霧編
第13話 カナイと隊長と
シュロがアサガオを追いかけ、レンとベンジャミン、他にクレソンとカルミアが幽霊船へ調査や救助に向かったその時。
幽霊船の出没に突如現れた触手でその場は混乱するも、粗方暴れ回ったのちに触手は海へと潜っていき港は静けさを取り戻した。
しかし安心は出来ず、騎士団は救助に向かった騎士二人の同行を待つために港で待機する事となった。そんな騎士団を横目に土地守のカナイは隙を突き、昼間の内に港の隅の方に止めておいた小船へと向かった。
着いた先、小舟の上には既に誰かが乗っており、その人物はカナイの姿を見止めるとカナイに向かって声を掛けた。
「来たか。少々想定外の事が起ったらしいが、大丈夫か?」
「問題無い。シュロが向かったから、アサガオも大丈夫だろう。」
先に小舟に乗っていた人物、クレソンとカルミアが隊長と呼ぶそのヒトはカナイが小舟に乗ったのを確認し、
周囲は変わらず霧が立ち込め、最早どちらがどの方角かさえ分からない程だったが、カナイも隊長も今自分らがどこにいるのか分かっているかの様に、迷いなく小舟を進めていた。
そうして小舟を進めて数十分経つと、小舟は浅瀬を進んでいた。周囲は水中にある岩が海面上に出ており、大きな船では絶対に進めない様な入り組んだ水面になっていた。
そんな海上を進んで行った先、他の岩と同様に海の上を浮かんでいる様に突き出た岩辺へと行きついた。その岩場の上には誰かが座っているのが霧越しでも見えた。
その人物が持つ長い棒状の先端に吊るされた
小船の先が岩場につく程の距離になると、その人物は小船の方へと振り返り微笑んだ。
「あらぁ?もう少し遅れて来るかと思ったのだけど。」
その人物は台詞に反して楽しげに、さも予想していないかのような言い方をしているが、実際は予想済みの様な余裕のある態度をとっていた。
「…その様子からして、やはりあの幽霊船、お前がヒト
カナイの問いかけに、トリトマはそれは楽しそうに返事をした。
「そうよぉ?海の真ん中を漂ってたのをワタシが魔法で船を導いてやったの。とっても大変だったんだからねぇ。」
「お前の苦労などどうでも良い!そのせいで行方不明者まで出ているのだぞ!?」
カナイの怒鳴り声で一瞬だけ呆けた表情をしたが、すぐに楽しげに口角を上げて目を細めた。
「あらそうなのぉ?やっぱり生きてるヒトが近くにいると反応が起こるのねぇ。ただ眠って船を進めるだけの幽霊船何て面白味が無いから、魔法を使ったかいがあるわぁ。」
からからと笑いながら、トリトマの足元で水飛沫が激しく上がった。そこにはヒトの二本の足は無く、代わりに鱗の生えた魚の長い尾があった。
「…人魚ってのは、どいつもこんな危険思想を持っているのか?」
「違う。こいつが飛びぬけているだけだ。」
カナイとトリトマの会話を聞いていた隊長は、人魚であるトリトマのあまりの言動に絶句していた。しかもこの人魚はカナイと同じ土地守であり、海の大半を守護する海守なのだと知り、カナイと同じく頭を抱えた。
「あーもうっ!海を守護する立場に自分から進んでなったというのに、やってる事は毎回
お前のせいで土地守が信用を無くしたらどうするんだ!」
「えっそりゃあアナタ達がガンバるのよ?その為にアナタ達の土地では何もしないであげてるのよ?」
可愛らしく笑うトリトマに、カナイは声を出そうとするがなかなか口から出て来ず、唸り声となってその場に伏した。
カナイは知っていた。他の土地守達と同様に知り合ったこの人魚がどんな奴で、何を言ってものらりくらりとやり過ごしてしまう事を。分かっていても土地守という立場故にこうして直接訪れて抗議をせざる負えない事を。それを騎士団を纏め上げる立場でもある隊長はよく理解していた。
そして今回の幽霊船騒ぎ、これも話を聞いた時から予感していた。そして幽霊船の周囲に現れた霧を見て確信した。
「とにかく!もう幽霊船は元の場所に戻せ!本来はあの船は危険を避ける為に海の真ん中を漂う様に誘導しておかねばならないんだから!乗っている者達には申し訳ないが、お前も土地守ならそこんとこどうにかしろ!」
「えぇ?尚更カワイそうじゃなぁい。もうちょっとだけ好きにさせてやっても良いんじゃない?」
先程よりも大きな唸り声を上げてトリトマを睨みつけるカナイを、トリトマは楽しげに笑って見ているのを隊長はほとんど蚊帳の外になって眺めていた。
この土地守には誰が何を言っても無駄だという事をカナイと同様に隊長も深く理解した。
「話は聞かせてもらいました!」
すると突如どこからか高らかな声が三人がいる岩場に響き渡った。全く聞き覚えの無い声に一同は驚きの表情をし、声がしたであろう上空を見上げた。そこにはこれも全く見覚えの無い少女が背中に羽を生やして宙を飛んでいた。
「身勝手な理由で船を誘導!しかも危険と承知でヒトの住むまちへと誘い込んだその行動!他のヒトがゆるしても、わたしは決してゆるしはしません!」
高い位置にいるためか、声がかなり大きく聞こえ、思わず三人揃って耳を塞いでいた。
「あのぉ…君は誰でしょうか?」
恐る恐る、触れてはいけないものにゆっくりと触る様にしてカナイは宙を飛んでいる少女に話し掛けた。
「申し遅れました!わたしはベリー・ストロと申します!わけあって港まちに来ていましたが、外がさわがしくねむれなくなり様子を見に来たしだいです!」
「あらそう。…所で声が大きいわねぇ。」
ベリーと名乗る有翼人の少女は高らかに自己紹介し、そんな姿を見上げる三人は唖然としていた。
「わたしの事はともかく!このままあなたを野放ししていてはヒトや自然に対して非常にまずい事になります!今すぐ反省してくださればわたしも大人しく引き下がります!しかし、反省せず行動を起こすと言うのであれば、こちらも実力を持って止めさせてもらいます!」
ただでさえ通る声が大声によって空間に響き、変わらず聞いていた全員が耳を塞いでいた。おかげで何を言っているのかよく聞き取れなかったが、どうやらベリーは人魚であり土地守であるトリトマに怒り心頭らしい。何やら戦闘が始まりそうな雰囲気になり、カナイと隊長は焦った。
「待ちなさい!この場は私達が治める!君は関係者では無いのだから、手出ししてはいけない!」
カナイの必死の声は届いているのかいないのか、聞く気が無いらしくベリーは臨戦態勢をとっていた。
「…なんですか?…いえ、今回はわたしがやります。…大丈夫です!今回の事はぜったいにゆるせませんから。」
何やらベリーは独り言を呟いていた。それにベリーからは異様な気配を感じるとカナイは思った。そしてカナイと隊長が少女を見た時から危惧していた事が起きてしまった。
「射りし炎、邪悪をたかぶる熱を持って射止めろ!」
ベリーは詠唱を唱え、空中に炎の矢を幾つも出し、上げた手を前へと翳してトリトマに向かって炎の矢を放った。
「…流れる静けさ、盾と成れ。」
矢が中る直前、トリトマも詠唱を唱え、手に持った棒を海面に突き刺した。すると力を加えていないのに海の水が大量に高くせり上がり、水の壁となって炎の矢からトリトマを守った。だが矢にこそ中りはしなかったが、せり上がった海の水を被りカナイと隊長はずぶ濡れになった。
「お前!魔法使うなら周りの事を考えて」
「あっまだ来るわぁ。」
へ?と間抜けな声を上げてトリトマが指した方を見ると、ベリーが続けて詠唱を唱えていた。
「空想の武器、形を持って手に宿れ!」
詠唱を唱え終わるとベリーの手には槌らしきものが握られており、それを持ってベリーが突貫してきた。それを見たトリトマも詠唱を唱えて海の水から槍を作り出して応戦した。
「あらあらぁ?あなた、戦いとか好んでする様な子じゃないんじゃない?よくここまで積極的に攻めようと思ったわねぇ。」
まるでベリーの事を見通したかのように話し掛けるトリトマだが、それにベリーは更に怒りを増した様子を見せた。
「当然です!だって、あなたが幽霊船さわぎを起こしたせいで。」
「せいで?」
溜めに溜めて、ベリーは言い放った。
「夜、家をぬけ出して度胸だめしをするわかものが増えて、皆こまっているんです!」
大きな音が少女の背後から聞こえた気がした。少女の言葉を聞いて、三人は少女の性格を理解し始めた。
「どんな場所でも、たとえ見知った場所でも夜は危険なんです!それを勇気をためすなどとうそぶいて、親御さんにごみ迷惑をかけるなど、言語道断!
煙を断つため、火種を消すためにあなたを何がなんでも止めて見せます!」
少女の意気込みが伝わり、トリトマは息を吹き出し、そして高々に笑った。
「あははははっ!…ふふっ。なんだか楽しいお嬢さんが来たわねぇ。良いわ。あなたが満足するまで遊んであげるわぁ。」
どこか気だるげだったトリトマはやる気を見せ、本気でベリーの相手をすると宣言した。そんな様子のトリトマを見てカナイは少々驚いていた。
基本トリトマは戦う事はしない。相手がやる気でもなあなあで流し、結局本気で戦う事も無く事を済ませるのがトリトマという人魚のいつもの姿だった。
しかし今回はトリトマの逆鱗と言うか、ツボを刺激したらしく珍しくトリトマに魔法を使うまでのやる気を引き出したらしい。
「これ、俺らで止めなくて大丈夫か?」
「…いや、ここは手を出さないで見守ろう。」
隊長の提案をカナイは却下した。何故かと隊長が問いかけた。
「少女の実力がどれ程か知らないが、何やら一般人とは思えない力を感じる。実際に先程の魔法も動きも良かった。トリトマが言った通り、少女がどれ程やれるか私らは見て見ようじゃないか。」
達観したカナイの台詞を聞いて、隊長は再度問いかけた。
「ぶっちゃけて、本音は?」
「あの
土地守が一般人に攻撃されている状況だと言うのに、同じ土地守であるカナイは生き生きとした表情で二人の戦いを眺めていた。
もしかして、この土地守は疲れているのだろうか?隊長は本気でそう思った。
最早土地守と少女の戦いを止めるものは、その場には居なかった。後は野と成れと隊長も諦めて人魚と有翼人の行方を見守った。
土地守と隊長は知らない。自分以外にも二人の戦いを見守っている存在が居る事を。
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