エピローグ 六 どうか君の生きたいように

 おかあさんへ。


 ひさしぶり、かな、あやかです。


 そっちの生活はどうですか、風邪をひいたり、怪我をしたりしていませんか。


 私は、相変わらず怪我ばっかりだけど、最近はすこしましになった気がします、当社比だけど。


 ……この手紙がお母さんにどんな気持ちを起こさせるか、私は正直うまく想像することができません。


 だって、私はお母さんから離れてしまって、お父さん選んでしまったから。恨まれているでしょうか、私のことなんて想い出したくもないと想っているでしょうか。


 わからないけど、ただ、なんとなく今の現状を伝えたくて手紙にしました。


 ただ、何を話すにしても、信じられないことばかりなので、どこまで書いていいのか迷ってしまう、今日この頃です。


 私がこっちに越してきてから、一か月と少しくらい。


 ……たった一か月と少ししか経ってないんだよね、ほんとにちょっと信じられません。


 何があったかな、どこまで信じてもらえるかな。


 まずはそう、綺麗な女の子に会った話からしましょうか。


 その子は今の私のクラスメイトで、色々あって今ではうちに住んでいます。


 なんで? って想ったでしょ、本当に色々あったのです。信じられないようなことが色々。


 全部話したいけれど、きっと信じてもらえないと思うので、いつかその子を―――みやびをお母さんに紹介するときに一緒に説明します。


 みやびはとっても優しくて、真面目で、几帳面で、なのにどことなく可愛げがあって、私のひいき目抜きに素敵な女の子です。


 みやびと一緒にいて、考えさせられたことが一杯あります。


 誰かと一緒に居ること。


 自分のしたいことをすること。


 自分がいたい誰かの隣を自分自身で選ぶこと。


 自分の心に正直になって、そこにある想いを受け止めること。


 みやびは家庭の事情でとっても苦しい想いをたくさんしてきて。


 家族から、周りからたくさんのことを期待されて、その重さに今にも潰れそうになっていました。


 きっと人の期待に応えることは素晴らしいことなのだと想います。誰かのために頑張ることとか、誰かの助けになることとか、そこにはきっと喜びがあってそこで貰った感謝がきっと私たちの人生を支えてくれるのでしょう。


 でも、それもやりすぎはあんまりよくなくて、誰かのいいように使われちゃったり、自分の幸せが犠牲になっちゃったり、自分のことを大事にしてくれない人に自分の大事な物を渡しちゃうことになったりします。


 みやびはずっとそうやって、誰かのためにあろうとして、でもだからこそ自分を大事に出来なくて苦しんでいました。


 私もそんなみやびに助けられた一人だったんだけど。


 たまたま友達になる機会があって、隣でみやびのことを見ているうちに、少し苦しくなりました。


 だって、みんなみやびにたくさん期待はするけれど、みやび自身の幸せは誰も考えてくれていないような気がしたから。


 だから、私は無理を言って、みやびを遊びに誘ったり、一緒におでかけしたり、少しでもみやびが幸せになれればいいなってことを一杯しました。


 みやびはもっとみやびの幸せのことを考えたらいいんだよって。


 そう言って、でも今にして思えば、あの言葉は私が私自身に言っていたような気もします。


 お母さんが教会で、私の不運を治そうと頑張ってくれていた時。


 それはきっと正しいことだし、私のためを思ってしてくれているのも解っていたから、ずっと私もそうしなきゃって想っていました。


 だって、お母さんが私のことを愛してそう言ってくれていたのは、ずっと知っていたから。


 でも、中学生の頃から、あの教会で、私が儀式で『たくさんのこと』をされた時。


 私はそれが解らなくなりました。


 不運を治すためだから頑張ってって、お母さんは言いました。


 これを乗り越えたら幸せになれるからって、お母さんは言っていました。


 私がこんなのもう嫌だよって泣きついた時。


 服を脱がされかけて、泣きながら儀式の部屋から逃げ出した、あの時。


 お母さんは怒って、なんで逃げ出したのって言いましたよね。


 あなたのためなのにって。


 それから、もう一度、あの儀式を…………。


 あの時、想ったんです。


 私とお母さんの想い描いた幸せは、ちょっと形が違うんじゃないかって。


 ね、お母さん、私ね、幸せだったよ。


 パワースポット巡りだって言って、色んなところに旅行ばっかりしてた時。


 私が怪我して帰ったら、いっぱいいっぱい心配してくれた時。


 泣いてる私を慰めるために、お父さんとお母さんと一緒におっきな声で歌を唄って歩いた時。


 私ね、あれだけで幸せだったよ。


 不運なんてあってもよかったのに。


 一緒に仲良くいられたらそれでよかったんだよ。


 それだけで、私は幸せだったんだよ。


 でも、そんなことを、結局私はお母さんに伝えられなくて。


 お父さんとの離婚が決まった時も、お母さんとお父さんのどっちを選ぶってなった時も。


 ずっと不安で、怖くて、迷って、仕方がなかったんだ。


 私の幸せと、お母さんのいう幸せは違ってて。


 ずっと不安で、苦しくて、これでいいのかもわかんなくて。


 でも私は、私の幸せを選んだんだから、これは間違いじゃないんだからって。


 どれだけ自分に言い聞かせても、時々お母さんの声を夢に見て目が覚めるんだ。


 どうして、あなたは、そんな風になってしまったのって。


 いくら、これでいいんだって想っても、本当に? って誰かが頭の奥で囁くんだ。


 本当は、お前は自分だけの幸せばかり見て、他人を犠牲にしているだけじゃないかって。


 自己中心的で、他人を傷つけて、独りだけ救われようとするどうしようもない奴なんじゃないかって。


 そんなことに迷っていたから。


 きっとね、みやびに向かって言うことで、自分に言い聞かせてたんだと思う。


 こうやって選んだ道は間違いじゃないんだよって。


 本当に自分のことを考えて、自分を大事にして大丈夫なんだよって。


 他の誰でもない、私に向けて言っていたよう気がするんだ。


 我ながら、ちょっと情けない。


 でも、みやびはね、すっごい頑張り屋さんだったから。


 そんな私の言葉を聴いて、ちゃんと自分の幸せを選ぶために、自分を縛っていた人たちから離れることを決めたんだ。それをちゃんとまっすぐに相手をみて伝えてたんだ。


 すごい勇気だと想うんだ、今までずっと自分がいた場所から、離れることは。


 そこに想いがあることを知っていて、それでも自分の幸せのためにちゃんと決断することは。


 きっとね、すごい辛くて、苦しくて、すごい覚悟のいること想うんだ。

 

 でもみやびはまっすぐね、自分と関わってきた人に、一歩も引かずに言葉にして。



 自分の人生を自分で選び取ったんだ。



 ……ぼかしてるから、何の話してるかわからないかな。うーん、これもまた今度説明します。


 それでね、そんな姿を見ていたら、ちょっと勇気が湧いてきたの。


 もしかしたら、私も、みやびみたいに本当の意味で、ちゃんと自分の人生を生きていいのかもって。


 本当にちゃんと自分の幸せのために、大切な人を大事にして、どうしたら幸せになれるか自分で選び取ることができるかもって。


 そう想うことができたんだ。


 だからね、お母さん。


 私ね、今はお母さんの所には帰れません。


 きっと今は、お互いの幸せの形が違うから。


 でもね、私、お母さんと一緒に過ごした時間は本当に幸せだったから。


 いつかね、仲直りができたらいいなって想ってるんだ。


 いつかはわかんない、五年後かな、十年後かな。もっともっとかかるかな。


 私の傷が癒えて、もうちょっと大人になって、自分の幸せをもうちょっとちゃんと掴めるようになったなら。


 その時は、また一緒にお出かけ出来たらいいなって想ってます。


 好き勝手言ってばかりの、わがままな娘でごめんなさい。


 でも、もしできるなら、ちょっとだけ応援してくれると嬉しいです。


 私もお母さんが少しでも、幸せになれるよう祈っています。


 またいつか、みやびを紹介しに来ます。


 それじゃあ、さようなら。



 あやかより。



 追伸:お父さんは元気です。時々、少し寂しそうな顔をしてるけど。

 

 








 ※







 「そういえば、結局さ、『奇跡』ってなんだったんだろう」


 蝉の音を聞きながら、二人で部屋でごろごろしているときにふと、君はそんなことを口にした。


 私は手に持っていた漫画を脇に置いてから、少し考えて、いつかの頃にるいとえるに聞かされた話を想い出す。


 「空の上には『神様』がいるんだって」


 「あー、教会で言ってたやつ? まじでいるのか」


 君は勉強机に向かって何かを打ち込みながら、そう口を開いた。ただ私はその言葉にゆっくりと首を横に振る。


 「ううん、教会で教えてた『主』とは違う。もっと概念とかそういうのに近い、物理的には存在しない、善でも悪でもない、空の上にいる『誰か』」


 「………………?」


 そう言ってはみたけれど、あやかは多分いまいちよくわかってない。まあ、私も正直あまりよくはわかってないんだけどさ。


 教会に縛られていた時は、『主』ではない何か、なんて言葉上手く受け入れられなかったけれど。今はなんとなく、少しだけ想像できる気がしてた。


 「その『誰か』が落とした『涙』が、たまたま私の上に落ちてきたんだって」


 この言葉も、最初はよくわからなかった。それが悲しさの涙なのか、喜びの涙なのかも。教会の主は全知全能の存在だから、多分涙なんて流さない。


 じゃあ、その『誰か』は何のために泣いてたんだろう。


 誰を想って泣いてたんだろ。


 わかんないけど、それでも、この『奇跡』はその誰かの涙で出来ていて。


 その誰かの想いの欠片、心の欠片が雫になって、私の元に落ちてきたものらしい。


 だから大きな力を使うと、少しずつだけど減っていく。


 「…………その『誰か』はなんで泣いちゃったんだろう」


 「…………わかんない、そこはえるもるいも教えてくれなかった」


 ただ数百年他に『  』が見つかっていないことを考えたなら、それだけで心が揺れ動くことがあったのかな。わからない、もしかしたらなんてことはない、たった一人の人を想って流した涙なのかもしれない。


 「そっか…………、うーん、わからん」


 「だね、私もわかんないよ」


 そう言って二人でこっそり笑ってた。


 空の上から落とされた『誰か』から貰った小さな『奇跡』。


 これがあるおかげで、苦しんだこと、奪われたこと、辛かったこと。


 きっと数え上げればきりさえなくて。


 お世辞にも幸せに満ちた贈りものではなかったけれど。


 「いてっ」


 君がそう小さく呟いたのを、耳聡く聞き取って、身体を起こして何かを書き連ねる君の手を取った。


 ちょっと照れたような顔をする君の指先には、シャープペンの芯が引っ掻いた切り傷が残ってる。あらら、眼を離すとすぐこれなんだから。


 「『傷』に『癒し』を―――」


 そう小さく呟いて、その指先にそっと口づける。


 小さく、弱い光がぼうっと灯って、程なくして君の傷は段々と消えていく。


 二人でしばらく傷跡があった場所を眺めて、こっそりと笑い合う。


 まあ、そう捨てた贈りものでもなかったのかもしれない。


 結果論だけどね。


 「でも、わかんないけど、多分きっといい人だよ、その『誰か』」


 「そう? 私、『奇跡』のせいでいっぱい苦労したんだけど」


 私がそう言っても君は、どこか楽しそうな顔をして、まるであったこともないその人を思い浮かべる様に目を閉じて、そう言った。


 「まあ、それは確かにそうかも。でもあれでしょ、るいちゃんとえるちゃんの産みの親みたいなものなんでしょ? ぜーったいいい人だよ」


 「まー、そういわれればそうかな……? でも、あの二人にそっくりか……面白い人ではありそうだけど」


 「そうそーう、あ、そうだ。二人からまた連絡来てたよ、今度、隣町で夏祭りあるから行かないかってさ」


 「みたみた、行きたいなー。夏祭りは何着たらいいのかな、浴衣かなやっぱり。どこかで借りられるところあるかなあ」


 「いいじゃん、いいじゃん。じゃあ、私もこれ書き上げたら、浴衣レンタル調べてみよっかな」


 「うん、……そういえば、あやか何書いてたの?」


 私がそう問いかけると、君はどことなく穏やかな顔のまま微笑んだ。


 「ああ……えっとね、お母さんに手紙書いてたんだ」


 「…………あやかのお母さんって」


 思わず口をつぐみかけたけど、君は気にした風もない。


 もしかすると、君の中で何か答えを得たのかもしれない。


 「うん、もう一緒に暮らしてないし、戸籍上は家族でもなくなっちゃったんだけど……」


 「…………」


 「それでも、今の私のこと、みやびとか暮らし始めたこととか。知ってほしいなーって想ったからさ、わがままだけど、嫌な顔されるかもしれないけど。書いてみたいなって想ったんだ。…………変かな?」


 そう言って、君は少し自信なさげに首を傾げた。


 でも、私はそれに笑顔で首を横に振った。


 向き合おうとすること、自分のしたいことをすること。


 それの大事さを教えてくれたのは、他でもない君だから。


 「…………ううん、変じゃない。いいと想うよ、それがあやかのしたいことなら」


 「うん、……そうだね、そうだよね」


 君はそう何かを確かめるようにつぶやくと、手紙を便せんにそっとしまった。


 「ね、あやか」


 「なーに、みやび」


 「そういえば、私、またしたいことができちゃった」


 私がそう言うと君は笑った。


 「ふふ、いいじゃん。ちょっとずつみやびも、やりたいことできたきたね」


 「うん。えっーと、まずね、ほらねるちゃんて覚えてる? あの子のとこにね―――」


 「うん、ああ、いいねそれ―――」


 そうしてまたとりとめもない話を、あたりまえの日常を続けてく。



 夏休みの、特にこれといった予定もない、そんなある日。



 窓の向こうには真っ青な景色が広がる中で、私たちは次の遊びの計画を話し合っていた。



 明日は何をしようかな、明後日は何をしようかな。



 今日は、君と何をしようか。



 わからないことは山のよう。



 できないことは海のよう。



 それでも一歩ずつ、したいと想ったこと、行きたいと想った場所、会いたいと想った人に会いに行こう。



 私の人生の道行きを決めるのは、他の誰でもない私なんだから。



 ちゃんと私の生きたいように、生きてみよう。



 そういえば昨日、夢を見た。



 いつか。



 いつか私がこの星に生まれ落ちた、そんな頃。



 誰かにそう願ってもらっていたような。



 そんな夢を見たんだよ。



 その夢の中で、顔も知らない『誰か』は旅立つ私に向けて笑顔で手を振っていた。



 『どうか、あなたの生きたいように生きてきてね』



 『他の誰でもないあなた自身の幸せを、誰よりも大事にしてね』



 『長い長い旅路になると想うけど、辛いことも、悲しいこともたくさんあると想うけど。どうか頑張って、諦めないで』



 『あなたの旅の終わりまで、私はずっとあなたのことを応援してるから』



 『どうかあなたの人生が、幸せに満ちたものでありますように』



 そんな言葉を、遠く向こうの、姿すら見えない『誰か』に言ってもらった気がするんだ。



 だから……ってわけじゃないけれど、これからは、ちゃんと『私』の幸せのために生きていこう、改めて今日の朝、想ったんだ。



 例えば、沢山美味しい物を食べて。



 例えば、疲れたらちょっと休んで。



 例えば、大事な人をたまに独り占めしちゃったりして。



 例えば、自分ならできるかもって、できそうにないことにも挑戦してみたりして。



 例えば、好きな人と身体と心を重ねたりして。



 例えば、そんな全部がもっともっと欲しくなって。



 例えば、大事な誰かが傷つけられたら、ちゃんと怒って。



 そうやって、私の幸せを、この世界でたった一人の私だけの幸せをちゃんと守って生きていこう。



 もちろん欲は過ぎたり、誰かを傷つけ始めたら、毒になってしまうけれど。



 それでも、私の心が、身体が、私を幸せにするために、必死にあげてくれている声だから。



 もう見失わないように、ちゃんと君の声を、小さな私の声を聞いて生きて行こう。



 十年間、ううん、もしかしたら生まれてからずっと。



 私は、他の誰でもない『私』の声をちゃんと聞くことができてこなかったから。



 これからはね、ちゃんと他の誰でもない『君』の幸せのために生きていくから。



 だからちょっとだけ、そこで見ててね。



 きっと、これから楽しいことが沢山あるから。



 好きな人と一緒に。生まれてから今までの苦しい記憶もいつか、乗り越えちぇうくらいの楽しい記憶を一杯作るから。



 だからね、諦めないで、頑張って、私のことずっと見ててね。



 他の誰でもない、誰より大事な、小さな『私』。



 ずっと君のことを応援してるから、君も私のことをずっと応援していて。



 そしたらきっといつか―――なんて。



 願った矢先に、あやかはふと思い立ったように、私のことを振りかえる。



 「ね、みやび、今、幸せ?」



 そう言って笑う君を見ていると、私も笑顔が自然と浮かんでくる。



 そっか、きっといつか―――なんて、違うかった。



 もうとっくに、今の私は—―――。



 「うん、あやか、幸せだよ―――」



 そう言って君の手を取って、溢れる気持ちをそのままそっと口づけで伝えたんだ。






 今の私の幸せの証を、確かに、君に。




















 おしまい
















完結です、ここまで読んでいただきありがとうございました。

この作品で出会えた方々の人生がどうか幸いなものでありますように。

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クール聖女とアンラッキーギャル キノハタ @kinohata

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