*ほんのやま
「おはよー……わ、なにこれ」
起きてきたスクが、リビングを見て目を丸くした。
それはそうだろう、昨日までなかった大量の本が積み重ねてあるのだ。
「おはよ、スク。散らかっててごめんね」
ロトがそう苦笑すると、スクは首を横に振る。
「いいけど、これ何? 本?」
「うん。フジたちが乗ってたものから持ってきたの」
「そうなんだ」と言いながら本の山に近づく。
本を一冊持ち上げて、スクは首を傾げた。
この惑星の文字ではないため、何の本なのかが分からない。
すぐに本を元の場所に戻した。
「あれ、ってことはロトちゃん。あの白いやつのところに行ったの?」
スクが振り返ると、ロトはあくびをしていた。
眠そうだ。
「うん。フジが行きたいって言ったからね。ついでにフジたちの惑星について話を聞いてたの」
ロトが机の上に広げたままの紙と本を、スクが覗き込む。
「これ、宇宙図?」
「そうだよ。スクも読めるようになった?」
「ううん、宇宙図ってことだけはわかるけど」
「そっか」
宇宙図は一般的なものではない。
普通の人なら、宇宙図を見たところで何の図なのかも分からない。
そもそも、空の向こうが宇宙という空間になっていることすら知らない人もいる。
スクは宇宙についてまだ知っている方だ。
「宇宙の研究?」
「研究っていうほどのものでもないけど……フジたちがいた惑星、僕たちの惑星とはかなり違うみたいだよ。宇宙から来ただけあって、フジは僕たちよりもかなり宇宙を知ってる」
ソルセルリーでは知名度がない宇宙図を、ひと目見て理解した藤田。
宇宙図の書き方がまったく同じだったかららしいが、どうして同じなのかはロトも藤田も分からなかった。
不思議なことばかりだ。
藤田は自分たちの本を広げながらいろいろと説明してくれたが、そもそも藤田たちの惑星の文字が読めない。
文章を読み上げながら教えてくれていたものの本の挿絵も少なく、言語通訳がうまく働かない言葉が多かった。
その度に止まり、ロトも言葉の意味をメモしながら聞いてはいたが、なかなか難しい。
言語通訳がうまく働かない言葉は、そもそもソルセルリーには存在しない概念の言葉か、言葉の概念自体がかなり難しいものだ。
藤田が持っていた本の数ページしか、話は進まなかった。
藤田が寝たあとも、ロトは自分が持っている本と藤田が言った内容を照らし合わせていた。
どうしてもこういうものが気になってしまう性分なのだ。
途中までは付き合ってくれていたユキも、さすがに寝てしまった。
ふと気づいたら夜は明けていて、スクが起きてきた。
要するに、徹夜だ。
不思議そうにロトのメモを眺めるスク。
「この、サンソってなに?」
「サンソ? あぁ、酸素か」
スクが指差している場所を見て、納得をする。
自分も聞いたことがなかったのだ。
スクは知らない言葉だろう。
「フジが言ってたの。人間だけじゃなくて、生きてるものはみんな酸素が必要なんだって。でも宇宙空間には酸素がないから、そのまま宇宙に行くことはできないんだって」
スクは首を傾げる。
「ニンゲン?」
ロトは苦笑した。
藤田に話を聞いているときの自分と同じだ。
こうなるから、話が進まない。
「人と同じ意味みたいだよ。ちゃんというとなんか違うみたいだけど、もう同じだってフジは言ってた」
「へー、不思議な言葉があるんだね」
惑星が違えば、常識というのもまったく違うらしい。
藤田の話を聞いていて、それを痛感した。
「おはよ」
珍しく、松原が最初に起きてきた。
スクも目を丸くして、「おはよう!」と言っている。
「マツ、早起きだね」
「なんか目覚めたから。いつも起きてくるの遅いし、今日くらいは早く行くかって思ったんだけど……なんだこれ、すごいな」
本の山を見て顔をしかめていたが、それがあの宇宙船から持ってきた本だということに気づいたらしい。
松原の顔がぱあっと明るくなった。
「え、俺らの本じゃん! ってことは、宇宙船は無事だったの?」
目をパチパチさせて、ロトを見たスク。
「ウチュウセン?」
苦笑したロト。
とりあえず、スクに説明するのは後回しだ。
「そう。フジを連れて行ってきたよ。フジが持って帰りたいって言ったから、全部持ってきた」
「うわー、それはありがたいわ」
松原が何冊かを手に取って眺めている。
「文字が読める」
表紙の文字を見て、嬉しそうな顔をしている。
やっぱり、知らない場所にたどり着いて不安だったのだろうか。
「でも、これごちゃごちゃになってる。電磁波、重力波とかこの辺は鹿野の本だろ……銀河系、小惑星は藤田さん、俺のは……あった、生理学、解剖学」
松原はぶつぶつ言いながら、本の山をわけている。
かなりの量の本が、あの宇宙船に載っていたものだ。
ロトが見てもさっぱり分からなかった本の持ち主は、松原は本の題名だけで分かるらしい。
テキパキとわけていく松原を見て、スクも目を丸くしている。
「あー……これはどっちだろうな」
うーん、と悩んだ松原を見て、ロトが本の表紙を覗き込む。
相変わらず、文字は読めない。
「なんて書いてあるの?」
「これ? 中性子星についての本みたい。鹿野のかなあ、藤田さんのかなあ」
聞いたはいいものの、言葉を聞いても内容は分からなかった。
「その、チュウセイシセイ? ってなに?」
「中性子星? 俺も詳しくはないからなあ……なんて言ったらいいんだろ」
首を傾げた松原。
松原の専門ではなかったらしい。
「中性子星は質量が大きな恒星が死ぬときの天体ですよ。それ、俺の本っすね」
松原と一緒にロトとスクも首を傾げていると、鹿野の声がした。
部屋の入り口を見ると、鹿野があくびをしている。
「おはよう、シカ!」
「おはようございます。こりゃまたすごいことに……これだけ本があるってことは、宇宙船は無事だったんですか」
鹿野も本の量を見て、さすがに察したらしい。
本の山に近づいてきた。
「鹿野ってそんな本も持ってたの? 藤田さんのかなあって思い始めたところだったわ」
松原が鹿野の顔を見上げる。
そのまま鹿野になんとなく本を手渡した。
「藤田さんも持ってるんじゃない? 藤田さんに話を聞いたこともあるので」
中身をパラパラとめくり、パタンと本を閉じた鹿野。
「それにしても、松原が起きてて藤田さんが寝てるのなんて珍しい」
「……いつも起きるの遅くて悪かったな」
苦笑したロトは、ご飯の準備をすることにした。
ロトの動きに気づいたスクも、手伝おうと台所に向かう。
「あぁ、いいよ。僕も眠いからさ、魔法でさっさと作っちゃう」
「そう? ロトちゃんも珍しいね」
何を作るか考えて、台所全体に魔法をかければ、勝手に物が動いてご飯を作り始める。
その音に、鹿野と松原が振り返った。
「わ、そんなこともできるんですか」
鹿野は目を丸くしている。
ここまで大きな魔法を使ったのは、二人の前では初めてかもしれない。
「うん、ちょっと僕も徹夜しちゃったから……フジもかなり遅くに寝てたし、起こさないであげてね」
ふわあ、とロトはあくびをする。
「徹夜?」
「うん。フジにいろいろ聞いてたの。電気とか、酸素とか、太陽系とか」
へえ、と松原が目を丸くした。
二人にとっては馴染みのある言葉だろう。
「ロトってそういうのも興味あるの?」
「興味があるっていうか……マツたちの惑星と、僕たちの惑星って、たぶん結構違うんでしょ? 違いがあるなら気になるじゃん」
そう答えると、鹿野が苦笑した。
「そういうのを聞くと、私たちと似てるなあって思いますね」
ロトは鹿野の顔を見て、首を傾げた。
どういう意味なのだろう。
「あ、悪い意味じゃないんで安心してください。いい意味ですよ」
肩をすくめた鹿野は、松原と一緒に本の分類を始めた。
「白色矮星は? これ誰の本?」
「それは俺っすね。その下の超新星爆発は藤田さんのものかと」
じとっとした目で鹿野を見る松原。
「お前、ややこしい本持つなよ」
「そんなこと言われる筋合いはないわ、研究に必要だったから持ってるだけで」
「白色矮星の専門だったか?」
「俺の専門はブラックホール!」
仲がいいのか悪いのか、よく分からない。
苦笑したロト。
鹿野が私と言ったり俺と言ったりしているため、きっと仲良しなのだろう。
藤田がいるときよりも、鹿野は素に近いような気がする。
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