201 最終章 エピローグ
数ヶ月後――。
一月半ば、体の芯まで凍りそうな寒さの中。
短かった冬休みが終わり、俺はいつもと変わらぬ学校生活を送っていた。
退屈するほどの平和な環境で授業が進む。
アクビを連発しながら話を聞いて、周りに目を向ける。
麻衣は教科書を盾にしつつ、スマホをポチポチしていた。
(やれやれ、相変わらずだなぁ)
あれで俺よりも成績がいいのだから解せない。
それはそうと、スマホに耽っている生徒が他にもいる。
毒嶋だ。
俺の斜め前に座っているため、スマホの画面を見える。
(あいつ……! 授業中に二次元のエロ画像を見てやがる!)
これまた相変わらずだ。
他の生徒も、いつもと変わらない様子。
まるで島での生活がなかったかのように。
しかし島での生活はたしかにあって、皆もそれを覚えている。
つまり、これは俺の夢ではないのだ。
死んだと思われていた毒嶋や他の連中は生きていた。
いや、生き返ったと表現するのが正解か。
愛理が消え、俺たちが日本に戻った時、周囲には毒嶋たちもいたのだ。
クロードに殺されたはずの栗原や、いつの間にか死んでいた五十嵐や吉岡も。
理由は分からない。
愛理からは事前に何の説明もなかった。
それでも、彼女が何かしら頑張ってくれたのは分かる。
ただし、全員が生き返ったわけではない。
二人だけ生き返らなかった者がいた。
一人は矢尾だ。
いじめられっ子であり、選挙で下剋上を果たして栗原を追放した男。
聞いた話だと、夜這いシステムの崩壊後、彼は再びいじめられていたそうだ。
最終イベントでは吉岡にくっついて地下鉄に潜伏していたという。
もう一人は重村だ。
手島の仲間であり、部下でもあり、よく分からない男。
こちらは転移者ではなく侵入者だからなのかな、と思った。
〈マーカー〉がついていないからとか、適当な理由は考えられる。
重村の件はそれで納得できるとして、矢尾が生き返らないのは不明だ。
愛理が意図的に蘇生しなかった……ということはありえないだろう。
おそらく別の理由があるのだと思うが、答えが出ることではなかった。
キーンコーン、カーンコーン。
チャイムがなって授業が終わる。
休み時間になると、皆が他愛もない雑談を始めた。
これもまたいつも通り。
もっと言えば島に転移する前と変わらない。
だが――。
「漆田、今日の昼こそ一緒にメシを食わないか?」
「ダメだよ! 漆田君、私たちと食べよ!」
「漆田ー、面白いゲームあるんだけど貸してやるよ!」
「おーい、漆田ー、今日の放課後は暇かー? 遊びに行こうぜ!」
「あの、漆田先輩、その、私、先輩のこと、好きです!」
――こうして皆が群がってくるのは、以前ではあり得なかったことだ。
集団転移の一件によって、俺の評価は手島重工の株価より上がっていた。
お礼だなんだと称して、誰も彼もが話しかけてくる。
島で起きていた謎の英雄扱いが、現実ではそれ以上になっていた。
「もう俺を一人にしてくれぇー!」
転移前では考えられなかったセリフを吐き、俺は教室から逃亡。
しかし、今度は廊下にいる生徒たちから話しかけられる。
まるでハリウッドスターが空港にやってきた時のような人気ぶりだ。
「いてっ」
全力で廊下の角を曲がった時、何かにぶつかった。
「おい、廊下を走るんじゃねぇ……って、漆田じゃねぇか!」
「そういうお前は栗原!」
俺のぶつかった何かとは栗原だった。
「今日も英雄様は大人気ってか?」
ニィ、と白い歯を見せる栗原。
「クロードを倒せたのは栗原のおかげでもあるんだ。だから皆にちやほやされる役目はお前に任せるよ! それに俺は英雄なんかじゃねぇ、ただの冴えない高校生だ!」
「ははは! そう謙遜するんじゃねぇよ!」
栗原が笑いながら背中を叩いてくる。
彼との関係性もすっかり変わったものだ。
今では数少ない男友達である。
「お! 漆田じゃん!」
続いてやってきたのは吉岡だ。
「吉岡、いいところに来たな。今日の放課後、俺と漆田の三人でメシに行かないか?」
「待てよ栗原、俺はメシに行くなんて一言も言っていないぞ」
「あーわりぃクリ、今日はデートの予定があんだわ」
俺だけでなく吉岡も断る。
「はぁー、男より女を優先するとか調子にのってんなぁお前!」
「そう言うなって! 俺はお前と違ってモテモテじゃないから仕方ないところもあるんだわ。それにクリ、お前だって新しい彼女ができたんだろ? しかも今度はマジの相手だって言うじゃないか」
「まぁな」と、恥ずかしそうに頭を掻く栗原。
「なら今度ダブルデートしようぜ! 今日の埋め合わせも兼ねてさ!」
「おー! いいぜ、そうしよう! でも俺の女に惚れたら許さねぇからな?」
「それはこっちのセリフだっての!」
二人は愉快気に笑った後、示し合わせたかのように俺を見た。
「漆田、お前も早く恋人を作ったほうがいいよ。今みたいなモテ期がいつまでも続くわけじゃないんだからさ」
真面目な顔でアドバイスしてくる吉岡。
俺が無言でいると、今度は栗原が言った。
「そうだぜ漆田。やっぱり恋人ってのはいいもんだ。前まではヤることしか考えていなかったけど、そういう体目的の相手じゃなくてさ、ちゃんとした心のパートナーってやつ。そんな相手を見つけると人生は明るくなる」
「ハハハ……肝に銘じておくよ」
俺は逃げるようにしてその場を去った。
その足で階段を下り、人のいない一階の廊下でぼんやり過ごす。
開いた窓に肘を乗せて寒空を見上げる。
「また考え事ですか?」
そこに、黒のタイトスカートを穿いた背の低い女性がやってきた。
学校で一番人気の教師だ。
「美咲か」
「ダメですよ漆田君、教師を呼び捨てにしては」
「あ、ご、ごめん、美咲先生」
美咲はニコッと微笑み、俺の隣に立った。
「風斗く……いえ、漆田君、なんだか冴えない顔をしていましたね?」
「そうか?」
「はい。無事に帰還できたのに、何か悩み事でもあるのですか?」
俺は窓の外を見ながら、「悩み事ではないけど」と前置きして答えた。
「島にいた頃は一日がもっと濃密だったと思ってさ。今は学校で授業を受けて、それ以外は家でだらだらして、なんか腑抜けになっちまったというか、そんな感じがしてモヤモヤする」
これは帰還して間もない頃から感じていたことだ。
「いいじゃないですか。前ほど気張らなくて済んでいるわけですから」
「そうとも言えるんだけどさ、それはまずいとも思うんだよね」
「まずい?」
「もっと頑張らないといけないんじゃないかって。なんか時間を無駄にしている気がしてならない」
「では、何か目標を掲げてみてはいかがでしょうか」
「目標?」
「別に勉強でなくてもかまいません。ゲームを遊び尽くすとかでもいいのです。何かしらの目標をもって、それを全力で達成する。達成したら違う目標を掲げて、それをまた全力で達成する。そうやって過ごしていれば、時間を無駄にしているとは思わないのではないでしょうか」
「たしかに。とりあえず適当なゲームを全クリしてみるか!」
「いいと思いますよ。でも、始めるのは来週からにしてくださいね」
「分かっているさ。明日から旅行に行くからな」
「その通りです」
明日から創立記念日を絡んだ三連休が始まる。
その三日間、俺は島で過ごした女子たちと旅行に行く。
麻衣、美咲、由香里、燈花、涼子、琴子、彩音の7人だ。
残念ながら愛理は含まれていない。
「美咲先生はもう支度を済ませたの?」
「漆田君が寝ている間に。ある程度ですが」
「抜け駆けかよ! 俺もシゲゾーやジョーイと遊んでばかりはいられないな」
「あはは、本当ですよ。それではまた家で」
「おう!」
美咲が離れていく。
小さな体でありながら、なんとも凜々しい背中をしている。
(美咲との関係について、みんなに教えないとな)
帰還後ほどなくして、俺と美咲は同棲を始めた。
生徒と教師という関係なので両親にしか話していない。
親は「禁断の恋!」などと言って妙に喜んでいた。
美咲とは島にいた頃から関係があった。
俺に大人の階段を上らせてくれたのも彼女だ。
といっても、島では彼女以外とも関係があった。
そのことは美咲も承知しているし、他の女子も知っている。
ちなみに、いつぞやのイエス・ノーゲームではイエスに入れた。
本当はノーだったのに。
「思えば家族以外と旅行をするのは初めてだな」
独り言を呟き、教室に戻るべく歩き出す。
が、何歩か進んだところで、背後から声を掛けられた。
「おーい、風斗ー!」
「燈花! それに皆も!」
美咲を除く、旅行の参加者6人がいた。
「いつもここに逃げていたっすかー風斗!」
燈花が「ドーン」と言いながらタックルしてくる。
「学校では話すのはこれが初めてですかな!?」
琴子がニィと笑みを浮かべた。
「ところで風斗くぅん?」
麻衣がニヤニヤしながら近づいてくる。
その顔を見るだけで良からぬことを企んでいると分かった。
「な、なんだ……?」
「私らってさー、島でいい感じにイチャイチャしたじゃん?」
「あ、ああ、したな……」
「でさー、帰還後は付き合おうって話もしたじゃーん?」
「――! したかも……」
「かもじゃなくてしたよねぇ?」
「そうなの? 風斗」
由香里がギロリと睨んでくる。
涼子と彩音はクスクスと笑っていた。
「まぁまぁ由香里、落ち着いて。私の話にはまだ続きがあるの」
そう言って、麻衣は真正面から顔を覗き込んできた。
「風斗くんさぁ、私と約束しておきながら他の人と付き合ってなぁい?」
「え! な、なななななな! なんのことかな!?」
必死にとぼける俺。
「誰かが風斗と抜け駆けしたんだ? それは誰?」
由香里が女性陣を睨む。
「お姉さんは違うぞ! 奪われた側だ! 誰よりも積極的だったのに!」
「私も違うわよ? こっそり奪おうとしていたけどね」
涼子と彩音が即否定。
これに燈花と琴子も続く。当然ながら麻衣も違う。
由香里自身も身に覚えがないのだから、残るは一人に絞られた。
「美咲先生?」
正解に辿り着く由香里。
「え、えっとぉ……」
俺は上ずった声を出しながら目を泳がせた末に――。
「そうです……」
――素直に認めた。
「だと思ったよ! ほんと美咲ってばちゃっかりしてるなぁ!」
麻衣がケラケラと笑う。
「私のほうが先に好きだったのに」
由香里がぷくっと頬を膨らませる。
「いいではないか! まだまだチャンスはある! 奪えばいいのだ!」
「これは明日の旅行で風斗争奪戦が始まるっすねー!」
「ここでも風斗さんはモテモテですともー!」
皆が愉快気に笑う中、俺は銅像のように固まる。
「皆さん、チャイムが鳴っていますよ。早く教室に戻りましょう」
そんな時、美咲がやってきた。
「出た! 抜け駆けして風斗をゲットした美咲先生だ!」
麻衣が茶化す。
「ふふ、何のことだか分かりません。それより早く教室に戻りましょうね?」
「かぁー! 覚えてろよー! 明日の旅行で風斗を振り向かせて見せるんだから! もう風斗が喜びそうなお色気ムンムンの服だって買ったし!」
「おお! 本気だな麻衣タロー! よし、お姉さんも明日は破廉恥な格好で行くぞ!」
なんだかんだと言いつつ、麻衣たちはそれぞれの教室に向かう。
で、俺も麻衣と一緒に戻ろうとするのだが――。
「漆田君は残ってください」
美咲が止めてきた。
これによって麻衣たちも足を止める。
「俺だけ何か問題が?」
「違法薬物を持ち込んでいるかもしれないとの情報を得ました」
「えっ」
「ですので、そこの空いている部屋で身体検査をさせていただきます。服を脱いでもらい、隅から隅まで、じっくりと入念に調べますからね」
「「「なんだってー!?」」」
麻衣たちが声を上げる。
そんな彼女らを見て、美咲はニコッと微笑んだ。
「皆さんは問題ないのだから教室に戻ってください」
「職権乱用っしょそれは!」
「いえいえ、これは教師の務めですので」
美咲は使われていない部屋に俺をぶち込んだ。
「それでは皆さん、また明日」
扉がバタンッと閉まり、鍵が掛けられた。
外では麻衣が「キェェェェ!」と発狂している。
その声が聞こえていないかの如く、美咲は何食わぬ顔で近づいてきた。
「まずは口の中から検査しないといけませんね」
俺の頬に両手を添えてキスしてくる美咲。
それから、検査と称して様々なことが行われた。
(島に転移していなかったら、こんな日は訪れなかっただろうな)
転移する前の俺は誰とも繋がりがなかった。
同じクラスの生徒にすら名前を覚えられていないほどに影が薄かった。
それが島での生活を経てすっかり変わった。
全校生徒に名前を覚えられ、英雄視され、多くの仲間ができた。
島で過ごした時間は約60日。
2ヶ月程度しかないその時間が、俺を大きく成長させた。
間違いなく、俺の人生で最も濃厚な時間だった。
多くの生徒は、島での日々を悪夢のように語っている。
しかし俺にとって、島での日々はかけがえのない宝物だ。
あの時に得た経験、思い出、そして、仲間たち。
それら全てを胸に抱いて、俺は今日も生きていく――。
成り上がり英雄の無人島奇譚 ~スキルアップと万能アプリで美少女たちと快適サバイバル~ 絢乃 @ayanovel
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