第9話 特訓(3)

 清那と和彦が一階に戻ると、すでに任務を終えた千代が待合室の椅子に座っていた。まだ薙刀をしまっておらず、右側の席に立てかけるようにして持っている。千代が薙刀を使うのは知っていたが、実際に持っているのは初めて見た。二人に気づくと、千代は立ち上がって出迎えた。

「お二人とも、お疲れ様です」 

「千代さん、もしかしてお待たせしてしまいましたか……?」

「いえ、私も少し前に終えたところですから。もう少しで最後の霊が来ますよ」

 時計を見れば、確かに最後の処刑対象が来る時間だった。和彦が長銃を構えようとする横で、千代が一歩前に出た。

「お二人は私より担当が多かったでしょう。私が対応しますよ」

「え、でも……」

 清那はチラリと和彦を見た。清那の想像だが、和彦は千代に処刑させるのを避けたがっているように思う。午前中の任務も、清那の実力を見るためという名分の元、千代には一切手出しをさせなかった。代わりに対応すると言うかと思ったが、和彦は清那の予想に反してすんなりと頷いた。

「分かった。お願いするよ、千代」

「はい、和彦さん」

 微笑むと、千代は病院の正面出入口へと向かう。千代が処刑するのを見るのは初めてだ。

 出入口の外に、霊に憑かれた人が現れる。抱きつくようにまとわりつく霊は、千代に気づくと威嚇するように揺らめいた。千代は動揺することなく霊を見据え、薙刀を構える。そして、霊が病院に入った瞬間、迷い無く振り切った。

 その途端、ゾワリと背筋に悪寒が走り、清那は思わず拳銃へ手をかけた。

(なに、今の……)

 戸惑いながら隣の和彦を見るが、特に気にしていないようだ。千代も普段通りの様子で二人のもとに戻ってきた。

「千代、お疲れ様」

「はい、ありがとうございます。これで、今日の任務は終了ですね」

 二人とも、先ほど清那が感じた霊力について触れることなく平然としている。自分の勘違いだったのだろうかと戸惑っていると、そういえば、と千代が首を傾げた。

「和彦さん、あの方がいらっしゃっていたでしょう。お会いしましたか?」

「ええ。清那君についてうろうろしていましたよ」

「あら、じゃあ、清那さんも会ったんですね」

 意外そうに眉を上げて清那を見る。霊力のことを聞くタイミングを逃した清那は、ぎこちなく頷いた。

「……ええ。処刑の様子を見たいって言われたので、一緒にいたんです」

「そうだったんですね。あの方は好奇心が旺盛ですから、珍しい人が来て気になったんでしょう。可愛らしい人だったでしょう」

「まあ、人懐っこい人でしたね」

 そういえば、あの女性が千代のことを「ピリピリしている」と言っていたが、清那から見ればそんな素振りはないように思える。自分よりも付き合いが長いからこそ気づいたのだろうか。

「あの人って、千代さんたちと同じ頃に生きていた人なんですよね?」

「ええ。亡くなったのは私たちよりも早かったようですけれど。和彦さんは生前に面識があったそうですよ」

「え、そうなんですか」

 だからあんなに気安かったのか。和彦を見れば、否定することなく頷いた。

「面識があったといっても、一、二度部下と会っているところに出くわしただけですけどね。生きていた頃はろくに話したこともありませんでしたよ」

「そうだったんですね。あ、もしかしてあの女性が言っていた初恋の人ってその部下の方ですか?」

「あの人、そこまで話してたんですね。ええ、そうですよ」

 そう言うと、和彦は清那を見た。また何か嫌味でも言うつもりかと身構えると、和彦が何か言うよりも早く千代が口を挟んだ。

「お互いに死んでからのほうがよく出会うなんて、不思議な縁ですよね。さて、そろそろ帰りましょうか」

「そうしようか。清那君も帰りますよ」

「……はい」

 二人が病院の出入り口に向かって歩き出し、清那もその後ろに続く。結局、清那が感じた霊力のことを聞きそびれてしまった。


 家に帰り宵に報告を終えると、宵は清那だけ残るように言った。和彦と千代が部屋を出て扉が閉まるのを待ち、宵は清那に向き直った。

「さて、清那さん、初めて二人と任務に行った感想は?」

 普段と変わらない穏やかな表情のままの宵の問いに、清那は言葉を探してほんの少し黙り込んだ。その様子を、宵はどこか興味深そうに見返した。

「任務の進め方とか、霊力の流し方とか、今までなんとなくやってたことを効率良くするコツが分かったというか、すごく参考になりました。……和彦さんの教え方も、まあ、分かりやすかったですし」

 最後はしぶしぶと付け加える。事実、今日一日でかなり上達できた実感はある。

 宵は清那の言葉に満足したように笑みを浮かべた。

「充実した一日になったようで良かったです。これからしばらく、週に一度は二人と組んで任務にあたってもらおうと思っていますが、問題ないですね?」

「分かりました。それ以外の日はレイさんとですよね?」

「ええ。もし二人と組む日を増やしたければそうしますよ」

「いえ、週イチでお願いします……」

 和彦の指導は分かりやすいがスパルタだし、あれこれ嫌味を言われるのが目に見えている。

(それに、二人の邪魔をしている気がするし……)

 仲睦まじい二人の間にわざわざ入ろうとは思わない。

「そうですか。では予定通り、週に一度にしましょう。ほかに、二人との任務で気になることはありますか?」

「……そういえば、任務中に二人の知り合いだという浮遊霊に会いました」

「そうでしたか。ちなみに、どのような方ですか?」

「さっぱりとした感じの女性で、もともとは和彦さんの部下と知り合いだったそうです」

「名前は確認しましたか?」

「それは……聞きそびれてしまって聞いてません」

 なんとなく聞くのがはばかられて確認しなかったが、聞くべきだっただろうか。しかし、清那の予想に反して宵は穏やかに微笑んだ。

「それで結構ですよ。和彦君たちのように割り切るのが上手なら構いませんが、聞かずにおくほうがよいと思いますよ」

 宵の言葉の真意が掴めず、清那は口を開きかけ、結局何も言えず閉じた。その様子を見て、宵は小さく息を吐いた。

「名前は、一種の呪いですからね。いずれは別れる霊の名前を覚えておく必要はありませんよ」

「そう、ですか」

 ぎこちなく頷く清那を気にすることなく、宵は話題を変えた。

「他に、気になることはありましたか?」

「いえ、特には……」

 言いかけて、ふと任務の最後に感じた違和感を思い出した。原因は分からなかったが、宵に話せば何か分かるかもしれない。

「あの、任務の最後に千代さんが霊を処刑したときに、強い霊力を感じたんですが、今日の処刑対象に強い霊っていたんでしょうか?」

「それほど強い霊力を持った霊は紛れていなかったと思いますよ。清那さんが感じたのはどのような霊力でしたか?」

「少し恐ろしいというか……護衛任務であった悪霊に似た感じでした」

 ほんの一瞬ではあったが、確かに感じたあの霊力は悍ましいものだった。護衛任務で現れた悪霊よりも強く感じたほどだ。千代がすぐ処刑したのも、それに気づいていたからだろうか。

(でも、建物の扉を隔てたくらいで霊力の感じ方が変わるのかな……)

 霊力の感じ方は物理的な距離によって変わり、遠ければ感じにくく、近いほどはっきりと感じ取れる。ただ、基本的に何かを隔てて変わることはない。とはいえ、レイや惣介たちはかなり距離が離れていても正確に感じ取っているようだが、清那はまだそこまでの実力がついていない。霊力をコントロールする霊もいて、清那が気づかなかっただけかもしれない。

「なるほど。和彦君たちは何か言っていましたか?」

「何も。一瞬でしたし、千代さんがすぐに処刑したので問題ないと思われたのかもしれないです」

「そうですか。和彦君も何も言わなかったなら私も問題ないと思いますよ」

 宵に微笑んでそう言われると、気にするほどのことでもなかったように感じる。自分が気にしすぎただけだったのかと少し気まずくなり、清那は視線を泳がせた。

「まあ、まれに通常の任務中でもやっかいな悪霊が出てくることはあるので、清那さんも気をつけてくださいね」

 思わず顔を引きつらせた清那を気にせず「以上です」と宵は笑顔で話を切り上げた。

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