だから、なんだ。
咲翔
***
どくんっ、と。
心臓が跳ね上がる。
わたしは思わず胸を押さえる。夕暮れ時の曇り空。学校の最寄りの駅の三番ホーム。この、心臓の奥底が震えて縮むような感触は、きっと緊張だ。
なんで今。
今、緊張が来たの。
わからない。
右手に持った竹刀袋をギュッと握りしめる。
明日は、地方大会の県予選団体戦。剣道部に所属する高校三年生のわたしにとっては、最後の地方大会出場のチャンスだ。
三週間くらい前にあった、トーナメント抽選会。そこでうちの部長が引いてきた組み合わせは……一回戦、県王者の学校だった。
わたしたちの代は、決して実績があるわけじゃないし、賞状だってもらったことがない。地方大会にはここ数年出ていないし、全国大会にだって尚更だ。
わたしたちは、剣道にすべてをかけているわけじゃない。
でも、負けてもしょうがないとは思えない。
思いたくない。
――相手も同じ高校生。
――勝負で何が起こるか分からない。
わかっている。個人で勝てなくても、チームでなら勝てるかもしれない――それが剣道団体戦の面白さなんだってこともわかっている。
でも。
どこか弱気になっている自分が居て、そんなわたしを情けないと思っているのも、わたしだ。
強豪校に居る子たちは、本当に剣道漬けの毎日を送っていることだろう。多分、剣道で勝つために、頂点を狙うためにその高校を選んでいる。学校側が選んで選手をスカウトしている場合だってある。
だけどわたしたちは、そうじゃない。
入ってきた部員で、チームをつくっている。
稽古量、経験値、剣道にかけるすべて。
違うのかもしれない。
埋められない差があるのかもしれない。
でも、諦めるのは違う。
勝ちたいに理由なんて無いと思う。
ただ勝ちたい。
相手がどう、とかじゃなくて。
今の仲間と、少しでも多く試合をしたいから。
今のメンバーで、少しでも勝ちたいから。
一回戦で県王者と当たる――組み合わせが決まったときから、その想定ばかりしていた。相手のオーダー予想、戦い方。チームの流れの作り方。
「大丈夫、わたしたちなら」
――もし100人居たとして、きっと99人は相手が勝つと思っている。そんな試合、そんな組み合わせ。だけど、こっちが勝つ可能性を信じている残りの1人に、わたしたちがなろう。
自分を信じられるのは、自分だけ。
気づくと、ホームに準急電車が滑り込んて来ていた。制服のスカートが、風で揺れる。
防具袋をかつぐ。竹刀もしっかりと持ち直す。
緊張する、ちょっと怖いな、不安だな。
よぎる思い。
でも。
だから、なんだ。
――やるしかないんだ、明日はもうすぐ来る。
わたしは顔を上げて、電車に乗り込んだ。
(了)
だから、なんだ。 咲翔 @sakigake-m
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