#夜の空
宇宙船があるところまで連れて行ってくれると言うから、いつかと思えば今からだそう。
マントを羽織って庭に出たロトを見て、慌てて藤田も後を追う。
ん、と箒を一本差し出されて、藤田は困惑した。
「え、箒?」
当然のようにロトは箒に座ろうとしていたが、受け取った箒を見つめている藤田を見て「あ」と声を上げた。
「そうだった、飛べないよね。ごめん、スクと同じ感覚になってた」
頭を掻いたロト。
移動手段として箒で空を飛ぶのはよくあることらしい。
藤田も生活に少し慣れてきたとはいえ、さすがに魔法を使うことはできないため、空も飛べない。
ロトも藤田たちの存在にかなり慣れてきたのだろう。
「箒にまたがってくれる?」
言われた通りにまたがると、ロトがなにやら魔法をかけている。
「これで大丈夫。あとは箒から落ちないように気をつけてね」
「気をつけるって言われても」
ロトは自分の箒に座って、ふわりと浮き上がる。
そのまま空に上がっていくロトを見ていたら、藤田がまたがっていた箒も浮き始めた。
「わわっ」
慌てて箒を掴む。
少しバランスを崩したら落ちてしまいそうだ。
「おー、センスあるじゃん。僕、初めて箒に乗ったときは何回も落ちたよ」
藤田が落ちずにロトがいる場所まで浮き上がってきたのを見て、ロトが笑っている。
「落ちてはないけど余裕はない」
藤田はそもそも高所が得意ではない。
カチコチになっている藤田を見て、またロトが笑う。
「大丈夫だって。僕もこの間、箒から落ちてるんだから。ずっと乗ってても落ちるときは落ちるから、そんなものだよ」
「ほら、あれ見てよ」とロトが指差している先を見て、藤田は目を丸くした。
森の中に落ちている宇宙船。
なるほど、宇宙船を知らなければ大きな白いものが落ちてきた、と思うはずだ。
ぐしゃぐしゃになることを覚悟していた割には、綺麗にそのまま残っている。
辺りを見渡してみて、ロトの家も森の中にあることが分かった。
ちらほらと明かりが灯っている街らしきものも遠くに見えるが、暗いためよく分からない。
その街の近くに、大きな城のような建物もある。
西洋と称されていた地域にある城と似ている。
その建物を見ていることに気づいたのか、ロトが振り返った。
「あぁ、あれ? あれが学園だよ。結構近いでしょ」
そう言ってロトは肩をすくめる。
「ちか……近いかなあ?」
藤田は首を傾げる。
かなり大きな建物であることは分かるが、それでも遠くにあるように見える。
「飛んだらすぐだよ。歩いたら半日くらいはかかりそうだけど」
「あぁ、なるほど」
それなりの距離があるように感じたのは間違いではなかったらしい。
空を飛ぶとなると『結構近い』になるんだな、と藤田は一人で納得する。
「どうする? その、宇宙船の近くまで行く?」
首を傾げたロト。
「うん。お願いします」
「わかった」
ゆっくり飛び始めたロトを見て、気を遣っているのだろうか、と思った。
空を見上げれば、たくさんの星が見える。
地球とはまったく違う星の見え方だ。
そして、二つの衛星らしき天体も見えた。
地球の月と比べればかなり小さいが、この惑星の大きさが分からないため、標準の大きさなのかどうかも分からない。
「ロト、この惑星って衛星もあるの?」
前を飛んでいるロトに聞くと、ロトは振り返った。
「エイセイ? エイセイってなんだっけ……あぁ、衛星!」
ロトの発音からして、どうやらうまく言語通訳が働かなかったらしい。
ロトやスクと会話をしていると、たまにそんなことがある。
藤田もロトやスクが言うことが聞き取れないことはあるし、聞けば鹿野と松原もそうらしい。
ワープトンネルがワームホールと変換されず、そのまま聞こえたのもその一つだったのだろう。
本来はまったく違う言語を話しているのだ、と改めて感じる瞬間だ。
「衛星はあるよ。えっとね、ソルセルリーは四つかな」
「四つもあるの?」
藤田の言葉に、キョトンとしているロト。
「え、衛星ってそのくらいあるものじゃないの?」
はっとした藤田。
地球の感覚で反射的に言ってしまったものの、衛星が複数ある惑星というのは珍しくもない。
「惑星によって違うんだよ。地球の衛星は一つだけ。衛星にしては結構大きめなんだけど」
「あれ、そうなの? 違うものなんだね」
ロトも空を見上げる。
黄色の光を放つ衛星と、白く光っている衛星。
「右の黄色いのがプルミエ、左にある白いのがオーブっていう名前だよ」
あれとあれ、とロトが指差した方向を見る限り、やはり衛星で間違っていなかったらしい。
にしても、あと二つ衛星があるとは。
空を探してみるが、衛星のようなものは見えない。
「他の二つは見えないの?」
「うーん、たまに見えるんだけど……今日は見えないね。あとの二つは、モマンとエテって名前」
衛星については僕も詳しくはないんだよね、とロトは苦笑いしている。
ロトは尋ねればいろいろと教えてくれるが、物事によってその知識量には差がある。
基本的なことは知っていても、専門的なことまでは手が回っていないのだろう。
そもそも、ロトが担当している授業は水魔法学だと言っていた。
宇宙のことは専門外なのだから仕方ない。
ロトがどうして宇宙に興味を持っているのかは分からない。
それでも宇宙に興味を持つ気持ちはなんとなく分かった。
「宇宙魔法学っていう授業が学園にあってね。受けたいって言ったら、まず自分の授業をやれって怒られて……受けられなかったの」
残念そうにしているロト。
それはそうだろう、とも思ったが、自分の身に覚えがないわけではない。
藤田も苦笑する。
「俺も他の学会に顔を出したいって言ったら、今ある学会の発表をやれって怒られたな」
ロトと藤田は、どこか似た部分があるのかもしれない。
ふふ、と笑ったロトは静かに下降し始める。
いつの間にか、宇宙船の近くにたどり着いていた。
藤田が乗っている箒も、ゆっくりと下がり始めた。
とん、と地面に降りたロトが、宇宙船を見上げる。
藤田も地面に降りようとしたところで、足が滑って尻もちをついた。
「あっ、大丈夫?」
藤田の音に振り返ったロト。
「大丈夫。ちょっと滑った」
「ごめん、足場悪いよって言えばよかったね。この辺り、滑りやすいの」
湿地に近いのだろう。
地面が少しぬかるんでいるため、転んでも怪我はしない。
泥で汚れた服を見て、ロトが魔法で服を綺麗にしてくれた。
この服も、借りているものだ。
ロトは小柄なため、同じく小柄な鹿野くらいしか服が合わない。
藤田と松原は、二人よりも背が高かったスクの服を借りている。
スクは成長期のため、まだ背は伸びるのだろう。
「ありがとう」
宇宙船に近づいて見てみると、やはり外側はかなり傷んでいる。
これは……と藤田は眉をひそめた。
ワームホールという強重力空間を抜けたのだから仕方ないが、相当な負荷がかかったらしい。
よくこの程度で済んで潰れなかったものだ、と感心する。
「そういえば、これ開けっ放しにしちゃってたけど……大丈夫かな?」
ロトが宇宙船の入り口を見る。
確かに入口が開いたままになっている。
「雨って降った?」
「雨? ううん、ずっと晴れだったよ」
「なら大丈夫だよ」
水に濡れていたら怪しいが、雨が降っていないのならおそらく平気だろう。
「とりあえず中の様子を見たいな……入れてくれる?」
ロトの顔を見れば察してくれたのか、手に持っていた箒ごと藤田を浮かせてくれた。
そのままふわりと宇宙船の中に着地する。
「ありがとう。本来ならはしごが降りてくるはずなんだけど、出てきてないから」
「あ、そうなの? 魔法で開けたから、変わっちゃったのかもしれないね」
ロトも箒で浮いてから中に入ってくる。
人をそのまま浮かせるよりも、箒で浮くほうが楽なのだろうか。
藤田は宇宙船の内部を覗こうとして、苦笑した。
「真っ暗で何も見えないな」
ここは夜の森の中だ。
外にいたときも、衛星の頼りない弱い光しかなく、かなり暗かった。
宇宙船の内部はすべて電気で動いており、窓という窓も少ないため、電気が止まってしまえば真っ暗になる。
「灯りをつけようか」
そう言うと、ロトはポケットから杖を取り出して、杖の先に光を灯した。
一応杖も持ってきていたらしい。
魔法は便利なものだ、と藤田は改めて思った。
ロトが灯した光は、意外と広範囲を照らしてくれる。
ロトが杖を軽く掲げただけで、宇宙船の内部がはっきりと見えるようになった。
「ありがとう。ちょっと待ってね、損傷を確認してみる」
藤田はパネルが並ぶ運転席に向かった。
まずは電気系統が動くかどうかを確認する。
「ま、案の定といえば案の定なんだけど」
何を押してもまったく反応しない。
うーん、と顔をしかめながら手順通りに確認を進めていく藤田を、物珍しげに眺めているロト。
邪魔をしてはいけない、と思っているのだろう。
ロトが近寄ってくる気配はない。
「これは発電機がダメになってるな……予備電源はどこだっけ」
しゃがみこんでいろんな場所の蓋を開け、予備電源のバッテリーを見つけた藤田。
本体の発電機に繋がっているケーブルをすべて抜き、予備電源のバッテリーに繋ぎ直してみた。
ピコン、という電子音が聞こえて、藤田はパッと顔を上げる。
システムの起動音だ。
パネルに電気が流れ、正常に動き始めたらしい。
光り始めたパネルを見て、ロトが目を丸くした。
「なにこれ、すごい……魔力がないのに、動いてる」
ロトの言葉に、藤田は苦笑する。
「そっか。ロトからしたら、俺らのこれの方が不思議なんだよね」
「うん。すごく不思議。フジは今何をしたの?」
宇宙船に変化が現れたことによって、ロトも興味を持ったらしい。
少し離れた場所から見ていたロトが近寄ってきた。
「これはね、電気っていうので動いてるんだよ。鹿野が雷について話してたでしょ?」
「雷……あ、雷は電気っていう話?」
「そうそう。その電気」
へえ、と珍しそうに予備電源のバッテリーを観察している。
この惑星には電気という概念がなさそうだ、というのはロトとスクの反応からも察していた。
夜になればつく家の明かりも、どうも魔力が込められた道具の一つらしい。
魔力を持つ人が近づくと、その魔力に反応して明かりがつく。
そのため、藤田や松原が廊下を通っても反応せずに真っ暗なまま、ということはよくあった。
「これ、ずっと電気ってのが出るの? なくなったりはしない?」
ロトが気になったらしく、藤田を振り返った。
「あ、それで思い出した。非常用電源ってどうなってるんだ?」
予備電源はバッテリーであるため、発電はしてくれない。
緊急時に近くの惑星に不時着できるように、時間稼ぎをするものでしかなかった。
近くに惑星があるとは限らない場所まで行くような、長距離航行をする宇宙船には非常用電源の設置が義務づけられていた。
宇宙船エクリプス152便も長距離航行をする宇宙船であったため、発電をしてくれる非常用電源が備わっている。
この発電機も確認してみれば、どうやらこれも無事らしい。
とりあえずよかった、と一安心。
そこでロトの質問を思い出し、ハッと振り返った。
「ごめん……答えてなかったね」
「いいよ。確認したいことが多そうだから」
ロトは肩をすくめた。
「これはバッテリーっていう、電気を溜めておくもの。このバッテリーから電気を流すことでこれが動いてる」
そう言って、藤田はパネルを軽く叩く。
「バッテリーは電気を流す源でもある。だから電源っていうんだけど。このバッテリーの名前が、予備電源」
顔をしかめたロト。
「そのバッテリーがあったら、ずっと電気は流れるの?」
「そうでもなくてね。電気も発電しないとなくなるものなんだよ。バッテリーは発電はしてくれない。だからいつかはなくなる」
うーん、と腕を組んだ藤田。
これで電気についてまったく知らないロトに伝わるのだろうか。
どちらかと言えば、こういう説明が得意なのは鹿野だ。
「へえ……魔力と電気は少し違うのかな。魔力石とバッテリーは似てると思うけど」
また、じっとバッテリーを見つめるロト。
見ただけで分かるのだろうかとも思うが、ロトは思っているよりも多くの情報を読み取っているらしい。
藤田はパネルを操作して、宇宙船全体のスキャンを実行する。
少なくとも主要な電気系統が動くことは分かったため、ある程度のスキャンもできるはずだ。
損傷箇所が分からなければ、どうすることもできない。
スキャンの結果が出るまで、宇宙船の中を歩き回った。
積んでいた物は崩れているが、船内が酷く乱れているわけではない。
本が床に散らばっているのも、前から見ていたよくある光景でもある。
この様子を見ると、墜落の衝撃で固定していなかったものが散らばっただけのようだ。
ちら、と固定棚を覗く藤田。
松原が実験で育てていた植物は枯れていた。
ピピ、という電子音が聞こえた。
スキャンが終わったらしい。
藤田が運転席へ戻ると、ロトがパネルを眺めていた。
「あちゃー……」
パネルに表示された結果を見て、藤田は顔をしかめた。
大量のエラーが出ている。
「何かわかったの?」
画面の文字はロトには読めないらしい。
この惑星の文字を藤田が読むことができないのと同じだ。
「かなりね。どこでエラーが出てるのかな……これだけ多いと……参ったな」
何度ページを切り替えても出てくるエラーの数。
「大きなものだと……エンジンと空気循環と水再利用タンクが壊れてるのか。この時点でもうダメなんだけど」
どれも、宇宙船を動かして人が乗るために必要な設備だ。
電気系統は動いていても、肝心なものが壊れている。
「通信は……送受信ともに不可能。現在位置も不明になってる」
念のために他の機能も確認してみたが、かなりのものが壊れてしまっている。
宇宙の航行自体には必要ない、観測機器すら壊れているのも確認した。
少し考えてから藤田は宇宙船の電源を切り、予備電源からケーブルを抜いた。
「あれ、消えた。いいの?」
ロトは不思議そうに藤田の顔を見る。
「うん。鹿野と松原にも相談してみる。電気がいつまで持つか分からないから、ずっと電源を入れてるのももったいないし」
「そっか」
宇宙船自体はそのまま残っているからマシなのだろうが、ここまで損傷が酷いとなると、ないのとほぼ同じだ。
内部を振り返った藤田。
「その辺の本だけ持って帰ろうかな。ロト、これ持っていける?」
「うん。運ぶよ」
ロトが近くにあった本をすべて浮かせたのを見て、藤田は目を丸くした。
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