第2話 男子高のお姫様たち

 父親の母校。男子高を受験して、三月の合格発表で見事にサクラ咲く。俺は寄宿舎で生活が決まった。


 だから、今はどうしたものかと困ってはいる。衣食住を一緒にする相手に見えないように、可愛いもの好きをどう隠すか、必死に考えたんだよ。


 親父から趣味に対して、何も言われなかった。でも、顔を合わせると、露骨にイヤな顔をされ続けた。顔は言葉以上に心境を語るという塩梅である。肉親が、こんな反応だからだ。


 一緒に暮すのは、一般的な同世代の男子高校生。カミングアウトなんかした日には、俺の趣味を面白半分に、からかわれるかもしれない。


 SNSなんかで晒されるなんてことも、堪ったもんじゃない。必死にどうするべきなのか、本気で悩んだ。


 だが、あえなく時間切れ。何の対策もないまま、俺は寄宿舎生活に挑むことになった。



「あー~~君ぃが僕ぅの同室の子で、後輩ちゃんやな!」



 まさかの、一つ歳上で二年生の先輩。驚きを通り越して、対面がまさかの斜め上過ぎる――展開だ。



「そんな強張った顔してどうし、……ああ! 僕ぅ、女装が趣味なんやね。部屋や学校でもこうなんよ? ん? もっしもぉ~~し? 伊丹拓哉くぅん?」



 紫色の髪はボブで周りをツーブロックに刈り上げて、上髪を後ろに一束で縛っていた。濃い紫色のカラコンが装着されて、大きくなった目が俺を見る。


 厚化粧は濃いパンクで、ビジュアル系バンドのメイク顔は、雑誌やTV以外で見たことがない。


 服装はラフな紳士もののタンクトップに、アジアンテイストでダボダボな半ズボンの出で立ちだ。ようやく俺も亀山先輩は同じ男だと分かった。


 緊張が解けてからは、俺の全身から力も抜けて、尻が地面に落ちてしまう。同室の先輩が女装をしているとか、めちゃくちゃ可愛いとか、何も言葉が出ない。


 座ったままの俺に、亀山先輩も苦笑の表情を浮かべて手招いてくれる。



「ほな中に入りぃ。沢っっっっ山、可愛いふもふな子がおるよぉう? 僕ぅの推しを見せたるよ」



 室内に一歩と足を踏み入れた瞬間、完全に俺と亀山先輩の趣向は完全一致していることが分かった。打ち解けも秒で、分もかからなかった。


 亀山先輩の濃厚な手ほどきもあって、俺が想い描いていた理想の壁をぶっ飛び超えた進化を遂げて、高校デビューを果たした。



 ***



「ああ。ほんと、可愛い顔が台無しや。ほら、額にこぶがあるわ。こっからあおたんになるんやで。大きく膨らむかもしれんね。ドジっ子も大概にせな。入院したら可愛いもんも買えなくなるからな」

「そうですね」


 亀山先輩は好きなものは好きなままでいいんだ、と俺に教えてくれた。入学式前の話しだ。俺は買いに行きたくてもいけない、と相談をした。


 瞬間。亀山先輩の目が輝いた。さらに、俺に何も言わせない、聞く耳もありませんとばかりに行動も素早かった。俺を三面鏡の前に勢いよく座らせて、化粧道具を用意する。


 俺も無抵抗と流されるままでいると、顔だけのメイクが仕上がった。目を疑いたくなる容姿が、亀山先輩の三面鏡に映し出された。



「うそ」



 鏡の中に――あの女が座って、俺を真っ直ぐと見つめていた。そっくり以上の出来栄えに息を飲んだ。


 俺は自撮りをして父親にLINEで送った。既読はすぐについたが、返信は一週間後。たった一言。



 ――《父さん:可愛いよ》――



 返信が来るまでの一週間の合間に、亀山先輩の熱血的な鞭撻もあって、俺は自分で化粧が出来るようになった。


 さらには女性用の服と、極めつけはメンズ用のランジェリーにも手を出す。


 おこづかいもあっという間に底がついた。ただ父親からの返信後、俺への仕送りが、ほんの少し増えたことにはびっくりしたよ。


 将来、俺が正社で就職したら、初任給で親孝行をすることを自分に科した。


「今日は土曜日で学校も休みや。病院なら午前様やでぇ? 拓哉くぅん、どないするぅ?」

「今日はゲーセン限定の人形が入荷する予定日なんです。だから、開店に合わせて行こうかと思います」


ふんむ、と言う俺に亀山先輩の表情が信じられないものを見るとばかりになっていて、口も大きくへの字に曲がっていく。



「馬鹿か。お目当てのもんがキャッチャーに開店すぐにあるかも分からんし、まずは電話で確認した方がいいヤツやな。午後からでいいわ」

「ああ、そっかぁ」

「ほな、店には僕が聞いておいてやるから、君ぃは冷えピタかアイスノンで額を冷却しときぃ。ほんと、後輩想いな先輩僕ぅに感謝しろや。まぁ、いい。僕のベッドで寝とけ」

「ありがとうございます」



 高校に入学後、俺は男のまま登校をしていた。でも、同室者が男子校で有名な女装のお姫様。一部の生徒から、俺がいつからお姫様登校するのか、と白熱し始めてしまったのだ。


 終いには賭け事まで流行り出してしまう。流石に教師からも呼び出しに遭ってしまった。そして、いつからなの? と、真顔の教師の質問である、お前もかだ。


 亀山先輩の助言と口添えもあって、相談をした次の日から、俺もお姫様登校をキメる。親父にも写メを送ったが返事は、またしても一週間後で一言だけだった。あの前回同様の一文コピペだ。


 俺は女装解禁と同時に、可愛いもの大大大好きをおおっぴろげに出来る環境を手にしたのだ。最高かよ。


 同室になった亀山先輩と、自身の母校だから入学をしろと強く推してくれた父親に感謝だ。



 ***



 「ひどくならなくてよかったな。ほんと、君ぃの肌は白いから痣とかあった日には僕ぅのDVやと思われたら、堪ったもんじゃないわ。勘弁してや。ほんと怖いわー」


「はい。亀山先輩、朝からすいませんでした。ありがとうございます」


 亀山先輩がゲームセンターの開店前に電話をかけくれた。おかげで入荷予定の景品の状況も分かって、こうしてお目当ての人形の為に来たのだ。


 ゲームセンター限定景品というのは名前の通り、ゲームセンター店舗から発注数が行き、それからメーカーが受注して製造されることをいう。製造数が無くなり次第終了で、二度と手には入らない。


 他の店舗で不人気事案が起こらない限りは、系列店舗移動もないし、新規追加受注はかなり厳しいと店員から聞いたことがある。


 だからこそ、欲しければ、あるうちに自力で獲らなければならないんだ。


 得られた情報から意気揚々と寄宿舎から女装の恰好で、俺達は午後から出かける。額はたんこぶになった程度で青あざにはならなかった。


 あったとしても化粧で塗り固めたから、傍目で分かりっこない。


 化粧や恰好の出来栄えは、寄宿舎の学生や外からの視線に満面の笑顔でない胸を張って、厚底スニーカーを履いて歩いた。


 元の紐から変えた可愛い色の紐が歩く度に揺れる。完璧だ。


「ほな。僕ぅ、二階に行くわ」

「はい。可愛いものをいっぱい獲れたらLINEしますね」

「要らん要らん。持てないくらいな乱獲はなしやからね、財布の中にお金は残すことを忘れるな、分かったか?」

「歯止めが」

「知るか、ボケ。ほなね」


 亀山先輩は手をヒラヒラと、二階への螺旋階段を二段飛ばしで軽快に駆け上がっていく。俺もUFOキャッチャーの筐体の群れのあるホールへと泳ぐように潜水していく。


 筐体の中のつぶらな目の人形たち。まるで牢獄の中に囚われているお姫様に視える。俺が救わなけれならない、って毎回、がんばってしまう。


 負けず嫌いが発動して、歯止めも効かなくなる。当然、おこづかいがなくなる。この悪循環をどうにかしたい。本当に上手くなりたいと、心の底から思っていた。


 人形を救い出すための獲得方法か秘訣、何かがあるなら、教えてもらいたい。教えてもらえるなら、授業料だって払う気持ちはある。



(無理ぃいい)



 しゅんと項垂れる俺の耳に「おいおい、そんなに景品なんか獲って転売とかするんですかぁ~~お嬢ちゃんっ」と挑発する言葉が聞こえた。


 声が聞こえる方向に顔を向ければ、土曜日の午後だというのに、少し遠い地区の女子高のセーラー服姿の女の子。絵に描いたような柄の悪い男たち、二人組に言い寄られているじゃないか。


 取り乱す様子もなく彼女は、乱獲した景品を持って、男たちと一緒に店舗の外へと出て行ってしまう。


 俺がドン引きして、周りを見回しても店員が人っ子一人いなくて、彼女の背中がはるか遠く、男二人組に連れて行かれることに奮い立った。


 守らなきゃ! となりふり構わずゲーセンの路を走る。俺が見て見ないふりをしたら、一体誰が彼女を救えるというのか! 


 俺は女装癖こんなだしさ、目を疑うような成りでも《男》だから主人公ヒーローに戻るんだっ、彼女のために!

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