第3話 その国は魔物に支配されていました

side:留守番組 ルッカ・ネヴィオ・ダンテ


 教会組、聞き込み組と潜入組も居なくなった部屋でルッカ・ネヴィオ・ダンテの三人は特に何をするでもなく頭の装備を外して各自過ごしていた。

蛇頭を外したルッカは黒髪を手癖で整え、濡羽色の瞳を部屋の隅で蹲る新緑色の塊に向けた。

「ネヴィオ、ここでそれは目立つ」

「……荷物役としては、いいんじゃないか?」

「それは流石に…、余程の馬鹿か薬でもやってなければ即バレ案件では?」

そうか、と橙色の瞳を伏せ飴色の髪を揺らすダンテはルッカと同じく新緑色のローブに包まり丸くなっているネヴィオを見遣る。

「えぇん、ここ明る過ぎるよぉ」

「相変わらず情けない声だしてんなぁ…」

ひょこりと布の塊から顔だけ出したネヴィオの真紅の髪はぼさぼさで躑躅色の瞳は涙に濡れていた。

頭を外した際に日の高い真昼間で室内と言えども太陽光に当てられた瞬間にフードを被り、更にはその上から揃いの色の布を被って吸血鬼よろしく日から逃れるため潜り込んで今に至る。

「お、エリオとフィエロは無事港に着いたな。この国……、いや違うな。

他国の奴と話してる。

カルロ先生とジュストは……わぁお、先生が鬼なってる。

緑鬼だから話聞くのに飽きたか?

知識欲の化身な先生を飽きさせるって相当だな。

あらら一人死んじゃった」

「青鬼じゃないのにか?」

「多分緑鬼の方の、話に飽きたって方の感情が強かったんだと思う。

もう少し怒りの方が強ければ青鬼になって刺股で吊るし上げてから色々するだろうし?」

 自身のスキル、衆目監視で自身の目となる式を飛ばしそれぞれの任を熟す仲間の様子を伺っていたルッカが視たというカルロの様子にダンテが不思議そうに首を傾げ疑問を口にするが、誰よりも仲間を観察し視るという事に長けているルッカの正確な分析に聞いたダンテもそうかと納得した。

「潜入組は……、うっわぁ最悪」

「ぐすっ、何が最悪なの?

見付かった?捕まった?

ならランチャー飛ばす?炎上させる?」

「急に殺意高くなるじゃん落ち着けぇ?」

「ネヴィオ落ち着きなさい。ルッカ、何が最悪なんだ?」

布から顔を出した状態で物騒な事を言いだしたネヴィオにこいつも大概仲間のこと好きだなと思いつつ宥めるルッカとダンテ。

ダンテが近付きネヴィオの頭を撫でてやれば大砲の方がいいのかな?とブツブツ言っていたネヴィオも口を閉じその手の温かさに絆されていたが、その目だけは先の弱々しさが消え傷を負ったとなればすぐさま先の言葉を実行してやると訴えていた。

「安心しろって。

どっかであいつらの顔が不味いものでも食べたみたいな渋い顔してたからなんでかなて思って視点を動かしたら、そーれはもうギラギラで目に痛い汚い金色が視えた訳ですよ」

それぞれに付けた目を動かして彼が視たのは成金趣味全開の城内だった。

そして同時に思う。

これをネヴィオに見せてはいけないと。言葉にするのはいいが、もしもこれを見たならば確実にネヴィオは破壊の限りを尽くすだろうから。

 造る事、それも武器に限らず建築にも強いこだわりを持つのがネヴィオという男だ。

彼のこだわりの強さは長く共にいたからこそよく知っている。

昔、これが一番美しいんだとネヴィオが造り上げた建造物を改造した馬鹿はその美しい建造物に潰された。

ネヴィオが造り上げた武器を馬鹿にし勝手にカスタムしたアホはその武器で痛めつけられ何度もその身に武器が何たるかを教え込まされた。

逆にカスタムなどの手を加えなくとも造り上げた武器をこちらに向けた自殺願望者はネヴィオとその愛用武器の手で武器と呼ばれるものを見る事も触れる事も出来ない程に身も心も壊された。

まだどうするか決まっていない今、ネヴィオを暴走させるわけにはいかない。

それに………

「そろそろお客さん来るから、その苛立ちはそっちに向けてくれ」

 ガヤガヤと宿屋内が騒がしくなる。

借り受けた部屋は二階にあり、下の階から荒々しく上がってくる足音が聞こえてくる。

足音的に四人か五人程度。音の重さから大柄が二人いるなと言ったのはダンテだ。

ネヴィオは布の中に顔を仕舞って再度引き籠り荷物擬きを継続し、目を放つルッカは椅子に座り優雅にティータイムを楽しむのを続けている。

ダンテはルッカの腰掛ける椅子の足元近くで片肘を立てる様にして座っている。

そこに焦りも無ければこれから襲い来る連中に対する恐怖なんぞ微塵も無い。

「随分と余裕じゃねぇか貴族の坊ちゃんよぉ」

 荒々しく開け放たれた扉からダンテの言った通り大柄の男が二人とそれなりに力のありそうな奴が三人入って来た。

正面の男が言った言葉に対して三人は何も言わない。

ルッカに至っては未だに紅茶を楽しんでいる。

「護衛一人で俺達全員は相手に出来ないだろ?有り金全部寄越せば命だけは助けてやるぜ?」

「………はぁ、やっすいセリフ。

紅茶を楽しんでるのに邪魔したにしてはセリフが安い雑魚のそれ」

「あ”ぁ”?」

「凄むのも下手だなぁ、その程度の事は家畜以下でも出来るわな」

「自分の立場を分かってねぇみてぇだな……。

よっぽど痛い目に____」

「脳みその代わりに糞でも詰まってんのか?

俺等が何でこう出来るのか考える事も出来ないのか?

……あぁそもそも考える脳が無かったなそれは謝るわすまんな」

脅しをかけて来た男を筆頭に部屋に入り込みナイフや斧を見せ付けていた残りの連中の苛立ちを現すように額には青筋が走り掴む手も怒りに震えている。

この程度の煽りにもならない言葉で怒りを露にする位ならやらなければいいのにとルッカは隠しもせず溜息を吐いた。

「何も知らない貴族の坊ちゃんが調子に___」

「さっきから貴族貴族ってそれしか言えないのか?

そもそも俺は貴族ではないし、全部お前らの勘違いなんだよなぁ」

「好き勝手言いやがって。

俺達はお前らが門番の奴らに貴族だと言ったのも知ってる。

それに金髪金瞳は王族かそれと近しい家系にしか出ない貴族の印だ。

それを持ってて貴族じゃないってのは分かりやす過ぎる嘘だな。勉強が足りないみたいだなぁ?

有り金だけ渡せば痛い思いせずに済んだだろうに、てめぇの全部を奪ってから変態共に売りつけてやるよ」

「ダンテ聞いた?こいつ等人身売買もやってるって」

「……息をしないで欲しい」

「暗に死ねって言ってる?」

 好き勝手に話すルッカと声を出したと思えば辛辣な言葉一言で斬りこんだダンテ。

自由な二人に痺れを切らした大男二人がズカズカと近寄りながら斧を振り被り、優雅に紅茶を楽しみ近付いても動こうともしない貴族と護衛にそれぞれ怒りのまま斬りかかるが。

__ガキンッ!!

という金属同士が擦り切れた時の音と火花と共に振り下ろされた斧は見えない何かに弾かれた。

呆気に取られる連中を前にルッカはチラリとそちらを一瞥しただけで、それ以降は興味を失ったようでダンテの口元へと置かれていた菓子の中からクッキーを摘まみ差し出す。

「どっち使ったの」

「嚮壁虚造」

 ダンテのスキルは全て守りに特化したものだ。

そして今目の前で振り下ろされた攻撃を防ぎ弾いたのもダンテの持つ存在しない場所に存在しない筈の視認できない壁を造り出すという嚮壁虚造のスキルの効果。

一部にという制限はあるが、今のところドラゴンでも破れないダンテ自慢のスキルでもある。

何度も何度も見えない壁に斧を振り下ろしては弾き返されるを繰り返す男二人。

それを眺めながら口元に差し出されるクッキーを咀嚼するダンテの気分はさながら映画鑑賞か動物園で動物が客に向かって至って真面目に爪を立てるもガラスの壁に阻まれて当てることも出来なず苛立ち、けれども客からすればへーと眺めてしまえるようなといったところか。

最早何を言っているか分からない叫びにも近い罵倒の羅列と共に見えない壁を破壊しようと何度も攻撃を仕掛ける男二人の背後で様子を伺っていた三人が自分達の斜め前横、丁度壁のこちら側に鎮座する布の塊。

大きさと布に包まれた様子から貴族の荷物か?!と判断した荷運び要員として連れて来られた三人はその布の塊へと近付いていく。

その布に包まれているのが荷物などではなく、開けば最後の彼等にとっての地獄の始まりを告げる悪魔がいる事を。

「お前らの失敗は三つある。

一つ、貴族という情報を鵜吞みにして俺達を、レオポルドを狙った

二つ、力量差を正確に把握せず馬鹿の一つ覚えを決行した」

 一つ二つと指が立てられていくと同じくして、悪漢等の目に見えていた金髪金瞳の貴族然とした男の姿が歪んでいく。

見えていた筈のレオポルドという貴族が消えて、見た事のない男が顔を出す。

誰だ、この男は。

壁を壊そうと躍起になっていた手が止まり、頭の先からポリゴンの粒子と共に変化していく様を呆然と見詰める。

この宿屋に入ったのを確かに見たのだ。

部屋から出て行ったのは初めに入った三人のうちの一人で、藍色の髪の男だった。そして次に出て来たのは気味の悪い黒山羊の頭をしたのと黒髪の男だったはずだ。

その後に出入りはない。

荷物持ち兼偵察として連れて来た一人が、部屋の中にいるのは鎧を着た護衛と目的である金髪の貴族だけだと報告が上がりだからこそこうして乗り込んだと言うのに。

何時も通りの筈だった。何も知らない貴族の金品を奪い蹂躙し全てを手に入れるだけの筈だったのに。

俺達は一体いつから____

「三つ、たかが堕ちた人間の寄せ集めの欲で俺達に挑んだこと。

これがお前らの敗因だよ」

踊らされていたんだ………?

呆然とする二人の背後でバチバチと激しい音と共に重い何かが床に倒れた様な音が響いた。

今度は何だと慌てたように振り返れば、目に飛び込んできたのは部屋に入った時からあった布の塊が立ち上がり布の暗がりから覗く紫電に、倒れる荷物持ちの一人。

残りの二人は辛うじてナイフを布を被った何かに向けているが、腰が引けており戦えるとは到底思えない。

白目を向き泡を吹く倒れた男は現状生きているように見えるが、痙攣し続けており起き上がる気配は微塵もない。

「あーらら、怖がりを見付けて明かりに晒しただけでなくそんなボロボロのナイフなんて見せたら駄目じゃんか。

うちの武器大好き馬鹿を止められるのはオカンか王様、後はアルミノくらいだし……。

死にはしないだろうけど、うぅんまぁ頑張れ?」

 布がずり落ちて現れたのは先までの泣き虫がログアウトしカルロではないが怒りで修羅となったネヴィオ。

その手には弾ける様な音と共に小さく紫電を走らせるロッドが握られている。

ネヴィオは普段は怖がりで引き籠りだが、その武器に対する熱量は尋常ではないほど熱い。

それこそ武器の手入れを怠ったり消耗品だと雑に扱いでもすれば、武器の凄さを熱弁され実際に自身の体でその凄さを覚えさせられる位には。

仲間内では武器に関してはネヴィオを怒らせてはいけない事と手入れを怠った場合は即座に土下座し彼の好物である激辛系を貢げというルールがある。

「何そのナイフ。何んで手入れしてないの?何で大事にしないの?

武器は自分だけじゃなくて仲間を護る為にも絶対必要なものだよ?

何で大事にしないの?」

俯くネヴィオの顔はルッカとダンテには見えないが、襲いに来た連中には見えているのだろう。

紫電に照らされてもなお怒りに染まる眼光が。何で?と問い掛けと共に伝わってくる恐怖が。

間合いを詰めていく程に濃厚となる恐怖に荷運び二人は遂に武器を手放してしまう。

自分がその対象では無くて良かったと壁の向こうで胸をなでおろしたルッカとダンテ。

彼ら自身は体感した事はまだ無いが、拷問を得意とするアルミノと仲良く器具の話だったり如何に殺さず痛みを与えられるかの議論をしているのを知っているので恐ろしさは知っている。

「あ、ああ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁッ!!」

身に迫る恐怖を振り払おうと元凶たるネヴィオに斧を振り被る大柄の男の一人に釣られるようにもう一人も斧を横薙ぎに振るおうと迫る。

「何で手入れしてないのって聞いてるでしょ?

だから、あぁ壊れてしまった……」

振り下ろされた斧を紫電を纏ったロッドで受けるが、これまで壁を殴り続け無理に扱われた斧は衝撃と流れる電流によって二つに裂け、使い手も巻き込んで紫電を走らせ床に転がった。

もう一人が横薙ぎに振るった斧はネヴィオの足で蹴り上げられ天井に刺さった。

持っていた手に走った衝撃と目の前から消えた斧に困惑した男の脳天に降ろされたネヴィオの踵が刺さる。

脳を揺さぶられ床にめり込む勢いで沈んだ男をちらりと見ただけで、ネヴィオは天井に刺さったままの斧を掴み引き抜くとその刃を眺め溜息を零す。

「どう使ったらここまでボロボロになるの?

長い事手入れされた形跡も無いし、切った後に拭ってないせいで切れ味も落ちてる。

こんなんじゃ本来の性能が全く発揮できないじゃないか」

ブツブツとこの状態に効く砥石は……、等すっかり鍛冶師としての顔をしながら決して軽いと言えない男等の首根っこ掴んで一か所に纏めたかと思えばアイテムボックスから縄を取り出し拘束していく。

そして拘束し終えた者達の前に仁王立ちしたかと思えば始まるネヴィオの武器の手入れ講座。

気を失っていた奴の顔面に回復薬をぶっかけてそれでも起きなければ強烈な異臭を放つきつけ薬を無理矢理飲ませ起こす鬼畜振り。

 武器の手入れ講座を実施するネヴィオと震えながらも熱に当てられたのか頷き驚きと素直に講座を受講し始めた男等を眺めながらダンテはスキルを解除しルッカはエドワルドへと念話を繋げた。

部屋に押し入って来た連中に死傷者はおらず、寧ろネヴィオの武器講座に呑まれ抵抗の意志はない事を。

そして最後にもしこの国がレオポルドの目に留まったのなら留守番組の中での功労者であるネヴィオの好きに弄らせてやってほしいという事を。


名前    : ルッカ

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 神和ぎ

サブ職業  : 占い師

スキル   : 衆目監視

        死中求活

        独立不羈

      鑑定眼

称号    : 魔王の目

        見通す者


名前    : ダンテ

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 守護戦士

サブ職業  : 裁縫師

スキル   : 金城鉄壁

        嚮壁虚造

称号    : 魔王の守護者

        岩王


名前    : ネヴィオ

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 鍛冶師

サブ職業  : 農家

スキル   : 神算鬼謀

        意匠惨憺

称号    : 魔王の刀工




side:潜入組 ロドルフォ・アルミノ



 レオポルドからの指令を受けたロドルフォとアルミノは人通りの少ない道を通り人々の目を掻い潜りながら国の中心地にある教会にレオポルドとエドワルドが入っていったのを確認し、その奥に聳え立つ城へと潜入していた。

下調べも無く突然の潜入だった為、初めは慎重に周囲を警戒しながら一歩ずつ着実に進んでいたのだが、途中からそれすらも馬鹿らしくなった二人は堂々と誰もいない廊下を歩いていた。

そして目に入った両開きの扉を開き顔を歪めた。

金銀キラキラ、というよりも目に痛いギラギラとした装飾の施された部屋だった。

天蓋付きのベットも金ぴかでとても趣味が良いとは言えない。

そもそも潜入当初からそこかしこで臭う甘ったるい匂いがその部屋から強烈に漂っており、二人はすぐさま扉を閉めると窓に駆け寄り外の新鮮な空気を吸い込んだ。

「なんだよこの城、正気か??」

「正気だったらこんなざる警備しないだろ。魔物にでも支配されてんじゃないか?

それかトップが魔物の傀儡」

「ありえるー」

「なんでプリンセスの名前叫んだ?」

「そっちじゃねぇよ」

潜入中とは思えない程にのんびりとした緊張感の欠片もない会話をしていると、曲がり角の先から二人分の靴音が聞こえて来た。

ガチャガチャとした音も聞こえてきた為、恐らく巡回中の騎士だろうなと思うも二人に焦る様子も無ければ隠れようとする動きも無い。

それどころか足を止めて音の主を待つ始末だ。

予想通り甲冑を着た騎士が二名曲がり角を曲がって歩いてきた。速さは一定で動きに乱れはない。

目の前にこの城に似合わない軽装備の二人組がいるにも関わらず、巡回する騎士はそのまま二人の横を素通りし何事も無かったように進んでいく。

「これやっぱ予想正解じゃね?」

「つまんな!!暴れられないし消化不良なんだが?」

「取り敢えずいっちゃん偉い馬鹿んとこ行くぞ」

「あいあーい」

門番や国民と同じように生気のない虚ろな目で決められた巡回ルートを歩いているだけみ過ぎず、こうして侵入者がいても声を荒げる事も武器を構える事もしない。

だからこそ二人はこうして堂々と城内を歩き回れるのだ。

「ん?」

「どうした」

「なんか、変な臭いが」

甘ったるい匂いに紛れて焦げ臭い様な腐敗臭の様な、鼻の奥にツンと来る様な臭いをロドルフォが嗅ぎ取る。

「うーん?確かに匂いがするんだけど~」

「……そういや頭取ってないわ」

「それだ。通りで嗅ぎにくい思った」

 そう言うや否や、シェパード犬の頭がポリゴン状となって消えた先に現れたのは艶のある黒髪に鋭い新緑の瞳持つ青年。

どことなく彼の頭であったシェパード犬を彷彿とさせる顔立ちだが、アルミノの場合は外見よりも中身の方が似ているというか犬そのものだと言うのが共通認識。

次いで頭を外したのはロドルフォ。ポリゴン状となって消えた先で現れたのは鮮やかな藤色の髪に紺藍色の瞳を持つ青年。

鼻をひくひくさせて臭いを嗅ぐ姿は犬の様だと思われるが、彼を知る者は犬なんて可愛らしいものじゃないと首を横に振ってその考えを否定するだろう。

彼ほど動物的本能が強く獲物を狩る事に特化した男はいないと。

互いに動きやすさを重視した服装で、装備らしい装備と言えば両腕に付けた籠手くらいだ。

「あ、やっぱ臭うわ」

「マジか全然分からん」

 こっちから臭う!と先を行くロドルフォの後を追って行きついたのは恐らく厨房的な場所だった。

恐らくという言葉が付くのは、そこが普通の厨房とは掛け離れた有様だったからだ。

変色した見るからに食べ物じゃない物体の入った鍋を無心にかき混ぜる人

明らかに豚や牛と言った一般的な肉ではないモノを乱雑に切っては焼いていく人

何かの目玉を皿に盛った食べ物とは思えない物体に飾り付ける人

「うぅわぁぁ……、これは俺でも食べない」

「誰も食わんわ」

料理?をする全員の目が虚ろなのも相まって不気味な空間が広がっている。

出来上がったらしい料理?を台車に乗せて部屋を出ていく使用人。誰があんなものを食べるんだと好奇心に駆られ背後から付いていく二人。

カラカラカチャカチャコツコツと車輪が回り振動で揺れる食器の音と運ぶ使用人の足音だけが廊下に響く。

「いる」

「この先か」

「話し声聞こえる。でも、人間らしいのは一つだけであとは変にくぐもったみたいな声。

多分というか確定で人間じゃない」

「了解、全部消してくか」

元より消していた足音に加え、完全に気配を消して付いていく。

そうして暫く歩いていくと、アルミノには聞こえなかったロドルフォの言っていた声らしきものが耳朶を霞める。

そしてある一室の前で料理を運んでいた使用人が立ち止まった。僅かに漏れ聞こえる音から食事をしながら何やら楽しそうに話していることが伺える。

使用人が扉を潜った際、閉まっていく扉を押さえ僅かに空いた隙間を覗き込み広がる光景に二人は揃って顔を顰めた。

人間の男を上座にしてテーブルには先程見たものと似通った料理が所狭しと置かれ、それを貪り喰らうオークの姿があった。

数は三体、カルロが言った魔物の数と合っている事からこいつらが地下にいた三体の魔物であることが伺える。

上座に座る人間は恐らくこの国の王だとは思うが、如何せんオークと並んでも違和感が無い位には豚に見えるので同じオークだと言われても違和感はない。

「どうですか、家畜共は働いてますかな?」

「魔王様に献上するのだから働いてもらわねば困る。

が、働かなくても俺達は困らないがな」

「働けない家畜は喰って良いからな」

「この前の女は良かった。泣き叫ぶ顔を見ながらの食事は楽しいからな」

「そうか?男の肉の方が噛み応えがある」

「いやぁまだまだ家畜はいますから、お好きにどうぞ。

何ならこちらで調理してお出ししましょうか?」

「それもいいなぁ。だが次は勇者の肉が喰いたい」

「勇者ですか?しかしこの世界で勇者など……」

「現れた。近い内にこの国にも来るやもしれん」

「この国は回復薬を集めるにはいい場所だ。魔王様もそれを知って我等をここに置いた」

 勇者がこの世界に飛ばされた事は魔物にはすぐ気付かれる事は聞いていたが、まさかそれよりも先に勇者の動きを呼んで配下の魔物を送り込んでいたとは思わなかった。

しかし自国の民を家畜呼びとは恐れ入る。一国の主であるならば民を護り導く義務があると言うのに、件の王は魔物へとへりくだり媚びを売っては自身だけが甘い蜜を啜り無様に生き永らえているとは。

「なぁなぁ、あいつ等殺して良い?」

ロドルフォの目は形だけの王へと向いていた。

「駄目だ。

殺すにしてもこの国諸共逝くか連中だけを殺すのか決めてからだ」

 これ以上醜い生物を見続けたらその嫌悪感から指示を受ける前に殺しかねないとアルミノが撤退だと告げ部屋を後にする。

そして他に何か情報は無いかと城内を調べていく中で見付けたソレに、二人はこの国の愚王へと向ける殺意がより強くなった。

この国は兎も角、あの愚王と魔物共は殺さねばならないと苛立ちから狼の様に唸るロドルフォを横にアルミノはエドワルドへと念話を繋いだ。

この国の王が魔物と通じており自国の民を家畜と評して生を貪っている事と地下にいる国民は魔王への献上品を作る為に集められておりそれを見張っていた三体の魔物は今城内にいる事を。

そして最後に、愚王が生き残る為に最初に魔物へと差し出したのは己の妻子であった事を。


名前    : ロドルフォ

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 剣士

サブ職業  : 狩人

スキル   : 虚気平心

        斬釘截鉄

称号    : 魔王の狂犬

        


名前    : アルミノ

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 武闘家

サブ職業  : 追跡者

スキル   : 主一無適

        武芸百般

称号    : 魔王の番犬


side:教会組 レオポルド・エドワルド


「……これ位か。

レオさんの予想通りこの国は敵の手に堕ちてるみたいですよ」

「矢張りか、在り来たりすぎてつまらんな」

 目の前で目まぐるしく動き回る司祭等を眺めながら、エドワルドが皆から送られた念話をレオポルドに伝え予想通りこの国が敵の手中にある事が確定してしまったなと二人揃って溜息を零した。

「だが、教会がまだ堕ちていないのは予想外だったな」

そう、レオポルドの言う通り皆が怪しんでいた教会は完全に敵の手中には堕とされてはいなかったのだ。

正確に言えば有名な司教様は愚王と同じく敵側についた人間であったが他の司祭や修道女、シスター等は魔と手を組み堕ちるものかと教会に立て籠もっているのだと説明を受けた。

魔物は入る事の出来ない結界を張る事で魔物からの脅威を一時的に妨げられたが、もしも大群で襲われでもすればひとたまりもない。

交代制で常時結界へと力を送り強化してはいるが、それもいつまで続くか。

「そもそも、なんで司教はここに入ってこないんだ?

魔物が入る事は出来なくても司教は入って来れるんじゃ……」

「あれだろ。

力あってもこの人数相手に暴れても捕まるだけだって分かってんだろ」

「あぁ、所詮は人間だからなぁ。

魔物だったらここの全員蹂躙してもまだ余裕はあるか」

 なんて話していた事がフラグだったのだろうか。

激しい音と衝撃と共に教会の扉が大破した。

教会内の至る場所で悲鳴が上がるが、レオポルドとエドワルドの二人に焦りはない。なんなら今来るかぁと急な襲撃に対して面倒だと思う程度には余裕がある。

「なぁなぁ見てみろエディ、改造人間だぞ!」

「改造人間はロマンある場合もあるけど、あれは流石に無いわぁ~。

改造人間というかキメラだわアレ」

「何が混ざってるか当てようぜ~。景品はエリオの菓子リクエスト優先権」

「え、人間」

「初手から決めにいくんじゃない」

逃げ惑う人々と高らかに笑い何倍にも膨れ上がった肉と人間を失った獣のような鉤爪そして蛇の様な下半身を持ったキメラ。

人間の顔らしきものの頭上には司教が被るミトラらしきものが見える。

入って来たキメラの元はかの司教であると見て間違いないだろう。

「ソノ加護ォ、貴様勇者だなぁぁあ?」

「うわ話し方もキッショ!」

「何?もってことは見た目もキショイってこと?」

「イィ土産にぃな”るウ”ウ”ウウ……」

「まぁアレはキショイ。

と言うかレオさんアレ意思疎通出来ないんじゃない?」

「こ”の”ぉ国にぃ勇者なぞ不要ウ"ゥ"ゥ"ゥ"!!」

「無理だな。

だがこの世界で初めての戦闘がキメラってある意味凄くないか?」

「それ凄いのかなぁ?

……って人が話してる時に攻撃しないで下さーい」

振り下ろされた大木の様に太い腕をレオポルドを小脇に抱えて飛び回避するエドワルドが苦言を零すもキメラ、司教は自身の攻撃を避けた先を見て怒りからか先の勇者云々言っていた時よりも声を荒げた。

「ぎぃ貴様ぁ!おぉ同じま”も”の”ぉのグゼにぃ、何故勇者の味方をぉ”ぉ”するぅぅ?!!」

「はぇー、同族と思われて誠に憤慨の意」

 司教の目には勇者を小脇に抱えた黒山羊の気配は魔物と同じで、嘗ては神を信じ仕えた者から見ても魔なる者であると伝えてくる。

だからこそ意味が分からなかった。勇者は悪を滅ぼす者で決して悪とは相まみえない存在だ。

現に魔物へと変貌した自身は勇者は危険であると、排除せねばならぬと本能が訴えてくる。

視界に収めるのも不快なのも同じ魔物であるなら感じている筈なのに、何故同族の奴は勇者に触れ剰え言葉も交わしているのだと疑問が尽きない。

「エディ、お前今も留めているのか?」

「いやぁ?結界に弾かれないくらいには出してるけど」

小脇に抱えたレオポルドを降ろし自身を睨みつける司教に首を傾げるエドワルド。

 そもそも考えてみればこの状況は不可解な点がある。

腐っても司教だった男が魔物だと判断する程にはそちらよりのエドワルドが魔物を弾く結界を張る教会に入れたこと自体がそもそもおかしいのだ。

司教は知らないがエドワルドは天界でもブジーアに悪魔判定されている。

「それにしても、神に遣えた人間が魔物に堕ちるとはな。

噂では力も強かったのだろう?という事はそれだけ神を信仰していたわけだ。

そんな男が何故堕ちた?」

レオポルドのその問い掛けに司教は何故だとエドワルドを睨みつけていた目を彼に向け、まるで駄々をこねる子供の様に暴れ出した。

美しいステンドグラスも白が眩しい床も壁もボロボロとなり、周囲には欠片が飛び散る。

飛んできた欠片をレオポルドに当たらぬようエドワルドが振り払っていれば、堰を切った様に司教が騒ぎ始めた。

「私は神に遣えた者!しかしこの世界に、我等に救いは無かった!

何度も祈った!救いをと!!だが神は我等を見放した!

ならば神に復讐を!我等を見捨てた神に!我が怒りを、憎しみを届ける為に私はぁ”ぁ”ぁ”あ”!!」

「えぇ急にキレた。情緒不安定かそれともカルシウム不足か?」

「要するに神様に祈ったけど救いなくて逆恨みして神様殺す為に魔物に堕ちたでオケ?」

「説明ありがとうエディ。

だがこの男も馬鹿だな」

司教の悲鳴の様な訴えにレオポルドは馬鹿だなと一蹴し心底呆れたと鼻で哂う。

「神と名の付くものを信じてはいけない。

そもそも聖書の中で語られる神が殺した人間の数は悪魔よりも多いぞ?

しかし、神を憎む司教ねぇ。

なぁエディ、これからお前を餌にすると言ったらお前はどうする」

違う神は、いや悪が神で神は……等、神のゲシュタルト崩壊を起こしている司教を尻目に彼をその状況へと陥れた元凶たる男は身を屈めわざと仰ぎ見る様に自身の半身へと目を向けた。

そうすれば、懐に入れた者に弱い彼が断われないのを知っているから。

「はぁ、そんな事しなくてもその程度のお願いなら何時でも聞きますよ」

だがどうやら彼の方が一枚上手だったようだ。

意趣返しもかねてわざと年下の子にするような優しい声と撫で付ける手にレオポルドが固まったのが面白かったのかふふふと小さく笑うエドワルド。

「ならばエディ、それを外して神さえも騙したお前の姿を見せてくれ」

「んふふ、いいの?

色々と面倒な事も起こるかもしれないよ?」

「構わない。

それに、その方が面白そうだろう?」

悪い顔で笑うレオポルドにエドワルドも同じ顔で笑って見せる。

確かにそれは面白いだろうと。

「名も知らぬ司教よ!神を憎む男よ!」

大きく両腕を開き舞台に立った役者の様に高らかに声を上げ大きな動作で数歩歩き司教の目を向けさせるレオポルド。

「神を憎む貴殿は、神に最も近しくそして騙したアイツを見てどう動く?」

愉しみだと笑った勇者の背後で、黒山羊が右手の人差し指と中指を交差させ左から右へと振るった。

上下か左右かの違いはあれど、その動作は天界でブジーアが力を使う際にしたものと同じ。

「何をする気ィだァァ?!」

 腐っても司教で神へと遣えたからこそ、神聖と言ってもいい空気が流れ始めたのを感じた。

神へと祈りを捧げた際に感じる、今は憎い包み込むような温かさが無数の針で刺されたかのような痛みが全身を蝕みそれが更にお前はもう人間ではないと突きつける。

救いを与えない神を憎み神を殺そうと、人間とも言えず完全な魔物とも言えないものになったと言うのに、自身で選び進んだ道だと言うのに何故……。

何故、私はこの光を前の様に感じられないのがこんなにも苦しいのだろうか。

エドワルドが交差させた指を左右に振った場所で白の靄が帯を引いている。

その靄は段々と広がり、そして司教からは完全にエドワルドの姿が靄に搔き消された。

「神に最も近かった男だ。

こいつを手に入れる為に俺がどれだけ苦労した事か……」

「はえー、完全に囲って逃げ道失くした鬼畜が何か言ってらぁ」

靄の先からつま先が覗きゆっくりとその姿が靄から歩み出て来た。

青みがかって見える黒曜石の様な黒髪の男だった。

口元まで覆う襟同と様に腕も隠れるような服装で現れたエドワルド。

見える肌色は口から上だけの姿、伏せられていた瞼が持ち上がり見えるのは血の様な朱で、しかしそれ以上に司教の目を奪ったのはエドワルドの背後に見えるもの。

教会内に差し込んだ光によって明らかとなった、天に在る者の証明たる翼があった。

「改めましてご挨拶を。

熾天使の位を授かり神の一手として天界と下界の管理を任されておりましたエドワルドと申します」

恭しく右手を胸に当てて軽く頭を下げたエドワルドの背後から透ける羽越しにレオポルドが笑う。

神に一番近かった、それも下界の管理を任されていたこいつを見てどう動く?と愉しそうな目を司教へと向けながら。

これまでの憎しみと怒りをぶつけようと攻撃するのか、それとも嘗て信じた存在が目の前に現れたことでいないと言ったその口で許しを請うのか。

さぁどうする?と二人が見守る中で、司教はそのどちらともない選択をとった。

信じないという選択を。

「馬鹿にするなぁ”ぁ”ぁ”あ”!!

姿を変えれば信じるとでも思ったか!!纏う魔のオーラを消せば騙せるとでも思ったか!!

貴様のそれは確かに神聖を帯びているのだろう!だが、熾天使は三対六枚の羽根を持っているのだ貴様の戯言なんぞ……ッ!!」

「それはそうだろ。

その羽を奪ったのは俺だからな。

本音を言えば全部切り落としてやりたかったんだがなぁって、最早聞こえてないなこれは」

信じない馬鹿にしやがってと地面を叩き暴れる司教を眺めるレオポルドの目にはもう、先まであった司教への興味が薄れつつあった。

思った反応が見れなくてというのもあるが、これしきの事で自身を失い感情に支配される程度の男だったのかと。

感情に支配されたらされたで、それをエドワルドに向け見応えのある血沸き肉躍る戦いでも見せてくればより愉しめたと言うのにそれすらも無い。

こんな悲しい事があるだろうか。お膳立てもしたと言うのに結果はなんともお粗末なものだったのだから気分も最悪なものになっていく。

「つまらん。

なぁエドワルド」

「はぁい」

「これは、もういらん」

そう言うレオポルドの目には分かりやすい失望の色が滲んでいた。

こうなってしまった場合、王の機嫌を元に戻すまたは上げるためにはエリオの菓子かワンワンズを巻き込んでの遊び、それか彼の望んだ血沸き肉躍る戦闘を見せるかやらせるかだけ。

その全てを満たすには人が足りず、かと言って王を戦禍に放り込む訳にもいかない。

ならばどうするか。

「ねぇレオさん」

「なんだエドワルド、俺は今大変つまらない結果を前に気分が悪いんだが」

「今は俺だけを見てて」

レオポルドへと顔を向け、誰もが見惚れてしまう様な甘い笑みを浮かべたエドワルドは暴れまわる司教へと肉迫したかと思えば、その巨体を物ともせず上空へと蹴り上げた。

どこにそんな力がと司教は目を見開き、上空に投げ出された身体を捻り柱を掴むことでこれ以上の上昇を防ぐがエドワルドの目的は教会の外にいる民衆にも見える位置に出す事の為、その行動に特に問題は無い。

「良い事を教えてあげようか」

教会の鐘が鎮座する場に乗り上げた司教は目の前で浮かぶ男を見て手を伸ばす。

その身全てを掴み握りつぶさんとするも、指先が掠るか掠らないかの位置で男は慈悲さえ滲む笑みを浮かべている。

「この世界は確かに天界の者によって創られた。

でもね、この世界が創られた目的の中には」

翳した右手に炎を纏い柄の先が槍のように鋭い旗が握られていた。

炎によって銀にも金にも見える羽は、この様な状況でも美しく見えた。

「身勝手な神に対する一種の意趣返しでもあるんだよ?」

言って振られた旗の炎に呑み込まれ司教は悲鳴を上げた。

身を焼く炎から逃れようと身を捩るも、炎は蛇の様に体に巻き付いてきて逃れることが出来ない。

「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ッ、何が天使だ何が神だ何が何が何が!!

貴様は天使ではない貴様は神ではない貴様に私の何が分かる!!」

「知らないさ。

でも、アンタが神じゃなくて自身を信じていた者達を裏切ってそうなった事だけは分かるよ」

 エドワルドの持つ旗の炎は世間一般的に悪とされるものを燃やし尽くすまで対象から消えることは無い。

悪という定義は彼の心理にも左右されるが、基本的に悪と断定されるような行為を行い他者の悪意を受けた者を燃やし尽くす。

そして今回も、彼の炎は神を裏切った司教ではなく彼を信じ慕っていた者達を裏切り死なせた男を燃やすのだ。

司教であった男は知っているのだろうか。彼が魔物へと堕ちたことで彼の力があれば護れた筈の人々が家畜と評され全てを奪われ魔物の支配下へと成り下がった事を。

神よりも彼を信じた者達が大勢いて、この国で神よりも崇められていたのが自身であったことを。

これ以上ない神への復讐の機会を、彼自身の手で失ってしまったことを。

「アンタも馬鹿だけど、この国の愚王はもっと馬鹿だ。

……いいなぁ、この国は。欲しくなってしまう。

海が近いのもいい。他国との貿易も出来るし新鮮な海の幸だって獲れるし何よりうちの水狂いが喜ぶだろう。

地下があるのもいい。シェルターを作ってもいいし大型兵器をしまう場所にも困らない、うちの武器担当が喜ぶね。

城があるのもいい。分かりやすい象徴だから我らが王もきっと気に入る。内装はワンワンズと料理長に任せよう。

他にも沢山いい所があるけど、一番いいのは魔物に支配されているとこかな」

笑う、哂う、嗤う。

天使の様に美しく彼はわらっている。違う、天使なんて綺麗なものじゃない。

「魔物に支配されている人間は心を折る事で生きる道を見出した。

けどね、心は折れても折れた欠片は残っている。ただその欠片を繋げるものが無いだけで」

なら、繋ぎを担ったものが齎す効力は心が折れた者にどれ程の効力を発揮するのか。

「魔物に支配された国を救う勇者なんて、心折れた者達にとっては神聖視しても可笑しくない程に魅力的だよなぁ?」

「あ、悪魔めがッ……!!」

 炎が全身を巡り炭と化してボロボロと崩れ逝く中で男は目の前で翼を広げ浮かぶ彼を悪魔と罵った。

その言葉にキョトンと目を瞬かせたエドワルドは小首を傾げた。

「だからなに?」

何でもない様に言うエドワルドに司教はもう何が何だか分からなくなっていた。

神の遣い、天使は神のお告げを伝える伝令役で穢れを嫌い天に仇を成す悪魔を倒す存在であると、人を憂い導き祝福し最後には魂を神の御許へと遣うのだとそう信じて来たのと言うのに。

目の前の、天の遣いにしか見えない男が同じだとは思えない。

 身体が崩れ落ちる間際に見た最後の光景は、天使の様に美しく微笑む悪魔の様な男の姿だった。

 炎に抱かれた身体の全てが灰となり風に飛ばされ散り逝く様を眺めていたエドワルドは自身へ向けられる大きく分けて三つの感情の乗った視線を受けて眼下を眺める。

教会内で襲われたシスターや司祭等から向けられる渇望と期待に満ちた視線。

心が折れた国民からの困惑と僅かな希望に縋るような視線。

我らが王の愉し気で狂おしい程の熱に溺れた強者の視線。

ゆっくりと地上へと降りていくエドワルドに向けて教会から出て来たレオポルドが右手を差し出した。

その手を取り地面に足を付けたエドワルドはそのまま片膝を付いてレオポルドを見上げる。

降りた先には地上にいる全員と言って良い程の人が集まっていた。

「勇者様、私はご期待に添えられたでしょうか」

「……あぁ、とても素晴らしく魅力的だったぞ」

勇者という単語と見るからに天使に敬われている姿に全てを見ていた者達の胸に希望の灯が踊り始める。

あれだけ分かりやすく力を示し、目立つ場所で魔物を退けたのだ。

期待するなと言うだけ無駄なものだ。

「本当に、勇者様なのですか……?」

「そうだな」

一人のシスターが胸の前に祈る様に組んだ手で前に出てした質問にレオポルドが簡潔に答える。

目に涙を溜めたシスターはならばとさらに言葉を続けた。

「ならばどうか、どうかこの国をお救い下さい」

どうかどうかと必死に祈るシスターに続くように他の者達も救いを求める声を出す。

その者達へのレオポルドの答えは___

「断る」

「そ、そんなどうしてッ!」

「俺と仲間達だけではと言う話だ。

この国は誰のものだ?魔物と手を組んだ愚王の物?

否!最早アレは王ではない!ならば王では無いなら何か?アレはただの傀儡だ。

俺達が救ったとしよう。しかしその後国はどうなる?俺達が消えればまたこの国は狙われるかもしれない、また奪われるだけの者に成り下がる気か?」

皆が黙る。

レオポルドが言う事は最もだ。しかしどうしろと言うのだと語る目が向けられる。

自分達には戦う術がないのに、と語る目が。

「力が無いなんて誰が決めた?戦う術が無いと誰が決めた?

誰も決めていないそれは諦めただけにすぎない。

お前達はこれから先、永遠に奪われるだけの弱者として生きるのか!!」

「ッならどうしろって言うんだよ!魔物になんて勝てるわけが__」

「求めるもには戦う為の術を教えよう。

只の弱者でいたいのなら、それで構わない。

しかしあえて言おうお前達は悔しくないのか!!

親しい友を愛する者を家族を、人間としての矜持さえ奪われたままでいいのか!!」

レオポルドの勢いに押された者達の顔は絶望から怒りへと変わっていく。

いいわけない!と一人が叫べばそれは段々と伝染していき、ついには全員が弱者のままではいたくないと訴えた。

「ならば与えよう!魔物と戦う術を!

求めよ、さらば与えられん!武器を持て怒りを示せ!

お前達は知性ありし人間なのだと!

奪われるだけの弱者ではないのだと証明して見せろ!!」

国中に轟かんばかりの沢山の声が、奪われるだけの弱者の殻に閉じ籠っていた者達から羽化した者としての産声が上がった。

生きているだけの屍だった者達の目には生気が溢れている。

「流石レオさん。餌の俺も期待に沿えました?」

「……十分過ぎるくらいだ」

 返って来た言葉にエドワルドは声に出して笑いながら他の仲間達へと念話を繋いだ。

この国を我らが王の手に、と。


次回予告

「無謀な事を成し遂げてこそ俺達だろう?」

「魔物を退けて国を取り戻す。王道的なストーリーでいいじゃないか」


「水を汚したお前等を許さない」

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