朝編

第15話 エピローグ〈終〉

 事は全て終わった。


 幽霊船は夜明け前に忽然と姿を消し、それと同時に霧も消え失せて海は静寂に包まれた。代わりに港ではイカの触手を体から生やし男が触手が暴れさせて周囲を混沌へと落とすと言う事態が起こり、違う意味で騒がしい現場となった。

 結局イカ男であるマーベルは騎士団の預かりになったが、マーベルは文句を言わずに大人しくしていたと言う。曰く海で暮らしたり船外の見張りとしていた時よりもそこそこ良い暮らしをさせてもらっているから、だと言う。

 レンとベンジャミンは事情聴取の為にマーベルと共に騎士団の拠点へと戻って行き、シュロ達と別れた。アサガオは眠そうな目でレン達に手を振って見送った。


「あー…。事は終わったし、カナイはどっか言っちまうし、オレもサッサと宿に戻って寝たい。」


 シュロの台詞にアサガオも反応し、重たい瞼を頑張って開けつつシュロの言葉に賛同の意味で声を上げつつ手を弱々しく上げた。

 そんな二人が宿に戻ると、既に宿の部屋でカナイが寝台の上で眠っていた。いつの間にか先に宿に戻っていた事と、今までどこにいたのかという事と、結局海の土地守はどうしたのかという話をシュロはしたかったが、今はシュロ自身も休みたい一心で、カナイを横目にシュロとアサガオは同じ寝台に横になって眠りについた。

 目覚めて怱々に、カナイから海の土地守に関しての愚痴を聞かされる羽目になるとは、眠りについたシュロには見当がついていなかった。


 そうして騎士団一同とシュロ達が現場から引き揚げていく様を少し離れた海上、小船の上からクレソンとカルミアが見ていた。その子船には二人以外に行方不明だった調査員数名も乗っており、未だ気絶していたが、皆無傷であり、クレソンの簡単な診察により異常は見られなかったらしい。


「はぁ…さて、俺らも戻ってこのヒト達を運ばないとな。後隊長とも合流しないと。」

「だねぇ。…クレソン、ダイジョーブ?」

「…何がだ?」


 カルミアに問いかけられたクレソンの顔には小さく笑みを浮かべていたが、カルミアはそんなクレソンの横顔をジッと見つめながら話を続けた。


「ずっと不死族の相手してて、ダイジョーブだった?」

「全っ然!?」


 改めて言われて、クレソンはその場で崩れ落ちて頭を抱えて伏せた。その衝撃で小舟が揺れて飛沫が経った。


「ずーっとさぁ!夜の霧の中、めっちゃ霧の向こうから何かが近付いて来そうな気配に耐えつつ船に潜入してさぁ!そしたら不死族と戦って、その不死族追いかけた先にはまた不死族が居て、しかも屍体ゾンビ犬とかめっちゃ怖かった!臭いで見つかって追いかけられないかってめっちゃ不安だったし怖かったぁー!」


 今まで我慢し、溜め込んだ恐怖を夜明けの光の下に曝け出し、クレソンは今になって恐怖による震えが体を縛りつけた。そんな情けない相棒の姿をカルミアは呆れつつも笑って見ていた。


「はぁ。…幽霊船って言葉聞いた時からゼッタイこうなるって思った。…でもちゃんとあの子をマモろうと先に動いたり、ガンバって作戦考えたりしてくれたね。

 …ゴメンね。ユーレイとかゾンビ、絶対コワがると思って、クレソンは一緒に来なくてイい、ナンて言っちゃってさ。」


 クレソンにカルミアの声が聞こえていないのか、ずっと震えたまま小舟の上で二人は一緒に揺れつつ漂っていた。そんな二人が、傷を一つも負っていないのに酷く疲労した様子の隊長と合流するのは、もう少し経ってから。


 夜明けの海の上、ベリーは一晩明けた事から緊張が解けたのか、意識が落ちてしまい危うく海へと落下しかけた。寸前でスパインが表に出てそれは逃れ、今はスパインがベリーに替わって飛んで宿へと戻っている最中だった。


「…ったく。慣れてもいない戦闘に無理やり乗っかって、やっぱ柄じゃねぇよ。大人しく俺と替わっとけっての。」


 ベリーに対し、しかし誰にも届かない愚痴をスパインはベリーの体で吐きだしていた。

 確かにトリトマの姿を見止めてからスパインは今回は珍しく戦う事に消極的になっていた。しかし実際に戦闘となれば嫌々ながらもトリトマと戦う覚悟はあった。

 それをベリーが読み取ったのか、自分が代わりに戦うと言い出した事をスパインはベリーの中で察していた。


「…嫌なくせに我慢すんなよ。『あいつ』じゃあるまいし。」


 怒りとは全く違う、悔しそうな、寂しそうな表情でスパインは早くベリーを寝台に寝かしつける為に飛行速度を上げた。


 そんなベリーが飛んで行く姿を、海から顔を覗かせて見ていた人魚が一人居た。


「うふふっ。珍しい気配だと思ったけど、やっぱりアナタだったのねぇ。…今回は知らない振りしてあげるけど、次会ってまたワタシの事無視する様だったら、あれやこれやぜーんぶ言いふらしちゃうからねぇ。」


 そう言い、再び海の中へと身を沈めた後に、飛んでいるスパインはベリーの体で悪寒に襲われていた。


 日差しを受けて、夜の闇に隠れていた船はその古びた全容を曝け出していた。船の所々に開いた穴に日の光が射し込み、船の中の一室に日の光が入り込んだ。


「…あぁ。夜が明けたのね。大丈夫よ。今はすっかり眠り込んだから。」


 床に座り込み、その膝に船の船長であり、海賊を自称する不死族の男の頭を乗せている同じく不死族であるアイリスは、日の光が顔に当たって目覚めてしまうのではないかと心配そうに見る屍体犬のハイドラに言った。

 眠りについた不死族の男は、普段であればこうして深い眠りにつき、目覚める事が無いまま船と共に海を彷徨う筈だった。しかし海守のきまぐれか、彼自身の心の傷を癒す切っ掛けになるであろう人物を引き合わせる為にヒトが多く居る場所へと船を誘導した。その結果、ヒトの気配を察してか目覚めた彼は、空腹を満たす為に久々の食事をすると言い出した。それを見てアイリスは、彼の記憶が混乱している事、自分が不死族となって彷徨っている事を忘れている事を知った。

 彼が過去に何が遭ったのか、それはアイリスにも知らない。偶然彼が目覚めている時に出会い、そして潜り込む形で彼の船に乗り込んで今に至った。

 決して彼は自分の事も、愛玩動物ペットとして連れているハイドラの事も見る事が無いし気付く事も無い。だがそれでも彼女は彼と共に居た。

 彼女は過去に、夢を追いかけて、そして夢破れて自ら命を断とうとした経験があり、それを鮮明に覚えていた。その後の事は覚えていないが、自分が不死族である事を自覚してからは、同じく夢を追っていると肩書と共に自称しているクリザンテムの事が放って置けなくなった。

 互いに不死族であり、夢が何であれもう叶わない身であっても、それでも彼の行く末を見届けたいと思った。


「きっと、これが今の私の夢なのね。彼が叶えるか否か、見届けたその時が私の不死族としてのサイゴなんでしょうね。」


 眠りにつくクリザンテムの頭を撫でつつ、彼女の声を聞いたのはハイドラ以外にいない。二人と一匹だけのその船は、当ても無く、船を進めるための帆さえも無いまま海を漂っていた。

 そして幽霊船の騒動以降、その船の行方を知るものは、現在一人もいない。

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永久にトモに_海の騒動 humiya。 @yukimanjuu

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