一ノ瀬悠貴

続かないプロローグ


 鈍重になりつつある身体感覚に追いつくように、ぼうっと意識もまた遠のき始めたところで、ふと、あの言葉と光景がチラついた。

「この世界で、あなたは何を成し遂げたいの?」

 笑えるよ。よりにもよって、命の瀬戸際ともいえる状況で浮かぶだなんて。まるで走馬灯も同然じゃないか。


 オオォオオオオオオオオオオオンッ!!!

 ダンジョンの壁を壊しかねない破壊力満点の叫びが、鼓膜を壊しにくる。

 本日何度目の雄叫びだろうか。指を折って数えるつもりなんて毛頭ない。

 そもそもだ、この怪物の咆哮だって、今日初めて聞いたわけじゃない。

 百回? 二百回? いやもっともっと。 鼓膜を破かれた事だって、二十回過ぎたあたりで数えるのをやめた。


「ねえリッキー、あとどれくらい粘れそう?」

「粘れそう? この両手を見て、それ訊く?」


 隣に並ぶ同い年くらいの少女に、両の掌を見せつけてみせる。

 既に杖を握る両手はもちろん、全身の至る箇所から絶賛出血中だ。

 致命的になりうる箇所のみ回復魔術をかけたおかげで、まだ臨戦態勢は整えられてはいるものの、


「ちょっと、そこは無理してでもイキりなさいってば! 仮にも勇者の端くれでしょ?」 

「そういうのはリーチェの十八番じゃん。魔王軍幹部らしく高笑いとか、お手の物じゃん」

「オーホッホッ……ゲホッ、ゴホッ! ざ〜んねん。アタシはもう瀕死一歩手前ですぅ♪」


 うん、知ってた。乾いた笑いに、応じるように微笑みを投げかける。

 時計が存在しない以上、個人的な感覚になってしまうけど、ゆうに一週間近くは寝ずに闘い続けているのではなかろうか。


 思えば、こんな日々を送るようになって、どれほどの日数が過ぎたのだろう。

 拠点の石壁に刻み続けていた正の字も、三百五十をカウントしたところで、とうに止めてしまった。

 九死に一生? いやいや、こんな目に遭うくらいなら、いっそ十死にして欲しかったくらいだし。

 もっともこんな愚痴も、今日まで生き延びたからこそ言えるのだけど。


 アッ、ア、アオォオオオオオオオオオオンッ!!!


 大陸をも揺るがさん竜の咆哮に、いよいよ八方を囲みし岩壁にヒビが入り始めた。

 体長二十メートル以上超の巨体を震わせながら、その周囲から円形に虹色のオーラが漏れ出す。

 ここまでの怒髪天衝かんばかりの叫びは、初めてかもしれない。

 それはつまり、そうせざるを得ないくらいあの怪物竜を追い詰めた、紛れもない証左。


「……じゃあ、あとはアレしかないか」

「だね。もう勿体ぶってる暇なさそう」


 覚悟を固めた僕たちは頷き合い、すぐさま諳んじ始める。

 本来なら敵どころか、味方にすら教えてはならない、必殺の切り札。

 けれども、僕たちは互いに教え合った。効果も使い方も、全てを晒した。


 すべてはアレを倒すため。

 二人で生きて地上に這い上がる為に!


「いくわよバケモンドラゴン! アンタを倒して、地上に還るんだからぁ!」

「終わりにしよう、居眠り竜……今ここで、永遠に眠りにつきやがれぇ!」



宝具覚醒アーティファクト――』





 誰も足を踏み入れる事のない……否、踏み入れられない。

 全人全魔未踏の、通称・死のダンジョン――ラ・アポルジェ。

 その最下層で今、一つの物語が結末を迎えようとしていた。


 イムンド大陸に伝わりし、伝説の居眠り巨大竜・ガルバルドゴート。

 相対するは、落ちこぼれの勇者に、落ちこぼれの魔王軍幹部。


 誰にも知られない、誰にも見られない、凄絶な死闘。

 その始まりは、二年ほど前にまで遡る――




【次回に続――きません】

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