人でなし勇者〜パーティは既に揃ってるので異世界を満喫しようと思います〜

ペテン

第1話 呼び出した勇者が勇者してくれません

 転生や転移、異世界召喚と言ったものは誰もが聞き慣れそしてもしも自分がそうであったらと一度は考えた事があるだろう身近なもの。

娯楽として漫画や小説アニメなどで親しまれたもの。

そして彼、皇 雪叶 も嗜み友人等と共にもしもを話して笑い合ったりもしていた。

だがそれは想像であって実際にそんな場面に立ち会い尚且つ自身が主人公的立ち位置に置かれたのとでは対応が変わるのは当たり前だろう。

「だが断る」

「なんで?!世界を救える唯一!幾億人の中から選ばれた一人!!どうして、どうして断るの?!」

「何故二つ返事で了承すると思った?」

「だってこれまで断られた事なんて無かったもん!皆選ばれたって喜んで行ってくれたもん!!」

「もんとか付けるな気持ち悪い。そもそもこちらに事前に確認を取るくらいの配慮は無いのか。

無断で人を攫っておいて世界を救えだと?

拉致監禁その他もろもろ混みで死刑」

「女神に対して酷くないですか?!」

「知らん奴に興味は無い。持って欲しければ出直してこい。

……まぁ出直した所でその姿で来てもミジンコ程も興味は湧かないがな」

「続けて酷い!!」

 真っ白な神殿の様な空間で男女が声を荒げて言い争っている。いや、荒げているのは女神の方で男の方は淡々とした声で話している。

女神の言い分はこうだ。

一つの異世界が魔王によって滅びに向かっている。その世界に神自身が干渉することは出来ないし、現地の人間に試練を与えても崩壊は免れない。

そこで地球という異世界に理解があり、ゲームと称して異世界の魔物を倒す知識を持つ者達の中からその世界と相性のいい者を拉致し……招いて力を授ける代わりに世界を救ってほしいと交渉しこれまで数多くの世界を破滅から掬い上げて来た。

だから今回も滅び行く世界と相性のいい者を拉致して世界を救ってもらおうと思ったそうだ。

もう拉致と隠す気は無いらしい。

「貴方が行ってくれないと世界が一つ滅びます!!何千何億と言った人々が死んじゃうんですよ?!」

「興味が無い関係ない知らん、以上」

「人の心が無い悪魔か何かですかアンタは!」

「そうだな」

「うぎぃーーーーーーッ!!」

「喚くな」

………何とも言えない会話に音を上げたのは女神だった。まぁそれも当然の結果と言えよう。

相手は悪魔だ。人情に訴えようが一ミリも動くことのない冷徹そのもの。

それに金髪で出るとこは出て締まるところは締まっている、美しいを体現する女神を前に頬を染めるどころか痴女か貴様はと吐き捨てた男だ。

見た目が女神にも劣らぬ美形なだけに胸が痛い。結構頑張ってやったんですけど?!が女神の意見。

「お願いしますよぉ~、特典いっぱい付けるから世界を救って下さいよぉ~」

女神として無かった威厳がさらに減ってマイナスになった。

「メリットがない」

「あぁ~~~………そうだ!!貴方がハマってるゲーム!アレのデータをリアルに引き継げさせます!」

「ゲーム……、シンフォニアか」

「そうです!そのゲーム自体はレベルの概念はないけど、より分かりやすくするためにその概念を設定!レベルは1からだけどアイテム関係引き継ぎ可!世界滅亡出来ちゃう系とかはナシだけど!

慣れた環境プレイで爽快感アップ!それに今ならメインジョブは勇者でレアリティマックス!!

こんなチャンス滅多にないですよ!乗るなら今!!」

「やっすい売り文句だな」

「ひぃん」

「だが面白い」

「………え?今面白いって言った?言ったよね?聞き間違いじゃないよね?マジで?え?」

「持ち上がった興味がマイナス行きそうだな」

「ごめんなさいすみません興味持って下さいお願いします」

 シンフォニアは確かに雪叶が友人等と共に嵌っている仮想現実を扱ったフルダイブ型のVRMMOゲームだ。

数字が付くのは購入する消耗品か武器のランクやギルドランク位なもので、その他には何かしら測定するものが無い自由性の高いゲーム。

メインとサブで別々の職業を選び、冒険者になる者もいれば生産系やロール系を楽しむ者もいる。

在り来たりだがゲーム感が薄く、異世界で生きているような感覚が味わえると人気だ。

それにNPCの全てに人工知能を組み込んでいる為、一定のラインは定められているが、本当に人間同士としか思えない会話や行動をするのもこのゲームが人気の理由の一つでもある。

雪叶はシンフォニア内も友人等とだけのギルドを設立し冒険者としてプレイしていた。

世界を救えと呼び出される前まで雪叶はそのゲームにログインしていたし、何なら友人等の前で呼び出された。

「で?シンフォニア内の俺のデータをリアルに引き継げると言ったな。

それは今ここで可能なのか」

「それは世界を救ってくれるって意味でいいですか!」

「さてな」

「えっ、じゃあやらな……すみませんやるので良い返事期待してます。

まずは何事もお試し期間って必要だよね!!」

やらないと言葉を続けようとした女神を前に雪叶はそれはもう綺麗な笑みを浮かべていた。下手な事言えば殺られる?!と震えてしまいそうな威圧感があった。

半泣き状態で女神が自身の人差し指と中指を交差させ上から下へと斬るような動作をした。

「女神ブジーアから祝福を彼に」

「随分と在り来たりな演出で」

「少しは女神を敬う心は無いの?」

「必要性を感じない」

「もういっその事清々しいまであるわ」

「なるほどマゾか」

「何でそうなった??」

 女神、ブジーアが唱えたと同時に光が雪叶に降り注ぎキラキラとしたエフェクトを掛ける。

それに対して在り来たりだなと鼻を鳴らした雪叶と最早諦めの境地に立たされたブジーアとの会話は打てば響くと言ったテンポ間が良いモノだった。

ゲームと同じならばとステータスと呟いた雪叶。彼の考えた通りに目の前に現れる見慣れた、羊皮紙を模したステータス画面が目の前に現れた。


ユーザー名 : レオポルド

種族    : 転生属種

レベル   : 1

メイン職業 : 勇者

サブ職業  : 未選択

スキル   : 異世界言語理解

        魔力消費削減

        女神の祝福

        魔王の威圧

称号    : 魔王

        狂王

        賢王

        祝福を受けし者


「ちょっと待て」

覗き見た雪叶のステータスに女神は痛み出した頭を押さえ待ったをかけた。

勇者に選ばれたとは思えない単語が並んでいたからだ。

「名前はね引き継ぐならそのままでもいいよ。メインが勇者なのもこっちでやったしサブは元のメインかサブかを選んで貰おうと思ってたから未選択でいいさ。

スキルも異世界で文字とか読めたり喋れたりしなかったら困るから追加はしたさ。祝福だって与えましたよ。

でも何さ魔王の威圧って!!称号にも魔王と狂王が入ってるって何したのさ?!賢王はいいけどね!

レベル1の魔王ってなに?!誰だよ魔王、これから送り出す勇者だよ言わせんな馬鹿野郎!」

「サブには元のメインを入れろ」

「もうやだこいつ」

美しい女神が涙を涙を流そうが全く関係ないというスタンスを崩さない雪叶。

 補足するならばシンフォニアでは雪叶はレオポルドとしてログインした当日から仲間と共に小国を作り上げ、国の住民であるNPC全てに歩兵程度には戦える技術を与え僅か十日で軍事国家を造り上げた。

海岸に面していたことから水産業が盛んで各国から生産系を得意とするプレイヤーやNPC達が集い貿易や商業を営み、それによって国はそれよりも前に造られた大国を凌駕する富と権力を得た。

そしてその国に目を付けたプレイヤーやNPCの国の王だけでなく各国に点在する領地からも狙われ出した。

良くて同盟悪くて戦争。所詮は生意気な新参者だとネットでは騒がれ国を堕とす為だけにプレイヤーを集め臨時パーティを組むといったプレイを行う者もいた。

プレイヤーだけでなく国や領地を持つNPCにも狙われていると分かっても、彼等は何もしなかった。寧ろ歓迎さえした。

頭を下げる事も媚び諂う事も下手に出る事も一切せずに真正面からぶつかり合うのを心の底から愉しんでいた。

ペットは飼い主に似る。ペットではないが国に住まうNPC達も戦いに臆する事無く信念を持って自ら志願し戦いに向かっていた。

民を憂い成長させ自身を確定させ国を発展させることから賢王

戦いを恐れず戦いを求め数多の戦場を造り上げる事から狂王

全てを蹂躙し大陸を呑み込みつつあった事から魔王

様々な名で語られた彼、彼等の軌跡が称号として形を得て残されているに過ぎない。

「メインって召喚師?勇者なんだしそれっぽい剣士とかの方が……。

それにレベル1で召喚出来るものだってよわよわだし」

「ならば今ここで呼んだものだけを連れていこう。

その後はメインをその勇者らしい剣士にすればいい」

「………えッマジか」

「化けの皮が剝がれかけてるぞ」

「いやんエッチ」

「はぁ……」

「せめて罵倒でもいいんで何か言ってクレメンス」

「変態野郎」

 とどめは慈悲さえ感じられる美しく完璧な笑みでの一言だった。

 立っている気力も無くなったのか、ブジーアはどこからともなく椅子を二脚ポンッとだし雪叶の横と自身の後ろに置くと、そのまま崩れ落ちる様に椅子に凭れ掛かり長い息を吐いた。

雪叶が出した提案は正直ありがたい。

だが、相手は女神さえも無慈悲に掃う冷徹無慈悲な男だ。

天界では先代の熾天使と同じく先代の魔人王がそれまであった天使や神々の住まう天界と悪魔や魔人と魔神王が住まう地界とを隔てていた柵を取り払ったことで、下界で語られる天使と悪魔の攻防戦は幕を閉じた。

先代の熾天使は言った。天使が理想とする人間を創造しなさいと。

先代の魔人は言った。悪魔が理想とする人間を創ってみろと。

自分達の方が素晴らしい人間を創造できると息巻いていた天使と悪魔だったが、赤子の時代を抜きにしても五年持てばいい方ですぐに世界は滅んでいった。

天使らしい思い遣りや優しさ、悪魔らしい欲深さや大胆さがあって初めて人間は目標を持ち前に進むための力を求めるのだとどちらかが欠けては生きられないのだと知ったのだ。

その先代達が暫しの休暇だと身を隠し永い時が経った今でも天使と悪魔は互いを尊重し共に生きている。

 過去の悪魔の方がまだ優しいのではないかと思える冷たさにブジーアも遠い目を何処かへと向けた。

そしてふと思った。

只の人間である彼に天界で魔物が呼べる訳が無いと。

そもそも天界はその名の通り天に住まう者の為の世界だ。雪叶がいた下界と全く勝手が違う。

ここまで考えてブジーアは初期に浮かべていた女神らしい笑みを携え立ち上がり、雪叶も願いを聞き入れましょうと受け入れた。

ブジーアの笑みに雪叶が顔を歪めるのも気にならないくらいには元気になっていた。

まぁそれも一時の幸福だったが。

「貴方がここで召喚できるのは一体だけです」

「構わない」

「召喚が終わったら世界を救いに行ってくれますね」

「救うかどうかは知らん。だが善処はしよう」

「分かりました。では一時的に召喚師としての技能を使えるようにしました。

どうぞ呼んでください」

召喚できたとしても良くて飼っていたペット悪くて何も呼び出せないか小石程度だ。

どちらにしても大笑い出来る自信がブジーアにあった。

「お、ちゃんとあったな」

「……ん?」

「やはりこれが無いと落ち着かないな」

開かれたままだったステータス画面からアイテム欄に切り替えていたらしい雪叶の右手に装備されたのは銀色のリングに血の様に真っ赤な宝石があしらわれたシンプルな指輪だった。

「なんですかそれ」

「シンフォニアで俺が身に付けていたアイテム、呪われた指輪だな」

「名前からして物騒。

何でそんな物を?」

「気になるか」

「とっても」

「結婚式当日、指輪交換をした直後に殺された新郎新婦が身に着けていたとされるのがこの指輪だ。

アイテムとしての能力は対を身に着けたものを未来永劫離さずにする、簡単に言えば縁をより強固にするものだ。双方が生き続ける限り強力な守護を与えるが、片方が死ねばもう片方も死ぬというデメリットもある」

「えっと、何故それを今身に着けたので……?」

「式をあげる際に誓う言葉を知っているか」

「話を聞いてぇ?

えっと確か、病めるときも健やかなるときもってやつだよね」

「無難なのはそうだな。

だが誓いの言葉は新郎新婦自身で決め、それぞれを誓うといったパターンもある」

この指輪の持ち主は自分達で誓いを選び口にした、と軽口を叩きながらも召喚の準備を進めている雪叶の目の前には、彼にとっては見慣れた陣が純白の床に形成されつつあった。

「男は誓った。神と参列した者達を証人とし妻と築く家庭を愛し慈しみ死後も共にあることを。

女は誓った。神と参列した者達を証人とし永遠の愛とこれから築く家庭とこの幸せを護ることを」

召喚の陣が完成する。

「因みにこれは召喚師専用のアイテムでもある。

対を持つ者を呼び寄せ、未来永劫傍に置く為のな」

雪叶が笑う。

「お前が護ると誓ったのは誰だ?」

完成した陣が眩い光を放ち、その眩しさに思わず両腕で目元を覆い隠したブジーアの耳に聞こえる筈のない第三者の声が届く。

「アンタに決まってるでしょう、我らが王よ」

陣から現れたナニかはハッキリと言葉を発し知性ある事を示した。

陣から現れたナニかは燕尾服を纏い引き締まった身体を持っていた。

陣から現れたナニかは、身体は青年体だが頭だけが人のモノではなかった。悪魔の象徴ともされる黒山羊の頭を持っていた。

「悪魔ーーーーッ?!」

「うわうるさ。というか何この状況」

「勇者ナウ」

「把握した。

にしても勇者から程遠い奴が選ばれてて草なんだが」

「俺の召喚はこの一回だけだ。あとは分かるな」

「おけ、他も呼ぶわ」

「まてまてまてまて」

ぽんぽんと最低限過ぎる単語のみで弾む会話に混乱から戻って来たブジーアが待ったをかける。

「何で悪魔呼んでんの?!」

「悪魔だと思ってるのか?」

「どこからどう見ても悪魔だよね?!」

「エディが何なのかもわからんのか。

呼べたのは単純にシンフォニアの設定に従ったまでだが?

お前が言ったんだろう。ゲームデータを引き継げると。そのようにすると。

ならばゲームで出来ていた事が出来ないわけあるまい。

引き継げないのは世界を転がすアイテムのみだとお前が言ったんだろう?」

要するに雪叶が行ったのはゲーム内では当たり前に出来ていたことでしかなく、天界という自身の領域である事に胡坐をかいていたブジーアの傲りの結果だ。

口元をわななかせ何も発せずにいるブジーアの前にエディと呼ばれた黒山羊頭の男が近付きハンカチを差し出した。

「状況から見るにあの人に相当虐め倒されたんだな。

生粋の虐めっ子だから……まぁその、お疲れ様?頑張ったな」

「えっ好き結婚しよ」

「無用な優しさはやめとけエディ、そのぽわぽわ状態のお前は碌な事にならん」

思わず告白してしまう程にはブジーアは疲れていた。何なら悪魔らしい見た目の彼の背後に後光が差して見えるくらいには。

ハンカチを握り締め息を吹き返したブジーアに黒山羊頭の彼はエドワルドと名乗りステータスを開示して見せた。


名前    : エドワルド

種族    : ーーー

レベル   : ーーーー

メイン職業 : 暗殺者

サブ職業  : 執事

スキル   : 万能者

        眷属召喚

        夢渡り

称号    : 魔王の半身

        魔子母神

        苦労人


「まーー!!」

「またかよ、か魔王のどっちかか」

「待って欲しいのまーかも?」

 本日何度目かのブジーアの絶叫が響いた。それもそうだ、開示された情報は勇者パーティの一員というより魔王側と言われた方が納得の情報のオンパレードだったのだから。

そして思い出す。

召喚が出来るのはこの一度だけと契約して雪叶は彼を呼び出した。ゲームの設定に従った正当な手段で。

そしてそのゲーム設定は雪叶だけでなく彼自身が呼び出したエドワルドにも当てはまる。

叫んだ際に勢いよく仰け反り、意図せずしてジャーマンスープレックスを喰らったような体制になってしまったままの姿でブジーアはまさかと頭を過った考えに雪叶を仰ぎ見て……再度自身の敗北を悟った。

嗤っていた。えぇえぇそれはもう大変お綺麗でいらっしゃいましたとも。

称号に出る程の半身を傍に侍らせ機嫌がいいのか、これまで見せていた血の通っていない笑みとは天と地の差・月と鼈と評せるほどに分かりやすい笑みでしたとも。

「最初」

「イチゴのケーキが食べたい」

「血糖値上がるぞ」

「珈琲の気分だな」

「俺は紅茶が良い」

「いいぞ。クッキーも捨てがたいな」

「全部は食べれないでしょ」

「行く先に海や湖があれば見たいものだな」

「あったら皆でキャンプ?」

「しない手はないだろう?必要なものは現地で造ればいい」

「ワーポないから永住は出来ないし俺一人だと見きれない」

「目を増やせばいいし、移動手段が無いならそこに城でも建てようか。

忙しい時は猫の手でも借りればいい」

「わんぱく我儘坊やめ」

「失礼な」

「誉め言葉です王よ」

ブジーアを蚊帳の外に会話が続いていく。

二人にとっては見慣れた、ブジーアにとっては見慣れぬ陣が形成されていく。

 先の問答はこれから召喚する仲間の順番だった。

勇者となった雪叶にはもう出来ない事だが、彼が唯一呼び出せたエドワルドは自身の眷属基それに登録した者達を召喚し呼び寄せる事が出来る。

この召喚も世界を転がすような脅威とは判定されない。なぜならただ仲間を呼ぶだけだからだ。

神の認識として一介の人間がほんの少し力を手に入れたからと言って世界を滅亡させる芸当なぞ出来るわけが無いというのが一般的だ。

その例に漏れずブジーアもゲームの能力を与えただけで人間が魔王クラスの怪物になるわけが無いと思って、世界関係のアイテムだけを奪うに留めた。

結果としてその傲慢さがこのとんでもない事態を引き起こしたのだから、とんだ笑いものだ。

「わんぱく我儘坊やから各員に指令が下されました。

糖尿病まっしぐらイチゴのケーキとクッキーをご所望です。料理長兼任のエリオは直ちに馬鹿の口に甘いの放り込んで下さい。

次いで飲み物には珈琲をご所望です。俺は紅茶が良いですカルロ先生。

菓子は大量でご注文入ってるので沢山食べていいぞロドルフォ。

転移先で海とか湖で遊びたい見たいだから水の底に案内してあげてフィエロ。

王含め馬鹿どもの監視頼んだよルッカ。

必要なものは現地で創造だって出番だぞー、そんで偶には日の光を浴びなさいアルミノとネヴィオ。

城を建てたら守護は任せたよ我らが砦ダンテ。

正直猫の手も借りたいから補佐を頼んだよジュスト」

「なぁやっぱり馬鹿にしてるよな?」

所々毒どころか殺害予告めいた言葉を織り交ぜながら仲間を呼ぶエドワルドに、雪叶は彼の顔を覗き込みながら顔色を窺った。

顔色とは言ってもエドワルドの頭は黒山羊の為、人の様に変化するわけではないのだから意味が無いが。

「馬鹿にしてるというか急に消えて一番心配してたのはエドちゃんだからねぇ。

レオちゃん簡潔な説明だけでそこには何も触れてないでしょ。

状況整理できて落ち着けたからこそぶり返したんじゃない?」

 エドワルドの生成した陣から初めに出て来たのは藍色の髪をした白のワイシャツに黒のスラックス、そして腰元に同じく黒のエプロンを身に着けた男だった。

髪色と同じ藍色の目をした彼は、見た目通りの優しげな声で話す普通の人間に見える。

「だがこんなのは何時も通りで……」

「そうだね~いつも通りだからこそ感謝しないといけないよね?」

「ぐえっ」

「あたり前があたり前じゃない事を誰よりも知ってるのはレオちゃんだよね?」

「わふぁ、おれふぁふぁるふぁっふぁ!(待て、俺が悪かった!)」

「ふふふふふ」

「エリオ、エリオそのへんで許してあげて?クッキー詰め込み過ぎてレオが息出来てないから!」

現れたエリオがアイテムボックスから出したのは天板山盛りのクッキーたち。

それを容赦なく雪叶の口にねじ込み咀嚼する傍からさらに捻り入れていく。

次々と入っていくクッキーに言葉も水分も空気も奪われ、苦しさから涙目になる雪叶に黒い笑みのまま止めないエリオ。

流石にこれ以上は拙いとエドワルドが待ったを掛けたことでその行為は止まったが、依然としてエリオは笑みを浮かべたまま。

「君が何の前触れもなく皆の前から消えた時、一番最初に動いたのはエドちゃんだったよ。流石君のって感じだよね。

ログアウトしても君の姿は無かった。誘拐かとも思ったけど君を狙う奴がいたとしても僕らで潰してきたし君だってその手の連中に後れを取る事は絶対にない。

ならば何が起きたのか。厳重なセキュリティに加えて僕らを出し抜けるなんて人間技じゃないのは確かだ」

 ようやく口の中を荒れ狂っていた水分奪う菓子から解放された雪叶と笑みを浮かべたまま言葉を続けるエリオをそのままに、再度陣が光り出しまた誰かが陣を通して向かってくる気配が流れ出した。

流石にこれ以上は看破できないとブジーアが強制的に能力を停止させようと力を使おうとするが、いつの間に近付いていたのかエドワルドに構えた手を優しく降ろされその降ろした手とは反対の手で背後へと視線を誘導するように掌を向けた。

 その先にあったのは綺麗にセッティングされたアフタヌーンティー。

マカロンやスコーン、サンドイッチなど様々なセットが先までなかった筈のテーブルに置かれていた。

香り立つ匂いに誘われるように覚束ないフラフラとした足取りで誘われるブジーアの手を引き席まで誘導するエドワルド。

疲れた時に脳は糖分を欲するというのは、何も人間に限ったものではない。

人の営みを見て来たブジーアも人間の娯楽には興味があるし、稀に下界に降り立っては調査と評して様々な食を楽しんだりもしていた。

その為、ブジーアの内には甘未は疲れに効くとインプットされている。

傍若無人で破天荒で俺様何様な雪叶相手の交渉

勇者として彼をあの世界に送らなければ自身が創られた意味が…という不安

召喚されたのが悪魔というだけでも頭が痛いのに、さらにこの場に何かを呼ぼうとすることへ対しての驚き。

兎にも角にもブジーアは疲れていた。この現実から目を逸らして自身の世界に籠ってしまいたいと思うくらいには。

そんな時に甘いものの誘惑と自身の世界に入れる場があればそちらへと流れてしまうのは最早自然の摂理と言えるのではないだろうか。

「人間じゃないとなればこちらに出来る事は限られてる。

でも君なら何が何でもエドちゃんは呼ぶだろうとは思ったし、実際その予想は当たってた。

ログアウト後も通話だけは繋げてたからエドちゃんがシンフォニアの召喚陣だって言った時は驚いたけどね。

『シンフォニアの陣って事はゲームの能力をレオが使えるってこと。なら呼ばれた俺も使える可能性は高い。

まぁ使える事を想定して初めに俺を呼んだんだと思うけど。

取り敢えず行ってくるから、各自ログインして呼ばれる準備してて』って言ったエドちゃんは流石の一言だったね。

だからまぁ、色んな意味で覚悟位はしてた方がいいんじゃない?みーんな心配してたからね」

 エリオがそう締めくくった直後だった。

これまで以上に陣が光り出し、七つの人影が現れる。

だが見えた影に目を細め見ていた雪叶は首を傾げた。呼んだのは八人なのに七つしか影が見えないのもあるが、エリオの時の様に立っているのではなく様々な形をとっているのだ。

真ん中だけが異様に影が濃く、その真ん中から細い棒状のものが四方八方様々な場所から飛び出している。

ピンと真っ直ぐ横に伸びたものや、先が鋭く尖って見えるものなど。

正直言って

「わぁ、一種の魔物みたい。正直キモイね!」

「おまっ、人が言わない様にしていたことを……」

「君が遠慮するなんて明日は槍が降るね」

「おい」

二人の会話が耳に入ったエドワルドとある程度回復したブジーアが噴き出した。

お叱りを受けたからかしおらしい雪叶がツボに入ったらしく、腹を抱えて引き攣った笑いが漏れている。

光が弱まり始めた時、徐にエドワルドが口を開いた。

誰に聞かせるわけでもない、どこか某戦隊番組のナレーションの様な口調で。

「光と闇に分たれた世界で、一つの光は闇へ二つの闇は光へと互いに堕ちて世界を知った。

知ったからにはもう戻れない。

光と闇が混ざり合った者達は他の光と闇を巻き込んで世界を変えた。

そして次に目を付けたのは新たな世界。その世界で力を持たぬ者として生きた彼等はまた新たな世界へと向かおうとしていた。

しかし、その前に彼等は決めた。

手始めに始まりの王へと、仲間である自身等に何も言わず世界を渡る為の道を決めていた馬鹿に怒りの鉄槌をと」

光が収まった先にいたのは、戦隊ポーズをとる七人だった。

動きやすさ重視の軽装備が二人。それぞれ頭が狼とシェパード犬。

かっちりとした灰色のスーツに梟の頭をした者や、半纏に頭からクラゲを被った様な者。

桜色の着物に灰色の袴を身に着けた頭が蛇の者に、全身を銀色の鎧で覆った獅子の頭の者。

そしてそんな個性豊かな姿をした者達の間から顔を出す全体的にゆったりとしたローブに近い服装をした土竜頭の者。

正直に言ってカオスである。

「行け!スフィダンテ達よ!」

 そんな異様な空間でエドワルドが挙げた手を振り下ろすのとエリオが雪叶から離れ、異色頭の集団が雪叶に飛び掛かるのは同時だった。

「ね?考えててよかったでしょ」

「……本当にこれを言う時が来るとは思ってなかったよ」

「もう少しいい感じに纏めたかったんだけどね~、何時か改良版作ろうかな」

「もし出来たら俺は観客側でいたいよ。ペンラ振っとくから」

「いいね。なんなら団扇も作っちゃう?」

「賑やかになるね」

「おいこらそこ二人!何和やかさんしてるんだ潰れる!!」

「潰れてしまえ」

「エリオさんっ?!」

「それくらい受け止めて下さい王よ」

「エディお前もかっ!!」

 飛び掛かって来た異色頭に埋もれながら雪叶が声を荒げるが助けを求められたエリオもエドワルドも一言そう返すだけでその場から動くことは無かった。

飛び掛かられた瞬間に獅子が倒れる雪叶を支える為に背後に回り羽交い絞めに。

狼とシェパード犬は左右に別れ無防備な胴体に抱きつく形で雪叶をさらに拘束。

クラゲはお前はロケットかと言われそうな勢いで真正面から腹部に突進しガッチリとホールド。

梟と蛇は少し離れた位置から「言わなかった貴方が悪い」「締めが甘いぞ三人とも」など野次を飛ばしている。

土竜は手に抱えたものを団子の様に固まる五人に投げ付けた後、そそくさとエリオとエドワルドの方へと走り寄って来た。

「あぎゃッ!!」

投げ付けられたソレは雪叶の顔面にぶつかり、そして跳ね返って観戦するエリオとエドワルドの方へと向かってきた。

「その姿でいいの?顔面潰せたし戻ったら?」

足元に来た狐にエリオがそう声を掛ければ狐、ジュストは器用に鼻を鳴らした。

「いや、この方がおちょくるん楽ですしエドさんの傍に居やすいんで」

「……もふもふ」

「なる。お疲れエドちゃんの癒しになるもんね」

たたっと軽やかな足運びでエドワルドの足から肩へと駆け上がり、見ても分かる毛並みのいい尻尾を垂らす。

手を伸ばし尻尾を触るエドワルドの声は幸せそうに蕩けている。

「勝手に決めたレーさんが悪い!」「そうだぞ!何勝手に面白い事してんだよ混ぜろ!」「……アルミノ、多分怒るとこ違う」「湖行こ!泳ぎたい!泳ぐ!泳がせて!一緒に海の底に行こ?」「フィエロそれは死の誘いか?」

 わちゃわちゃと各々が好きに話し彼等にとって見慣れた日常がそこにあった。

「いや怖いうえにむさ苦しいわ!!」

甘い菓子によって回復したブジーアの突っ込みが炸裂した。

確かに異色頭の青年が八人に異色頭じゃない青年が二人に狐が一匹で、広かった室内が一気に狭く感じてしまう。

「あー、誰?」

「女神ちゃんだよ」

「え、これが?」

「レオポルドを呼んだ奴だからじゃない」

「なるほどだからか」

雪叶を解放し、新しく召喚された彼等が突っ込みを入れたブジーアに対し訝し気な空気を醸し出しながら放たれた疑問にエリオが答え納得したのかあー、と納得していた。

「僭越ながら自分が自慢の仲間達を紹介させて頂きますね。

梟頭を付けた彼がカルロ先生。知識が深く珈琲と紅茶を入れるのが上手い我らが参謀様」

「はい、カルロ先生ですよー」

エドワルドからの紹介に恐らくにこやかに手を振るカルロ。物腰の柔らかそうな男性というのが印象的だ。

「狼頭がロドルフォ。甘いもの大好き自在に武器を操り最前線で戦う頼れる特攻隊長」

「はいはいはいはーい!俺がロドルフォだぜ!……腹減ったからエリオのお菓子頂戴」

「いいよー」

軽装備で如何にも動きやすそうな恰好をし、手を上げてアピールする姿は元気溌剌を体現した青年といった印象を抱かせる。

「クラゲを頭から被ってるのはフィエロ。泳ぐの大好きムードメーカだけど水に狂ってる前線部隊隊長」

「はい!フィエロです!水が好きです大好きです!水が嫌いな奴は即バイバイ案件なんで」

「フィーちゃんここに水嫌いはいないからその手に持ったメイスはナイナイしようね?」

他の者達と比べて頭一つ分小さく見える青年は声も明るくムードメーカーと評されたのがよく分かるが、決して水関係で彼の地雷を踏んではいけないと感じさせる。可愛らしいのに毒を持つまさにクラゲの様だと言った印象が強い。

「蛇頭がルッカ。カルロ先生に負けない知識と皆を見守る優しい目を持つ頼れる管理人」

「………この前レオポルドがフィエロとアルミノとロドルフォと一緒になって東棟改造して部下三人が巻き込まれてた」

「おいそれ内緒にしてくれっていっただろう!?」

「三人とも後でお話があります」

腕を組みそっぽを向きながら放たれた声は淡々としたものだったが、愉悦が滲んで聞こえた。クールそうな印象があったが愉しい事も好きそうな雰囲気があった。

「シェパード犬頭がアルミノ。基本は室内飼いで内部改造施しては皆を驚かせるビックリ箱なのに暗殺から潜入そして拷問まで出来ちゃう有能アサシン」

「アルミノです!拷問なら海水がお勧めでっせ!コストも無いし何より手軽!!」

「アルちゃんここで拷問に海水を進めないでプレゼンしないで?」

こちらも元気いっぱいな様子だが、その明るい声で拷問のプレゼンされると余りにちぐはぐなソレに脳がバグりそうになる。先の水狂いといい明るいのに影が濃すぎるといった印象だ。

「土竜頭がネヴィオ。武器の改造から国の創造までお手の物、彼に造れないものは無い!な我らが建築士であり頼れる鍛冶師」

「もう無理。明るい、白い、地下に潜りたいぃぃぃ」

「あと少しで紹介終わるしその後に多分武器位なら造らせて貰えるから頑張ろ!」

服の上からでも分かるガチムチな身体なのに言う事が暗闇属のそれでこちらも見た目からは想像できない中身に脳がエラーを叩き出しそうで色々と濃いなという印象がある。

「獅子頭がダンテ。我らが砦であり最後の要でだけど誰よりも皆が大好きで大切に思ってくれる頼れる守護神様で皆の兄貴分」

「………大切なのは否定しないが、守護神は言い過ぎだ」

「何時もありがとうね、お兄ちゃん」

ガチガチの白銀の鎧から出る同じく白銀の鬣の獅子なのに、見た目に反して声は優しく穏やかで照れているのか僅かに揺れる身体とのギャップが凄いといった印象で殴って来た。

「最後がジュスト。全員の補佐を難なく熟せちゃう頑張り屋さん。今はこの姿だけど人型もちゃんとありますよ」

「この姿だと悪戯しやすいんすよね。特に総統様の顔面潰したり隠してたお菓子盗んだりも楽勝っすわ」

「偶に無くなっていたのはお前の仕業か!毎回高い限定物だけ捕っていきやがって!!」

「レオちゃん??まさか俺等を狩ろうとしてた連中がのさばってる時に居なかったのはそれを買いに行ってたとかじゃないよね」

「スミマセンデシタ」

狐だった。まごう事無き狐だった。雪叶に対してやや棘のある言動が見えるが、疲れているエドワルドに撫でまわされても何も言わない辺り心根は優しいんだろうなといった印象だった。

「もう、もういいですお腹いっぱいで……ご紹介ありがとうご馳走様です。

それで、世界を救ってくれるんですよね?」

「どうするかね」

「どうするかね?!ここまでやっておいて断る気ですか?!」

「面白いとは言ったが救うとは、いってぇ!!」

「行くことは決まってるでしょ!意地悪しないの!!」

「本当にすみませんうちの馬鹿が。

五歳児なんで行けば目ぇ輝かせて動くとは思うんで……。

この人が勇者って事は行った先ですぐバレちゃう系?それとも自分から言わなければバレる事はない?」

 自己紹介の為に拘束から解放されていた雪叶にブジーアがやっと色んな意味で解放されると安堵しながら問うた言葉はニヤつく笑みを浮かべながら焦らされる。

ここまでやってまだ駄目なのかと顔を青ざめさせたが、ニヤけ顔の雪叶の頭を引っ叩いたエリオと世界を渡る事を良しとするエドワルドの言葉に温度を取り戻した。

「あっ、えっと魔王側には察知されるけど人間側は一度教会に行ってもらえれば各国の王やそれに相当する地位の人達には知られます」

「なるほど……。そういえば俺達はここからその世界に送り出されるみたいだけど、この人数いける?」

「正直言ってこの人数用の部屋というか送り用の陣じゃないです……。

三人が限界で」

「やっぱりそうか……。

じゃあ他の皆ちっちゃくするから送る用意だけお願いします」

「はい?ちっちゃくって」

「しゅーごー!!」

「聞いてぇ?」

 エドワルドの掛け声に雪叶とエリオ以外が彼の前に集まった。

皆を呼びつけた彼は自身のアイテムボックスから某魔女がパイを入れるのに使っていたのに似た籠を取り出し横に置いた。

「話は聞こえてたね?んじゃジュストは俺にくっついていれば大丈夫だから、他の皆はここな」

サイズ的に明らかに入らないのにちっちゃくとは?と一応言われた通り用意をしながら内心ブジーアは首を傾げていたが次いで目に入って来た光景に考えるだけ無駄だったんだと思い直した。

「各自ミニ化お願いね」

はーいと良い子のお返事と共に、昔のゲームにあったような主人公が画面の両端が円形に萎んでいくのに合わせて小さくなる演出の様に小さくなっていく。

心なしかぬいの様に見えなくもない。

小さくなった彼等を一人一人両掌に乗せて籠に入れ終えたエドワルドは先に陣の中に入っていた雪叶とエリオのもとへと向かい陣の中に入った。

「じゃあ送りますね。勇者様とそのお仲間様方、ご武運をお祈りいたします」

腕を組みそっぽを向く雪叶とそんな彼の首根っこを掴みながらにこやかに手を振るエリオ、そして籠に入った仲間を落とさぬように抱え頭を下げるエドワルドと尻尾を揺らすジュスト。

籠から顔を出し小さな手を振る小さな仲間達。

ブジーアはそんな彼らが光と共に消えるまで胸の前で組み祈りを捧げていた。

 光が消え、その場には先の賑やかさはなく静寂だけがあった。

手を下ろしたブジーアは感傷に浸ることなく陣に背を向けて、先までは無かった扉を潜り部屋を出る。

「これでロールは終わり。お疲れ様ブジーア、これから愉しくなるね俺」

部屋を出た途端にガラリとブジーアの纏っていた空気が変わる。

「あー、女神はこうだっていうからこうしたのにウケなかったなぁ。

いや、そもそも記憶というか人格まで制限してたんだから仕方ない……のか?

上のうるさいの騙すにはよかったけど、戻った後が色んな意味でヤバイよな。主に俺の精神状態が」

長くウェーブの掛かった金髪は短く、そして黒曜石の様に真っ黒に染まっていった。

女性が羨むボンキュッボンの凹凸は消え鍛え上げられたしなやかな筋肉へと様変わりし、身に纏っていた服も女神らしいソレから黒と金を基調としたものへと変化した。

「呼び出した所から見られてたし下手にボロ出せばよくて軟禁悪くて監禁飼い殺しだしな。

今頃上は大騒ぎだろうなぁ、だって天界が地界との共存ではなく管理する地位に立つための駒が消えたんだから」

キラキラと輝いていた金の瞳は、血のような赤へと変わる。

女性らしかった顔つきも男性のものへと変わっていった。

真っ白な廊下を愉し気な笑みを浮かべて男は進んでいく。

「自分達が上になんて考えを持っている時点で、自分達も欲に忠実な下僕に成り下がってるんだっていつ気付くんだろうねぇ?」

クスクスと男の嗤い声と軍靴の音だけが廊下に響いている。

そもそも雪叶がいた世界は神が戦力となる駒を創る為だけに創造した世界だった。

地球という惑星で様々な人種が争い培ってきた全ては極上の駒を造り上げるための過程に過ぎない。

天界にとっても永く感じる時間を掛けてやっと育った駒が目の前で奪われたのだから笑いものだ。

「あの人の予想は的中。

600過ぎれば崩れるだろうとは言ってたし丁度それくらいで崩れ始めたけど結果的に853年も保ててたんだから二度目にしては上々か。

あっちだと2680何年くらいか?時間の流れが違うから正確なのは分からないけどいい休暇にはなってるでしょ」

廊下を過ぎて広場に出れば緑の草木と色とりどりの花畑が彼を出迎える。

それに慌ただしく走り回り喚く天使達の喧騒が無ければ清々しい空気を吸えたのだろうが、彼にとってはその慌ただしさこそに愉悦を感じている。

ブジーアは何処だ、謀ったなと喚きたてる声も心底愉快で……。

ブジーアに架せられたのは雪叶の魂を天界に召喚し、天界に召喚されても話がうまく進むようにと浸透させた異世界転生・転移の物語であるようにもてなし天使兵とするための最後の仕上げを施す事。

だがブジーアはもてなす事はしても素直に天使兵にすることなかった。

寧ろブジーアとなる前に創造された世界に送り出し、自身以外の神や天使が手の出せない世界に送り出したのだ。

神の前では嘘が付けないとされているが、すり抜ける方法はある。

力を使った際にブジーアは自身の人差し指と中指を交差させ上から下へと斬るような動作をしていたが、アレは幸運を祈るという意味を持つが、誰にも見られない様に隠した状態で使うと意味が違ってくる。

噓がばれない様にという意味を持ってくるのだ。

そして面白い事に、天界でそれを使うと覗き見している者達に嘘がバレないのだ。

だからこそ駒が手に入る瞬間を今か今かと待っていた連中が世界に送った後で気付き慌てだしたのだ。

ブジーアを探し出し駒を呼び戻そうと探し回る白を纏う者だけがいる空間で黒を身に纏う男の異質さに誰も気付かない。

まるで見えていないかのように。

「好きに生きなよ勇者様。その物語もこっちの馬鹿騒ぎも愉しませてもらうからさ」

 そう言って嗤いながら男は空気に溶ける様に消えた。

男が消えた近くには彼の瞳と同じ赤いアネモネの花だけが楽しそうに揺れていた。


次回予告

「頭の装備、ちゃんと外してから行きなさいね?」

「この国は水に呑まれて消えるだろうね」


「この国は、魔物に支配されてるんだ」

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