真白 それからの未来 (最終回)

 古いアパートの二階。ペンキが剥がれかけた玄関のドア。

「じゃあ、行ってきまーす」

 わたしは大きな声でそう言って、走りだす。

「ちょっと真白っ! 水筒とお弁当、忘れてるっ!」

「あー、へへへ。ありがと桃花お姉ちゃん」

 水筒とお弁当を受け取って、中学校へと向かう。

 着ている服は、桃花お姉ちゃんのおさがりの制服。

 だけど、わたしは大人しく我慢して「お姉ちゃんの制服のおさがりでいいよ」なんて言わなかった。

「おさがりはしかたないけど。クリーニングにちゃんと出して。新品に見えるように、アイロンもぴっしりかけてもらってよ」

 制服、家の洗濯機で洗うこともできるけどね。

 だけど、それだけは主張した。

 ついこの間まで、小学校五年生だったのに、わたし、もう中学生なのだ。

 ええと……、『家出』したのがわたしが小学五年生の夏。

 帰ってきたのは寒い時期。

 夏から冬だから、こっちの世界では半年くらい時間が経過していたのかと思っていたんだよね……。

 でも、ちがった。

 わたし、こっちの時間では二年半くらいの時間が流れていた。

 そんなに長い間、失踪していたことになっていたから、わたし、知らない間に小学校は卒業となってしまっていたのだ。

 卒業アルバムとか、家にあるの。

 だけど、わたしの写真は、五年生までに学校行事で撮ったものの使いまわしで。

 当時のクラスメイトのみんなは、わたしが死んだとか、家出とか、誘拐とか、いろんなことを思っていたみたい。

 私立の中学校に合格して、そっちの学校に通っていた明日香ちゃんと奈津美ちゃんに、この間、偶然出会って、ものすごく驚かれたりした。

 でも生きててよかったって言われて、どう反応していいのかわからなかった。

 とりあえず、対外的にはわたしは失踪している間の記憶はないことにしている。

 二年半もどうしていたの、って言われても。わたしの体感的にも、実際にあっちの世界に居た時間も、二年半もない。

 多分、数か月程度。

 だから、二年半分の出来事なんて話せない。

 それに『異世界』に『家出』して、魔法まで覚えて帰ってきたなんて言っても信じてもらえない。

 誤魔化してるのは心苦しいけど。

 仕方がない。

 とりあえず、平日は普通に中学校に通わせてもらっている。

 通っているけど……、小学校五年生から中学校一年生の間の授業とか、受けていないから、正直に言って、勉強が全然わからない。

 だから、個別学級っていうのに参加させてもらっている。

 小学校の算数とか、今、勉強しているの。頑張って、早く中学校レベルに追いつかないと。

 まあ、勉強面では遅れているけど、音楽とか家庭科とか体育とか、そういうものは普通にクラスの授業に参加させてもらっている。

 ……ちょっとね、クラスのお友達になじめるかなとか。虐めとか仲間外れとか、されちゃうかなとか思ったけど。そんなこともなかった。

 というか、わたし、中学校ではちょっとした有名人。

 小学生の時に失踪して、行方不明だったとか、そういう有名ではなくて……。

 わたし、女子中学生手品師として、テレビとかに出ちゃったの……。

 まあ、手品というか、本当は魔法だけどね。

 タネも仕掛けもないごく普通の帽子から、大量の折り鶴なんかを取り出して、それを空に飛ばす……なんて、本当は魔法なんだけど、手品ですよーって、偽って、とある手品コンテストに出てみたら、優勝したの。

 ……コンテストで優勝とかしたら、懸賞金が出るって聞いたものだから。お金あれば、服とか靴とか、スマホとか、買えるだろうって思って、ふっと参加してみただけ、だったのに。

 そうしたら、中学校の朝会とかで紹介されて、テレビのローカルニュースなんかで取り上げてもらって。さらにいくつかの手品大会に招待されてしまった。

 お金稼げるならいいかって思っていたら、あれよあれよという間にローカルじゃないテレビ番組とかにも出させてもらって。

 とある企業のテレビコマーシャルとかにも出て。

 あっという間に……銀行の、わたし名義の通帳の残高が……数字がいっぱい並んでいるよ……。怖っ!

 いちやくゆうめいじんです。

 まあ、でも、ナトゥーラお嬢様のお家というかお屋敷、侍女さんたちいっぱいの、あの本物のお金持ちの世界を知っているから。預金通帳の残高くらいでは、びっくりしないの……。いやするか。

 とにかく、お金が、稼げるようにあっても、特に慢心はしない。

 それにテレビに出たところで一時的なものであって、わたしは普通に中学校を卒業したら、高校に進むつもり。

 いろいろ勉強をしないといけないから。

 手品師は本業ではなくて、副業ってくらいで。

 たまにお金が稼げればいい。

 あー、でも、もうちょっと稼いで塾とか行けるようにしたほうがいいのかな……。

 桃花お姉ちゃんに勉強を教えてもらえばいいやって思っていたんだけど。

 わたしが『家出』していた間、桃花お姉ちゃんも学校なんかには行かずに、わたしがいつ帰ってきてもいいようにって、ずっと家に引きこもっていたんだって。だから勉強なんて、まったくわからないって。

 ごめん。

 で、桃花お姉ちゃんは、今は、アルバイトをしつつ、美容師の専門学校に通っている。

「もう今更勉強なんて無理だから、手に職をつけるわ」

 手に職なら看護師でもいいんじゃないのって聞いたら、「お母さんと同じ職に就くのが嫌」って、桃花お姉ちゃんは即答した。 

 白衣の天使なんかより、カリスマ美容師のほうがカッコいいんだって。

 まあ、看護師さんみたいに、病人とか弱った人を支えるなんてこと、桃花お姉ちゃんには向いてないよね。口、悪いし。相変わらず、お母さんと桃花お姉ちゃんはケンカばかりだし。

 でも、切羽詰まった感じはない。

 もう、ケンカがコミュニケーション? 

 本当に将来カリスマ美容師になれるといいね。

 こっちの世界で流れた二年半分の時間を埋めるのは大変だけど、こんな感じになんとか過ごしている。

 ああ、でも一番大変なのは……、ナトゥーラお嬢様からのご命令、かな。

 ええと、あっちの世界、息子馬鹿国王陛下と無能王太子の国だけど、そんな体制を変えるって、王太子殿下の体に入ったままのナトゥーラお嬢様が、今、すごいがんばっている。

 えーと、なんだっけ。王政の国をギカイセイミンシュシュギ、みたいな感じに変えるんだって。貴族の中から、議員を選んで、その議員の中から議長を選んで、国を、みんなの意見の総意……と言っても平民の意見は反映されないみたいだけど……を、まとめて、国の方針とするとかなんとか。

 むずかしくてわかんないって言っているのに。

「真白の国は王政ではないのでしょう? だったら国の形がどのようなものなのか、わたくしに教えてちょうだい。参考にするから」って、ナトゥーラお嬢様が言ってくるの……。

 ……ううう、わたしのあまりよくない頭では、国の仕組みなんて、全然、全くっ! なにがなんだかわからないっ! 

 で、明日香ちゃんと奈津美ちゃんに、教えてくれって頼みこんだ。

 ありがとう二人とも。さすがに私立中学校に受験して合格しただけあるわっ!

 しかも、その中学校でもかなり上位の成績を取っているって。

 優秀な人は違うなあ……。感謝しかない。

 ナトゥーラお嬢様も、そうとう優秀なんだから、そのまま王太子殿下の体を乗っ取ったままでいて、国王になればいいのにって、つい言ったら、

「嫌よ。わたくしは国の制度をある程度整えたら、元の自分の体に戻るわよ」

 なんて、言われてしまった。

 元の体に戻りたいのは、やっぱり女の子に戻りたいから、なのかな?

 女の子に戻って……そうして、パンダさん……アイルさんと結婚とかするのかな?

 あっちの世界に行ったとき、そう聞いてみたら。

 ナトゥーラお嬢様も、アイルさんもアワアワして、真っ赤になっていた。

 ……うん、早く二人が結婚する未来が来るといいね。

 そのころには、わたしにも、誰か好きな人ができているかなあ……。

 アイルさんみたいに、カッコいい人だと良いなあ……なんてね。

 先のことは、わからない。

 とにかく、いろいろなことを勉強して、視野を広げて……そして、望む未来を手に入れる。

 中学校に行って、勉強して。

 そして、帰りにちょっとパンダ公園に寄り道をする。

 今日は、いる、かな?

「親水緑道案内図」の看板の、パンダのイラストに向かって、わたしは小声を出してみた。

「パンダさん、いる?」

「やあ、真白ちゃん」

 即座に返事が返ってきて、看板のイラストが、ぴょこっと動いた。あはは、なんか可愛いな。アイルさんモードのときはカッコいいお兄さんなんだけどね。

「パンダさん、わたしをそっちの世界に連れて行って!」

 前みたいな、絶望的な気分じゃなくて、『家出』でもなくて。

 パンダさんに、ラケーレさんに、ナトゥーラお嬢様に会いに、『異世界』に行く。

 わたしの、大事なみんなに、会いに行く。

 でも、お母さんとか桃花お姉ちゃんが心配しないようにすぐに帰ってくるけどね。

 そう、わたしはもう、どこにでも行ける。好きなところに、自分で選んで。

 そして、帰ってくることもできる。

 自由に。

 好きな時に、好きなところへ。

 明るい未来とその先へ。

 わたしは、走って向かっていく。



 終わり







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『異世界』に『家出』する ~ 真白とパンダとお嬢様 ~ 藍銅 紅(らんどう こう) @ranndoukou

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