*どうしようかな

庭を眺めていたら、廊下から足音が聞こえた。


「おはよう……今起きたわ……」

「フジ、おはよう!」


藤田はふわあとあくびをして「スク、おはよう」と返してくれた。


そのままちら、と庭を見て眉をひそめた藤田。


「……あいつらは何してるの?」


庭ではしゃいでいるユキと鹿野。


その様子を立って見ていた松原にユキが飛びつき、バランスを崩して松原が倒れたところだった。


それを見て、鹿野が大笑いしている。


「なんかね、ユキと遊んでるよ」

「うん、だろうね。見て分かる」


苦笑した藤田が、部屋の中を見回した。


スク以外には誰もいない。


「ロトは?」

「ロトちゃんは寝に行ったよ。さすがに眠いって」


あぁ、と藤田が申し訳なさそうな顔になる。


「もしかして、ロトは徹夜してた?」

「みたいだね」

「そっか、俺のせいだな」

「そんなことはないと思うけど」


また、庭を眺めるスク。


今度は鹿野にユキが飛びついて、鹿野が転んでいる。


いけいけ! と松原がそそのかしているのが分かった。


藤田も庭を眺めていたらしい。


「あの二人。よく喧嘩してるけど、なんだかんだで仲良いんだよ」


そう言って藤田は肩をすくめると、「ご飯何食べたらいい?」と台所を覗いた。


「あぁ、ごめん! 今用意するね」


慌てて立ち上がったスク。


すっかり忘れていた。


「大丈夫、ありがとう。にしてもすげえな……学生でもあそこまではしゃがないだろ」


藤田は呆れているらしい。


鹿野が落ちていた木の枝を拾い、遠くに投げるとユキと松原が走る。


競った上でユキが勝ったらしく、嬉しそうにユキが鹿野に駆け寄るのを見て、松原は悔しがっていた。


きっと、二人もいい大人ではあるのだろう。


それでも子どものように、はしゃげるのはすごい。


ロトが残していたご飯を用意して、机の上に並べる。


魔法で作ったからなのか、時間が経っていてもまだ温かかった。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。いただきまーす」


藤田が座った椅子の向かい側に座って、またぼんやりと庭を眺める。


今度は鹿野とユキが競っていたが、鹿野がうまく木の棒を取ったらしい。


しゅん、としているユキを見て、松原がユキの頭を撫でていた。


「スクはさ、学園の学生なんでしょ?」


藤田に聞かれて、庭から目を離した。


「そうだよ」

「何年生なの? そういう概念ってある?」


言われてみれば、三人にはまだ伝えていなかった。


「俺は三年生だよ」

「そっか、三年生なのか。何年生まで学園に通うの?」


うーんと考えて、スクは苦笑した。


「フジのところでは、何年生かになったらみんな通わなくなるの?」


そう聞いたら、藤田が目を丸くした。


「え? まあ、そうだね」


やっぱり、この惑星とは違うのだ。


ふーん、と小さく呟くと、藤田が首を傾げるのが分かった。


「もしかして、卒業っていう考え方がない?」

「ソツギョウ?」

「あ、その考え方がないんだ……」


スクが首を傾げると、何年か通ったら教育機関を出て、別の教育機関に進んだり、仕事をするようになるのだ、と教えてくれた。


教育機関を出ることを、卒業というらしい。


ついでに教育機関についても聞いてみたら、ここでいう学園のようなもの、と言われた。


「フジがいたところは、そんなにたくさんあるの?」

「そうだね。自分のところは、小学校、中学校、高校、大学、大学院、って感じだったかな」


聞いたことがない言葉だが、きっと教育機関の名前なのだろう。


どことなく浮かない顔をしているスクに気づいたのか、藤田が眉根を寄せた。


「どうかしたの?」

「え? いや、ううん。何もないよ」


卒業かぁ、と呟くスク。


藤田は不思議そうな顔をしたまま、スクに質問をする。


「ロトは学園の先生だって言ってたじゃん?」

「うん、そうだよ」

「ってことは、ロトは学園に通ってたの?」


難しいことを聞いてくる。


スクは苦笑した。


「うーん、ロトちゃんはなんだろうね……通ってたというか、学生の頃からずっと学園にいるみたい」

「え?」


目を丸くした藤田。


「うまく言えないんだけど……学園って、たぶんフジが言う卒業っていうのはないの。好きなだけいれるし、三年生が終わったら行きたくない人は行かなくてもよくなるの。ロトちゃんはね、それでそのまま学園に残ってるんだと思う」


藤田が眉をひそめるのが分かった。


「ロトちゃんの師匠も、そうやって学園に残ってた人みたいでね。お手伝いしてたんだって。ロトちゃんの師匠に代わって、たまに授業をする学生だったみたい。いつからか学園からも正式に先生って認められたから、そのまま学園で先生をやってるって言ってたよ」


目をパチパチさせて、へえと呟いた藤田。


「そんなことがあるんだ」


頬杖をついたスク。


自分も、三年生が終わったあとにどうするかを考えないといけない。


そのまま学園に通い続けるか、学園に行かずに別のことをするか。


「スクは学園に残るの?」


ちょうど考えていたことを藤田から聞かれ、スクは苦笑した。


「どうしようかなって思ってる。悩んでるんだよね」


うーん、と庭をぼんやり眺めたスクを見て、藤田はじっとスクを見た。


「ロトは何か言わないの?」

「ロトちゃん? ロトちゃんは好きにしたらいいって言ってる」

「なら、好きにしたらいいんじゃないの?」

「うーん……」


そう単純な話でもない。


ロトは好きにしたらいいと言うが、このままいつまでもロトの世話になるわけにもいかない。


ロトは何も言わないが、自分が居候していることで迷惑をかけていることは間違いない。


特に、藤田たちもいるとなれば。


「やっぱり、お金の問題ってあるんだよね」


ぽつ、とスクがこぼした言葉に、藤田が苦笑した。


「学園に通うの、お金かかる?」

「うん。教科書とかにもお金かかるし……なにより、生活費がね」


三年生までは学費がかからないものの、四年生以降も学園に通うなら、学費を払わなければならなくなる。


安くはない金額であることを考えると、それだけで学園に通うことをためらう理由になる。


「今はロトがお金を出してくれてるの?」

「うん。この家に転がり込んだときはロトちゃんにお金渡してたんだけど、途中からロトちゃんが受け取らなくなっちゃって」


なるほどねえ、と藤田は呟いた。


これ以上、ロトに金銭面でお世話になっていいものなのか。


いくらロトが学園の先生とはいえ、悩んでしまう。


「ロトはスクのお父さんではないんでしょ? 親戚でもないの?」

「うん、違うよ。ロトちゃんとは本当に、学園の先生と学生ってだけ」

「なら、気を使うよね」


改めて考えてみると不思議な状況ではあるものの、藤田は深くは聞いてこない。


うーん、と藤田も悩み始めた。


「進路の悩みは難しいよね、正解ってないから。でも、勉強したいならそのまま学園に残ってもいいんじゃない?」


その言葉に、藤田の顔を見つめたスク。


勉強したいなら学園に残る。


単純だけど、今まで考えていなかった。


「ちゃんと話したら、ロトも考えてくれるんじゃない? まあ、それなりの成果は出さないといけないとは思うけど。ロトに聞いてみたら?」


スクは目をパチパチさせた。


「悩んでるってことは、学園に残りたいっていう気持ちがあるってことでしょ?」


「悩んでる理由がお金なら、やっぱりロトに相談してみるべきだよ」と藤田は頷いている。


「……そっか」


藤田に言われて気づいた。


自分は、学園に残って勉強をしたかったのか。


「ありがとう、フジ。ロトちゃんと話してみる」

「うん、それがいいよ」


藤田は優しく微笑んだ。

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アラニュエの森 あわふじ @awafuji0

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