入り口を閉じてしまいそうな二人へと。
「閉めてもいいですけど、この下にいる何千何百といった人達の命を背負えるんですか?
レオポルド君に指名された事も遂行できない無能は必要ないので正直要らないですし、どうでもいいですけど」
そこには穏やかな彼はいない。何も感じさせない目はグルグルと渦巻く闇が見えた。
それは暗い場所にいるからではない。言葉通りどうでもいいと本気で思っている者の目だ。
「カルロせんせー、先行っちゃうよ?」
「先生、ランタンあったから下は明るいぞ」
「はーい、今行きますねー」
二人に呼ばれ、カルロはゆっくりと降りてその身体を闇に沈ませた。
地上に残された青年等は暫くその場で固まっていたが、やがてゆっくりと地下への階段を降り始めた。
「あの三人逃げたの?」
「降りて来てるみたいですよ」
「なんだ、俺達を閉じ込めでもすると思ったのに」
先に降りたフィエロとルッカと合流した際に掛けられた質問に小さく背後から聞こえてくる三人分の靴音を聞き答えれば、つまらなそうに頭の後ろで腕を組みルッカがそう呟いた。
脅したのかと仰ぎ見られ先程青年等に掛けた言葉をそっくりそのまま伝えれば、へーと興味のなさそうな返事が返って来た。
「まぁ出入口はあそこだけじゃないんですけどね」
「そうじゃなければあの豚共の巨体では通れないしな」
空気に溶けてしまう程に小さな笑い声を零して三人は淡い山吹色の明かりに照らされながら階段を下って行った。
水の匂いが濃くなったとはしゃぐフィエロの声と同時に三人と追い付いた青年等は広い部屋についた。
前方がガラス張りで、部屋の床よりも僅かに盛り上がった円形の何かには腐敗臭漂う濁り切った水らしきものが張られていた。
じわりと感じた熱気に、それが風呂であることを知る。
そしてガラス張りの先に見えた光景に青年二人は言葉を失い呆然と見ていることしか出来なかった。
しかし言葉を失う人間二人に対して人外の三人はうわぁと思いはしても青年等の様になるでもなく冷静に目の前に広がる光景を観察していた。
ガラス張りの先に救助しようとしていた者達がいた。
その姿はお世辞でも決して綺麗だとは言えないものだった。
この国の特産であり回復薬を作る上で重要となるヒュベルローズの白が目に痛い程に暗く、薬品特有の苦みなどを伴う臭いが充満した広い部屋。
中心では巨大な大鍋が鎮座し、ボロ布を纏った人間達が梯子を上って鍋に何かを入れては降りて入れては降りてを繰り返している。
巨大な鍋の縁には鍋の中身をかき混ぜる役目を持った人間達が機械の様に同じペースで手に持った棒を動かしている。
遠目から見てもフラフラと覚束ない足取りだったり、目に見えて不健康だと分かるほどに憔悴しきっていた。
「ここで風呂に入りながら見て楽しんでたってことか。趣味悪すぎないか?」
「鍋だけじゃなくて調理台的なのもあるんですねぇ
趣味が悪いというのは同意見です」
「死ねばいいのに」
「ドストレートで草
水をこれだけ汚せばそりゃキレるわ
……その怒り直接ぶつけてみる?」
式を通して城内の監視をしていたルッカは先程見えた光景を一部を話さず伝えた。
魔物が目を覚まし、三体の内の一体がこちらに向かっていると。
ルッカの言葉を聞いて愉しそうに笑った人外三人。
「後どのくらい」
「五分もしない内に来るな」
「そんな悠長に話してる暇なんてないだろ!」
「そもそも、勝手な事言って俺達をビビらせたいだけなんだろ」
のんびりと話し続ける三人に青年二人が吠える。
ルッカのスキルを知らない他者にとっては今の彼の言葉はただの虚言にしか聞こえないだろう。
信じてくれなんて言う気はさらさらないし、吠えるだけなら好きに吠えればいいとルッカは思う。
自身の事は自分とそして仲間達が知っていればいいのだから。
「好きに言ってれば?」
睨みつける青年二人の横を通り部屋の出入り口へと進み、見るからに頑丈そうな鎖が絡みつく取っ手とそれらを繋ぎとめる南京錠の前で立ち止まる。
「俺達がするのは地下に囚われた人間の救助だけで、別にお前等も護れとも言われてない。
だからお前等が俺の言葉を信じようが信じまいが関係ないし」
ずっと吠えていた青年二人が固まった。
ルッカの言葉だけでなく彼が素手で握り壊した鎖を見ていたからというのもあるかもしれないが。
彼の言う事は正しい。
人外三人に与えられたのは救助のみでついて行くように命じた人間二人の護衛でも何でもない。
ここで人間二人が死んでも、地下から皆を救出するために犠牲となったとでも言えば誰も疑問に思うことは無いだろう。
実際こちらに向かって地下で労働を強制していた内の一匹が向かっているのだからなおさら。
思わずと言うようにフィエロとカルロに向き直る二人だが、片やニコリと笑みを返し片や水を凝視するばかり。
「さて、扉も開いたし行くか」
未だ固まる青年等を置いて、人三人が横になっても通れるほどに大きな扉を通り抜け三人は更に下へと降りる為の階段を下っていく。
地下に入る前にも似た様な事があったなと話しながら下っていく三人がこちらを伺いながら降りてくる足音に笑った。
三人が奴隷の様に働かされている者達の前に降り立つと、途端に音が消えた。
向けられる目は声に出さずとも信じられないと語っている。
自分達と違う服装に見た事のない男等の登場に困惑していると目が訴えている。
困惑していた状況が更に混沌へと変わる合図を出したのはルッカで、彼の言葉が現実となるのも同時だった。
「あ、来たね」
獣の唸り声と息を呑む誰かの声。
ビリビリと部屋を揺さぶる咆哮に皆が耳を両手で押さえ蹲る中で平然と佇む三人の姿は異様で、だからこそ咆哮をあげた者の目が迷うことなく向けられる。
威圧的で苛立たし気な唸り声を鳴らし睨むオークが重たい体躯を足に乗せ歩み寄ってくる。
「歩き始めた赤子みたい」
「ルッカ君、それでは赤子が可哀相ですよ」
「オケ、訂正する。
デブ」
「普通に罵倒で草生えるってやつですね分かります」
怯える周囲と苛立つ一匹とは裏腹に愉しそうに話す二人。
信じられないという目線を人間から、殺意のこもった目線をオークから受けても三人は平然とそこにいる。
「貴様等、この国の人間ではないな。それにこの忌まわしい気配……天界の。
では貴様らが天から送られた勇者か」
「正確に言えば勇者の仲間ですね」
カルロの言葉に人間側の目に上でおきた様に勇者と言う単語に目を輝かせる。
これで救われると希望が灯る。
しかし燃え広がろうとした希望の灯は、オークが叩き下ろした腕によって砕かれた地面から帯び散る欠片の様に小さくなった。
オークの言う天界の気配は分かたれた魂を戻し熾天使としての力の大半を戻したエドワルドの影響もあるのだろう。
そのお陰で目の前のオークが釣れたわけだが。
そもそも城内にいたオーク三体をロドルフォとアルミノが指定場所まで引き寄せるた筈だったのに、この一体だけが地下に来たのは地下の奴隷の下に天界の気配を纏う何かがいたからだ。
特に気配が強い広場、城下には二体が向かい一体は地下の侵入者を排除するために向かった。
結果としてその気配の源が勇者の仲間であった。
勇者を仕留めたという最上の結果を報告できないのは残念だが、勇者の仲間を殺すことが出来るのだから仕方ないと諦めよう。
いや、殺すよりも痛めつけて心を折ってここで奴隷として働かせた方が面白いかもしれない。
なんてことを考えてるんだろうなぁとニチャニチャと気色の悪い顔をするオークを仰ぎ見る。
単純な頭を持ってる獣の思考は分かりやすい。
「では私は皆さんを地上に案内しますね」
「上も始めたみたいぞ」
式を通して見た上の状況を伝えれば、そうですかこっちも早く終われば参加できますかねと言いながらカルロはオークから背を向けて人々のもとへと向かう。
自身に怯えも見せず、それどころかまるで気にする価値も無いとでもいう態度に元々小さな脳は容易く怒りに満たされ支配される。
腰元に携えた巨大な肉切り包丁。
頭から真っ二つに切り裂いてやるとカルロの脳天めがけて振り下ろされた刃に悲鳴が上がるが、誰もが悲惨な光景が広がるのだと顔を蒼褪めさせるが、そんなつまらない展開を綴るつもりはない。
そもそもここにはオークの怒りなぞ雀の涙程度にしか感じさせない程の激情を抱いている者がいたから。
嵐の様な感情の流れを表に出すことは無く、腹の底で煮え滾るマグマに蓋をして相手が動くのを待っていた者が。
仲間に手を上げるという最後の枷を切り落とされるその瞬間を待っていた狂人が。
「臭い」
振り下ろされた刃がカルロに当たる事は無かった。
それどころか刃はなにも切ることなく、それどころか砕け散った。
「キモイ」
重い肉を叩く音が響き獣が痛みに唸った。
カルロは背後で行われる全てを気にすることなく出口はこちらですよと誘導を始める。
けれども動くことなく呆然と自身の背後を見る人間達にそれもそうかと苦笑を零して、ここで初めてカルロは背後をみやる。
初めに自身が立っていた位置にはルッカが所詮ヤンキー座りで目の前の惨状を愉しそうに眺めていた。
「水を汚したお前等を許さない」
フィエロの持つメイスがオークの横面を殴りつけ言葉とも言えない悲鳴が漏れ聞こえた。
簡単に握り潰せる程の、自分達魔族よりも劣る下等生物である人間から出されたとは思えない程の威力の重撃に困惑しながらも抵抗し奪われた主導権を取り戻そうと動くも全てが水流の様に流されより重い一撃が返される。
致命傷となる場所は避け、手指であったり膝や肩といった関節部分や鳩尾など意地悪な場所ばかりを選ぶだけの余裕があるフィエロに対し段々と余裕が消え自身の体が段々と蓄積される痛みに動かなくなっていく恐怖に支配されていく。
首に掛けられた手がゆっくりと力を籠め絞めていくかのようにジワジワと迫りくる死という絶望にオークの顔が歪んでいく。
しかし火事場の馬鹿力というのは魔物にも反映されるらしく、折れ曲がった手指でオークはしっかりとフィエロの持っていたメイスを掴み奪っていた。
魔物は自身を痛めつけた人間をこれで殺せるという希望を得た。
人間達は圧倒的な力を見せても丸腰になってしまっては彼も自分達も殺されてしまうという絶望に襲われた。
人外側はあーあ取っちゃったと哀れみの目を魔物へと向け、これから始まる水の舞に愉しみだと心躍らせた。
フィエロの武器は今しがた奪われたメイスではない。
そもそも彼のメイン職業は吟遊詩人。戦闘特化の職業とは言えるものではない。
サブ職業も潜水士でこれも戦闘系とはいいがたい。
しかし戦えないわけではないのだ。
「せっかくフィエロが殺る気になったんだから舞台ぐらいは整えようか」
「じゃあ水星投げますね」
「はーい」
何時の間にかカルロの手に握られていた球体。水星と呼んだそれは海そのものを閉じ込めたかのような輝きを放ち、光の加減によっては深海の様な深みを見せたりもしている。
弧を描きながら自身とフィエロの間に投げ入れられた水星を爆弾かと身構えるオークだが、その心配は杞憂だ。
水星はただ中に閉じ込められた海を解放し簡易的な海を発生させる為のアイテムなのだから。
ただ海を生成するだけなら何の脅威にもならないが、水に狂い水に愛されているフィエロが使えばその脅威は格段に上がる。
「水の悪魔の舞は魂奪われるほどに綺麗だって言われてるんだ。
それを見て死ねるなんて運がいいよな」
生成された海はオークの腰元までを飲み込みんだ。
カルロが下がらせたから人間側は海に呑み込まれることは無かったが、不自然に塞き止められ揺れる波に目を奪われるも、それ以上に存在感を放つのは海の中に立つフィエロだ。
「~~~~」
愉しそうに歌う彼の足は青緑色の鱗に覆われた尾鰭へと変化し海を泳ぎオークの頭上を飛んでは潜りを繰り返しては翻弄していく。ただ優雅に踊る様に舞う様は確かに美しかった。
奪ったメイスで叩き潰そうとするも自由自在に泳ぐフィエロには当たらない。
しかし彼の手には武器が無い。ならばこの海を出て他の者を殺そうとオークが動くがそれすらも叶うことは無かった。
「どこ行くの?」
オークの肩に突き刺さったのは、自身の体を絡めとる水と同じ色の剣。
流れる赤は海に流れる傍から水泡の中に閉じ込められ混ざり合うことは無い。
海から顔を出したフィエロの横に浮かぶのは冷たく鋭い輝きを放つ三つの剣。
海から創り出された剣は見せ付けるようにまた一本生成される。
フィエロのスキル、三尺秋水で作られた水の剣は水さえあれば生成数に限りは無く彼の思うまま自在に動かせる彼だけの武器。
自身の一定範囲の水を操る事も可能だ。
更には水の剣に吟遊詩人としてバフを付与出来る為、その有能性は高く底を知らない。
僅かにでも動く度に突き刺さる剣。
「ルッカ、あれ壊して」
「ん?俺が壊すの?
でもゲーム通りだと混ざるだけだろ。
許容量だって超えるし操れないんじゃ」
「力が戻ってる感じするからいける」
「わかった」
言うや否やルッカが装備したのは美麗な装飾を施された白亜の弓。矢じり部分が赤く染まった矢をつがえ躊躇いなく放つ。
放たれた矢はここに降りてくる前に通った部屋へと向かいガラスだけでなくその下の床さえも爆発矢で破壊した。
瞬時に滝の様に流れ落ちて来た汚れに汚れた水を仰ぎ見て目を見開くのはオークと人間達だけで、それは部屋が破壊された事でも水が流れ出た事でもなく、流れ出た水が蛇となり巨大な顎を開きオークを呑み込んだから。
「水を汚したんだ。
その水に苦しんで二度と息をしないで欲しいな」
自分達が汚した水に食われ空へと持ち上げられ藻掻き苦しむオークにそこで滅多刺しにしないだけ丸くなったなぁと微笑ましげに見る人外二人。
昔のフィエロであれば僅かな希望さえも与えず水を飲ませ内部で剣を生成し殺すという手段を何の迷いも無くとっていただろう。
殺すなら最大の屈辱を与えプライドを砕き折るか、自身の全てを後悔させるかして綺麗に殺した方がそいつの最後の記憶に残りそれを見ていた者にも根強く残るぞと語った王に言われてからか。
水にしか興味を持たなかった子供が自身を受け入れてくれる王に出会ってからか。
「やっぱり水は良いね。
どんなに醜い奴でも呑み込んでくれる」
藻掻き苦しんでいたオークはピクリとも動かず力なく蜷局を巻く水の蛇の中に浮かんでいる。
最後の仕上げとばかりにアイテムボックスから取り出したアイテムを投げ付ければ、パリンと瓶が割れる音と共に蛇が段々と凍っていく。
「これでここの人達は怖くないね!」
ニコリと笑うフィエロの顔は何時もの陽だまりの様な温かなものだった。
圧倒的な力に恐怖する者はいた。
怯え震え、次は自分達ではないかと恐怖に呑まれる者もいた。
瞬時に人間達の抱える負の感情の流れを読み取ったカルロは今まで以上に穏やかで落ち着き払った声で言葉を紡いだ。
「勇者とは悪を滅する者。
脅威を祓うのもまた勇者とそして勇者の仲間である私達の役目でもあります。
神はその為に悪にも負けない力を与えたのです。
これは皆さんを苦しめるものではなく、救い導く力です。
何も恐れる事はありません」
目を伏せて手を組み祈る姿は聖職者そのもの。
更には天の加護を受けていると言う様に、光源も無い地下で祝福するかのように天から光が降り注いでいる。
もう彼等を疑う者はいない。自分達を護ってくれる天からの使者であるのだから力を持っているのは当たり前だと受け入れ平穏が真の平穏が訪れたのだと涙を流す者もいた。
地下救助組に組み込まれた青年二人も、もう勇者の仲間を疑う心は消え去っていた。
「残りの二匹壊せないのは残念だけど一匹は貰えたから気分スッキリ!」
「まぁあれだけやればね?
それに最後もカルロが綺麗にまとめたし掴みはいいんじゃない」
「上手く纏められたのは良かったですけど、最後の光が分からないんですよねぇ。
あんな良いタイミングで光源も無しに光が降りるなんて」
「俺がエドワルドに頼んだんだよ。
それっぽいの出来ないかって」
「あぁなるほど」
氷の彫刻を残して三人は地下を後にする。
その背後に地下に閉じ込められた者達を連れて。
次回予告
「さぁ反撃の時は来た」
「奪われるだけの弱者と侮ったモノへお前達の覚悟の強さを見せ付けてやれ」
「お前は家畜の願いを聞き入れるのか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます