平静
高黄森哉
平静
今日は驚くほど平静な日だった。あまりにも、不穏でないので驚いたくらいだ。それは、平和だった、ということではない。おそらく、どこかで犯罪は起きていただろうし、俺の生活圏内でさえ、事故があったくらいなのだから。だけど、それを加味して、通常だったのだ。なにがいいたいかというと、それは俺にもちょっと難しいが、とにかく今日はある日常の延長に感じたのだった。
俺は電車に揺られながら、一体、その何が不安なのだろう、と考え込んでいた。今日という日は、背後の夕焼けからわかるとおり、閉じていくわけだが、そのどこに不満がある。電車の床に投げかけられたひし形の太陽光線は、光源が建物に遮られるたびに消えたりした。
みんな、今日は日常を装っていた。そこまで思考が至った時、はっと気が付いた。そうだ、今日は日常を装っていた気がするのだ。俺も、なんだかいつも感をテーマに動いていた気がする。それは、あまりにも不自然で、かつ自然に行われたため、おそらくその違和に気が付いたものはすくなかっただろう。だが、確実に我々は装っている。
どういうことだろう。なぜ、日常を装わなければならないのだろう。別に異常なことなどなかったのに。いや、どこかに隠されていたのだろう。しかし、異常なことがあったなら、なぜ騒がずに、日常を演じたのだろう。俺たちはもっとやじ馬で、反理性的で、だからこそ恐慌に陥りがちなのに、普通でいられたのだろう。いられた? 今いるこの電車だって、その尋常ごっこは続いている。
ほら、見てみろ。女子高校生はいかにも女子高校生がしそうな行動をし、そして、スターバックスの新作かなんかについて、議論している。その横のおっさんは、まるでどこかで見たことがあるように、むすっと一点を見つめているし、サラリーマンは首を傾けスマホに視線を注ぎながら、実は一つ飛んで隣の女子どもの会話を盗聴している。さらにいえば、婆さんどもが、足をぴったりそろえ、醜く万物に無関心を装っているさまも、やはりいつもの光景なのである。重要なのは、そのすべてがわざとらしい、ということだ。
俺は妹を思い出した。去年、乳がんで死んだのだ。なぜ、そんなことを思い出したかというと、それは彼女の態度の話である。人はどうしようもない運命に直面したとき、思考停止する。そして、日常を演じることで、その運命を忘れるように努めるのである。たとえば、妹は友達などに泣かれることを非常に嫌がった。また、兄である俺に、普通の接し方を強要した。もちろん、それらの願いは叶えられるはずもなく、俺たちは妹をできるだけ可愛がったのだが。
お日様の影が、地面に四角い陽だまりを作っている。それは電車の廊下に一列に並んでいる。この四角い箱の舞台で、人々は平静を装っている。それは世界の縮図で、すべての場所で似た現象が起こっている。それは考えてみれば、割と前かららしく、今日まで気が付かなかっただけだ。俺は、この毎日という言葉の裏に袋小路を感じた。みな、なにか重大なことから目をそらすために、日常という虚構を作り上げているのだ。そうだ、きっとそうに違いない。
平静 高黄森哉 @kamikawa2001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます