第58話 やりすぎです

 ハルカの問いに対しだんまりを決め込んだ男は、この世の地獄を見ることとなってしまった。


 予め奥歯に仕込んでいた毒を噛み砕こうとした瞬間、顎を強烈に捕まれることで咬合力を失う。そして素早く毒玉を取り出された直後、今度は強烈な膝蹴りがレバーを打ち抜いた。


「が、ぁ」


 強化スーツの防御力を超えて伝わる衝撃が男の戦意を挫く。ぼやける目で見てみれば、ハルカは私服の下に何やら特殊なスーツを身に纏っているようであった。


「き、さま、だれ……」


「まだ力入んのかよ。んじゃもうちょっと」


 問い掛けながら僅かに力んだのが運の尽き。男はなんとここからさらに両腕の関節を外され、両足の指を踏み砕かれ、傍目には顔以外無傷に見えるように丁寧に無力化される。なぜわざわざそんな状態にしたのか、それはーー


「んじゃとりあえずATM行くか」


 公衆の面前でお金をおろしても怪しまれない風貌を維持させるためであった。


 両手両足、そして膝蹴りを食らった胴体にも全く力が入らず、生まれたての子鹿のように震える男は、ハルカの手を借りてゆっくりとコンビニへ向かうこととなる。


 その後、ハルカの思惑通り何一つ問題なくお金を引き出させることに成功(そもそも問題しかない)したのだが、底なしの欲望が事態をさらにややこしくする事となる。


 それはコンビニを出たあと。何と貯金含め有り金全てを吐き出させた男をサラ金に連れて行き、より多くの金をふんだくろうとした時に起こった。


「無理だ……俺は身分証がない」


 抵抗する術を失い、有り金を失い、尊厳を失い、死んでしまいたい気分なのに一番最初に自殺の手段すら奪われた悲しき男は、悲壮感漂う声でそう呟いた。



「いやいやおかしくね? 身分証なくてどうやって生活してんのお前。それじゃサラ金から借りられないじゃん」


「それは……」


 言い淀む男。しかし答えずとも彼の纏う雰囲気が言葉より雄弁に事実を述べている。


「なるほどねえ」


 ハルカだから余裕で制圧できたが、並の探索者では歯が立たないであろう実力。そして死臭。


 この男は間違いなく殺し屋の類いであり、身分がないーーつまり法で追い切れない身であるのを良いことに、これまで好き勝手にやってきたのだろう。


 まさに影のような男だ。だがその強みは自分にはね返ってきた時、どうしようもない弱点になってしまう。まさに今のように。


「それってお前を好きにしても咎められないってことだよな?」


「元より覚悟は……」


「そういう事言うやつに限って覚悟もなかったりするんだけどね」



 その日の夜、軍の上層部や裏社会の面々は、流れてきた情報に驚愕することとなった。


 なんとここ数年に渡って横浜エリアを暗躍してきた暗殺者集団が、全員身ぐるみを剥がされた状態で交番に投げ込まれたのだ。文字通り、人外の探索者だから投げられても死なねえだろという適当さが感じられる投擲で。


 だが驚くのはそれだけではない。投げ込まれた暗殺者たちはそこから警察を殺して逃げるのではなく、なんと全員が顔面をぐちゃぐちゃにして涙を流しながら、警察に助けを乞うたのだとか。


 何故そのような事件が起こったのか。軍や裏社会の人間が血眼になって真相を掴もうとするも、犯人の行方が分かることはなかった。


 肝心の暗殺者たちも、ハルカの正体に関わる質問に関しては顔を歪めて口を閉ざしたという。



「競馬5回分か。暗殺者って大して金持ってねえんだな」


 懐が温かくなってホクホク顔のハルカは、るんるんのスキップで大通りを歩いていた。


 今回手に入れたお金で一体何をしようか。とりあえず競馬をしよう。そうだ、このお金をギャンブルで増やして、増えたそれも競馬に注ぎ込めば無限に遊べるではないか。


 俺は天才かと手を叩きスキップを続けるハルカ。そんな彼はふと疑問を浮かべる。


「てか、あのアイドルなんで暗殺者何かに狙われてんだ? ま、いっか。どーでも」


 他人の事情より今は目先のお金が大事。なにせハルカはギャンブル中毒者なので。


 だから、お金が絡むことになれば、彼の目は地下アイドルに向かうことにもなるのかもしれないーーーー 

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ギャンブル資金欲しさに探索配信してたのに、気付いたらヤンデレハーレムに囲まれていた件 太田栗栖(おおたくりす) @araetaiyou

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