大掃除 2
「暇そうだな」
「早々に片付いてしまって」
寝室に戻ると、ヨモツは壁に背を預けながら座って古本を読んでいた。俺の記憶が正しければあの古本は押し入れにあったものだが、どうしてか今はこいつの手元に収まっている。
「……お前なあ、人様もの勝手に読むなよ」
「日記の類いで無ければ良いかと思いまして」
「良かねえよ。ほら、仕舞え」
小物を収めてる段ボール箱を開け促す。ヨモツは手帳を取りだし本の題名をメモってから箱に本をしまった。
「ほらよ、これ」
「これは?」
「奥さんが“いくらでもどうぞ”って言って出してくれた饅頭。あんこ苦手だったか?」
「いえ、好きですよ。ありがとうございます。……日笠さん案外ちゃっかりしてるんですね」
「うるせえ、持ってきてやったんだから感謝しろ」
饅頭を受け取ったヨモツは、一口で口に放り込んでしまった。
脳裏に、昔いた会社の後輩が過る。あいつもあんこが好きだとか言ってたし、饅頭なんかを一口で食っちまうような奴だった。
あ、とくぐもった声でヨモツが言う。モゴモゴと口を動かしながらヨモツが懐にから取りだしたのは、1枚の茶封筒だった。
「なんだこれ……?」
渡された茶封筒を手に持つ。埃が全体に薄く付いたようなざらっとした手触りで、最近の物ではないのは確かだった。
饅頭を飲み込んだのか、ヨモツは封筒を指差しながら言った。
「押し入れに落ちてました。健康診断のお知らせでしょか?」
「んなもん押し入れにしまっとくわけねえだろ。大事なもんか……?」
「それはね、捨ててしまって大丈夫です」
背後から、しわがれた声がいきなり聞こえてきて跳ね上がる。
いつのまにか後ろに立っていたのか。婆さんは、俺が持っている茶封筒を見ながら地蔵さんみたいな笑みを浮かべていた。
「それねえ、お爺さんから私個人に宛てた遺言書なの」
「……えっと、それじゃ捨てない方が良いですよね?」
先程の、ブルーベリーの話をしていたときの婆さんが脳裏に過ぎる。柔らかい笑みと穏やかな口調をそのままに、捨ててしまって大丈夫です、ともう一度繰り返した。
「読みましたか?」
「いえ、まさか」
念のため横目でヨモツに視線を向ける。ヨモツは首を横に振った。
「その遺言書の中身ね、ずっと謝ってるんですよ。最初っから最期までずうっと。寂しくさせてしまう、ごめんって」
何となく、本当に何となくだが、言葉に怒ってるような雰囲気を感じる。
「腹が立つでしょう。今際の際に残す言葉が謝罪なんて。感謝の言葉でも残していけば良かったのに」
婆さんはそう言うと、茶封筒を側にあったゴミ袋に突っ込んでしまった。
「寂しくて残しておいたんですけど、もういらないです。もう少しで会うことになるでしょうから。そしたらその時はお爺さんの頭をぶつつもりです」
婆さんの言葉は、冗談を言ってるような感じはしなかった。この先の予定のことを話すような、そんな雰囲気だった。
日が傾いてきても、そこまで肌寒さを感じなくなって来た。
依頼を終えた帰り道、ヨモツは急に立ち止まると、懐から手帳を取り出し横断歩道の方を見ながら何やらメモっている。
内心毒づきながら、幸いにも近くに喫煙所があったからそこに逃げ込んだ。ヨモツが時々している“仕事”だ。地縛霊だか何だかを記録していると言っていたが、こっちとしてはたまったもんじゃない。
煙草を箱から取り出し、咥えてから火を付ける。少しだけヨモツの様子を伺ってみれば、相変わらず熱心にメモを取ってる。
別に、見ようとしたわけじゃなかった。偶々、本当に何気なくで、視線がヨモツがメモを取る先の方に向いてしまった。
横断歩道脇の電柱。夕焼けを反射しているアスファルトの上に、うっすらと人のシルエットが立っているように見えた。
俺はすぐに視線を晒し、煙草の煙を肺に入れる。ヨモツが帰ってくるまで、喫煙所の外は見なかった。
隣のやつは生きてない がらなが @garanaga56
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