第4話 君を好きだと叫びたい(終)

 亀山先輩が京極ちゃんの横の(俺から見れば邪魔な)男に不敵な笑みを浮かべて声を掛けた。



「ねぇねぇ。君ぃ、こっちぃおいで」



 当然、亀山先輩に声を掛けられた男も、不信感より困惑しきった感情を浮かべている。そりゃあそうだ、初対面で誰かも分からないんだからな。


 男も首を傾げて、眉間に深いしわを刻むと大きく口を開けて聞き返した。



「は? あんた、誰だよ」


「誰やろなぁ。ええから。はよ」



 亀山先輩は男の聞き返しを受け流した。


 身体を硬直させる男の横に立って、顔を見合うと耳元で何かを囁いた。俺相手に何を言ったかまでは聞こえない。

 


「え。その人、誰?」


「や! オレも知らねぇよ!?」


 京極ちゃんが男に亀山先輩が誰かと聞くが――当たり前な話し、聞きたい答えが出る訳がない。本当に初対面なんだから。


「ほな、行こかぁ」


「なんでだよっ!」


 男の腕を引っ張って、亀山先輩が俺にウインクして、白い歯を見せた。そして、男を引きずって一緒に消えた。


 取り残された京極ちゃんは唖然としていた。遠ざかって行く、二人の背中を呆然と見送っている。


 困惑にスマホを取り出して耳に押し当てる仕種に、俺の手が、耳元から引き抜いた。


 スマホからは『事故ですか? 事件ですか? どうかされましたか?』と聞こえて「すいません。大丈夫です」と一言、謝ってから切った。


 京極ちゃんがゆっくりと振り返った。顔面蒼白で俺を見つめて、震える声で名前を口にする



「いたみん?」



 俺は息を飲んだ。

 話すなら今だろう。



「実は、声——出るんだ」



 俺自身も驚くくらいに、京極ちゃんに掛けた声が――低い。女装姿のギャップ。京極ちゃんは驚いたことだろう。


 亀山先輩も協力を無碍にしたくはない。謝ろう、今の時間を無駄にしてはいけない。



「ぅえ!? ぉ、っとこ??」



「ごめん、騙すつもりなんかなかったんだ! 可愛いものを買うために、可愛い女の子の姿になるしかなかったんだ。こんな女装なりでも、俺は立派な――男だよっ」



 俺たちは立ち竦んでいる。彼女からの言葉もない、ああ、嫌われたのか。何も聞けない俺に彼女がようやく、聞いてくれた。



「ごめんなさい。あたし、今日に限ってコンタクトをつけ忘れて、眼鏡も忘れて来ちゃったの。今の状況も視界がボヤけて、よく分からないんだけど、……いたみんはあたしのパパと同じなんだってことだよね」



「え? お父さんとって、……つまり? えぇっと」



 理解が出来ない俺に「女装も可愛いものが大好きなの。ママには愛想を尽かされて出て行かれちゃったけどね」と京極ちゃんが教えてくれた。


 お父さんと俺は同属。最悪の事態を想像してしまった俺の全身が大きく、また震えてしまう。押し黙ってしまった俺に、京極ちゃんが聞いてくる。



「あの人も、女装した男の人だったりするの?」



 俺の心配を他所に。京極ちゃんの興味は、隣の男を連れて行ってくれた、亀山先輩の性別だったようだ。


「うん、女装した男の人だよ。俺の寄宿舎の同室で、二年生の亀山先輩」

「どうして、道真にぃを連れて行ったの?」

「どうしてって、そりゃあ。俺の、ためだよ」

「え?」


 目を丸くさせる京極ちゃんに「俺以外の男が京極ちゃんの横にいたから俺に気を使って、連れてってくれたんだ。びっくりしたよね、ごめんね」と素直に告白をした。



「俺。京極ちゃんに、もう嘘を吐きたくないんだ。好き、だから、きちんと言うよ」



 辺りの俺の告白を聞いていた数人が、俺達の方に顔を向けた。俺の足は岩みたいに硬くなって、動くに動けないんだ、ここで言うしかないんだ。


「女装の俺じゃ、ダメかな? あのお――……兄????」

「うん。角田道真、十八歳。あたしのママのお姉ちゃんの子どもで、従兄なんだけど」

「ぃ、いとこ」

「そうよ。進路とかで煮詰まっていたから、いたみんに会う前に会っていたの。なんか誤解をさせちゃったみたいだね」


 まさかの従兄。俺は誤解をして、嫉妬をして、告白をしたのか。このまま、もう会うのを止めましょう、とか言われた日には、立ち直れないかもしれない。


 でも、今更なかったことにしようとは、思ってもいないけど。たじろぐ俺に、京極ちゃんが提案をしてくれた。


「このままゲーセンに行こうか? ここの三階にあるよ」

「え」

「道真兄は亀山先輩に任せていいんでしょう?」

「あ」

「あたしたちは遊びましょう」

「でも」

「女装には免疫があるから平気だよ」

「京極、ちゃん」

「彼氏が女装癖DKで、あたしよりも可愛くても、可愛いものが好きでもいいよ」


 涙が出て来た。全てを受け入れてくれるだなんて――嘘だろう。


「いいの? 俺、このままで、いいの?」


「あたしも可愛い人が好きなの。それに……面食いなんだよ」


 どこからともなく拍手がまばらに起こる。


「きょうごくちゃん、だいしゅきぃいい~~」


「あたしもいたみんが大好きよ」


 俺の大きな手に、柔らかな手が合わさって硬く握られた。


「行きましょう! 恥ずかしいわ!」


「うん!」


 軽いステップを踏んで、俺達は三階のゲーセン行きのエスカレーターに向かった。



 ***



 京極ちゃんと恋人になった。俺たちは、プリクラ機の間にある台で、撮影したシールを切っている。


 俺は京極ちゃんに生徒手帳の素の俺の写真を見せた。反応は――


「いたみん。キレイな顔だね」

こっちは嫌いかな?」

「一緒に歩けないかな」


 京極ちゃんの強張った表情に、俺は聞き返した。


「え? どういうこと?」

「そんなことより何か食べに行こうよ」

「うん。どこに食べに行こうか」


 もうカバンの中のお絵描きパッドは必要ない。


 嘘も、偽りもない、可愛いものが好きでもいい、素のありのままでもいい関係が始まるんだ。一緒に遊べる時間を愉しもう。


          ー了ー

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女装癖DKの可愛いもの好きな推し活《スローライフ》 ちさここはる @ahiru

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