第2話 異世界に来て初めての国は不穏な気配がします
光が弱まった先に見えたのは見慣れたビルなどが広がる地界ではなく、自然豊かな新たな世界だった。
「あ、スライム」
「実物はドロドロなんだ」
「……鍋に入れたら水になるんですかね?」
「水…?」
「静まりなさい水狂い」
地面を這いずる様に移動する緑色のスライムに気付いた雪叶、レオポルドが思わずといった声を出せばエリオもそちらをじっと眺め観察する。
エドワルドの持つ籠からその様子を眺めていた知識欲の化身たるカルロがポロリと疑問の声を零せば、水という単語のみを拾った水狂いことフィエロがソワソワとしだしルッカが窘める。
人型に戻るかとエドワルドが籠の中にいる仲間達に聞くが、返って来たのは面倒だからこのままというなんともダラケタものだった。
ダンテとカルロは人型に戻ろうとしたが、アルビノ・ロドルフォ・ネヴィオの三名に引き留められミニを続行することとなった。
「適当に歩けば町なり村なりあるだろう。魔王側にはすでに知られているのなら人間側にも知らせたいからな」
「人へ希望を届ける為じゃなく勇者が現れた事によって変化するであろう人間の感情や行動を見て愉悦りたいからの本音が見え~る見え~る」
「流石だエディ、よく分かったな」
悪い顔で笑うレオポルドの顔はとても勇者には見えなかった。
初めての魔物はスライムだが、それ以降は特に目新しいものは無く進展も無い。
何なら暇すぎてしりとりをしながらのんびりと歩き進んでいくだけ。
その道中に泥濘に嵌り動けなくなった荷馬車を発見し救出した際にその荷馬車の持ち主である商人がエドワルドの容姿に驚き腰を抜かすといった一幕があったが、その商人からお礼として向かっていたという小国まで乗せられていくことになった。
「それにしても災難だな兄ちゃん等も。魔物に呪われてその顔になっちまったんだろ?」
「こいつの顔を治す為にも教会に行こうとしてるんだ」
「いいご主人様だなぁ羨ましいくらいだ。
これから向かうには小さいが有名な司教様がいる教会がある。
なんでもその国を魔物から守る結界を張ったんで、魔物が襲ってこないってな!」
「ほぉー、それは余程腕の立つ司教様なんだろうなぁ」
商人への勇者一同の説明は簡単なもので、レオポルドは良いとこの貴族でエリオとエドワルドが貴族令息の旅に同行する従者なのだがその内の一人の頭が黒山羊なのは旅の道中に襲ってきた魔物から主人を護り呪いを受けてしまったのだと話を作った。
黒山羊頭でも燕尾服を纏い控えていた事とエプロンを外したとはいえ身綺麗なエリオ、そして豪奢とは言えないシンプルな衣服を身に纏っていても中身を知らぬ者から見れば目を惹く美貌と普通とは一線を画した存在感を放つレオポルドの姿は商人がその説明で納得してしまう程の信憑性があった。
向かう小国で漁業が栄えていることや他の大国の中継地である事から商人にとっては働きやすい場である事などを聞きながら道を進んでいたが、これまでいいところをプレゼンしていた商人がだがなぁと顔を曇らせた。
「何か気になる事でもあるの?」
「気になる事ってぇか、その国は確かにいい国なんだがそこに住む連中がどうも変なんだよなぁ」
「変って、これまでの話を聞く限りでは悪くない印象ではあったが違うのか?」
話しを聞きに徹していたエリオと話半分で聞きながら籠に入っている仲間達を指で突いていたレオポルドが首を傾げ商人を見やれば、確かにいい国なんだと言って彼は語り出した。
「綺麗だし荒れたところも無ければ屋台の連中も飯屋も宿屋も笑ってていい国なんだってのは人からも伝わってくんだが、何度か行ってそれが不気味に思えて来てな。他の商人仲間も同じ事を言ってたよ。
『いい国過ぎて気味が悪い』ってな。
普通良い国だとしてもあるだろ?喧嘩事とかいろんな些細な事でも嫌だって思うもんが誰だってある。
感情ってのは生きてるもんは誰だって持ってる。
だからこそ不気味なんだ。みーんな笑ってやがる。商人に騙されてもだぜ?」
初めはただの違和感程度でしかなかったが、何度も赴く中で違和感は明確な不信感に代わり不気味さを纏っていったそうだ。
しかし不気味だと思うだけで、そこに目立った悪さはないから見ない振りをするしかないのだと彼は語った。
自分達しがない商人に国の何かを暴けるような力はないから何も出来ないのだと。
「いい国ってのは否定しないが、お前さんらの目的は教会だけだろ?
なら目的を終えたらすぐに出てった方がいいかもしれんな」
簡単な話、気を付けろってことさと男は人好きのする豪快な笑い声をあげて前を向いた。
会話の流れが途絶えた所で、商人へと向けていた顔を戻した三人は籠を中心に起き先の話について考え始めた。
「ムーラスって国、どうもキナ臭くなってきたな」
「いい国だってのは分かったけど、本当にいい国にそんな空気は流れないよね」
「善人ならその闇を暴こうと躍起になるかもしれないけど、その善人の代名詞たる勇者に選ばれたレオさんなら」
全員の目がレオポルドに向けられる。
そして仲間達の視線を一身に受ける彼はと言うと………
「なんだその愉しそうな国は……!!」
新しい玩具を前にした幼子の様にキラキラさせ、その身全てを使って愉しそうだと語っていた。
普通の善人、勇者であれば言わないであろう事を簡単に言ってのけてしまう彼にレオポルドという男を知っている者達からはやっぱりなという苦笑と愉しそうだと同調する笑みが向けられた。
親切な商人の男には悪いが、先の忠告は退屈を嫌い愉悦を好む男らにとっては寧ろテーマパークへのチケットを貰った様な娯楽への誘いでしかないのだ。
荷馬車に揺られる事数時間ほどで国を囲う壁らしきものが見えてくる。
道も整備されたものへと変わり、先よりもスムーズに進んでいく。
「は?」
だが国に入るとなった際の入国警備官の役割を持つ警備兵等の姿にエドワルドから低く呆れや苛立ちの含んだ声が漏れた。
商人は気付かず何時も通りに入国する手続きを行っているが、次第に何故エドワルドがそうなったかを理解していったそれぞれが違う反応をし出した。
エリオ・カルロ・ルッカ・ジュスト・ダンテの五名は呆れとこれから起こるであろう王の無茶振りと少しの楽しみを滲ませた苦笑を。
レオポルド・フィエロ・ロドルフォ・アルミノの四名は普通では起こり得ない何かが起こりそうだと満面の笑みを。
ネヴィオは引き籠る事が出来なさそうだと人知れず涙を零していた。
「さて、この国の闇を暴いていこうか!!」
商人と別れ適当な宿屋に入った三人とミニ達にそれはもういい笑みを浮かべながらレオポルドが言った。
この国の闇というか不可解な現状は入国する際からこの部屋に通されるまでの間ですでに体感していたからこそ出た愉し気な笑みだった。
レオポルド・エリオ・エドワルドの三名が籠から出た七人と同じく籠の中に隠れていたジュスト等を乗せた机を中心に椅子に座り部屋に入るまで感じた事を語っていく。
「まずはエディ、お前が感じ取った事を話してくれ」
「……この国は国として正常に機能していない。
国を護ってる筈の兵の入国管理が雑過ぎるし何より何の意志も感じられなかった」
人間としてあるべきはずの感情が無かったとエドワルドは語った。
商人が入国手続きをしている際にそういえばこの世界での身分証明出来るものが無い自分達はそもそも入国出来ないんじゃないか、出来たとしても数時間か多くても一日二日の間は身分証明の為に聴取等で拘束されるかもしれないと考えていたが、エドワルドのその考えはいい意味でも悪い意味でも裏切られた。
『そうですか旅の方で……、貴族?そうですか分かりましたようこそムーラスへ』
商人が語ったのは設定上の話で事実無根で聴取すればすぐにでもボロが出る代物だ。
勝手に貴族だと偽った場合、どう考えても不敬罪等の罪に問われる事になる。そもそも国外の貴族、有権者をそう簡単には入国させはしないだろう。
それらを含めて、この場をどう切り抜けようかと考えていた際に聞こえた言葉は何ともおざなりなものだった。
余りにも杜撰な対応に、国を護る為の最初の関門である自覚は無いのかと苛立ちを覚えたほどだ。
何かを護ると言った事に命を掛けて来たエドワルドにとっては許せないものがあった。
しかし……
「金の為に働いていたとしてもそこには何かしら感情が伴うはずなのに、あの兵等には何も見えなかった。
ただそこにあって与えられたものだけを熟すロボットでしかなかった」
目を見た瞬間に喉元まで上がて来ていた言葉は、そのまま吐き出されることなく呑み込んでしまった。
余りにも暗く絶望に染まり過ぎた色をしていたから。
「そうだね。それに僕らを見た人達も変だった。
普通ならあの商人の彼みたいにエドちゃんの容姿に一度は驚くはずなのに、それすらもなく受け入れてた。
いや、受け入れてたんじゃなくて『どうでもいい』みたいな感じだった。
ブジーアちゃんの説明通りならこの世界は魔物によって崩壊の危機に面してるんだよね?
なのに見た目だけで言えば魔物かそれに近しい姿のエドちゃんを見てもあの反応なのはどう考えてもおかしいよ」
エドワルドを見た者は誰もが初めはあの商人の様に驚き、説明を受けてやっと納得出来るものだ。
特にこの世界では魔物によって人々の安寧は脅かされているのだから。
だというのにこの国の人間は視界に収めても騒ぎ立てるどころか離れた場所で密かに陰口等を叩く事も無い。
良い国だとは思う。町並みは綺麗に整えられ目に見えて行き交う人々もぱっと見悪い印象はない。
しかしよく観察して見ればこの国の不気味さが浮き彫りとなる。
「まぁ全部諦めた奴の目でしたね。アレだ、同じ事だけを言って繰り返すNPCみたいな」
「ジュストの言う通りキッショイぞ~、アレ」
ジュストの言葉に同意するアルミノ。
他の全員も同じ意見の様で、皆がアレは気持ち悪いなと頷き合う。
「んはは」
「なぁにレオちゃん愉しそうね?」
そんな中で唐突にレオポルドが声に出して笑い出した。
仲間内の中で彼がその笑い声を零すのは、多少なりとも興味があって尚且つどう転がそうかと盤上を眺め始めた合図であると皆が知っている。
「何が白だと思う?」
机に肘をつき組んだ手の上に顎を置いて王が自身の仲間へと問い掛ける。
「教会は白でしょうねぇ」
「何故教会が白だと思うんだ?」
よいしょ、という掛け声と共にミニから元のサイズへと戻ったカルロが同時に自身のアイテムボックスから使い慣れた茶会セットを取り出しながら答えた。
「教会全てか一部かは現状では分かりませんが、明らかに不自然でしょう。
スキルを使ってこの国を見ましたが、小国過ぎてそんなつよーい司教様が来るような目を惹くものも無ければ価値も無い。
この国よりももっと大きな国は他にもありますし、そちらに行った方が地位も名誉も得られる」
辺りに紅茶の甘い香りが漂う。
エリオがカルロの紅茶に合わせて菓子を出し、エドワルドがセッティングを行う。
息の合った連携に何も言わず気に留めないのは、その姿が彼等にとって当たり前で日常的な光景だから。
「地位も名誉も要らぬと言うなればそれまでですが、それでも納得がいかないんですよ。
態々この国に拘る理由は?司教様の生まれ育った国だったという愛国心から来るもの?
それとも、司教様の持つ力というモノは大国では使えない理由があるのか……なんてね」
「お前のスキルで見てもこの国は小さいか。数はどうだった」
「人間は10,800から10,860人ってところかなぁ?」
「ナウルくらいの人数か。だがここに来る道中でそこまでの人数がいるとは思えなかったが……」
首を傾げるレオポルドにカルロが注目してと立てた人差し指を下へと向け、彼の疑問に答えた。
「なるほど地下か」
「国としてその人数を収容できるくらいの大きさはあるけど、そう感じなかったのは大半が地下にいたからだね」
「情報感謝するよ教授」
「調べる事は好きですからね」
そう語るカルロは至極楽しそうだった。
カルロが何故国の規模と人口を把握したのに加えて初めて来た国に地下があり人が収容されているのか分かったのか疑問に思うだろうが、誰も何も疑問に思わないのは彼の能力、スキルを知っているからだ。
カルロが持つスキル、震天動地はメインが考古学者で尚且つ幅広く深い知識を持ちそれを活かすための技術がないと扱えないものだ。例え同じスキルを持っていようとも少しでも知識と技術が足りなければ完璧には扱えない。
震天動地はそれが表す通り天を震わし地を動かすスキルだ。
この国に入った際にカルロはそのスキルを使い地形の把握を行った。
カルロ次第で揺れの深さは制御が可能で、大きく揺るがすならば効果範囲が狭くなるが、ただ地形などを把握するだけなら広範囲で使用も可能だ。
そして使用者に迫る情報量を処理できるだけの知識の深さがあれば地形の把握からそこに住まう人の性別から人数まで正確に捉える事が可能となる。
シンフォニアでその能力は探索と攻撃の両方が出来ると人気の能力だったが、本来の使い方はカルロのが正しい。
しかしより深くスキルを理解しなければ真価は発揮できないため、完全に開発陣営の無茶なお遊びの一つとして入れられただけの隠し要素でもある鬼畜スキルだ。
その能力を使って判明したのはこの国に地下がある事と、国民の大半がその地下に収容されている事だがその他にもカルロが知った事がある。
「ん?おかしくないっすか。
人間の数はって、人間以外がいるみたいな言い方……」
「おぉジュスト君よく気付いたね。
人間じゃないのも地下に三体いたんだよ」
「じゃあ確定で白やないかい!!」
ジュストの疑問に良く出来た生徒の口元にご褒美だと常に携帯している飴玉を差し出せば、素直に飴玉を口に入れ葡萄味っすねと堪能する狐の姿にクスクスと笑う。
カルロの語った憶測が憶測ではなかったと騒いだアルミノはそう簡単に教えたりはしませんよと語るカルロの手でミニの額を突かれた。
「いやぁ~、この国についてもっと知りたくなってきたな」
「ねぇねぇ先生、この国に湖はあった?」
「湖もありましたし海もありましたよ」
「やったぜ泳いできていい?というか泳がせて水が俺を呼んでる」
「静まりなさい水狂い。今はまだその時じゃない」
「そうだぞフィエロー、楽しみは最後まで取っといてた方が美味しい!」
「美味しいって聞くと腹減るよな」
「ローちゃん、お菓子はまだ沢山あるよ」
皆が口々に話し出した中でレオポルドとエドワルドはその様子を楽し気に眺めていた。
第三者が視れば楽し気な光景だが、それでも彼等の言葉の節々に違和感を感じるだろう。
その筆頭が何かしら悪が関与しているならば黒だと言うのが普通だろうに、彼等は先程から白が悪だとでも言う様に言葉を使っていること、とか。
「やはり可笑しいと思うか?普通なら悪しきは黒で正しきは白だからな」
「普通ならそうだろうな」
「ここまで浸透してから言うのもあれだが戻すか。その普通に」
こちらを見ることなく発せられたそのレオポルドの言葉に、同じくそちらを見ることなくエドワルドは鼻で笑って答えた。
「その普通で満足できない様にした本人がよく言いますねぇ?
確かに白は正しきを現し黒は悪しきを現すけど、その白を汚すことに愉しみを見出し白さえも黒く塗り潰して傍に置くアンタとそれを良しとし共に歩む俺達を否定するんです?」
「否定はしない、がそれでいいのか?」
「それこそ今更過ぎですねぇ?
そもそも黒はアンタの色だ。俺達全ての色を受け入れ笑う、俺達の事が大好きな奴で俺達の大切な王様。
それでもって一人が嫌いな寂しん坊」
「………随分と本調子に戻って来た様で何よりだよ」
「お陰様で」
互いに顔は見ない。だがそこに壁は無く静かに寄り添う様な心地よさがあった。
「二人して何話してるの?そろそろ待ても限界に近いよ~?」
「あぁすまないエリオ、そうだなそろそろ動こうか」
眺めるだけで会話に入らない二人首を傾げながらエリオが言った言葉にレオポルドは一つ咳払いをして自身の仲間達へと再度目を向けた。
何を言うのか。
何を始めるのか。
何を共に見れるのか。
様々な視線が彼等の王へと向けられる。
期待と欲を孕んだ視線に自然と口角が上がるのが分かる。
「エリオはフィエロと共に表の聞き込みを頼む」
「任せて」
「わかったー!」
「先生はジュストと共に裏での聞き込みを頼む」
「拝命しました」
「ロドルフォとアルミノは城への潜入を頼む。誰も殺すなよ?」
「流石に手出されて無い内は殺さんぞ?」
「食べ物は貰うかも知れないけどな!!」
「ルッカとネヴィオ、ダンテはここで待機だが……」
「俺は目を撒いて観察しとく」
「外とか怖いってぇ……、早めに帰って来てよ?」
「……護りは任せてくれ」
「俺とエディは教会に向かうぞ」
「了解」
それぞれの動きが決まり、待機組を残して部屋を出ていく際にエドワルドが思い出したように声を出した。
「頭の装備、ちゃんと外してから行きなさいね?」
言われるまで忘れていた子らのあ、という声と良い子の返事に苦笑を零してレオポルドとエドワルドの教会組は先に宿屋を後にした。
side:聞き込み組 エリオ・フィエロ
レオポルドどエドワルドが先に宿屋を出て教会へ向かうのを見送り、ジュスト以外は等身大に戻りそれぞれが身体を解したりミニから感覚を戻そうと動いていた。
「絡まった!助けてエリオ~」
「どんな絡み方?!」
クラゲの口腕がフィエロの身体に絡みついていた。藻掻けば藻掻くほど絡みつく口腕にだから傘部分だけにしろとあれほど……と呆れながら動くなと一声かけてエリオは手早く解きこれ以上面倒を起こす前にとフィエロからクラゲの頭を取り払った。
「装備欄から外せば良かったのに」
「そうじゃん!何で自分でやったんだろ不思議だね!!」
「不思議なのはフィーちゃんの頭だよ…」
クラゲ頭が外れて出て来たのは海を思わせる鮮やかな青に一房の黄緑のメッシュを入れた、鮮やかな露草色の瞳を持つ青年だった。
「じゃあ僕らは先に行くから、それぞれ進展あったらエドちゃんに連絡忘れずにね」
言いながら手を振ったエリオに再度返って来た良い子のお返事を背に二人は宿屋を後にした。
「さて、まずは港があるだろうからそっちを確認しに行こうか」
「水!!」
「狂うのは今は駄目だよ~?
調査さえ終われば、きっと愉しい事が待ってるからね」
ニヤリと嗤ったエリオはそれまでの好青年らしい姿とは掛け離れた、それこそレオポルドの様な愉悦を求める者の顔をしていた。
「ひひっ!俺エリオのその顔好きだよ。
すーっごく美味しそう」
「人の欲まで食べようとしないでね」
そんな会話をしつつ水への執着心から水の匂いを追えるフィエロ先導の元、二人は港らしき場所についたが、らしきと言葉が付くほどにそこには数隻の小舟と他国から来たらしい船が二隻あるだけの何とも御座なりなものだった。
何より港で働く者達に活気はなく、目に光も無ければ身に着けている衣服も汚れが目立ちこれでは港で働く漁師や荷下ろしと言った港で働く者というよりも働かされている奴隷と言った方が正しいとさえ思えてしまう程に惨憺たる光景が広がっていた。
これでは漁業も貿易も最低ラインなんじゃと溜息が二人から零れる。
「年々品質も量も下がっていってるな」
「金払いも良くないくせに要求だけは高いからな」
「そっちもか、俺等の方でもそろそろ切るかって話が出てるぞ」
さして小さくも無い声で話された言葉に二人の足は止まり、声の方へと顔を向ける。
話している方もここで働く者が何を言っても気にも留めないのを知ってか、それとも自国の方がここよりも優れているぞとの自慢かは本人のみぞ知る事だが、二人にとっては今欲しい情報でもあった為声の主の下へと止めていた足を動かした。
「すみませんここの港の関係者ですか?」
「あ?んなわけあるか。
こんな廃れた港ともいえない場所で働くわけないだろ」
「国の連中も気味悪いしな」
話しかけた当初は苛立たしさの目立った顔付をしていたが、話しかけて来たのがこの国の人間じゃないと分かると眉間の皺は解かれ警戒も僅かだが薄れたように感じられた。
逆に言えば彼等が苛立ち警戒を分かりやすく表に出すほどにこの港は、この国の状態はそれほどまでに悪いのだと十分な程に伝わって来た。
「同業者……ってわけでなさそうだな。
旅の人か?」
「はい。旅をしながらその国の食事などを研究しています。
この子はその助手です」
「じょすです!」
「あんた等も運がねぇな。この国美味い飯どころか安心して寝る事も出来ねぇからな」
「そうなんですか?」
何も知らない二人に完全に警戒心を解いた男達は口々に警告を発した。そのどれもが早くこの国を出ろというものだった。
宿屋を借りたため少なくとも一泊はするつもりだと話せば、宿屋の鍵は信用せず窓近くには近寄らず全ての出入り口を固めろと声を潜めながら言った。
「二年前までは良い国だったし、ここの連中も気のいい奴らばっかで俺達も楽しみに来てたんだよ。
が、離れている間にこのざまよ。何があったのか聞いても誰も答えねぇし俺等を見もしねぇ」
「それに魚の品質も落ちたし、何よりヒュベルローズの量が減ったんだよ」
「ヒュベルローズ?」
ヒュベルローズはムスーアの気候でのみ育つ花で、高性能の治療ポーションを作成するために重要な材料だ。
これまで量と品質共に最高値を出荷していたが、それが最低値に下がったのだと言う。
それと同時に豊かで賑やかだった国全体が暗く落ちていき、今の状態になったそうだ。
「前の宿屋では物取りとか無かったんだけどな。
本当に早くこの国を出た方がいいぞ。
魔王が魔物を放って色んな国を襲ってるって話もあるからな」
その後、積み込みが終わったらしく再度エリオとフィエロに気を付けろとの言葉を残して男たちは出向した。
船が去り活力溢れた男達が居なくなったことで、港は更に重苦しい空気が広がっていた。
話を聞き終え周囲を探索していた二人だが、初めは楽しそうに海を眺めては騒ぎエリオに抑えられていたフィエロだったが時間が経つにつれて口数が減り浮かべていた笑みは暗く沈んでいった。
その理由を察して触れずにいたエリオはエドワルドへと念話を繋げた。港の状況を知らせる為に。
事と次第によってはこの国は水に呑まれて消えるだろうね、と言葉を添えて。
名前 : エリオ
種族 : ーーー
レベル : ーーーー
メイン職業 : 付与術師
サブ職業 : 料理人
スキル : 食育上等
幻想変化
称号 : 魔王の右腕
一流料理人
苦労人
名前 : フィエロ
種族 : ーーー
レベル : ーーーー
メイン職業 : 吟遊詩人
サブ職業 : 潜水士
スキル : 三尺秋水
称号 : 魔王の懐刀
水狂い
side:聞き込み組 カルロ・ジュスト
レオポルドどエドワルドが先に宿屋を出て教会へ向かうのを見送り、エリオ達も先に向かって行った後でカルロは装備欄を開き自身の頭の装備を外した。
ポリゴン状になって消えていった先で現れたのは、薄茶色の長髪を纏め肩から流し右目にモノクルを付けた英国紳士然とした風貌の赤銅色の瞳の男だった。
「それじゃあ私達も聞き込みに行ってきますね」
留守番組にそう告げて、カルロは狐姿のジュストミニ化した者達を入れていた籠に入れて宿屋を後にした。
宿屋を出てすぐにカルロは一見賑やかに見える表通りをただ歩いていた。
偶に屋台を冷やかしながら散策する様子はただの観光客にしか見えない。
あっちは~こっちには~と動き回るカルロと籠の中から偶に鼻先を出して匂いを嗅いではまた戻るを繰り返していた。
「あらら、こんな所に目新しい路地裏が。
こういう場所って秘密基地とかありそうでワクワクしちゃうなぁ」
建物の陰になり狭く入り組んだ路地裏。
人目も無ければ人通りも全くと言って良いほど無い路地裏に如何にも弱そうな男が一人入って何も起こらないわけが無く。
「金目の物を置いていけ」
ある程度開けた先に男が三人と宿屋を出てから追ってきた二人組がカルロ達の背後から現れ挟まれた。
手にはそれぞれボロボロのナイフを持っている。
如何にも切れ味の悪そうなナイフで衛生面にも不安しかない。
「えぇ、そんなもの持ってないですよ。
研究費で全部使ってますし……」
「いいから出せ!!その籠にでも隠してんだろ!!」
「えぇ沸点低すぎません?それにこの籠の中身はおススメ出来ないんですが……」
「寄越せ!!」
これまで見た貼り付けた様な笑みと生気のない目のコンボを決めていた住民達とは違って身なりはナイフ同様ボロボロだが、その目には少なからず生気があった。
顔や服から覗く肌には煤汚れが目立つが、何処にでもいそうなチンピラか苦しみから解放されたいと望んだ故の蛮行か。
冷静に自身を脅す男等を観察していたカルロだったが、同時に一欠片の申し訳なさも感じていた。
何故なら男達は目的の金品を奪うどころかこちらに全てを差し出す事が決まっているから。
カルロの前にいた男がナイフを手に近付き強引に籠を奪う。
基から籠の中身が見えない様に布を掛けていたから分からなかったのだろうが、一応忠告はしたのだからこれから起こる事は全て彼等の責任で自業自得だ。
それに我らが王と自分達が愉しむ為に必要な駒でもあるのだから
「殺しては駄目ですよジュスト君」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
籠を奪った男の悲鳴がカルロの言葉をかき消す勢いで放たれたのと籠から黒い影が飛び出すのは同時だった。
絶叫を上げた男は左腕を抱えて地面をのた打ち回る。男の背後に控えていた二人組も何事かと慌ただしく駆け寄りそして息を呑んだ。
男の右腕が毒々しい紫色に変色し血管の波打つのがハッキリと視認できるほどに浮き上がっていたのだ。
「いやぁ流石に殺しませんよ。
エドワルドさんの説教は喰らいたくないっすからね」
自分達の頭上から降って来た声はカルロにとっては聞き慣れたもので、愛らしい狐の姿から等身大へと戻ったジュストが彼の愛用武器たる鉄扇を口元に当て嗤っていた。
処女雪を思わせる白髪に鮮やかな菖蒲色の瞳が弓なりに細められ眼下の男等を眺めていた。
カルロの目の前の三人は突如現れた第三者とリーダー格の男が呻き倒れる姿に戦意喪失したのか顔面蒼白でその場に座り込み動かない。
「こちらの質問にお答えして頂けるならこれ以上手荒な真似はしませんし、その方の治療薬もお渡ししますよ?」
そう言って小首を背後で佇み、未だ戦意を失わずナイフを突きつけてくるここに来るまでに尾行していた二人組へと向き直り問い掛ける。
しかしカルロの提案を受けても彼等はナイフを下ろす事もリーダー格を失って戦意を喪失するどころか余裕そうな表情さえ浮かべている。
「いいやお前はその治療薬も有り金も全部俺等に渡すことになる。
おっと動くなよ?お前らがあの宿で話してた貴族の男が俺達の仲間に殺されたくなければな」
男の一人は目の前でリーダー格を下し優位に立っていたカルロとジュストの主導権を握れたと浅ましい支配欲を膨らませているのか聞いてもいないのにぺらぺらと話し出した。
元々連中は何も知らずのこのことやって来た観光客をカモに金品を強奪して日々を過ごしていた。
表面だけは良い国だからこそカモは常に転がり込んでくる。
ムスーアに宿屋は複数あるが、その殆どが一人用で貴族などの護衛を付ける者が泊るような綺麗で宿屋にしては広い部屋を提供するのはあの宿屋だけ。
「護衛が先に泊ってるのは想定外だが、それでも主人と護衛一人残して出て行ったのは馬鹿だったな。
護衛一人と護られるだけの甘ちゃん貴族、五人もいりゃ十分過ぎるくらいだ。
それにもう少しすれば他の仲間もこっちに合流するしな?
リーダーの指示でそいつの親からも金を搾り取るから今は殺すなって言われてるがそのリーダーがこうなった今、全ての権限はこの俺にある」
自身が全能の神にでもなったかの様に大げさな身振り手振りで語る男にカルロとジュストは何も言わない。
それがさらに男の欲を膨らませるのか更に語り続ける。
「もしもお前達があの坊ちゃんの護衛を止めてこっちに就くなら今回手に入れた分け前もやるし優遇するぜ?
それにあの坊ちゃんの家を調べる手間も省ける。
………まぁ何の苦労も知らない貴族様の泣き喚く様を見れないのは残念だがな。
どうだ?これ以上に上手い話はないだろ?」
「……ぃ」
「そうだよなこんないい話に乗らないなんてことは」
「さっきから聞いてもない事をぺらぺらと、いい加減にその煩わしい口を閉じてくれません?
息も臭いんですよね歯をちゃんと磨いてないんですか?それとも主食が生ゴミ何ですか?」
これまで喋り続けていた男が固まった。何なら空気さえも固まった様な気がした。
何を言われたのか未だ理解しきれていないらしい男の目には紳士然とした男から発せられた言葉が信じられなかった。
これ程までの好条件をぶら下げられて喰い付かない人間を、生きて来た数十年間で見た事が無かったからだ。
そして同じ餌に喰い付いたのが他でもない自分だったからこそ信じたくなかっただけかもしれないが。
男は元々貴族の従者であった。仕える事が決まっていた将来に不満は無かった。
ある程度出来れば金も貰えるし飯も食えるし金があれば女にも困ることは無い。
そんな時にこの国に来て眠る主人を置いて宿から抜け出し女を買うか酒を飲むかで悩みながら歩いていた所を囲まれ、先の自分が言ったように提案を受け迷うことなく主人を売った。
その後は主人も主人の家も売って全てを手に入れて、これまで自分が上だと信じていた連中を踏み潰して絶望に染まった顔を見て、それまで空っぽだった何かが満たされた。
もう一度もう一度と繰り返していれば、団体の中でもそれなりの地位を得た。
売れば死なずに済むのに、全て手に入るのに、何故だと呆然とする男にカルロはゆっくりと近付いていく。
ナイフの先が胸元に当たるほどにまで近付いたカルロの顔を見て、自身が相手にしているのがただの優男ではないのだと知った男は後悔した。
「その様子から貴方自身貴族に仕えていた側の人間ですね。
しかし金と命惜しさに主人を売り浅ましい欲をぶつけそれに快楽を見出し蛮行を繰り返す。
欲深い人間は好きですよ?でも、貴方のその欲は汚すぎる」
私、汚らしい欲は嫌いなんですよねという言葉と男が横薙ぎに吹き飛ばされ半身が壁に埋もれたのは同時だった。
壁の表面が抉れ細かい破片が落ちていくのが見え、自身が殴られたのだと気付き燃えるような痛みと抉られるような痛みに襲われた。
呼吸が浅くなり視界が黒に犯されていく。
殴られたと同時に切り裂かれた腹から赤が流れ出て広がっていく。完全に胴体が半分に斬り裂かれなかったのは相手のミスかそれともわざとか。
そんなもの、死に逝く男には関係ないけれど。
「あーあ、エドワルドさんに怒られますよ?」
「多分彼の場合は大丈夫だと思うんですよねぇ。
だってこのタイプの人間、彼も嫌いでしょう?
何よりこの手の人間は簡単に裏切るでしょうし、この国を気に入るかは別として不穏な芽は早急に摘んでおいて損は無いと判断したまでです」
紳士然とした男の顔には何時の間に付けたのか緑の鬼面付けられ、その手には柄の部分の鮮やかな孔雀緑色が美しく僅かな光源でも輝く見るからに鋭い穂を赤に染めた薙刀が握られていた。
「まぁ確かにそうっすね。
情報源は三つ確定してるし良いんじゃないっすか?
もう一人は俺がやりましょか?」
「お、俺を殺したら本当にお前らの主人は死ぬぞ!?」
それまで黙って見ているだけだったもう一人が自身の身だけは守ろうと叫ぶが、だからどうしたとジュストは鼻で笑って見せる。
「別にいいっすよ?
だってあそこにアンタ等が貴族貴族ってうるさい奴は最初からいないっすからね。
そもそも監視されてるのも尾行されてんのも初めから分かってたっすから」
「この程度の人相手に後れを取るわけないですからね」
一人の人間の死に戦意が完全に折られた残りの三人と治療薬を投与したリーダー各を縛り上げ、自身の感情と連動して鬼の武器を召喚するスキルからなる鬼面を取りスキルを解除したカルロと逆に上から降り立ち縛り上げた連中が逃げぬようにと自身のスキルで退路を氷の壁で塞ぐ。
「んじゃ、俺達と話をしようか兄さん方」
ジュストの言葉に頷き正直に話す道しか彼等には残されていない。
「この国は、魔物に支配されてるんだ」
「戦えない俺達は魔物の言う通りにしなければ殺される」
「国に税さえ収めれば見逃されるんから、だからこうするしか無かったんだ」
口々に語る男等の声は段々と悲しみに濡れていく。
別にそれで絆される程、彼等は優しい性格はしていないので同情などするわけもないが。
男等の語りからムスーアが魔物に支配されている事、税を収められれば地上での生活は約束される事。
そして他国に輸出するヒュベルローズをわざと雑に扱い品質を最低なものにし、品質の良いものは国の地下で回復薬へと加工し魔王へと献上している事が分かった。
これで地下に集められた人間が労働を強いられ三体の魔物に監視されている事が分かった。
地下の件と宿屋に来ていた者達の目的を知らせる為にカルロはエドワルドへと念話を繋げた。
報告の最後に、もしもこの国の上役が腐っていたなら全てを消し去った方がいいかもしれないと言葉を添えて。
名前 : カルロ
種族 : ーーー
レベル : ーーーー
メイン職業 : 考古学者
サブ職業 : 筆写師
スキル : 震天動地
鬼面招来
称号 : 魔王の采配
統べる者
名前 : ジュスト
種族 : ーーー
レベル : ーーーー
メイン職業 : 錬金術師
サブ職業 : 筆写師
スキル : 清風明月
百錬製鋼
称号 : 魔王の死角
道化師
次回予告
「これがお前らの敗因だよ」
「神と名の付くものを信じてはいけない」
「いいなぁ、この国は。欲しくなってしまう」
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