ハーレム主人公の親友Aくん

綱渡きな粉

親友Aくん

 四時限目の授業が終わった。教室内は自由空間となり、各々が机を合わせたり一つの机を複数人で囲って弁当を持ち寄ったりと騒がしくなる。


 オレも腹が減ったので机の横に掛けた通学カバンから弁当を取り出していると、隣の席の或寺あるじ公人きみとと目が合った。


「一緒に学食行こうぜ、えい!」


「いや、オレは今日も弁当なんだが?」


「食堂で食えばいいさ! さあ行こう!」


 抵抗虚しく腕を引っ張られて、いつも通り地下の食堂までやってきてしまった。


 食堂は今日も今日とて大盛況だった。二つしかない券売機の前には長蛇の列ができており、公人とはそこで別れてオレは席を取りに向かう。


 一年生の教室は二階にある為、早々に席に着いて食い始めてるのは大抵二年生だ。うちの学校は学年ごとにスリッパの色が違うので、できるだけ上級生が集まってないテーブルを狙う。


 食堂最奥の蛍光灯がチカチカと明滅を繰り返す薄暗い場所は誰も好まないようだ。真下の六人掛けのテーブル、壁に背を向ける側の真ん中の席を陣取り、弁当の開封だけ済ませて公人が来るのを待つ。


 食堂の入口をボケーっと眺めていると、今時珍しいツインテールの女子生徒が入ってきて公人と少し会話したかと思えば真っ直ぐこちらのテーブルにやってきた。


「申し訳ありませんお客様、このテーブルは予約席でして……」


「この店はお冷やの一つも提供しないのかしら?」


「当店お冷やはセルフサービスとなっております」


「はぁ、まあいいわ。お冷やは自分で用意するからメニュー持ってきてちょうだい」


「申し訳ありません、メニューもセルフサービスとなっております……」


「そんな店入りたくねえわよ‼︎」


 しょうもない茶番に付き合ってくれた女子生徒はオレから見て左斜向かいの椅子に腰を下ろして持っていた弁当箱を広げ始めた。彼女もどうやらこのテーブルで飯を食う同志であるようだ。


双尾ふたおさん、今日も公人に会う為に遥々やってきた感じ?」


「当たり前でしょ? じゃなきゃわざわざ階段の上り下りなんざしたくないわよ」


「ヒューッ! 好きな男の為に艱難辛苦も何のそのってわけかい⁉︎ 泣けるねェ!」


「キャラがコロコロ変わるわねアンタ……」


 呆れたようにデカい溜息を吐き出した双尾さんはそれでもやっぱり美人だなぁという感想しか出てこない。これくらい綺麗な顔立ちの人なら鼻水垂れ流してう◯こう◯こって叫びながら走り回っても絵になりそう——いや無理があるか。


「アンタも暇なヤツね。毎度毎度律儀に公人にくっついて食堂に来るなんて」


「いやいや引っ張られて仕方なく来てるんだが? 誘われないならオレだって階段の上り下りなんかしたくねえわ」


「クソほど羨ましいんだけど? アタシに喧嘩売ってんの?」


 泣く子も裸足で逃げ出す睨み付けを食らい、オレは黙して気配を殺した。蛇に睨まれた蛙とはこんな気持ちだったか。


 しばらく沈黙の時間が続く中、近づいてくる人の気配に顔を上げると公人ではなくまた別の女子生徒が現れた。


「お客様、こちらは予約せ——」


「黙りなさい」


「うっス……」


「……懲りないわね、アンタ」


 またもや双尾さんは溜息を吐く。逃げた分の幸せはオレが回収しておこう。きっと明日はもっといい日になるよね、キミ太郎っ! いやお前のせいで針の筵なんだわ。


「あなた達は暇なのかしら? お弁当持参で毎日食堂に集まるなんて迷惑よ?」


「おっと、その質問はさっき出たぜお嬢ちゃん! オレは同じ質問は二度も答えな——」


「黙りなさい」


「うっス……」


 美人の冷徹な眼差しはキくぜチキショウ。デカパイ揺らして席に座りやがって! 二人がオレの両隣に座ってたらオセロみたくオレまでデカパイになるとこだったぜ……!


 デカパイの巨城おおきさんはオレの右斜向かいの席にデカい尻を落ち着けた。あかんこのままじゃ恐らく真ん中に座るであろう公人がデカパイになってまうでこりゃあ……‼︎


 巨城さんはさも当然であるかのように弁当を広げ、弁当箱の中にあった付属の箸置きにお箸セット完了で食う準備万端だ。


「お弁当持参は迷惑になるなんて言いながら巨城さんもお弁当じゃん」


「私はいいのよ」


 巨城さんはそれきり黙って目を閉じた。昼食前の精神統一だろうか。食事に対する真摯な姿勢、オレも見習いたいものだ。


「というか、あと二人は?」


「アタシは知らないわよ、クラスも違うし」


「……巨城さんは?」


「…………」


 深く集中しているようだ。恐らくこれまでの食事に対する想い、これから行うであろう食事に対する想いと向き合っているに違いない。オレも斯くありたいものである。


 巨城さんに尊敬の眼差しを向けていると、また一人同志が我らの卓に馳せ参じた。


「お、遅れちゃって、す、すすすみませんっ!」


「申し訳ありませんお客様、こちらのテーブルは予約席でお冷やとメニューはセルフサービスで当店はミシュラン七つ星を一万年と二千年前に獲得しておりセレブリティが集まるためドレスコードが必要となっておりまして……」


「ひぇ、あの、えと、その、じゃあド、ドドドレス探してきますっ!」


 頻りに頭を下げる長身の女子生徒は弁当箱を持って駆け足でどこかへ行ってしまった。


「なんだったんだあの子……」


「——あーもうっ、アンタが馬鹿なこと言うから高井たかいさんどっか行っちゃったじゃない!」


「大丈夫大丈夫、公人がどうせ引率してくれるから」


「ぐぅっ、クソ羨ましくて今なら血涙流せそうだわ」


 高井さんはオレの単純な嘘にころっと騙されて公人が引率してくるといういつもの流れがあるので、何の心配もない。オレの中にある欠片ほどの良心が痛まないでもないが見てて面白いのでこれからも続けていこうと思う。


 そうこうしているうちに最後の同志が現れた。


「やーやー、諸君。今日もつまらん顔を突き合わせているのかい? 暇人とは君たちを表す言葉だったんだねぇ」


「ちわちわっす、おかさん。今日もご苦労様です、お帰りはあちらとなっております」


「おっと、ワタシを帰らせようと言うのかい? ガラスハートに傷がつくぞ?」


「一人の男を取り合う為にこのテーブルを囲んでる時点であんたのハートはガラスじゃなくてダイヤモンドだろうに……」


「ハッハッハ、ダイヤモンド製なら君たちの中で最も価値ある存在というわけだねぇ?」


「——は?」


「…………」


 一瞬で一触即発になるやん。これはオレが悪いんか? 違うよね?


 猛犬が尻尾巻いて逃げそうな睨みの双尾さんと、矛盾脱衣しかねないくらい冷たい眼差しの巨城さんから放たれるオーラが場を包み込む。オレの隣によっこいせと素知らぬ顔で座った岡さんにはどこ吹く風だった。


 こんな状況を作り上げといてオレの隣に座るな。


「いやはや怖いねぇ、詠くん。恐怖で食事も喉を通らないんじゃないかとワタシは心配だよ」


「その割にはどデカい弁当箱だなぁ」


 重箱かと思うほどの大きな弁当箱は三段重ねで、上段は肉系、中段は野菜系、下段は一面の白米だった。野球強豪校のメニューみてえな量を前にして若干引いた。


「基本的に朝晩は食べないから昼に一日分の食事を摂る派なんだよ、ワタシは」


「そりゃいかんでしょ。朝昼晩と三食食わないと身体に悪いし、何より太る」


「ハハッ、公人クンと同じことを言うなんて流石親友なだけあるねぇ」


 何が面白かったのか岡さんはオレの顔を見てニヤニヤしている。顔の良いヤツは何しても良い。この世の真理である。


 なんだかんだいつものメンバーが大体揃ったと思っていたら、高井さんを連れた公人がようやく姿を現した。


「詠、まーた高井さんに嘘教え込んだのか?」


「嘘じゃないやい。オレはそれくらいの心持ちでこの修羅場に臨むんだぞってことを教えたまでだ」


「はいはい、わかったから。ほら、高井さんに謝りなさい。謝るまでママ許しませんからね」


「ごめんねママ」


「なんでやねん」


 おふざけもほどほどに、オレは左隣に座った高井さんに抱きついた。


「ごめんよ、高井さん。オレ、可愛い女の子には意地悪したい年頃の小学生男子なんだ……」


「か、かわ、あぅっ。あ、ああの、気にしてませんので!」


「そう? よかった! ハイ、仲直りのハグしよ!」


「は、はいっ!」


 高井さんのデカパイがオレの胸板で圧迫されて餅のように形を変えている。うひょ、谷間がえっちだ。


「アンタ、普段から全然表情変わらないくせにの胸は本当に好きよね」


「当たり前じゃん。だからこそ気安くスキンシップできるんだぜ? 自分には無いんだから他人のを楽しまないと」


 ……高井さんの胸の感触を楽しんでいたオレに向けられる目が心底冷たいものだったのは言うまでもない。

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