第14話 ベリーとトリトマ
※スパインの正体に関しては、本編である『永久にトモに_とある異世界譚』の第2章をご参照ください。
最初は反対した。
海でのごみ拾いをしていたある日、夜の海に幽霊船が出たという噂を耳にした。聞いたベリーは最初こそ時に気にする事無くごみ拾いに集中しており、俺自身も早くごみ拾いが終わって欲しいと思うだけで、幽霊船の話題は気にもしなかった。
ベリーの心境に変化が生じたのは、まちで夜に家をぬけ出した子どもが怪我をしたという話を聞いてからだった。
「夜、家のぬけ出すなんてだめに決まってます!しかも廃墟に忍びこむなんて、怪我をして当然です!」
怒り心頭で件の子どもにお節介ながらも説教を垂れ流し、その場を去る時も怒りが収まる様子を見せないベリーに俺は思わず口から洩らした。
どうやら幽霊船の話を聞いて触発されて起こしたらしいな。普段起らない事が起れば珍しがって行動に移すのはよくある事だし、あまり気にしない方が良い。
と言い切る前に、ベリーは休憩で座っていた所をいきなり立ち上がった。
「…そうです。そもそも幽霊船なるものが来たせいで皆困っているのです!」
ベリーの言葉を聞いて俺は自分の発言を後悔した。いや、ベリーの事だから俺が言わずとも同じ結論に至っていたであろう。ともかくここでベリーは幽霊船騒ぎを終息させるべく文字通り立ち上がった訳だった。
正直幽霊船も、それに触発されて騒ぎを起こす奴らの事など俺にはどうでも良かったし、正直早く帰って休みたかった。このままだとまた俺に意識を交替させてごみ拾いさせられそうだったから。
しかし、話を聞く限り幽霊船では行方不明者が出るなど、事態が良くない方向に動いているらしく、何やら厄介な相手が裏に隠れている気がして来た。
もしもそんな奴と戦える機会が来るのであれば、俺としてはそこだけは歓迎だった。不死族であれば尚良いだろう。不死族とはあまり戦う気がいが無かったから、是非相手をしてみたかった。
しかし、ベリーが幽霊船を取り巻く様に立ち込める霧を進んだ先、そこに居た奴を見て、俺は再びやる気を失った。それどころか今すぐに引き返したい衝動に襲われた。
幽霊船の霧を作り出していたのは、土地守であり海を守護する海守でもある人魚のトリトマだった。そいつは俺がこの世で最も再会したくない知り合いの一人だった。
以前、俺にまだ肉体があって好き勝手動き回っていた頃、『
つまりトリトマとは良い思い出どころか悪い記憶しかないから、もしも姿を見ても関わり合いたくないというのが俺の本音だ。
しかし今回は主導権のあるベリーが、幽霊船騒ぎの主犯であるトリトマに怒り、珍しくベリーの方から戦う事に積極的になっていた。俺としては戦う機会がきて嬉しいが、相手があれだから俺は絶対に表に出たくなかった。
本当にやるのか?と俺らしくも無く弱音をベリーに言ってしまったが、ベリーの方は俺以上にやる気だった。
「大丈夫です!今回の事はぜったいにゆるせませんから。」
良く通る声を出すベリーらしくない、静かに感情のこもった声を聞いて、俺からはそれ以上何も言わなかった。
実際戦ってみるとベリーはなかなかよく動けた。それもその筈、普段のベリーは戦う事には積極的でないだけで、戦えない訳では無い。
有翼人としての飛行能力だって上手く、小回りも出来て器用に隙間を縫う様に飛ぶ事も出来る。幾つもの岩場が突き出ている海面を低空で飛び回り、戦う姿はベリーだから出来る動きだろう。
「あらあらぁ?なかなか好戦的な動きを見せるのねぇ。案外あなたって、討伐を生業にするのが性に合っているんじゃないかしらぁ?」
「わたしの事をかってくれる事は喜ばしいことですが、わたしは傷つけるためでなく、止めるために戦っているのだと訂正させてもらいます!」
トリトマの嫌味をベリーは真に受け、真摯に返事を返していった。そんな真っ直ぐなベリーにイヤな表情を見せる事無く、トリトマはまだ余裕そうな表情を見せて、笑いながら魔法を使った。
「掴めぬ恵み、怒り持ちて牙を向け。」
淡々と唱えた詠唱によって水の球が幾つも浮かび上がり、それは形を変えて細長い刃となりベリーへと向けられた。そしてトリトマは手を翳し、刃はベリー目掛けて飛んで行った。その速さは目で追うには速過ぎた。
ベリーはその器用に速く飛んで水の刃を躱していくが、何本か腕や足に中ってしまった。痛みに一瞬だけベリーは顔を歪めるが我慢し、羽が無事ならと変わらず宙を飛ぶ体勢を維持した。
ベリーは戦う事が出来るが、戦う事を好んではおらず経験値が明らかに足りない。戦いによる損傷だって慣れていない筈なのに、それでも尚戦う姿勢を崩さないベリーに俺は少し驚いた。そこまでトリトマに怒りを覚えているのかと思った。
「…ねぇ。そこまでして戦う必要あるのぉ?アナタがワタシに対して怒っているのは分かるけど、こうしている間にも馬鹿をやるヒトがどこかにいるかもしれない。戦って身を削るよりも、そっちを止めてる方が良いと思うけどぉ?」
トリトマの言葉を聞いて、俺は思わず
分かってるなら少しくらい反省か謝罪しろ!しないだろうけど!っと思った。
対してベリーはトリトマの問いかけを聞いて真剣に考えていた。あんな奴の事を真剣に考える必要など無いと思うが、ベリーは誰に対しても真剣な奴だ。こちらも今更言って止めたりはしないだろう。
「…確かに、実際に怪我をしたヒトの事を考えればそちらを心配して見回りをしている方が良いかもしれません。しかし、わたしにはあなたと戦わねばならない、わたしがやらなければならない理由があります!」
ベリーはそう言い、トリトマを睨みつけた。それは怒りだけではない、強い意思による目だと意識の内側でも分かった。
ベリーが怒り以外に何故戦うのか俺にはわからない。だがそれに俺は不思議と良い思いを感じ、この戦いを最後まで見守りたいと思えた。
「…フーン。まぁ良いわぁ。なかなか手強い相手だし、相手してとっても楽しいからこのまま続けてあげる。精々途中で根を上げて泣いたりしないでねぇ?」
トリトマが言うと、手を上へと掲げて詠唱を唱え始めた。その詠唱は俺が知る中でもかなりの威力を持つ魔法であると知っていた。
「水と言う名の英知、風という名の英知。逆巻きて、轟きて、命と成りて形を成せ。」
それは魔法の属性二つを掛け合わせた詠唱だった。属性二つの魔法を同時に発動するもので、二つ同時と成れば当然詠唱もその分長くなり、そして威力も増大する高等な魔法だ。
聞いたベリーは、詠唱を止めるべくトリトマに向かって降下するが、詠唱を唱えながらトリトマが持っている棒を振り翳すとベリーに向かって先程の水の刃が再び襲い掛かった。
トリトマは詠唱を唱えながら、先に唱えた魔法を継続して発動していた。本来であればそれは難しく、他の魔法の詠唱を唱えれば前に発動した魔法の威力も衰えるか途中で消える筈だ。実際に俺も以前一度だけ喰らったものが正にそれだった。しかしトリトマは完全な形で同時に発動する術を身に着けていたのだろう。
さすがの飛行術を持つベリーでも、魔法で身を守り詠唱を唱えるトリトマを抑える事は難しく、結局詠唱を止めることは出来ず魔法の発動を許してしまった。
「そして
詠唱によって形成されたのは、海の水によって出来上がった水の竜だった。竜と言ってもそれは水の塊が生き物と分かる程度に形を形成している程度だが、その生き物の形をした水が咆哮を上げる様が竜を彷彿させた。
水の竜はトリトマの手に操られる様に動き出し、大口を開けて宙に居るベリーに襲い掛かった。水の刃で損傷は受けているが、竜が向かって来ると知るや否やベリーは竜に背を向けて飛んで逃走を始めた。
ベリーは全速力で飛行するが、トリトマが手に持つ棒を空に向けてかき混ぜる様に回すと、竜も動きに合わせてとぐろを巻く様にしてベリーを囲い、ベリーを水の壁の中へ閉じ込めた。
その瞬間、俺は正直ベリーは負けたと思った。トリトマに捕まればもう勝ち目はないと知っていたからだ。俺もトリトマと戦って勝った数よりも負けた数の方が多いと思う。それだけトリトマの魔法は厄介だ。
しかし、ベリーは諦めていなかった。
「炎の鎧、たかぶれ!」
ベリーが詠唱を唱え、自分の周囲に炎を出した。それは詠唱の通り、炎を身に纏う魔法で、熱を放出し冷気から身を守る魔法なのだが、力の加減を間違えば自分を熱で炙り、弱ければ守れずに相手の攻撃を受ける、加減の難しい魔法だ。
戦い慣れして魔法を使い慣れていればそういった加減も出来るがベリーは今まで戦いを嫌がり、いざ戦う事になってもほとんどの戦闘は俺が担っていた。故にベリーは戦闘で使う魔法を使い慣れていない。炎の鎧を纏う魔法もベリーが使うには難しいと思った。
しかし俺の予想に反して、ベリーは魔法による熱の放出を操作出来ていた。熱が自分に向かって発せられるのを抑えつつ、外側に向かう力を調整し周囲の水を蒸発していった。
「だてにスパインの戦うを見てきたわけではないですよ!」
胸を張る様にして高らかにベリーは言い、そして炎を纏った状態を保ちつつ水の竜の束縛から解放、再びトリトマに向けて突貫した。
その一部始終を見ていたトリトマは、向かって来るベリーから身を守ろうともせずに、迎え撃とうともせずにただ見て立っていた。
「…あーあっ。やっぱり熱量のある子を相手にするのって、ワタシには向かないわねぇ。」
その台詞を最後に、炎に包まれた状態のベリーがトリトマの立っている場所へと突っ込み爆発が巻き起こった。やり過ぎだと思ったが、ベリーらしいと思えた。
爆発による黒煙が海面を覆い隠し、煙が晴れた時にはトリトマが座っていた岩場は粉々になりなくなっており、トリトマの姿を見えなくなっていた。
ベリーはやっと落ち着きを取り戻すとトリトマを吹き飛ばしてしまったと焦りを見せた。俺はと言えば当然ベリーが予想した事など起きている筈が無いと分かっており、冷静に周囲の気配を探った。そしてやはりと言うか、海から飛沫を上げながらトリトマが姿を見せた。
「はぁーい!トリトマはここでぇす!驚いた?それとも心配したぁ?」
姿を見せたトリトマに対し、ベリーは心配しました!と思った通りの反応を元気良く見せた。そのベリーの反応を見たトリトマは、少しだけつまらなそうな表情をした。
「あーあ。やっぱりアナタみたいなヒトは相手にするものじゃないわね。…でもそこそこ楽しめたわ。だからご褒美として今回は引き下がってあげるわ。」
「本当ですか!?」
「えぇ本当よ。感謝しなさい?」
上から目線な物言いに俺はふつふつと怒りが湧き上がり、呆れもした。だが絶対に表に出たくないので思うだけに
「さぁて。思ってたよりも魔法を使い過ぎたから、帰ってお休みしなくちゃ。それじゃあね。」
ベリーに向かってトリトマは片目を閉じて挨拶を交わすと、まるで何事も無かったかのように海へと潜っていった。
「いやっ!こっちの話、終わってないんだが!?」
ずっと戦いを傍観していたカナイと隊長が岩場の陰から、小舟から身を乗り出し海に向かって叫んだ。
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