第3話 惚れた彼女の横の男と頼れる女装癖DKの先輩
二人組の男たちに連れて行かれてしまった彼女を追い駆けた。場所はゲームセンターの裏手。店舗からも死角だ。いや、監視カメラがあるはずもない。
「お嬢ちゃんよぉう」
俺は信じられない局面に遭遇をしてしまう。
(っこ、これはどういうじ――)と俺の視界に映し出されたのは強面のまま「どれでもいいですよ。何が欲しいんですか」と男二人組に聞く彼女の姿だ。
しゃがみ込んだ彼女の足元には、乱獲されたぬいぐるみやフィギュア、キーホルダーが、ゲーセンの景品袋を皿替わりにアスファルトの上に敷き、露店のような恰好で置かれている。
いかつい男たちの顔が、目をキラキラと口許も緩ませて指先が欲しいものを差している。さらに、俺は自分の耳を疑う羽目になった。
「っこ、これ買うわ。幾らじゃ?」
「要らないわ」
「お嬢ちゃんの小遣いで獲ったんじゃ。タダでなんかで貰えんのよぉう」
「でも」
柄が悪い面持ちと荒い口調とは裏腹に、満面の笑顔で提案をする。
譲って貰ったぬいぐるみとフィギュアを袋に入れる。小脇と抱えて、手さげの黒いカバンから封筒を取り出すと、強引に手渡した。
軽く肩を叩き弾いて「じゃあな!」「ありがとうな!」とご機嫌に、彼らはステップを踏んで駐車場の方向に歩いて行った。
彼らが離れたことを確認して彼女に近づく。
(おっと! 待て待てっ、この姿のままで声なんかかけたらっ!)
百七十八センチの女装姿。男の声で彼女を怖がらせたくもなかった。俺は低いハスキー声を出さずに済むように、最近、購入をした便利道具を思い出した。
もたつきながら、肩掛けカバンの中から消えるお絵描きパッドを取り出した。
(万能の石板登場っ!)
コピー用紙A5サイズと同じで、たったの五百円という万能商品。言いたいことを書いていると、ようやく俺に気がついた。
「っきゃ!」
彼女の口から悲鳴に近い声が出た。俺が彼女の顔を見れば、まつ毛の長い吊り目が大きく見開いて、俺を真っ直ぐに見つめられる。
真っ白な肌が赤くなって、耳まで染まる様子はとてもキレイだった。
彼女がいなくならないうちに俺は大急ぎで、絡まれて大変だったねと、フルネームではなく、苗字だけを書いたお絵描きパッドを見せた。
「伊丹、さん」
《そうそう!》
「……お願いです。景品をあげていたこと、黙っていてもらえますか」
《は?》
「ああいう絡まれ方は毎回あるんです。あたし、景品を獲得することが上手だから」
(言う訳ないじゃんか。でも、これは使えるな)
俺は《黙っている代わりに景品が獲れる秘訣を教えて貰えるかな》と彼女に要請をすると「いいよ」と二つ返事だった。
「ともだちID、交換しましょうか」
《っは、はい! こちらこそよろしくお願いしますっ!》
俺のスマホに人生初、女の子との連絡先が登録が刻まれる。
***
寄宿舎の部屋。スマホを両手に持って、中央の机に人形を置いて俺がニヤついていると、二段ベッドの下でスマホゲームをしていた亀山先輩が、俺に罵声を吐き捨てる。
「きっしょ。僕ぅがいないときになんかあったんや? ゲーセンで運命的な出会いでもあったか?」
彼女の名前は、京極すずりさん。同じ十六歳だと分かった。ゲーセンの中に戻って、レストコーナーで飲み物を飲み合いながら、お絵描きパッドに書いて距離を縮めることに成功する。
同じ年代の女の子と話すことがないこともあって、話し合えることが久しぶりで興奮した。ただ自身が女装癖のあるDKを隠したこともあってか、お腹が痛くなった。
彼女から、恐らくは僕に対して秘密がない。はずだ。
俺は、この出会いを無駄にしてたまるかと、またゲーセンで
「師匠が出来たんです」
「師匠ぉ?」
「女子高の子ですよ。同じ一年生で、見た目が強面だけど、めっちゃいい子で、可愛い子なんですよ~~」
あまりにはきはきと答え過ぎたのか、亀山先輩が上半身を持ち上げて、真正面から俺に聞いた。
「その
「……は、はぃ。スキです」
俺は嘘の吐けない。正直に好きだということを、亀山先輩にはっきり伝えた。っは、と大きく舌を出すと頭を掻く仕草をする。
「滅多に可愛いモノホンの女の子に逢わんしなぁ。師匠のこととか何かあれば、いつでも僕ぅも協力するから言えや」
「ありがとうございます」
惜しみない協力をしてくれるという亀山先輩の言葉。頼もしくて大感謝だ。
「自分。男の子って、自己紹介をきちんと言ったんやろうな? でもあの恰好や、どうしたん?」
浮かれる俺を他所に、亀山先輩から隠していたとこを突かれた。
「……言ってません。これで会話を」
お絵描きパッドを指差した。すると亀山先輩が「あかんね。自分、その娘を騙しとるやん」と失笑されてしまった。
「絶対に成就せんわ。ご愁傷さん」
がっつん! と巨大ハンマーの一撃を受けた。騙している自覚があったのは事実だ。彼女にとって、俺は同世代の女友達ぐらいの感覚で、警戒されていないだけなんだから。
でも俺は――嘘を彼女に繰り返した。
「いたみん!」
《京極ちゃあんン!》
遊ぶ日は女装で逢った。連絡は毎日、スマホアプリでスタンプを送り合った。
その中で、彼女が俺の出ない声に対して、何も聞いて来ることはなかった。
胡坐を掻いていた。何も言わない、聞かない、彼女が信じる俺を演じて、軽んじていたんだ。
「今日は騙しとるあの子には逢わないんやな。嘘がバレてしまったん?」
「嫌な言い方しないで下さい。騙してるとかいうの、止めてくれません? 京極ちゃんとは午後に約束なんです!」
「早ぅ言うことやね。真実を」
「そんなの」
地域内にある大型の
俺達も女装をして歩いていた。こうして一緒に見て歩くのは、京極ちゃんと出会ってからは久しぶりだった。
「わか――……え」
亀山先輩からの言葉責めに視線を反らした俺の視界に、彼女が映し出されて心が弾んだと同時に――絶望に叩き落とされた。
「横の男、誰なんだよ」
「ぅんんぅ~~? ああ、長髪金髪を後ろ縛りに片耳ピアス。身長は君ぃよかあるか? あっちは二重垂れ目じゃなくて一重垂れ目か。顔のパーツ、似てるな。でも、あっちのが男らしいやないか、何もかんもがな。本命かな? あらら~~二股されてたんかな? ご愁傷様」
そんな子じゃない、っと思っても言葉が出ない。いや、俺は彼女にとって、ただの女友達に過ぎない。男友達や恋人なんかがいてもおかしくはないけど。
そんな
「なぁ、拓哉くぅん」
亀山先輩が、真剣な表情を俺に向けた。
「あの子のこと、好きなんやな?」
「はぃ、だい、好きです」
「ふん。ほんと、可愛い後輩やな。分かったわ」
亀山先輩は髪を指先で乱雑に掻くと、たった一言――「なら、一丁、一肌。先輩である僕ぅが脱いだるわ」と俺の肩を叩くと京極さんたちの方にスキップと小走りで向かった。
あまりにも逞しく頼れる背中に、視界が涙で揺らいでしまう。亀山先輩と同室になれて本当によかった。
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